2016年12月 4日 (日)

別府市に行ってきました

Img_7808  大分教区の講習会で、別府市に行ってきました。
 

 別府は今ちょうどイチョウの紅葉が綺麗な時期でした。
 

 土曜日新宿で見たイチョウと同じ色合いでした。
 

 別府は今まで、町のはずれにあるホテルに泊まっていましImg_7829


た。
 

 そのホテルの周辺は、住宅と小さな商店が少しあるくらいのところなので、別府の町はそんな所だと思っていました。
 

 ところが今回はそのホテルが改修工事中とかで、別府駅に近く、別府公園のすぐそばのホテルに泊まりました。
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 そこで土曜日はホテルに到着後、ホテル周辺、別府駅などに行ってみました。
 

 別府には大きな駅があり、駅前には大型スーパーやお店がPhoto


ある普通の町だとわかりました。
 

 また、温泉が到る所にあり、大観光地であることも目で見て初めて理解しました。
 

 別府は大きな温泉地であることは、知識としては知っていまImg_7814


したが、その実感はなかったのです。
 

 帰りは飛行機の出発まで少し時間があったので、別府明礬(ミョウバン)温泉に立ち寄りました。
 

 到る所に湯けむりが出ていて、小屋が建ち、「湯の花」を育てていました。
 

 韓国人と思われる観光客も沢山いました。
 

 記念に、明礬温泉の「湯の花」を買いました。
 

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 ティーバッグのようになっていて、家庭で温泉を楽しむためのものです。
 

 講習会の控室には、ミカンの木、手作り品などを飾っていただきました。
 

 大分はカボスが有名ですが、家庭の庭にはカボスやミカン、夏ミカンの木などが沢山植えられていました。

 大分教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。 
 

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2016年11月27日 (日)

周南市に行ってきました

Img_7771 山口教区の講習会で、周南市に行ってきました。
 

 先日の雪には驚きましたが、山口はまだバラが咲いていて、イチョウやカエデの紅葉が美しかったです。
 

 山口宇部空港に到着して、そこから瀬戸内海沿いに周南市まで約70分車で移動しました。
 

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 石油コンビナートなどのある重化学工業地帯が続き、煙を出している煙突も諸所にありました。
 

 私の住む山梨とはずいぶん違います。
 

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 日本の高度経済成長を支え、地下資源が、今も主役として活躍している様を見て、複雑な気持になりました。
 

 地元の人にとっては、地域を支える重要な産業ですが、やがて無くなってしまう化石燃料から、持続可能な再生エネルギーに転換していかなくてはなりません。
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 その取り組みは早ければ早いほど、後の道のりが容易であることを思い、瀬戸内工業地帯の未来に思いを馳せました。
 

 講習会の控室には、竹がごに入れた野バラの赤い実やビナン蔓、黄色い小菊などを自然の風情で飾っていただきました。
 

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 生命学園の子供たちの作品や、いのちの輪に掲載された画家の作品なども飾っていただき、お昼休みのひととき、楽しませていただきました。
 

 山口教区の皆さま、お世話になりました。
 

 ありがとうございました。

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2016年11月13日 (日)

厚木市に行ってきました

Img_7749 神奈川教区の講習会で、厚木市に行ってきました
 

 新宿から厚木まで、夫も私も生まれて初めて小田急ロマンスカーに乗りました。
 

 車内は箱根への行楽客ばかりで、皆さんにぎやかで楽しそうでした。
 

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 神奈川教区の講習会は、今まで横浜がメイン会場でしたが、今回は横浜の中心地に広い会場を確保することができなかったので、県下8カ所での開催となりました。
 

 メイン会場が伊勢原市で、そこに近いということで、厚木に泊まりました。
 

 厚木は子供の大学の教養学部があったので、郊外には2・3度行ったことがありましたが、町の中心部に来るのは初めてでした。
 

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 本厚木駅に比較的近い所でしたが、回りは中層のマンションばかりで、ベッドタウンであることがわかります。
 

 土曜日、日曜日は、厚木の町をあげて「あつぎ国際大道芸」というのが開催されていました。
 

 宿泊したホテルの敷地や、紅葉が始まった市役所前中央公園では、大道芸のパフォーマンスが行われていて、多くの人が集まっていました。
 

 屋台も沢山出ていて、町中がお祭りです。
 

 火のついた松明(たいまつ)と刃が回っているチェーンソー、銀のボールの三つをお手玉のように放り上げて順番に手で持って回していくのを見ましたが、人間はなんと難しくて危険なことに挑戦することかと思いました。
 

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講習会の控室には、やさしい感じのお花とともに、折り鶴50個をつないで作ったという素敵なお花を飾っていただきました。
 

 折り鶴で作ったお花は初めて見ましたが、その細かい手仕事に驚きました。
 

 神奈川教区の皆さま、大変お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2016年11月 6日 (日)

熊本市に行ってきました

Img_7713 熊本教区の講習会で、熊本市に行ってきました。
 

 熊本は4月に起きた地震で、講習会の会場が使えなくなり、開催が危ぶまれましたが、教区の皆さんのご努力により、6カ所の会場が確保され、予定通りのスケジュールで開催できることになりました。
 

 土曜日に熊本空港に到着しましたが、空港のある益城町のImg_7716


被害が大きかったということで、益城の市街地を通るルートを取っていただき、熊本市内に入りました。
  

 ビニールシートを屋根にかけた家がまだたくさんあり、全壊した家が壊れたままのところもありました。
 

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 町の各所では、重機が崩れた家の整理などのため、活躍していました。
 

 地震直後は人が歩けるような状態ではなかったそうですが、間もなく地震から7カ月になる現在は、一応ほとんどの道は通れるようになっています。
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 熊本の皆さんは、このたびの自然災害を前向きに受け止め、自然の恩恵をわすれず、人とのつながりを大切にして、日々を過ごされていることが分かりました。
 

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 講習会の控室には、色鮮やかな元気の出るお花を飾っていただきました。
 

 クマモンがそばで見守っています。
 

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 手作り品や絵手紙なども飾っていただきました。
 

 熊本教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2016年10月29日 (土)

手作りの楽しさ

Img_7670 10月22日、23日の2日間、森の中のオフィスで「自然の恵みフェスタ」が開催されました。

 プロジェクト型組織である自転車部、クラフト部、オーガニック菜園部が中心となり、企画運営をしました。

 今年で3回目という事もあり、内容も充実し多彩に展開されました。
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沢山の方にご来場いただき、大変盛り上がり、喜んでいただけたのではないかと思います。

 私は今回も、クラフト部員として手作り品を出品しました。

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 森の中の自然をモチーフにした刺繍作品です。
 

 これまではフェスタの前に、ブログでこんな作品を出しますとお知らせしましたが、出品数が少ないので、このたびは控えました。

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刺繍はそれなりに時間がかかるので、どれだけできるかわからず、躊躇するところもあったのですが、数は少なくてもじっくり丁寧にできるものに挑戦したいと思い取り組みました。

 けれども実際刺繍ができると、それをどのように作品にするかで、また悩みました。
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 市販の額に入れると、立派に見えるのですが、それでは低炭素の作品にならないので、家にある木の空き箱を利用し、適当な大きさに切って、色を塗り、額にしました。

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 枠も手作りすると良かったのですが、そこまでは手が回りませんでした。

 他に落葉松をイメージしたコースター、きのこ模様のピンクッションを作りました。

 素人の素朴な作品ですが、それなりに愛着が湧き、手元に置いておきたい気持ちになりました。

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 手作り品を作っている時、また出来上がった作品を眺める時、とても豊かな気持になり満足感を味わいました。

 

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2016年10月16日 (日)

長野市に行ってきました

Img_7660  長野教区の講習会で、長野市に行ってきました。

  長野市に泊まるのは初めてです。
 

 今までは、松本周辺で講習会が開催されることが多かったので、松本に泊まっていました。
 

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 長野は新幹線が止まり、善光寺もあるので、大きな町です。
 

 登山者の姿も目に付きました。
 

 山梨のお隣の県ですが、長野は大きな県で各地域の間に山があります。
 

 上田・軽井沢、長野市周辺、松本・塩尻、伊那地方など、それぞれ特徴があるようです。
 

 自然が豊かで、人々の気質はのんびりしているとのこと。
 

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 長野では、屋根に太陽光パネルをつけている家が多く、環境意識も高いところです。
 

 昼食では、手作りのお漬物や杏、天然キノコなどを出していただきました。
 

 手作りをして、丁寧な生活をしておられる方が多いのでしょう。
 

 講習会の控室には、秋の山の恵み、季節のお花などを飾っていただきました。
 

 長野教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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長野市に

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2016年10月 9日 (日)

富山市に行ってきました

Img_7635 富山教区の講習会で、富山市に行ってきました。
 

 北陸新幹線が開業して、山梨から北陸が近くなりました。
 

 11時に小淵沢を出発して、松本、長野を経由し、2時過ぎには富山に着きました。
 

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 講習会では、朝早くに出発することが多いので、前日に翌朝の朝食の準備をして、荷物も作っておくのですが、今回は、普段と変わらない朝食をいただき、食後に準備をしても充分時間があったので、ゆったりした気分で出発できました。
 

 富山は稲刈りもほとんど終わり、木々の紅葉が始まっていました。
 

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 土曜日は雨が降ったり止んだりで、日曜日の今日は小雨のち曇りのお天気でした。
 

 予定されていた運動会が中止になったりして、講習会にご参加くださった方もあったようです。
 

 富山は歴史のある落ち着いた街で、文化の高さも感じられます。
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 講習会の控室には、手作り品や秋の素敵なお花を飾っていただきました。
 

 富山教区の皆さま、お世話になりました。
 

 ありがとうございました。

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2016年10月 2日 (日)

東京第二教区の講習会で立川市に行ってきました

Img_0406 東京第二教区の講習会で、立川市に行ってきました。
 

 立川は中央線で小淵沢から1時間40分くらいで着きます。
 

 電車に一回乗るだけで講習会に行けるところは地元山梨以外では、長野と東京第二教区くらいなので、大変近くに感じました。
 

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とは言っても、立川の駅の改札を出たら、土曜日の午後という事もあり、大変なにぎわいでした。
 

 人にぶつかりそうになるのを避けて歩きながら、「ああこれが都会だった」と、人のまばらな田舎から来た身は、調整するのに数秒かかりました。
 

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 立川駅周辺は、ビルが立ち並び、其々のビルの間には歩道橋が縦横にめぐらされていて、大変便利になっています。
 

 特に駅ビルやデパートが繋がっていて、コンパクトにギュッと凝縮されて存在していました。
 郊外のベッドタウンの街の特徴を現しているのでしょう。
 

 人が生活するのに、何でも手に入りとても便利になっているところだ思いました。
 

 土曜日は曇り、今日の日曜日は秋晴れの良いお天気になりました。
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 金木犀の良い香りが、そこかしこから匂ってきました。
 

 爽やかな秋の訪れを感じさせる大好きな花です。
 

 講習会の控室には、秋の野にあるような豊かな花と、クリと苔玉の楽しいクラフト作品を飾っていただきました。
 

 東京第二教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2016年9月25日 (日)

長岡市に行ってきました

Img_7579  新潟越南教区の講習会で、長岡市に行ってきました。
 越後は稲刈りの真っ最中で、田んぼの半分くらいはまだ刈取りが終わっていませんでした。
 激しい雨がつづいたらしく、車窓から見える田んぼの稲は、ほとんど倒れていました。
 水につかった稲は芽が出てしまうので、早く刈り取らなければならないそうです。
 日曜日の今日は、穏やかな晴天に恵まれました。
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 刈取りをした農家も多かったのではないかと思います。
 講習会では質問の時間がありますが、新潟では間もなく知事選があるそうで、どの候補に入れたらよいかという質問が出ました。
 総裁は、「どんな人が出ているのか分からないし、誰に入れなさいとは言いませんが、選ぶ基準としては、新潟は原子力発電所がありますから、脱原発を主張する人に入れた方がいいとしか言えません」と答えました。
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 会場からは拍手が出ました。
 懇談会の席上でも、青年会の女性が、「新潟は世界一の原子力発電所があるので、原発再稼働は絶対に反対で、多くの若者はそう思っています」と言っていました。
 東京の電力を支えるために、新潟の原子力発電所は作られましたが、「地元の経済に打撃があったとしても、いったん事故があれば、故郷を追われることになるので、原発再稼働Img_7596


は、絶対に反対です」と、別の女性も切実な思いを披歴されました。
 原子力発電所が身近にある人の、緊迫した思いが伝わってきました。
 近くにないから安全ではなく、いったん事故が起こったらどのようなことになるかは、誰にも予測できません。
 しかし、福島を経験している日本人は、知っているはずです。
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 もっと敏感に反応してもいいと思うのですが、日本人の何かが麻痺しているのでしょうか。
 声を大にして脱原発を言わなくてはならないと、改めて思いました。
 講習会の控室には、トルコキキョウがやさしい雰囲気のお花と、松ぼっくりやドングリで作った、手の込んだ楽しいクラフトを飾っていただきました。
 新潟越南教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。
 

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2016年9月11日 (日)

北見市に行ってきました

Img_7517  北見教区の講習会で、北海道の北見市に行ってきました。
 北見は先日来北海道を襲った台風の影響を受け、収穫の終わったタマネギやジャガイモなどに大きな被害が出ました。
 畑が川のように水浸しになっているところもありました。
 収穫の真っ最中というところもあり、ほとんどの農家の方が何らかの被害を受けているそうです。
 手塩にかけて育て、生活の糧にもなる野菜に大きな被害が出たことは、本当に無念なことであると思います。 自然災害の大きさを、今年もまた思い知ることになりました。
 被害に遭われた皆さまに、お見舞いを申し上げると共に、再Img_7526


び元気を取り戻され、ご活躍くださいますことをお祈りいたします。
 土曜日、女満別空港に降りたつ前、北海道の太平洋側の海岸線が見えました。
 海の水が、広い範囲にわたって泥水になっていました。
 多くの土砂が海に流れたことが、明らかに見えました。
 その後厚い雲の中を降下しましたが、地上の気温は16度で、肌寒く感じました。
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 ずっと雨続きの北見地方でしたが、日曜日の今日は久しぶりに良いお天気に恵まれました。
 水浸しになった畑の後始末や、延期されていた運動会などが行われたようです。
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 自然災害を目の当たりにし、当たり前の暮らしが、当たり前にできるように、人間中心ではない生活の大切さを切実に感じました。
 そんな中でも多くの方が講習会にご参加くださり、ありがとうございました。
 講習会の控室には、ピンクと紫の縁のトルコキキョウと紫陽花を飾っていただきました。
 清楚な爽やかさが感じられました。
 北見教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2016年9月 5日 (月)

札幌市に行ってきました

Img_7508  札幌教区の講習会で、札幌市に行ってきました。
 日中は少し蒸し暑い感じでしたが、夕方からは涼しい風が吹き、秋になっていました。
 ナナカマドも黄色に色付き、一部紅葉が始まっている木もありました。
 大都会札幌は、観光客も含め、多くの人でにぎわっていましたが、駅周辺の中心地はきれいに整備され、街路樹も植えられているので、都会にしては余裕のある街並みです。
 すぐ近くに山があることも、自然が身近に感じられる一因だと思います。
 宿泊したホテルから、5・6ブロック行くと、北海道大学の植物園があります。
 今まで行ったことがなかったので行ってみました。
 植物園の入り口に着いたのは4時少し前でした。
 5時くらいまで開いていると思ったのですが、4時閉園で残念でした。
 仕方なく、すぐ近くの赤レンガの旧北海道道庁に行き、蓮池Img_7510


などを散策しました。
 東南アジアからの観光客が目立ちました。
 北海道は東南アジアの人々にとっては、北に位置し、ヨーロッパのような植生もあるので、人気の場所だそうです。
 日本の他の地域の人にとっても、北海道は冬の厳しさはありますが、本州にはない雄大な自然が魅力的だと思います。
 札幌は北海道の中でも豪雪地帯です。
 そのため雪まつりなども行われるのですが、一冬の札幌市Img_7511


の除雪費用は100億円を超えると聞き、驚きました。
 私も北杜市に引っ越して経験しましたが、雪掻きは大変な重労働です。
 札幌の人たちはそれを毎年しているのですから、自然の力の大きさも経験しておられるのでしょう。
 講習会の質問で、三十代の女性から「なぜ自転車に乗り、遊んでいるのですか」というのがありました。
 夫は可能な限り通勤に自転車を使っています。
 それを遊んでいるように見るのは、かなり偏った見方をしているからと思いますが、家からオフィスまでは上り坂で、とてもきつい行程です。
 それを敢えてしているのは、現代社会が便利になり、人が体を使うことが少なくなったため、様々な病気の発症や、体の機能の衰えがあるからです。
 人間がこの世に生まれてきたのは、与えられた優秀な肉体をよく鍛えて、自分に与えられた役割を十分に果たすことが大切だとの考え方からというような内容の答えでした。
 東京もそうですが、都会はインフラが整備されているので、体を使わなくても何でもできるところがあります。
  

 Jpgかといって田舎はどうかと言えば、都会以上に車社会で、こちらも身体を使うことが少ないです。
 札幌の人たちも、大変ではありますが、雪掻きで多少身体を鍛える機会を持っておられるのではないかと思いました。

 意識して、体を使うことの大切さを再認識しました。
 講習会の控室には、花瓶とよく合ったおしゃれな花を飾っていただきました。
 札幌教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2016年8月28日 (日)

滝川市に行ってきました

Img_7486  空知教区の講習会で、北海道の滝川市に行ってきました。
 一週間前には台風9号による深川の被害の報道があり、数日前には大雨の予報もあったので、天候を心配しましたが、昨日の土曜日と今日の日曜日は、大変素晴らしい天気になりました。
 澄みきった空に爽やかな風が吹き、8月末の北海道に相応しい気持のよい日でした。
 北海道の空や大地の雄大さは、本州では味わえないものです。
 札幌以外の北海道各地は、人口減少と産業の衰退が大きImg_7479_2


な悩みですが、自然資本の豊かさは、莫大な資産です。



 人々の価値観が変わり、この自然環境の価値を人々が認めるようになればよいと、北海道に来るといつも思います。
 厳しくも豊かで雄大な自然の中で生きてきた人々は、力強く、自然体で謙虚であると思いました。
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 講習会の控室には、ヒマワリ、紫陽花、ワレモコウなど季節に相応しい夏と秋の花を飾っていただきました。
 ピンクッションやブローチなどの手作り品も、愛らしい品々でした。
 空知教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2016年8月18日 (木)

国際教修会3

 生長の家は、「人類光明化運動」を1930年から行ってきました。その間に日本は、第二次世界大戦、敗戦を経験しました。終戦後の世界は、アメリカとソ連という左右の超大国が対立する冷戦の時代であり、生長の家はアメリカ側に立ち、自由主義の世界を支持しました。日本においては、共産主義勢力から日本を護るために、日本民族の意識の啓蒙に大いに努めました。
 雅春先生が亡くなられたのが、1985年です。戦争の時代を生きられ、その時代に必要なことを生涯かけて貫かれました。先生の死の4年後に、ベルリンの壁が崩壊し、ソ連も崩壊しました。核兵器による恐怖のバランスの中で、一触即発の状態だった時代は終わり、世界に平和が訪れると、多くの人が期待しました。けれども世界は冷戦によって抑圧されていた民族主義が台頭し、世界各地で紛争がおこりました。更に冷戦時代の過当な競争の結果として、地球環境の悪化が大きな問題と意識されるようになりました。科学技術の進歩は国際化を促進し、インターネットの普及により情報が地球を行き交うようになりました。
 そんな地球社会の変化をうけて、生長の家の運動は新たな方向に進むことになりました。
 1993年、谷口雅春先生生誕100年の年に、生長の家の運動は、時代に即応した運動に向かうために、「人類光明化運動」から、「国際平和信仰運動」となりました。この2つの運動は、目的と精神において、何ら変わるものではありませんが、もし違いがあるとすれば、3点だと示されています。
 
 1、生長の家が現代において目指すものは「世界平和」であることを明確にしたこと
 その理由として、人類光明化運動の「光明化」という言葉は一種文学的な表現で、「美しい」けれど、具体的にどういう状態かというとはっきりしない。しかし、「国際平和」という言葉は、明らかに国と国の間に紛争や戦争がない状態、さらにはお互いが協力し共存して繁栄する状態を意味することもあり、運動の目的が「国家間の平和」であることが明確になったと説明されてあります。
 
 2、その「世界平和」とは、政治力、あるいは核の抑止力によってもたらされる平和ではなく、唯一絶対の神への「信仰」によってもたらされる平和であることを明示したこと
 
 普通「平和運動」というと政治運動の一種であって、昔から行われている〝力のバランス〟による国際政治に反対して勧められたものがある。また、「平和維持」に力点を置くと、最近は核兵器ができたので〝核の抑止力〟を重視した政策もある。我々が担当するのは、政治や経済ではなく、私たちは「唯一絶対の神への信仰」を担当するのです。「被造物の中に敵と味方をつくって、敵をやっつける」というような中途半端な神様を私たちは信仰していない。このような神への信仰によって聖戦が行われます。私たちはお互いを神の子として認め合う信仰のもとに平和を実現するのが目的です。それが国際平和信仰運動の考え方です。
 
 3、「国際運動」として、各国の運動を統一的、組織的に立案し実行していくための各種の方策が講じられていること
 
 簡単に言うと、そういう目的の運動を各国がバラバラに行うのではなく、世界の色々な人の知恵を借りながら協力し、組織的に行っていく枠組みが示されている。具体的には、運動方針徹底の場には、海外からも多くの代表が来られているので、意見交換や意識統一が行われるというわけです。「人類光明化運動」として出発した当初は、どのように平和を実現していくかははっきりしていなかったし、当時は戦争の時代でした。その時代よりは少しは具体的に、方法論その他種々の仕組みが出来上がりつつあるのが今の段階だということです。
 
 
 そのようにして、国際平和信仰運動が1993年に始まり今年で23年になります。その間、様々なことがありましたが、国際運動として、今日のような国際教修会が2003年から始まりました。そして、人類が直面する喫緊の課題である、地球環境問題を解決するために、2000年には生長の家の環境方針が発表されました。
 2013年には、東京原宿から、ここ山梨県の北杜市の〝森の中のオフィス〟に移転して、さらなる進展を期して、運動を進めています。オフィスが移転して新たに始められたことは、皆さんよく御存じであると思いますが、国際運動としては毎月一回、各国の指導者がテレビ会議を行い情報交換をし、重要な問題を話し合うことをしています。
 〝自然と共に伸びる運動〟を私たちは今行っていますが、地球と世界の現状を見て、何をすればいいのかを真摯に問い、私たちは運動を進めています。
 今の世界は、物質主義、経済優先、効率優先で、物質的に豊かになった半面、世界は格差が生まれ、人と人とのつながりは希薄になり、社会は分断しています。物質偏重の偏った文明をバランスよくさせるためには、全ては一体であることを生活のあらゆる面で表現していかなくてはなりません。
 「大自然讃歌」の3ページから9ページ一行目までを読ませていただきます。
 
  神は唯一の存在なれど
  かくの如く多種、多様、無限豊穣を生み出し給う。
  地球の自然は個にして全、全にして個の姿を如実に現し吾らに神の無限相を顕示せり。
  森は一つ生命(いのち)の塊と見ゆれども、近寄りて見れば無数の生物種棲む多様なる生命共存の場、相互向上の舞台なり。
  生物種互いに与え合い、支え合い、共に競いつつ厳しい中にも動きと変化に富む美しき調和到るところに充満せり。
  個々の生物神の無限を表現する如く周囲へ広がり、高みを目指し、深みを極めんとし、大距離を移動し、形態を変化(へんげ)し他種を模倣しつつ独自性を現したり。
  これら生態系はすべての生命の共栄圏にして、個性保ちつつ無数に集まり地球の表面を覆い尽くせり。
  これまさに有限の中に無限現れ無限の中に有限同居する姿なり。
  神のアイデアと創造はかくの如く汲めども尽きず、数うれば限りなし。
 
 このような大調和した生命が生き生きと活動する世界に生きていることを、常に忘れず、全てのものの恩恵に感謝して、生活していきたいと思います。
 唯一絶対の神への信仰が強力なコトバの力となり、またコトバの力の表現として新しい文明の構築につながる生活の実践を以下のようにまとめました。
Kotoba2_2





 
1、 唯一絶対の神への信仰を深めるために三正行を実践する
2、 日時計主義で生活する
3、 『全ては神において一体』を生活に表現するために、むすびの働きを意識して生活する
4、 自他一体の愛の実践として、肉食を控える
5、 地産地消、家庭菜園、手作りなどを実践する。
6、 地球温暖化を促進しない生活を心がける。
 
 このような生活をしつつ、一人でも多くの人に生長の家を伝えていくことにより、平和な世界の実現に、皆さまとともに歩んで参りたいと思います。
 これで、私の話を終わらせていただきます。
 ご清聴ありがとうございました。

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2016年8月17日 (水)

国際教修会2

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 また『宗教はなぜ都会を離れるか?』の中に、2012年の生長の家代表者会議で総裁がコトバの力について話されたことが掲載されています。この代表者会議では、『生命の実相』や『聖経』が自由に発行できないことについて、参加者に説明されました。次のように書かれています。「カタカナで書かれたコトバは心の中の波動みたいなものです。そのコトバから、身、口、意の表現が行われ、その結果として書物ができる。「生命の実相」や「聖経」が自由に発行できないことを大きな問題と思っているかもしれませんが、宗教上の教えで一番重要なのは何かと言えば、その書物のもとになったところの「コトバ」である。コトバさえしっかり把握していれば、結果としての「書物」は、身・口・意の表現を通していずれ出てくるので、それほど心配することはなく、大切なのは我々の信仰心、神への思い、確信、悟りなどコトバを明らかに把握することである」といわれました。
 谷口雅春先生の『新版 真理四巻青年編』から「コトバ」について、次のように、引用されています。
 
Shinkui00


 「これは宇宙に満つる霊(たましい)の振動であり、生命の活動であります。(中略)「想念の波」を起すと云うことであります。(中略)宇宙に満つる大生命の波動が想念即ちコトバであって、それがやがて形の世界にあらわれて来るのであります。だから事物の本質とは何であるかと云うと、此のコトバでありまして、形ではないのであります。」
  
 『生命の実相』頭注版第33巻、53ページには、谷口雅春先生はこのように説かれています。
 
   悟りという生々流動のいのちというもの、こいつは捉えることも形式化することもできないのですけれども、仮に、形式を駆使してそこに表現されるのであります。悟りは形に表現された時、すでに形にはまってくる第一歩があるのです。だからその表現形式が宗教だと思うとまちがいが起こるのです。形というものを通して表現されて生命がわかるというようになるので、悟りそのものは表現形式の奥の奥に形を超えてあるのであります。ですから生命を表現するには常に形をこしらえなければならず、また同時に常に形を破ってゆかなければならないのであります。生長の家それ自身の中にもやはりそれがあります。前にはこう説明してあるかと思うと、次には全然別のような説明の仕方がしてある。説明の仕方は形ですから、不断に変化しなければならないのです。みずから変化しない宗教は形骸化して他の宗教にとって代わられるのであります。昔からの宗教にも、新興宗教の出現や、宗教改革というものの中に、それがあるのであります。みずから宗教改革しながら進んで行く宗教であってこそ永遠に生きることができるのです。いっぺんこの形と定めて表現しても始終その形で固定してくると、またその次にその形を破らなければどうしても説明に堕し、形式に堕して生命を伝えることができないのであります。
   
  
 そして総裁は『信仰による平和の道』でこのように結ばれています。
 「宗教というものはそれぞれの発祥の地における地域的、文化的、時代的な特殊の要請にしたがって登場し、成立するものであるが、それが真理を説き、時代の変遷にもかかわらず発展していくべきものならば、それは成立当初のローカル色や特殊性から脱却し、普遍的な真理を前面に打ち出すとともに、伝播地においては、逆にその土地のローカル色や特殊性を吸収し、応用するだけの〝幅〟や〝柔軟性〟をもたねばならないことが分かるだろう。」
 生長の家は1930年に、谷口雅春先生と輝子先生、お二人で始められました。当初から教化団体生長の家として出発し、宗教を作るとか、宗教を始めるというようなお考えはありませんでした。人類の心を光明化しようという目的で始められました。ですから、教化団体生長の家という名前で、人類光明化運動が始まりました。
 生長の家が始まったころの日本や世界は、どういう状況だったかということも『信仰による平和の道』の291ページから書かれています。
 1927年(昭和2年)に、日本は中国に派兵しています。1928年には関東軍による満州の武力占領がおこなわれていきました。
 1929年、立教の前年ですが、ニューヨークのウオール街で起きた株価暴落がきっかけとなって、「世界大恐慌」に突入していきました。谷口雅春先生はそんな時代に「生長の家」誌を出版しようと決意されました。日本は「昭和恐慌」といわれる経済的大混乱に陥っていて、国内経済は3割くらい縮小し、世の中には失業者があふれ、中国大陸では戦争が始まっていました。今想像するだけでも、大変な時代です。
 「生長の家」創刊号の「巻頭の言葉」には、このように書かれています。
 
 蛇に睨まれた蛙は恐怖のために動けなくなって蛇にのまれる。
 国が国を恐れるとき莫大な軍費を要する。
 就職試験に臨んで恐怖心を起こす青年はその就職に失敗する。
 入学試験に臨んで恐怖する学生はその入学に失敗する。
 恐怖が自己の境遇を支配すること斯くの如く甚だしい。
 更にそれが自己の病気や健康に影響するに至っては云うまでもないのである。
 此の恐るべき恐怖心を人生より駆逐するべき道を示さんとするのが「生長の家」の念願の一つである。
 『信仰による平和の道』294ページ
 その次に「『生長の家』出現の精神とその事業」という御文章です。
 
 自分のかざす火は人類の福音の火、生長の火である。自分は此の火によって人類が如何にせば幸福になり得るかを示そうとするのだ。如何にせば境遇の桎梏から脱け出し得るか、如何にせば運命を支配し得るか、如何にせば一切の病気を征服し得るか、また、如何にせば貧困の真因を絶滅し得るか、如何にせば家庭苦の悩みより脱し得るか・・・・・・等々。
 今人類の悩みは多い。人類は阿鼻地獄のように苦しみもがきあせっている。あらゆる苦難を癒やす救いと薬を求めている。しかし彼らは悩みに目がくらんでいはしないか。方向を過っていはしないか。探しても見出されない方向に救いを求めていはしないか。自分は今彼らの行手を照す火を有って立つ。
        (同、295ページ)
 
 このような暗い時代に、人々の悩みを解決するために、自分は此の事業を立ち上げたのだと宣言されました。
 そして、日時計主義の生活を提唱され、言語の再現力、言葉の創造力の応用を勧められました。
 生長の家は、宗教ではなく教化団体だったのですが、1939年(昭和14年)、日本に宗教団体法という法律が制定されて、文部省の見解によると、生長の家は「教化団体」というよりは「宗教団体」であるということになりました。
 その辺のいきさつについて、総本山落慶記念に出された「神の真義とその理解」(日本教分社刊)に書かれてありますが、『信仰による平和の道』の158ページに引用されています。
 
 ところが生長の家は、教義と云っても生長の家独特の教義がないのであります。ないと言うとおかしいけれども、生長の家は仏教の話もする、お釈迦様は斯う云うように被仰ったと言って、仏教は斯う云うものであると言って話もする。またキリスト教は斯う云うものである。耶蘇はこう被仰ったと言って話もする。また金光教の教祖は斯う言われた、天理教祖は斯う言われた、日本の『古事記』には斯う書いてある、老子には斯う云う事が書いてある、孔子は斯う被仰ったと云う風に、色々の教を一つにして説いて、相手に随って自由無礙に方便自在の説教をしているのでありますから、一定の生長の家の教えと云い教義と云うたらどんなものだと言われると困るのでありまして、生長の家独特の教義と云うようなものがないのであります。
 『信仰による平和の道』158ページ
 
 
  これらの先生のお言葉から生長の家は、宗派を超える教えとして出発したことが分かります。
 

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2016年8月13日 (土)

国際教修会1

 7月29日から31日に、生長の家森の中のオフィスで行われた「世界平和のための生長の家国際教修会」の私の話を、数回に分けて掲載いたします。

皆さま、本日は日本国内はもとより、遠くブラジル、アメリカ、カナダ、台湾、ドイツ、韓国からもご参加くださり、ありがとうございます。今回の教修会のテーマは、「宗教の自然破壊への態度と行動」ですが、自然を
破壊することは、人間を破壊することですから、大変深刻な問題です。これは科学技術の発達により、人間が自然を統御できると錯覚したことと、人類の多くが自然から離れて、人工物に囲まれた都会生活をするようになったこととも大いに関係しています。宗教は自然と人間との関係から発生したものですが、私は原理主義との関係で、宗教はどのようにして成立するものなのかということと、生長の家の事例、また国際平和信仰運動について、お話をさせていただきます。
 まず最初に、キリスト教と仏教を例にしてお話をさせていただきます。
 今日ここにお集まりの皆さま方は、生長の家の幹部の方々ですので、そのような話は「釈迦に説法」かも知れませんが、私たちの現在の運動をより明確にするために、復習をするような気持ちで、お聞きいただければと思います。
 キリスト教の成立については、今年の3月1日に行われました、生長の家春季記念日、生長の家総裁法燈継承記念式典で、総裁がお言葉を述べられましたが、その中でキリスト教の歴史に触れられています。この式典は、インターネットを通じて、世界の各拠点等に配信されましたので、ほとんどの方が聞いておられるのではないかと思います。
 総裁は、生長の家は今年立教八十七年で、人間に譬えればもう先が見えている年齢ですが、宗教の中には、すぐ消えていくものもあるが、世界宗教と言われているものは、何百年、何千年の歴史を持っており、そういう宗教から見たら、生長の家は、まだ草創期であると話されました。このことは、私たちの運動を考える時に、大変重要であると私は思いました。この草創期という言葉は、ただ単に歴史が短いという意味だけではなく、もっと深い意味があると考えます。
 歴史学者のポール・ジョンソンの本、「キリスト教の歴史」から引用されて、お話が進められました。
 キリスト教は最初ユダヤ教の〝分派〟〝イエス派〟として始まり、次第に伝統的なユダヤ教から独立して一つの新しい宗教になったということですが、その期間がキリストの死後、三百年というのがポールさんの見方です。日本のキリスト教研究者の小田切雅也さんは、やはり「キリスト教の歴史」という本で、キリストの死後百年くらいであると書いているそうです。このように歴史家によって見解は多少違いますが、一つの宗教が新しい宗派として独立するには、それなりに長い時間がかかることが分かります。
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 また、総裁の著書、『信仰による平和の道』の中にも、キリスト教の歴史に触れたところがあります。
 キリスト教の信仰者にとっては大変重要である、新約聖書の冒頭にある四つの書、福音書を例に話されています。福音書はイエスの言葉がそのまま書かれていると信じられています。「マタイ」「マルコ」「ルカ」「ヨハネ」とそれぞれイエスの直弟子の名前がついています。これらの福音書につい
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て、学者が研究した結果、直弟子が文章を書けるような時期に、これらの福音書は成立していなかったということが分かっているそうです。直弟子がみんな死んでしまった後に、Gazou3


何者かの手によって福音書は作られたらしい。イエスを信奉する信仰集団の構成員が、イエスの教えを後世に伝えるとともに、自分たちの信仰運動を拡大するための典拠、つまり、教祖の先生がこうおっしゃっているという拠り所として書いたと思われるということです。
 福音書が後世の人によって書かれたという有力な証拠としては、新約聖書は初めからギリシャ語で書かれていたということです。イエスが話していた言葉は、「ギリシャ語」でも「ヘブル語」でもなく、「アラム語」でしたから、イエスの言葉を直接には理解しない人が書いたということになります。
 また総裁が、講習会等で話されることがありますが、キリストの生誕を祝うクリスマスは、古代ギリシャ、ローマで冬至の時期にあった祭り、不敗太陽神の祝祭を、キリスト教が拝借したものということです。多神教から、一神教のキリスト教に改宗した人達の中にも、昔からの祭りの習慣を大切にしている人が多く、それらの人々を教会に連れ戻す必要から導入されたということです。このように見てきますと、現在信じられており、重要な教えと思われるものの多くが、キリストの死後作られたものだということが分かります。
 次に仏教を見てみたいと思います。
仏教の歴史については、同じく『信仰による平和に道』の第一章に書かれています。
 仏教の開祖、釈迦の誕生は、紀元前、六二三年、五六三年、四六三年などいろいろありますが、八〇歳まで生きたというのが定説だそうです。いずれにしても紀元前三八〇年には釈迦は死没しています。ですから、それ以降に書かれた教典は仏説ではないということになります。そこから、仏説を信仰する小乗仏教と、釈迦の死後に書かれた「般若経」「華厳経」「法華経」「阿弥陀経」「維摩経」などを信仰する大乗仏教に分けられます。
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大乗以前の仏教は、社会的、文化的に恵まれた少数のエリート知識層によって維持され、民衆とは離れた立場から高踏的な宗教活動をしていました。釈迦を一個の肉体を持った歴史的人物として捉えていて、信仰者はその精進の道程を模範として自らの心を鎮め、教理を学び、煩悩を脱却して、涅槃に入ることを目指して修行していました。自分だけの解脱、すなわちニルバーナ(涅槃)に入ることをめざし、生前においては、完全な状態には到達しなかったということです。P14
 しかしそれでは、文字が読めず、あるいは煩雑な教理を理解する能力のない民衆に救いをもたらすことはできません。新興の商人層や民衆の精神的渇望に応えるためには、教えの解き方にも変化が起こるのは当然のことでした。
 大乗の教えでは、釈迦(ブッダ)は、一個の歴史的人物に限定されず、肉体人間を超えた理想的、超人的存在として捉えられました。そうでなければ、無学で煩悩具足した一般民衆を掬い取る力が不足すると、考えられたからだろうとのことです。日本に伝えられたのも、ほとんどが大乗の教えです。
 仏説以外は仏教に非ずという、原理主義的な考え方では、今日の仏教はなかったということがいえます。これはキリスト教も同じです。
 生長の家の場合を考えてみますと、もしかしたら多くの方は生長の家の教えはすでに完成している、「生命の実相40巻」の中に、全てがあると思っている方があるかもしれません。けれども、「日々の祈り」が書かれ「大自然讃歌」「観世音菩薩讃歌」が出されたのは、どういうことでしょう。総裁がよく言われるように「生命の実相」や「聖経」に、自然と人間について書かれていないわけではありません。けれども、それらが書かれた時代は現在のように環境問題が人間の生存を脅かすほど深刻ではありませんでした。それよりは病苦や生活苦が人々にとって大きな問題であったため、自然と人間の関係について強調されなかったということです。ですから「生命の実相」や「聖経」をよく読んでいた私たちは、自然と人間との関係についてあまり意識することがありませんでした。それを補うために新しい祈りや讃歌が出されたのです。いつも言われるように、宗教は時代の制約下にあるし、そうでなければ人々の要求に応えられず、時代から取り残されていくと云う事です。
 

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2016年7月12日 (火)

1945年のクリスマス

Img_7350  この文庫本「1945年のクリスマス」べアテ・シロタ・ゴードン著(朝日文庫)は、今年の6月30日に出たばかりで、私は7月4日に買い、時間を見つけつつ、ようやく読み終えました。
 帯にも書いてあるように、日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝です。
 一人の女性の自伝としても、大変興味深いものがありますが、アメリカからの押し付けと言われる日本国憲法が、どのような状況で草案されたか、関わった人々はどんな気持ちだったかがよく分かります。
 日本を弱体化するための憲法ではなく、みんな理想主義に燃えていたことが、細かい描写から受け取れます。
 べアテさんは、5歳から15歳まで、戦前の日本で暮らし、日本女性の地位の低さを敏感に感じ取っていました。
 アメリカの大学を出て後に、日本国憲法の人権に関する委員会のメンバーに任命されたとき、女性が幸せになるように、女性の権利を書くことに心血を注ぎました。
 当時アメリカの憲法にも、男女平等は記されていませんでした。
 共産主義のソ連憲法には、男女平等があり、ドイツのワイマール憲法やその他の参考になると思われる国の憲法を、焼け跡の東京の図書館でさがし、参考にしました。
 本文から引用すると、こんな箇所があります。
 「とにかく、戦勝国の軍人が、支配する敗戦国の法律を、自分たちに都合よく作るのだなどという傲慢な雰囲気はなかった。自分たちの理想国家をつくる、といった夢に夢中になっていた舞台だったような気がしている。」
 こんな風に書かれています。
 こらから、憲法をどうするのかという議論が、国民的に起こってくるでしょう。
 この本は、その時の一つの参考になるものと思われます。
 

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2016年7月11日 (月)

「憲法改正」の真実

Img_7347  参議院選挙が終わりました。
 自民党が予想通り、改選議席に上乗せをしました。
 そんな中で、民進党は大敗した三年前に比べれば、それなりに成果があったので、自民党の結果は残念ではありますが、いよいよこれから国民的議論を醸成していかなくてはならないと、私は前向きに考えていました。
 そんな中、今朝新宿の紀伊国屋書店で『「憲法改正」の真実』樋口陽一・小林節著(集英社新書)を買いました。
 この本は、以前から知っていて読みたいと思っていました。
 夫が持っていたのでいつでも読めたのですが、他に読まなくてはならない本があり、原稿もあって時間がありませんでした。
 安倍政権の暴走はそれなりに認識していたつもりですが、この本を読んで、私は衝撃を覚えました。
 安倍首相と自民党は余りにもお粗末で、独裁的ですが、そのような政治をはびこらせてきたのも、私達の責任であると痛感しました。
 まだ、三分の一くらいしか読んでいませんが、一人でも多くの人に読んでいただきたいと思います。
 多分どこの書店でも、平積みされていると思います。
 護憲派の泰斗と改憲派の重鎮が、立場を超えて民主主義と立憲主義の危機を訴え、日本の現状を大いに憂いています。
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「愛国と信仰の構造」と重なる所もありますが、憲法学者の立場から、いかに今の日本の状態が危ないかがよく分かります。
 世界の平和とも大いに関係があります。
 皆さんと勉強していきたいと思います。



 今日は大泉もそれなりに暑くなり、日中は30℃くらいあったようです。



 今は涼しいですが。



 庭では3年目の桔梗が咲いています。

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2016年7月10日 (日)

青森市に行ってきました

Img_7331 青森教区の講習会で、青森市に行ってきました。
 

 金曜日までは20度に満たない寒い日だったそうですが、私たちが到着した土曜日は26度くらいで、少し蒸し暑かったです。
 

 日曜日の今日は、予報では雨でしたが、爽やかな風の吹く良いお天気になりました。
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 梅雨ですから紫陽花が美しく、赤紫のハマナスも鮮やかでした。
 

 以前に書いたかもしれませんが、青森はカシスの栽培が日本一で、カシスのケーキやジャム、ゼリー、ジュースなどがありますが、珍しいものでは、Img_7328


かしす羊羹というのもありました。
 

 「カシス」という木の実があるのは以前から知っていましたが、さてどんな植物なのかと調べて見たら、「黒房すぐり」だということがわかりました。
 

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 「えっ、そうだったの」と、驚きました。
 

 私の庭には、「赤房すぐり」(レッドカラント)があり、毎年6月末頃真っ赤な小さな身が熟し、ジャムを作ります。
 


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 今年も沢山ジャムができました。
 

 去年のことですが、たまたま園芸店で「黒房すぐり」(ブラックカラント)を見つけ、買って庭に植えました。
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 レッドカラントがよく育つので、ブラックカラントも良いだろうと思ったからです。
 

 小さい苗でしたから、実が成るのは期待していませんでしたが、それでも20粒くらい収穫できました。
 




 レッドカラントに混ぜてジャムにしましたが、それがカシスだったとは知りませんでした。
 

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 カシスは、カシスポリフェノールと言われる抗酸化作用を持つ成分があり、その中で代表的なのがアントシアニンで、ベリー類の中でも特徴があり、カシスアントシアニンと呼ばれるとのことです。また他のフルーツに比べビタミンやミネラルが多く含まれている健康食材だそうです。

 

 お昼のお弁当にも、カシスゼリーが入っていました。
 

 青森の皆さんは、豊富なカシスで老化や目の疲労の抑制を図られているかもしれません。
 

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 講習会の控室には、布で作った百合や亀、百合の額、牛乳パックで作ったねぶたの灯篭などを飾っていただきました。
 

 素晴らしい特技を持った方がおられるのですね。
 

 青森教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2016年7月 3日 (日)

盛岡市に行ってきました

Img_7281 岩手教区の講習会で、盛岡市に行ってきました。
 盛岡は、土曜日は小雨で風が強く、夕方から夜には雨も強く降ってきました。
 日曜日の今日は、朝少し降っていましたが、次第に良いお天気になりました。
 宿泊したホテルは、盛岡駅に近く、北上川のほとりです。
 橋を渡ると、材木町という地域があり、今の季節の土曜日の午後には、「夜市」という商店街の市が立ちます。
 そこでは、野菜や果物、魚、様々なお惣菜、パンやお菓子などが売られています。
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 宮沢賢治ゆかりの光原社もこの通りにあります。
 光原社は、賢治の「注文の多い料理店」を戦前に出版したところで、現在は賢治の本や原稿を展示したり、南部鉄器、漆品、全国の民芸品などを扱っています。
 盛岡に来ると、光原社に足が向きます。
 今回も、光原社を訪れ、「夜市」のにぎやかな通りを歩き、地元の書店に入り、岩手の出版社の本を一冊求めました。
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 地方の書店に行くと、そこで出版されているローカル色豊かな本に出会うことがあり、楽しみの一つです。
 また、岩手では戦前から、ホームスパンの製造が盛んに行われていて、現在も続いているということを知っていましたが、商店街の中に、ホームスパンの展示販売をしている店があり、入ってみました。
 ホームスパンは羊の毛から糸をとり、染めて、ツイードのようImg_7290


に色を混ぜて、ジャケットやマフラーなどを作ります。
 手が込んでいて、とても柔らかな手触りで、高級品ですが、一生使えるものだと思いました。
 そんな話を昼食時にすると、白鳩会の連合会長さんが、「昔は家庭で羊を飼っている家も多く、私の家でも刈った羊の毛を糸にして、染めて、毎年セーターを編んでもらいました」と話されました。
 「昔はそれが当たり前と思っていましたが、今考えればとても贅沢なことですね」と言われました。
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 すると講師会長さんも、「忘れていましたが、そうでしたね。思い出させてくれて、ありがとうございます」と、懐かしそうに応じられました。
 私も子供の頃、冬になると母が毛糸屋さんに子供を連れて行って、私たち子供に好きな色を選ばせて、毛糸のセーターを注文してくれたという話をしました。
 今ほど豊かではありませんでしたが、私たちが子供の頃は心のこもったものを大切にする文化がまだあったのだということを、お互いに確認し合いました。
 講習会の控室には、紫陽花を始め季節の花をすっきりと清楚に飾っていただきました。
 岩手教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2016年6月29日 (水)

「愛国と信仰の構造」を読んで⑤

Img_7223戦前の日本で、宗教がなぜ国家と結びついたかという問題を考えてみます。
今まで書いてきたことをこの本の記述にしたがってまとめますと、明治維新によって、天皇を中心とする国家が生まれました。
そこには、国家神道が国体の中心に据えられ、国家神道は宗教を超えたものと位置づけられます。
教育勅語により国民の精神生活を規定し、大日本帝国憲法も発布されます。
明治憲法は、外面は西洋の近代国家に倣って立憲主義の形をとりますが、内実は天皇を神とし、国家神道が組み込まれていますから、教育勅語と合わせて、祭政教一致の政治が行われました。
国民の間に皇道や国体論の教えが刷り込まれていくのが、教育勅語が発布された、1890年以降です。
それから1910年くらいまでの20年間で、国家神道を普及させる様々な制度やシステムが確立されていきます。
このようにして国家神道は国民の心に浸透していき、その価値観を身につけた国民は、やがて自身がその担い手となって、自ら自発的に行動していきます。
その一方で、“坂”を登り切った明治後半期に生きた青年たちは、明治という新しい時代を作るという、それまでの人々が持っていた目標が見えなくなり、自己喪失すなわち自己のアイデンティティを見出せなくなります。
ちょうどその頃、それは日清日露の戦間期になりますが、日本で「宗教」が、個人の実存やアイデンティティと関わるものだという意味を、初めて持つようになりました。
それまでは、宗教は個人の実存的な悩みに答えるものではありませんでした。
知的な探求を好む自由な個人の実存的悩み--それが「煩悶」ですが、高度な教育を受けて、自らの思想的アイデンティティを求めた末に、「宗教」を拠り所とするような青年が多数生まれてきたそうです。こうして、大正から昭和期に浄土真宗や日蓮宗の信仰を経由して、数多くの人物が昭和維新テロや全体主義に身を投じていったといいます。
ここからは、私の考えを述べさせていただきます。
宗教を拠り所とした人たちの信奉した宗教の教義には、「神の国の理想」「浄土」「天国」「楽園」等があります。また救いの本源である、「仏」や「神」の存在を認めます。
国家神道を身につけた青年は、天皇を「神」と見ます。
そのような人にとって、二つの違う神が存在することを認めるわけにはいきません。そこで、宗教の教義と国体論を一致させる理論が組み立てられます。その結果、国家神道と宗教が一体化していくのです。
当時のナショナリズムの考えの根幹には、「天皇の大御心にお任せすれば、世の中の政治は自ずとうまくいく」というユートピア主義的理想がありました。一方、現実の社会はうまくいっていません。それは天皇の大御心を人々に届かないようにしている“君側の奸”(くんそくのかん)がいるからだという話になり、激しい言論弾圧に結びつきました。
一方、“君側の奸”の所為で天皇の光が届かないから、そういう天皇の側近や政治家、財界人を抹殺することにより、再び日光が届き、“本当の日本”が作られるという考えも生まれました。
そして連続テロ、血盟団事件が起こり、昭和維新運動が始まります。
これらを見てきますと、明治維新から終戦までの日本を動かしてきた思想の共通点が見いだせます。
一つは、古代日本に天皇を中心とした理想的な国家が存在したという考え方です。
それに見習って、明治国家が作られました。
二つ目は、天皇が特別の存在であり、神であるという捉え方です。
どちらも、現実の世界、現実の人間に完全を求めていることです。
現実の世界に完全があるはずはありません。
完全を理想主義的に捉えるのではなく、完全が現実にあるとするところに大いなる矛盾が生じ、つじつまを合わせるために、無理なことをしなくてはなりません。
それがだんだんエスカレートして、戦前の日本になっていきました。
現実の世界に完全を求めてはいけない、無謬を作ってはいけないという事を『愛国と信仰の構造』の本から、学びました。
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権力は必ず腐敗するという過去の歴史から、権力を縛るための立憲主義が必要です。
独裁政治にならないためです。
私たちはどうしても現実の世界に、完全性を求めたくなります。
けれども、この世界に完全はなく、どんなに偉大な存在であっても、人は間違うことがあり、無謬ではないということを、心に強く刻む必要を感じました。
長々と書いてきましたが、戦前の日本がどんな道を歩んだかをつぶさに知ることができ、私の考え方、ものの見方に大きな広がりを与えてくれた「愛国と信仰の構造」の著者に、心から感謝をいたします。
このブログをお読みくださり、お付き合いくださった皆様にも、感謝いたします。

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2016年6月26日 (日)

福井市に行ってきました

Img_7253 福井教区の講習会で、福井市に行ってきました。
 福井市には、前回までは羽田から飛行機で金沢・小松空港に行き、そこから福井までは車でした。
 今回は月に2便しかない、特急甲信エクスプレスという臨時列車の運転日と合い、小淵沢から長野まで行くことができました。
 長野からは、北陸新幹線「かがやき」で金沢まで行き、更に特急「サンダーバード」で福井入りしました。
 こうして書いていると、昔読んだ松本清張の推理小説、「時間の習俗」を思い出しました。
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 短い乗り継ぎ時間が、殺人事件のアリバイ証明に使われるのですが、捜査する方はどこかにからくりがあるのではないかと、綿密に調べます。
 若い頃は、こういう推理小説を読むのが好きでした。
 乗り継ぎ時間に私たちがすることは、お弁当を買うことくらいですが、帰りに福井から特急「しらさぎ」に乗り込んだ時には、真っ赤な顔をした40前後の男性が、寝起きの吃驚した様子Img_7271


で慌てて降りてきて、「金沢ですか?」と聞いてきました。
 私たちの乗った「しらさぎ」は米原行きですから、金沢は通過した後です。
 お酒を飲んで、寝てしまって、乗り過ごしたようでした。
 列車の旅ならではの、ハプニングですね。
 初めて降り立った福井駅は、近年改装したそうで、近代的な駅でした。
 駅の壁面には、恐竜の絵があり、広場には実物大の恐竜の動く模型が三頭並んでいました。
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 福井県の永平寺に近い勝山というところで、恐竜の化石が沢山発掘されているそうです。
 今朝の新聞にも、恐竜の化石が新たに見つかったという記事がありました。
 教区の方に、何故福井で恐竜の化石が沢山見つかるのか、理由を聞きました。
 多分と前置きして、勝山に向かって恐竜が逃げてきたけれど、山を越えられなかったので、そこで恐竜が死んだのではないかということでした。
 山の向こう側には、九頭竜川が流れているそうです。
 福井市内から内陸に入ったところで、雪も多く寒い所とのこと。
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 恐竜はどうして勝山に逃げてきたのか、何かに追われていたのか、あるいは気候変動があり、生き延びるために来たのでしょうか、謎です。
 福井にはそんなわけで、恐竜博物館があり、人気を博しているとのことです。
 ちょうど梅雨の時期で、土曜日は小雨、日曜日の今日も朝は降ったりやんだりでしたが、午後からは晴れて、講習会が終わって外に出たら、真っ青な夏空に入道雲が美しかったです。
 講習会の控室には、色々な色の紫陽花を飾っていただきました。
 福井教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2016年6月23日 (木)

「愛国と信仰の構造」を読んで④

Img_7237 戦前の日本は、生長の家も含め多くの団体や個人が戦争に協力したことは知っていましたが、その中で伝統宗教が中心的な役割を果たしたことはほとんど知らず、驚きでした。
 王政を復古させ、新たな歩みを始めた日本でしたが、幕末に不平等条約を結ばされ、諸外国からは遅れた二等国とみられ、屈辱を味わいました。
 何とかして一等国になりたい、欧米列強と肩を並べたい、近代国家として認められたいと思いました。
 そして、富国強兵や殖産興業に取り組んでいきました。
 こうした時代には、個人の人生の目標と国家全体の目標が一体化します。
 列強の仲間入りをするという物語と、その国家目標のために生きる立身出世的な物語は一致します。
 敗戦後の日本の歩んだ状況と酷似します。
 明治時代のそのような時代背景を、鋭く捉えたのが作家の司馬遼太郎で、「坂の上の雲」に描かれています。

 明治政府がどのようにして、天皇中心の国家を作っていったかを、「愛国と信仰の構造」の本からから、詳しく見てみたいと思います。
 天皇中心の国家という、日本の国体論を国民に浸透させるために国家神道が大きな役割を果たします。
 国家神道は、天皇と皇祖皇宗、またそれらに連なる神々への崇敬として、江戸時代末期に構想され、明治維新後、国家制度として具体化されていきました。
 そこで唱えられたスローガンが祭政一致で、政治の中心には祭祀をつかさどる天皇がおり、その祭祀を通して下々にも天皇崇敬がゆきわたり国民が統合されるというものです。
 維新政府は1868年(明治元年)神仏分離令を公布して、神社を自立させ、その地位を仏教の上位に高めようとしました。これにより、全国で廃仏毀釈と呼ばれる仏教や民族宗教への抑圧の嵐が吹き荒れていきます。 翌年には、祭祀・宣教などをつかさどる神祇官を政府の最高官庁としました。
 神祇官は、1872年には廃止され、1870年半ばには廃仏毀釈も収束し、先鋭的な動きはいったん落ち着きますが、祭政一致という理念はその後も根強く、明治政府に受け継がれていきました。
 明治に入ってから、新しい皇室祭祀も色々作られました。
 戦前の皇室祭祀で大祭の数は13ですが、そのほとんどが明治期に定められました。
 古代から宮中で行われていたものは、新嘗祭だけでした。
 本の中で、歴史学者のエリック・ホブズボウムが「伝統」は近代的権力の統治のあり方に基づいて発明(インベンション)されるという「創られた伝統」論を展開していることを紹介し、皇室祭祀がこの論に当てはまることを指摘しています。
 皇室祭祀の拡充とともに、全国各地の神社の組織統合も進んでいきました。
 明治維新前は、日本各地に様々な神社があり、それぞれ多彩な信仰を培ってきました。
 幕末までは、日本中の神社を束ねるような統一的な宗教組織は存在しませんでした。
 それが明治になると、皇室祭祀と連携しながら、全国の神社を一元的に統合し、伊勢神宮を頂点にした組織を作り上げていきました。
 その結果、神社神道と呼び得るような一大祭祀組織が形成され、国家神道の重要な構成要素となっていきました。
 それが現在も、人々が意識しないまま続いていっているのです。
 もう一つ重要なのは、1870年に下された「大教宣布の詔」です。
 この中の言葉「治教」がどのような文脈で使われてきたかの現代語訳が、示されています。

 「天照大御神や他の神的存在がすえた確固たる根源に従い、歴代の天皇が受け継いできた治教がある」というものです。
 「教」は、天皇を中心とした政治的精神秩序の軸として公的な次元で機能するものであって、下々の「宗教」とは別のものということです。

 他の宗教とは異なる「治める教え」ということです。

 ですから、「祭政一致というよりも、祭政教一致という方が正しいかもしれません」と、島薗さんは言っています。

 日本の「治める教え」というのは、天皇の祭祀と不可分の、儒教と神道が習合しながら形成されたような国家の教えというものです。
 その教えの核心に「国体」の理念があり、天皇崇敬を基軸とする社会秩序、道徳秩序の教えがありました。
 近代国家は、西洋の常識に従えば、信教の自由を認めなければなりません。
 ですから日本も、信教の自由を認めて、制度化し、1889年に発布された大日本帝国憲法に明文化しました。
 けれども、国家神道は「宗教」ではないので、国家が管理し弘布してもかまわないということになります。
 英語のduplicity(二枚舌・不誠実)という言葉を、どうしても使いたくなります。
 維新後は、西洋の教育システムを導入したり、立憲主義を憲法に取り入れ、神権的国体論と接ぎ木したりして、体制を整えてきました。

 教育システムも、憲法も形の上では、西洋の近代思想を取り入れていますが、内実は国体論が色濃く反映したものでした。
 1890年、憲法発布の翌年、教育勅語が発布され、学校行事や集会を通じて、国家神道が国民自身の思想や生活に強く組み込まれていきました。

 「朕惟フニ我カ皇祖皇宗国を肇ムルコト宏遠二徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ・・・・」と続くものです。
 1894年に日清戦争、1904年に日露戦争が勃発し、日本はその二つの戦いに勝利します。
 結果、不平等条約は改正され、治外法権も撤廃されました。さらに関税自主権も回復され、日本は名実ともに西欧の列強と肩を並べることになりました。
 明治時代の前半、必死になって坂を登っていた明治の青年たちは、坂を登りきって見たものは雲だったということです。
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雲は遠くから眺めていれば、実体があるかのように見えますが、その中に入るとつかむこともできないし、何も見えない、見通しのきかない状態になります。
 国の理想と自らの理想が一体になって歩んで来たそれまでの青年とは違い、日清、日露の戦争の頃には、個人の内面の問題に悩む煩悶青年が大量にあらわれます。
 国家神道の教育が生活の隅々にまで染み渡っている青年が、神道では解決できない問題を宗教に求めるのです。
 国家神道に宗教がのみ込まれていきます。

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2016年6月20日 (月)

「愛国と信仰の構造」を読んで③

Img_7230_2 前回までは、本が書かれた背景を説明しましたが、本論に入っていこうと思います。
 なぜこのような難しい問題について、私が説明を試みるかというと、日本の近代については学校でも習わないので、私自身がほとんど知らず、知らないで過去を冷静に見ることは難しいと思うからです。
 自分でもわかるように、本の内容を整理する形で説明します。
 ですから書くことは、この本からの知識です。
 明治維新はどのような経緯で起こったかです。
 テレビドラマや映画、ノンフィクション、小説などでしきりに取り上げられてきたテーマですが、専門に勉強しない限り、思想的背景や複雑な流れはよく分かりません。
 江戸末期には、300年続いた江戸幕府の幕藩体制に対する不満と、鎖国をしていた日本に対し、各国から開国をせまる働きかけがありました。
 特に、ペリーが神奈川県浦賀沖に黒船でやって来たのは衝撃的でした。
 幕藩体制に批判的だった吉田松陰を中心とするグループによって、江戸幕府は解体されました。
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 「一君万民」という思想が、背景にありました。
 「一君」とは天皇で、「万民」はすべての国民で、超越的な天皇のもと、すべての国民は平等という思想です。
 「一君万民」という思想が、どうして江戸幕府を倒すほどの大きな力になったかというと、これが国体だと定義した時に、江戸幕府の正当性が奪われてしまったからだとのことです。
 「万民」は平等であって、天皇だけが超越的な権力を持つのが、日本の国体であるから、江戸幕府には正当性がなく、王政を復古させ、本来的な日本の国体を取り戻すというのが、維新の志士たちのめざすところでした。
 これを中島さんは、『一君万民ナショナリズム』と言い換えてもいいのかもしれませんと、言っています。
 普通一般には、ナショナリズムというと、偏狭な国家主義、国粋主義というように、理解されています。
 「ナショナリズム」を広辞苑でひくと、以下のように書かれています。
 「民族国家の統一・独立・発展を推し進めることを強調する思想または運動。民族主義・国家主義・国民主義・国粋主義などと訳され、種々ニュアンスが異なる。」
 島薗さんが、『その場合の「ナショナリズム」は、「国家主義」というよりも「国民主義」のニュアンスに近いわけですね』と、確認しています。
 中島さんは『そうです』。
 国民国家というのは、「国民は平等であり、国家の主権者である」という考えをベースにした国家形態です。
 ナショナリズムというのは、政治学では左派的な出自を持った思想で、初期ナショナリズムの大きな政治的うねりとして、フランス革命を上げています。
 フランス革命は、絶対王政を倒し、民主的な国民国家を作り上げました。
 国民が主権者となったのです。
 明治維新は、元々あった君主制を否定するのではなく、封建的身分制度を打ち破り、「四民平等」を確立し、本来の君主制へ回帰することでした。
 君主の扱いが、フランスとは全く違いますが、日本の場合、復古すなわち昔にもどすことが、革新のようなニュアンスがあると書かれていますが、その通りだと思いました。
 これを、中島さんは「下からのナショナリズム」と、表現しています。
 それに対して「上からのナショナリズム」がありました。
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 維新後、明治政府により、天皇崇敬や皇室祭祀、神社の優遇など、天皇を求心力として国家を強くしていく諸方策がとられました。
 数十年かけ、戦前のナショナリズムを支えた国家神道の体制が積み上げられ、完成したころには、日本はファシズム期に突入していきました。
 維新の初期は、「国家は国民のもの」から、やがて「国民は国家のもの」に、変わっていきました。
 「国民の天皇」なのか「国家の天皇」なのか。
 「国民の天皇」なのか「天皇の国民」なのか。
 この言葉はよく読んで考えなければ、違いがわかりにくいです。
 明治維新の思想を支えたのは、「国学」や儒教を背景とした日本的な儒教思想「水戸学」などですが、それを詳しく知りたい場合は、本をお読みください。
 「下からのナショナリズム」は、封建制度を打破し、四民平等を果たし、天皇と人民が神意に従って一体化しているような世界が理想であり、そのようなユートピア的な世界は古代日本において成立していたとします。 ところが現実の明治政府は、天皇が中心になっただけで、幕藩政治のようなものを続けていました。
 そこから、天皇主義者たちによる「自由民権運動」が生まれてきます。
 ここから、日本の右翼団体の元流、玄洋社が生まれますが、主張には、「天皇の大権」と「国民の主権」の一致がありました。
 天皇と国民が神意に従って一体化するという思想は、宗教と結びついていきます。

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2016年6月18日 (土)

「愛国と信仰の構造」を読んで②

Img_7220  「愛国と信仰の構造」は、島薗さんと中島さんの多角的な知の応酬という形で、構成されています。
  中島さんは、政治学者ですが、「愛国と信仰」というのは、生涯をかけて取り組むテーマだと思っているそうです。  
  この本が書かれた理由は、現在の日本の社会状況が、戦前の戦争へ突き進んでいった時代と相似していて、その理由の大きな要素として、「戦前の日本が抱えたナショナリズムと宗教の問題が、いまだに片付いていないという認識」から、そこを明らかにしようというわけです。  
 冷戦が終結して、25年が経っています。
 冷戦の終結により、世界に平和が訪れるかと多くの人が思いましたが、それは幻想でした。
 冷戦後の世界は、急速な国際化と、民族紛争、地球温暖化と資源獲得競争が激しさを増し、世界中に右傾化の動きと、生活の不安定さの暗雲が漂っているようです。
 そんな中で、日本も例外ではなく、右傾化と社会の格差、若者の将来に対する不安があります。
 国際化が、経済発展を重要視する政府の行動に結びつき、大企業優遇は社会の格差を生み出し、特に若者の心に不安と不平等感を与えています。
 国民的な連帯が弱まり、個人がバラバラになっていくと、何らかの求心力を求めるようになり、それがナショナリズムに結びつく傾向を生み出すということです。
 1997年に設立された日本会議は、「美しい伝統の国柄を明日の日本へ」を目標の第1に掲げ、皇室を中心とした社会を理想としているそうです。
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 第1次安倍政権が「美しい日本」という言葉を使って、何を目指しているのかよく分からなかったのですが、この目標であったことがわかります。
 日本では、国家と宗教という問題を問う姿勢は希薄です。
 それは、戦前の全体主義を支えた国家神道を捨て去り、政教分離の民主的な国家に生まれ変わったのが戦後の日本であると、一般的に理解されているからです。
 ところが、戦前の国家神道は今も脈々と生きているというのが、お二人の考えです。
 嘗て、森喜朗首相が、「神の国」発言で、物議をかもしたことがありましたが、自民党を支える勢力が、日本会議や神道政治連盟などですから、本音が出てしまっただけで、不思議な発言ではないのでしょう。
 神道政治連盟国会議員懇談会の会長は、安倍首相ということです。
 自民党と国家神道の関係が、大変深いことが分かります。
 以上書いたことは、本から得た情報と、それに基づき私が思ったことです。
 

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2016年6月17日 (金)

「愛国と信仰の構造」を読んで①

Img_7207 谷口雅春先生の31年祭で、長崎に来ています。
 昨日は小雨でしたが、今朝は曇りから次第に晴れてきました。
 庭では紫陽花の鮮やかな青が爽やかで、くちなしは香気を放っています。
 生長の家が来る参議院選で、「与党とその候補者を支持しない」という声明を出したことはご存知と思います。
 その事に関連して「日本会議の研究」という著書も注目を集めています。
 日本会議だけではなく、日本がなぜ全体主義から世界大戦に突き進んでいったか、明治維新前後からの日本社会全体のナショナリズムと信仰について詳しく書かれた本があります。
 「愛国と信仰の構造」という本です。
  夫が持っていたのですが、著者の島薗進さんは東京大学名誉教授の宗教学者で、日本宗教学会元会長をされていました。
  島薗さんが、宗教学会会長をされていた頃、島薗さん主催の宗教者の集まりに、夫と一緒に何度か出席したことがありました。
  また夫の著書、「神を演じる前に」のはしがきを書いていただいたご縁もありました。
  共著者の中島岳志さんは、大仏次郎論壇賞、アジア・太平洋賞「大賞」を受賞した「中村屋のボーズ」の著者で、私はその本を読んでいました。
  「中村屋のボーズ」は、副題に「インド独立運動と近代日本のアジア主義」と書かれていて、内容に引かれ読んだのでしたが、当時の中島さんは30歳で、その若さで深い内容の本を書くことのできる俊才であるとの印象を持ったのでした。
  そのお二人の共著ということで、興味を持ちました。
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  「愛国と信仰の構造」の帯には、『あの国体論が復活している! 安倍政権の背後の宗教ナショナリズムを斬る!』とあります。
  背後の宗教ナショナリズムは、生長の家と関係があるだろうと思いました。
  生長の家講習会では総裁が参加者から寄せられた質問に答える時間があります。
  2・3か月前、「生長の家は日本会議と関係がありますか」という質問がありました。
  総裁は「日本会議とは関係ありません」と、はっきり否定しました。
  その頃の私は日本会議についてよく知らず、多分かつての生長の家の学生運動をしていた人たちが中心になって、「日本を守る会」から派生した団体くらいの認識でした。
  けれども、一般社会では、日本会議について懸念を持っている人が沢山いたようでした。
  また、生長の家=日本会議=安倍政権=自民党という図式もある程度一般に認識されていて、驚きました。
  全く以て、間違った捉え方ですが、社会というのはそのように単純な図式で見る人が多いのだということも知りました。
  最初は夫の本を借りて読んだのですが、すぐに自分用に買い求めました。
  内容が複雑で、江戸末期から明治維新、そして第二次世界大戦までの日本の政治と宗教の関係が詳しく書かれていて、そのような事情に詳しくない私には、気軽に読める内容ではありませんでした。
  しかし、知識としてぜひ知っておかなければならないものだと思いました。
  一読し、大まかな内容は大体理解しましたが、細部の流れは頭の中で混乱していました。
  そこで、二回目は順を追ってノートを取り、頭の中で図式が描けるように勤めました。
  歴史から学ぶことをしなければ、同じ失敗を繰り返します。 
  そのための、とても有効な参考書であると思い、興味のある方にはぜひ読まれることをお勧めします。

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2016年6月12日 (日)

山形市に行ってきました

Img_7182 山形教区の講習会で、山形市に行ってきました。
 

 土曜日、日曜日とも良いお天気で、気温も上がり、30度以上になりました。
 

 とわいえ、まだ湿気がそれほどなく乾燥しているので、比較的過ごしやすかったです。

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 駅近くの公園には、夏の花、タチアオイが華やかに咲き競っていました
 

 山形は今ちょうど、サクランボの最盛期です。
 

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 今年は例年に比べ、暖かかったそうで、サクランボの収穫時期も10日ほど早くなったそうです。
 

 サクランボ収穫前の忙しくなる前に、講習会の日程を決めたようですが、どんぴしゃりと、最盛期とぶつかりました。
 

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 サクランボ農家の方は、忙しくて講習会へのご参加はかないませんでしたが、その他の皆さんが多くお運びくださり、前回を15パーセントくらい上回る参加者数となりました。
 

 山形教区の皆さんは、会場に人がいっぱいで、うれしくて感動したと、講習会後の懇談会で感想を述べられました。
 

 笑顔いっぱいの懇談会で、皆さんの明るい雰囲気に、私もうれしく思いました。
 

 サクランボも頂きましたが、甘くて適度に酸味があり、とてもおいしかったです。
 

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 講習会の控室には、ちょうど咲き始めた山形特産の紅花、また会員の方が作られた、シルクフラワーのデルフィニューム、押し花アートなど飾っていただきました。
 

 全国各地に、様々なクラフト作りの名人、達人などがおられ、皆さまの素晴らしい才能に敬服いたします。
 

 山形教区の皆さま、お世話になりました。
 

 ありがとうございました。

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2016年6月 6日 (月)

帯広市に行ってきました

Img_7132 十勝教区の講習会で、帯広市に行ってきました。

 ここ数日全国的に気温の低い日が続いていましたが、土曜日の帯広も最高気温12度、6月初旬にしては寒い日でした。

 5月末に30度を超える日が数日続いた帯広では、気温の変化に戸惑いを覚えているようでした。

 急に暑くなったので、一斉に花が開き終わってしまい、今はつつじやジャーマンアイリスがわずかに残っているとのことでした。

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 それでも、講習会場に飾る花を皆さんにお願いしたところ、飾りきれないほどたくさんのお花が各家庭から届いたとのことでした。

 十勝教区の皆さんは、家庭菜園やお花の栽培を楽しんでいる方が多いそうです。

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 十勝教区の講習会は、開催場所の平均化のため、3年振りでした。

 私は何度も十勝に来て、土地の様子はよく知っているつもりでしたが、今回改めて広大な風景に土地の広さを思いました。

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 十勝は水田がなく、畑ばかりです。

 北杜市でいつも田んぼや畑を見ていますが、規模が全く違います。

 10倍、所によっては20倍くらいの広い土地に、特産の小麦が青々と茂り、まだ小さな苗のジャガイモ、ビート、大豆、小豆、長芋などの畑が延々と続きます。

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 ここに開拓者として入植した人々は、大変な苦労をされたのだろうと思いました。

 フキもイタドリも大きくて、どこにでもいっぱい生えています。

 山菜も豊富で、今は蕨の季節だそうです。

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 北杜市より少し遅いようです。

 講習会の控室にも、お庭から運んでくださったお花を飾っていただきました。

 また、お子さんが小さかった時、お雛様を買うことができなかった方が、今年齢を重ねられ、ストーブにくべる薪を使って、お雛様を作られたそうです。

 見事な出来栄えに驚きました。

 彫刻刀で削りやすい桜の木を使われたそうです。

 今年は壮年の集いで、お雛様つくりに挑戦したいといってImg_7141


おられました。

 毛糸で作った羊や十勝特産の黒曜石(十勝石とよばれるそうですが)なども、飾っていただきました。

 十勝教区の皆さま、お世話になりました。

 ありがとうございました。

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2016年5月29日 (日)

大阪市に行ってきました

Img_7115 大阪教区の講習会で、大阪市に行ってきました。
 

 大阪の講習会は、いつも三月の梅の咲くころに開催されていました。
 

 今回は会場である大阪城ホールが三月に取れなかったので、5月の開催となりました。
 

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 爽やかな新緑の季節の開催も、新鮮でした。
 

 ご参加の皆さまも、寒さを気にせず、来ていただけたのではないかと思います。
 

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 今日はお天気にも恵まれました。
 

 午後からは雨の予報も出ていましたが、講習会も終わり、その後の懇談会が終わった4時ころから、小雨がぱらつき始め、ありがたいことでした。
 

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大阪城ホールのある大阪城公園は、多くの観光客でにぎわっていました。
 

 泊まったホテルも、朝食時に聞かれたのはほとんど中国語と韓国語でした。
 

 大阪は中国や韓国から近いので、それだけアジアからの観光客も多いのでしょう。
 

 ホテルの売店で買い物をしたのですが、大阪の人は大変気さくで、これが大阪人の明るく楽観的な所なのかと思いました。
 

 何度も大阪に来ていますが、改めてそんなことを感じました。
 

 大阪教区が、生長の家の全国の教区の中で、一番大きな組織であるのも、そのような大阪人の力強さにバックアップいされているのかもしれません。
 

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 講習会の控室には、手作り品や格調高いお花、季節の瑞々しさが感じられるアジサイなど飾っていただきました。
 

 お盆にあるのは、折り紙の菖蒲や鯉で、「神、自然、人間の大調和」を表現していただいたようです。
 

 今年の干支にちなんだお猿さん、木の洗濯バサミで作られたロッキングチェアーもお見事でした。
 

 大阪教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2016年5月22日 (日)

綾部市に行ってきました

Img_7096  京都第二教区の講習会で、綾部市に行ってきました。

 泊まったのは福知山市でしたが、今回のメイン会場は、福知山の隣の綾部市でした。
 

 福知山から綾部は車で20分くらいの距離です。
 

 綾部の町は初めてで、講習会終了後、時間はあまりなかっImg_7098


たのですが、大本教の本部に寄りました。
 

 歴史を感じさせる建物や、金竜海という池、苔の美しい庭園が心地よい空間となっていました。
 

 ここで雅春先生が、修行をされ、また講師としての活動もされ、さらには輝子先生と出会われた場所であることを思い、感慨深いものを感じました。
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 今日は日曜日でしたが、何の行事も行われていませんでした。
 

 広い庭には、苔の中の草を取っている作業着を着た年配のImg_7078


女性が一人いるだけでした。
 

 そのため、広々とした空間をゆっくり味わうことができました。
 

 綾部の町は、若者が皆関西や関東地方に出ていくそうで、年配者ばかりの町になりつつあるとのことでした。
 

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 緑豊かで、歴史もあり、心豊かな余裕のある暮らしができる場所であると、私は感じました。
 

 けれども、若者にとって問題は働き口がないということなのだそうです。
 

 これは、構造的な問題ですが、若者が地方で職に就けるような、企業の分散化はできなのだろうかと思いました。
  

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また、田舎の価値を知るという、人々の意識の変化も求められるのでしょう。
 

 講習会の控室には、今の季節の庭先や野にある花を活けていただきました。

 都会の豪華な花ではなく、自然の中にあるうつくしさでした。

 白とピンクのうつぎもきれいでした。
 

 京都第二教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。


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2016年5月 2日 (月)

全国幹部研鑽会、全国大会ありがとうございました

Img_6995  4月29日から5月1日までの3日間、白鳩会全国幹部研鑽会、相愛会・栄える会全国幹部研鑽会、青年会全国大会が東京・調布市の本部練成道場で、開催されました。
 白鳩会は18会場、相・栄は14会場、青年会は8会場でそれぞれ開催されました。
 白鳩会は、8433名の幹部の皆さまがお集まりくださり、熱気あふれる素晴らしい研鑽会となりました。
 地震の被害に見舞われた熊本会場からは、連合会長さんが映像を通して全国の皆さんに、支援のお礼と教区の皆様のお元気な様子を聞かせてくださいました。
 困難な状況からのまごころのお言葉は、胸に迫るものがありました。
 全国の皆さんが心を一つにして、熊本、大分の皆さんに思いを馳せました。
 幹部研鑽会実行委員会のご尽力により、ライブ配信ができたことを感謝いたします。
 白鳩会は昨年より844名増の結果となりました。
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 全国各地でご参加くださいました皆さま、各会場で準備いただきました皆さま、推進活動等にご尽力いただきました皆さま、そして大会実行委員の皆さま、本当にありがとうございました。
 地球の環境と同じく、どの部門が欠けても、研鑽会は開催できませんでした。
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 心から感謝申し上げます。
 5月の爽やかな季節を迎えました。
 皆様お元気で、美しい季節を過ごされますようお祈りいたします。合掌

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2016年4月21日 (木)

熊本地震について

Img_4143 熊本地震から一週間が過ぎました。
 

 昨日、生長の家本部での会議で、支援内容が決定しました。

 地震発生直後から、関係部署が現地に小まめに連絡を取り、できるだけの支援をしてきましたが、昨日の会議で正式に決定しました。
 

 現地対策本部を、生長の家総本山に設置し、目等総務が本部長となりました。
 

 生長の家本部のある山梨県は、被災地から遠いので、九州にある総本山が対策本部となりました。

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総本山から、九州各地への支援を行います。

 
 熊本、大分両県では被災した方々を教化部で受け入れていますが、長期にわたる場合には、教化部では対応できず、教化部自体の機能も果たさなくてはなりません。
 

 そのため、長崎県西海市の生長の家総本山と、福岡県太宰府市のゆには練成道場で、被災した信徒及び関係者、希望者の方々の避難所として受け入れることも決まりました。
 

 募金活動についても、決定しました。
 

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 先行して、本部から日本赤十字社と信徒向けにそれぞれ300万円を寄付します。
 

 すでに総本山からは、18日夕方6時に職員3人が支援物資を車に積んで総本山を出発し、9時半ごろには熊本県教化部に到着しました。
 

 その際前もって、熊本の教化部長に必要な品を聞きました。
 

 支援物資は飲料水、即席カップ麺、レトルト食品、トイレットペーパー、ウエットティッシュ、生理用品、紙おむつ、消毒用エタノール、携帯ガスコンロ、同コンロ用のカセットボンベ、懐中電灯、電池、他です。
 

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 また、総本山の山から取水し、ろ過した水もポリタンクで運んだそうです。
 

 19日午前2時には、熊本から帰着したとのことです。
 

 長崎南部、長崎北部教区からも、教化部長が支援物資を持って、すでに熊本を訪れています。
 

 佐賀教区も、特産の野菜などを準備して支援に向かうとのことです
 

 熊本県教化部でも、18日、信徒の方から野菜とお米の差し入れがあり、職員、白鳩会の有志により、電気釜を持ち寄り、100人分のおにぎりと煮物などの炊き出しをしました。
 

 近隣住民や付近を通行する人に振る舞い、大変喜ばれたそうです。
 

 熊本、大分両県では、教化部長、職員などで手分けして、被災した方々の安否確認に、毎日各地を訪問しているようです。

 大雑把ですが、現在の時点で私のところに届いている情報です。
 

 平成28年熊本地震被災者の皆さまに、心からお見舞い申し上げますと共に、一日も早い余震の終息と、生活の再建を心からお祈りいたします。
 

 熊本県、大分県の白鳩会連合会長さんからは、白鳩会中央部に現地の詳しい様子と、お元気なお声が届いているとのことです。
 

 皆さまの心の安寧をお祈りいたします。
 ありがとうございます。
 

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2016年4月10日 (日)

佐賀市に行ってきました

Img_6927 佐賀教区の講習会で、佐賀市に行ってきました。
 

 土曜日は今年の最高気温になったところが多かったですが、佐賀も24℃を超える暖かさになりました。
 

 朝、自宅ではストーブに火をつけて過ごし、小淵沢の駅では肌寒さを感じたのでしたが、佐賀に着くとふわっと暖かい空気に包まれました。
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 山は笑い、新緑はみずみずしい美しさで、「春はなんと過ごし良いことか」と思いました。
 

 飛行機を降りる時、スチュワーデスが「新緑の美しい季節になりました」と言っているのを聞いて、少し早すぎるのではと思いましたが、九州はもう美しい新緑の季節を迎えていました。
 

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 先週は満開の桜を見て、山梨の自宅周辺ではまだ冬枯れの風景なので、これからゆっくり春が訪れるように錯覚していました。
 

 佐賀に着くと、桜はもう葉桜で、花の命の短さに胸を突かれるような感覚に一瞬とらわれましたが、季節はどんどん変わってゆくのだと、自分に言い聞かせ、うかうかしていてはいけないと自戒しました。
 

 佐賀には楠の大木が沢山ありますが、樹齢何百年という木が、黄緑の新緑に覆われ、見事な姿をしています。

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  ハナミズキ、八重桜、ツツジ、花蘇芳、モッコウバラなどが咲き、木々の爽やかな緑と共に、心も体も解放されるような気持ち良さを味わいました。
 

 控室には、コデマリとアイリスを素敵な花瓶に活けていただきました。
 

 佐賀教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2016年4月 3日 (日)

出雲市に行ってきました

Img_6882  島根教区の講習会で、出雲市に行ってきました。
 ちょうど桜が満開で、日本の春の美しさを存分に味わうことができました。
 桜は蕾から順番に咲いていく様を見ながら、満開の時期を迎えるのが普通です。
 ところが、春がかすかに感じられる土地から、一挙に満開の桜が絢爛と咲き誇る所に来ると、感激もひとしおです。
 特に出雲は日本の神話の故郷、郊外にはのどかな山間の集落も沢山あります。
 家を護るように咲く桜の大木や山の中に点々とある薄いピンImg_6867


クの山桜などの風景は、いかにも日本の山里らしく、好もしく感じました。
 講習会会場は、島根でも桜の名所として名高い三刀屋だったので、圧倒的な満開の桜の中にいると、桜の精になったような気分を味わったのではないかと思います。
 私は車の中からでも、そんな気がしました。
 旧暦のお雛様も祝われていて、出雲市内の商店街では、各お店にお雛様が飾ってありました。
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 その中に一般のお宅が、家を解放して古くから伝わるお雛様や着物、お道具類を展示しているところがありました。
 私が通り掛かったのは公開終了時刻の3時を過ぎていましたが、消していた部屋の電気をつけて、見せてくださいました。
 出雲地方は戦災に遭わなかったので、古いものが残っているそうです。
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 珍しかったのは、男の子が生まれると飾ったという陶器の「出雲天神」という、男子用お雛様のような人形でした。
 今日は飛行機の出発まで3時間もあったので、「出雲弥生の森博物館」を見学しました。
 出雲には、弥生時代に造られた全国最大級の四隅突出型墳丘墓というのが、4基発掘されています。
 その大きさは、縦62m、横55m、高さ5mで、ピラミッドの頂点を切り取ったような四角形をしています。
 その他にも、大小沢山のお墓があります。
 お墓からは、沢山の土器、勾玉、ガラスの装飾品などがかなり良い状態で出土しています。
 博物館のある一帯は、「西谷(にしだに)の丘」と呼ばれ、弥生時代後期から約500年間、代々の出雲王などが葬られたいにしえの墓地群がある遺跡です。
 日本とエジプトは随分離れていますが、同じような王のお墓を作るのだと不思議に思いました。
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 満開の桜に迎えられ、出雲の人々の暮らしに触れ、弥生時代のロマンに心躍らせるひとときを持つことができました。
 講習会の控室には、桜、八重の黄水仙、乙女椿、雪柳など春のお花で飾って頂きました。
 島根教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。
 
 

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2016年3月27日 (日)

彦根市に行ってきました

Img_6834_2 滋賀教区の講習会で彦根市に行ってきました。
 

 彦根は前回に続いて、二回目です。
 

 歴史のある城下町なので、古い建物が各所にあり、趣のある町です。
 

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 お城のまわりには沢山の桜が植えられていて、後一週間もすれば、満開の桜が楽しめると思います。
 

 今回は寒かったこともあり、桜の開花は足踏み状態でしたが、それでもお堀のまわりはほんのりピンク色で、春の気配を感じました。
 

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 キャッスル通りという観光客向けの通りがありますが、今回は昔ながらの商店街を散策しました。
 

 アーケードのある通りですが、シャッター通りではなくそれなりにお店は営業していました。
 

 そんな中、「&Anne」という洋菓子と雑貨、文房具、本のお店がありました。
 

 とてもおしゃれなお店で、本は絵本、芸術系、建築、料理のジャンルだけが、セレクトされて並べてありました。
 

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 ある基準があって選ばれていることが分かる本ばかりで、彦根にはこのような店が成り立つ素地があるのだと思いました.

日常を慈しむ気持ちとでも言いましょうか。
 

 文化の高さ、奥深さを感じました。
 


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講習会の後は、新幹線の出発まで少し時間があったので、米原駅近くの中山道・醒井(さめがい)宿に行きました。
 

 往時をしのぶ通りと、家の前を流れる水の澄んだ川が良い雰囲気を出していました。
 

 どの家の前にも、川に降りる階段があり、川が生活と結びついていたことが分かります。
 

 紅梅や山茱萸(さんしゅゆ)が咲き、春爛漫でした。
 

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 講習会の控室には、黄色と白の美しいお花と皆さんの手作り品を飾っていただきました。
 

 滋賀教区の皆さま、お世話になりました。
 

 ありがとうございました。
 

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2016年3月13日 (日)

栃木市に行ってきました

Img_6768_2 栃木教区の講習会で、栃木市に行ってきました。
 

 栃木県の県庁所在地は宇都宮市で、前回までは宇都宮がメイン会場でした。
  

 今回は宇都宮の会場が、耐震工事中ということで、栃木市に会場が設けられました。
 

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 栃木市は明治時代には、県庁所在地として栄えていたそうですが、今は宇都宮の方が大きな町となり、県庁も移ったそうです。
 

 栃木市にはかつての名残の蔵が沢山あり、それらのいくつかは文化庁登録有形文化財となっていて、美術館や郷土館などとして公開されています。
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 小江戸の蔵の町として、観光客も大勢訪れているそうです。
 

 帰りの列車まで1時間くらいあったので、横山郷土館を見学しました。
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 ここは、明治時代に麻問屋として成功し、銀行業も営み隆盛を極めた横山家の屋敷と庭園が公開されているところです。
 

 特別な大谷石を使い屋久杉の根を天井板にしたという石蔵や、回遊式庭園は見事でした。
 

 個人銀行の店の様子も再現されていて、朝のテレビ小説の銀行もこのようであったのではと、想像しました。

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  栃木市は、初めて訪れた町ですが、古い建物がたくさん残されていて、維持管理の大変さを思いました。
 

 講習会の控室には、手作りのようなお雛様や春らしいチューリップを中心にした華やかなお花を飾っていただきました。
 

 栃木教区の皆さま、お世話になりました。
 

 ありがとうございました。 

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2016年3月 6日 (日)

幕張に行ってきました

Img_6731 千葉教区の講習会で、幕張に行ってきました。
 

 東京駅から海浜幕張までは、特急で24分で着きます。
 

 ここは埋め立て地で、ビルが立ち並び、人工の町という感じが強くします。
 

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どこの町でも、人の手によって作られた所に変わりありませんが、もと海だったと思うと、植えられている木も地面もどこかから運ばれてきたのだと思い、人間は何でもするのだと改めて思います。
 

 色々な企業のビル、ホテル、マンション、ショッピングセンターなどが立ち並び、未来都市のようです。
 

 ホテルのすぐ前が、講習会場の国際会議場で、ホテルから歩いて会場まで行きました。
 

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 数日前からの予報では、今日は雨になっていましたが、幸い雨は降らず、午前中は薄日のさす日となりました。
 

 雨だと足元が悪く、講習会に参加される人にとってはご不便をかけることになるので、晴れたらいいと思っていましたら,本当に晴れて、うれしいことでした。
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 講習会の控室には、春らしいラナンキュラス、スイートピー、雪柳などを飾っていただきました。
 

 菜の花は千葉の花なのだそうですが、菜の花も雛人形と一緒に飾っていただきました。
 

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また、千葉は細工した巻き寿司が古くから伝統として受け継がれてきたようです。
 

 ばら、桜の木、寿の海苔巻をお土産にいただきました。
 

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夫と二人、帰りのあずさの車中で美味しくいただきました。
 

 千葉教区の皆さま、大変お世話になりました。
 

 ありがとうございました。

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2016年3月 2日 (水)

生長の家春季記念日、生長の家総裁法燈継承記念日

Img_6715 立教87年の、春季記念式典が、長崎県西海市の生長の家総本山で、執り行われました。

 全国的に冷えて、長崎も曇り空で気温は1・2度、冷たい日になりました。

 総本山に植えられている沢山の梅はちょうど満開の時期を迎え、かぐわしい香りと、高貴な姿が式典に花を添えました。

 この日は総裁のお言葉があり、これまでの運動に功績のあった皆さまが表彰されるので、国内の幹部の皆さまはじめ、ブラジル、アメリカ、台湾からも総長が参列されました。

 式典の模様は世界中にライブ配信されました。

 また式典は日本語ですので、翻訳されたものが、時差を調整して、それぞれの地域で放映されます。

 総裁はお言葉の冒頭、立教87年は人間の年齢に例えると、高齢であるが、宗教運動としてはまだ草創期であると、仏教やキリスト教の例を引いて、話されました。

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 宗教の歴史過程の研究者によると、一つの宗教が確立されるまでには、学者によって多少の違いはあるようですが、100年から250年くらいかかっているということでした。

 現代は、通信技術や交通手段の発達によって、紀元前後の時代とは同じように考えられないかもしれませんが、教義が確立し、時代の変化にも耐えられるようになるには、それなりの時間が必要なのだということですね。

 加えて現代は社会の変容も目まぐるしいですから、教えの神髄、中心部分をしっかり把握することも大変重要であると感じました。

 都会と田舎の違いや、子どもの教育についても話されましたが、先日の大阪の事件は、都会生活の象徴的な部分が表れた事件であったと、言われました。

 スクランブル交差点での事故のことです。

 都会では効率優先、個人優先で、周りを見る余裕、自然界に触れることがあまりないので、目的だけを見る傾向にある。

 スクランブル交差点は、それぞれの個人が自分の行きたい方向に自由に渡ることができますが、そのためには人とぶつかることもあります。

 人を押しのけて進んでいける人はスムーズに渡れますが、体の不自由な人や高齢者などは、限られた時間内で渡れないかもしれません。

 また歩行者が一斉に渡れるので、周りを見ることがなく、車が来ることなど想定していません。

 人間中心主義的傾向が強いということです。

 そのような生活は、人間の本性に反するから、都会でも人や自然に配慮する生活をすることの大切さを話されました。

  私は北杜市に住むようになって、周りをよく見るようになりました。

 歩くときはいつ動物が出てくるかもしれないと考えます。

 また田舎では公共交通機関がほとんどありませんから、高齢の運転者も多くいます。

 道ですれ違っても車を寄せることをしないで、そのまま進んでくることがあるので、私の方が注意します。

 山道では、いつ鹿が飛び出してくるかもしれないので、考えて運転します。

 空間的に余裕のある生活をしているので、講習会のため新宿駅に着くと、人が多くてぶつかりそうになります。

 ここでも、まっすぐ目的ではなく、人をよけて歩いています。

 これらの配慮は当たり前のことですが、私たちは自分の目的優先に生活しがちですから、心したいと思いました。

 そして、個々の現象に善悪を見るのではなく、それらの奥にある生かす働き、善を見ることの大切さを強調されました。

 先輩の皆さま方の素晴らしいご活躍に感謝し、さらに前進していくことを新たに誓った記念日となりました。

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2016年2月22日 (月)

徳島市に行ってきました

Img_6680 徳島教区の講習会で、徳島市に行ってきました。

 土曜日、日本列島は低気圧が通過し、西日本各地は大雨で強風が吹き荒れました。

 そのため、四国、中国地方に向かう羽田からの飛行機は、条件付きの飛行となりました。

 徳島の場合、視界不良のため、伊丹、または羽田に引き返すかもしれないという条件でした。

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 羽田出発の時、秘書は伊丹、羽田、それぞれの可能性も考えて、予定を立てていました。

 飛行機は降下中かなり激しく揺れましたが、ずっと雲の中で、地上は全く見えません。

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 それでもズンズン降りていくので、外を見ていました。

 そのうち海面が見えて、夫に「海が見えたわ」と言うと、「見えたら大丈夫だね」と、二人で安堵しました。

 定刻より20分前後遅れて、無事「徳島阿波おどり空港」に着きました。

 ターミナルから出ると、激しい雨と風で、よく着陸できたと思いました。

 飛行機の計器の進歩が大きいことを、実感しました。

 そんな天候だったので、ホテルでずっと過ごしました。

 日曜日は、低気圧も北日本に移動し、良いお天気に恵まれました。

 ホテルの窓から見える景色も、前日とは全く違いました。

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 徳島は、先進的なアイデアが生まれる土地だそうで、上勝町の葉っぱビジネスは映画化もされ有名ですが、IT企業の誘致も盛んで、政府機関の移転も考えられているようです。

 上勝の葉っぱは、フランスにも輸出されているそうで、葉っぱはどこにでもありそうなのに、なぜ上勝なのかと不思議に思いました。

 講習会の控室には、咲き出した桜の花を飾っていただきました。

 いつの間にか、早咲きの桜が咲き出す季節になっていました。

 徳島教区の皆さま、お世話になりました。

 ありがとうございました。

 

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2016年2月15日 (月)

松山市に行ってきました

Img_6653 生長の家講習会で、愛媛県の松山市に行ってきました。

 土曜日は四国地方は、強風や雨で荒れた空模様でしたが、日曜日は低気圧も関東、東北、北海道の方に移動し、お天気になりました。

 愛媛県は、柑橘王国、町の中心部の繁華街には賑々しいジューススタンドがありました。

 柑橘類だけでも、何種類もあり、初めて見る名前もありましImg_6662


た。

 「せとか」「きよみ」などは知っていましたが、「甘平」「紅マドンナ?」などという新品種です。、

 ミカン栽培農家の方も、名前を覚えられないくらいだそうです。

 愛媛県では、常に新品種の開発に取り組んでいるようですが、新しくできたものは、病虫害に弱く、安定供給に至るには、長い道のりだそうです。

 今ある品種だけでもとても甘くて、おいしいものがあるので、十分だと思うのですが、開発者のより良いものを作りたいという意欲に、限界はないようです。

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日曜日は全国的に暖かかったようですが、松山も20度を超え、春のようでした。

 講習会の控室には、華やかな雰囲気の花や、桜、また木の実や笹で作った動物などの置物を飾っていただきました。 

 笹で作られたバッタは見事な出来でした。

 愛媛教区の皆さま、お世話になりました。

 ありがとうございました。  

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2016年2月 1日 (月)

名古屋市に行ってきました

Img_6620  愛知教区の講習会で、名古屋市に行ってきました。
 通常ですと講習会へは、前日の土曜日に出発します。
 ところが今回、金曜日に北杜市は朝から雨で、夕方から翌朝にかけて雪になるとの予報でした。
 夜から朝まで降れば、かなりの積雪になり、列車の運行も危ぶまれます。
 そこで、安全策を取って、金曜日の午後、名古屋に向かうことにしました。
 名古屋には午後6時過ぎにつきました。
 その日、中央線の特急「あずさ」「かいじ」は午後6時50分Img_6619


以降運休になったそうで、早い決断は正しかったです。
 そんなわけで、土曜日は一日ゆっくり名古屋で講習会の準備などができました。
 お昼には名古屋名物の「味噌煮込みうどん」をいただきました。
 名古屋は私の出身地である三重県のお隣ですが、ほとんどが通過するだけで、滞在するという経験はありませんでした。
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 ひつまぶしやエビフライを出す店が目立ち、小倉トーストなど独特の食文化があるようです。
 八丁味噌も有名です。
 建築家の故黒川紀章さんは名古屋市の出身だそうで、妻の女優、若尾文子さんが、「八丁味噌を中心にお料理をします」と言われたのが印象的で、よく覚えています。
 愛知の方は、八丁味噌のお味噌汁しか召し上がらないのでしょうか。
 金曜日は雨、土曜日は曇りでしたが、日曜日は良いお天気に恵まれました。
 愛知は男性も女性も、明るく、活発で行動的な方が多く、今回の講習会でも大きな力を発揮してくださいました。
 控室には、珍しい仏手柑や、手作りの連獅子を飾っていただきました。
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 連獅子は、私たちにプレゼントしてくださるとのことでした。
 愛知教区の皆さま、大変お世話になりました。
 ありがとうございました。
 

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2016年1月26日 (火)

帰ってきました

Img_6603  
 月曜日の朝、雪はまだしんしんと降っていました。
 長崎空港も除雪作業がはかどらず、朝の段階で空港再開の目途はたっていませんでした。
 水曜日には会議があり、準備などのためできればその日のうちに帰る必要がありました。
 その時点で可能なのは、車で肥前山口まで行けば、博多行きの列車に乗れるので、福岡空港から東京に帰ることができるとのことでした。
 その時他に帰る手段はありませんでした。
 長崎県の大村から、佐賀県の肥前山口まで、雪道を走るのでどれくらいかかるかはわかりませんでしたが、そのコースを取ることに決めました。
 車は前日教化部が借りていたレンタカーを回してもらうことにしました。
 スノータイヤが装着されていました。
 ホテルには教化部長ご夫妻が来てくださり、見送ってくださいました。
 車は秘書が運転して、私たちと講習会企画室の三人が同乗し、総勢6人で肥前山口に向かいました。
 大村から諫早、そして佐賀に入りました。途中から積もった雪も少なく、日も差してきました。
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佐賀の海辺の町をずっと走り、月の引力が見えるという町も通りました。
 少し内陸に入るとまた灰色の空になり、雪が降ってきました。
 お昼頃には肥前山口の駅に着きましたが、ここもまだたくさん雪が降っていました。
 博多からの特急が間もなく到着し、折り返し運転するとのことで、ようやく電車が走っているところまでたどり着いた安堵感がありました。
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 12時40分ごろ特急白いカモメは発車しました。
 車内アナウンスで、「車内販売はないことを了承ください」と言っていました。
 途中徐行運転のところもありますが、約1時間で博多に着く予定でした。
 博多には二時前に着き、福岡空港までは地下鉄で2駅なのですぐでした。
 3時発のJAL便羽田行に搭乗手続きを済ませ、遅めの昼食に博多うどんをいただきました。
 飛行機は除雪などのため、30分から40分くらい遅れて離陸し、羽田には5時前に到着しました。
 新宿からは6時発のあずさに乗り、この列車は小淵沢に停車しないので、甲府で降りて、迎えの車で家に向かいました。
 結局自宅に帰り着いたのは、夜の9時を過ぎていました。
 12時間の旅でしたが、無事に帰ってくることができ、ほっとしました。
 家の中は、とても寒く、ストーブを焚いても焚いてもなかなか温まらず、眠りについたのは12時前でした。
 多くの方にお世話になり、見知らぬ人、見知らぬ町とのつながりの中で、生かされていることを感謝せずにはおれない三日間の旅でした。
 

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2016年1月25日 (月)

諫早市に行ってきました

Img_6580  長崎南部教区の講習会で、諫早市に行ってきました。
 週末は日本列島にこの冬一番の寒気が到来し、九州地方も雪の予報でした。
 土曜日の午後、長崎空港に到着した時は、それまで降っていたという雨も上がり、空から薄日も差していたので、出迎えてくれた教区の皆さんは、明るい表情でした。
 夜から雪との予報でしたが、就寝前にホテルの窓から外を見た時は、みぞれのようでしたので、南国の長崎は雨になるかもしれないと、高をくくっていました。
 ところが夜が明けて外を見ると、一面の銀世界で、空からはImg_6581


途切れなく雪が舞い降りています。
 認識の甘さを思い知らされました。
 7時からの朝食時、予想外の大雪のため、夫は秘書や講習会企画室のメンバーに、教区の状況を聞いて、講習会を開催するかどうか早期に判断しなくてはならないので、緊急に連絡を取るように言いました。
 講習会のために半年以上前から準備してきた人たちにとっても、なすすべのない状況です。
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 高速道路、鉄道、バスなどはみな運休、車もほとんどがノーマルタイヤなので、雪の積もった道を走ることはできません。
 それでも、講習会の運営委員の人たちは、皆早めに家を出て、会場に向かっているとのことでした。
 教化部長も予定通り、開催したいとの意向でしたので、例え数人でも参加される人がいれば開催しようと決め、予定を早めてホテルを出発しました。
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40キロくらいの徐行運転でしたが、30分前の9時半ごろには無事会場に到着しました。
 控室を出る時、教化部長は、「数十人の参加者です」と、言われました。
 参加者がいることが不思議なくらいの状況でしたから、驚きませんでした。
 運営委員の皆さんも入り口付近に立って、いつも同じように講習会が開会しました。
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 私も人が少ないことは全然気にならず、いつもと変わらず話をすることができました。
 途中で、近隣の佐世保、熊本、佐賀などからのバスが到着したようで、人が少しずつ増えました。
 お昼は幹部の皆さん5人と会食ですが、その席上で、教化部長さんが、雪もまだしきりに降っているので、このまま予定通り進めていいのかどうか、帰りの安全を考えると、心配だと言われました。
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 最もなご意見で、総裁は「何かいい案はありませんか?」と聞かれました。
 「折角参加された方に、これで終わりですと帰っていただくのも申し訳ないし」などの意見が出て、判断がつきかねました。
 そこで、「お昼休みを早めて、12時50分から聖歌の発表、1時から2時まで総裁に講話していただき、終了というのはどうでしょうか。午後の体験談の方には、申し訳ありませんが」という案を出しました。
 それに対して、皆さんが賛成してくださり、総裁も「皆さんがそれでよければ僕は依存ありません」ということで、いつもより一時間短い講習会になりました。
 閉会後は会場を歩いて、ほとんどの参加者の皆さんと握手を交わしました。
 みなさんが安全にお家に帰られることを祈りながら、私たちも40分くらいかけてホテルに帰りました。
 その日は、空の便も鉄道も不通になっていたので、前夜と同じ空港近くの大村に泊まりました。
 熊本からの方は、熊本に帰られたのが夜10時ころになったそうです。
 前代未聞の大雪にもかかわらず、諫早、長崎、島原の三会場合わせて、1003名の方がご参加くださいました。
 感謝の言葉もありません。
 控室にも、豪華なお花を飾っていただきました。

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2016年1月 1日 (金)

今年もよろしくお願いいたします

Img_6483 皆さま、新年おめでとうございます。

 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 大泉は、世界各地の暖冬と同じく、全く雪のない穏やかな晴天の新年を迎えました。

 八ヶ岳で三度目のお正月を迎えましたが、毎年天候が微妙に違い、その変化がまた新鮮です。

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 こちらに来て恒例となった、標高1400メートルのまきば公園で初日の出を拝みました。

 雪はないのですが、今朝は大変冷え込み、マイナス10度近くあったのではないかと思います。

 カメラのシャッターを押す手が、凍傷になりそうでした。

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 こんな冷たさは、初めての経験です。

 日の出を拝んだ後は家に帰り、いつもながらのお節をいただきました。

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 昨年11月末に初めて作った干し柿も、新年を寿ぎ、一ついただいてみました。

 素朴ながらもとても味わい深く、手作りでこんなにおいしくできるのかと、家族で感動しました。

 初詣は、近所の白旗神社と甲斐駒ケ岳の登山口にある、横Img_6505


手駒嶽神社に出かけました。

 10時頃には、気温も7度くらいになっていて、寒暖の差が激しいです。

 今年は猿年なので、「サルに会わないかしら」などと話しながら車を走らせていたら、長坂から日野春に向かう谷の曲がりくねった道で、サルに出会いました。

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 「これは縁起が良い」などと言っていましたが、帰りも同じ場所でサルに会い、林の中を見ると猿が20から30匹くらいいるようで、これは大変だと思いました。

 長坂の生長の家職員寮にも近いところなので、家庭菜園に影響が出るかもしれません。

 野生動物と人間の共存は、難しい問題になっていて、田舎では深刻な事態のところもあるようです。

 明日は伊勢に帰省します。

 皆様にとりまして、この一年が充実した、実り多き日々となりますよう、お祈りいたします。

 

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2015年12月14日 (月)

橿原市に行ってきました

Img_6419 奈良教区の講習会で、橿原市に行ってきました。
 

 12月にしては暖かいお天気で、紅葉もまだ残っており、穏やかな年の瀬の町が、なつかしく感じられました。
 

 奈良は私が育った三重県とは隣同士なので、幼いころの記憶に残る12月の空気感と共通するものを、橿原の町に感じました。
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 今まで何度も橿原に来ているのに、このように思ったのは初めてです。
 

 恐らくそれは、私が八ヶ岳の南麓に移り住んだからだろうと思います。
 

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 八ヶ岳の冬は、温暖な地域とは違い、寒く、厳しく、雪も積もります。
 心して臨まなくてはなりません。
 

 そんな所から、温暖な土地に来ると、「思えば遠くに来たものだ」という、一種の感慨を覚えます。
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 さらに、奈良というところは「やまとはくにのまほろば」と古来から歌われているように、日本人のこころの故郷で、郷愁を誘う土地です。
 

 少し歩くと、天皇陵や史跡が随所にあり、いにしえびとの暮らしが身近に感じられるような気さえします。
 

 空襲の被害もほとんどなく、古い日本家屋がたくさん残っているのも特徴です。
 

 柿の葉寿司が名産で、柿の木が沢山ありますが、散策の途中で、実がたわわに実った10本前後の柿の木が放置されているのを見ました。
 

 所有者が年老いて、柿を収穫することができなくなったのか、亡くなったのか、あるいは商品にしても手間の方がかかりすぎるのかなど、理由を色々思いましたが、そんなことは実った柿には関係なく、写真に収めると、柿色が美しい豊かな情景でした。
 

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 古い歴史に育まれた奈良は、人の心も深くしなやかで、奈良教区の皆さんの行動力には、教えられることが多々ありました。
 

 講習会の控室には、クリスマスも近い季節に相応しい、華やかなお花を飾っていただきました。
 

 奈良教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2015年12月 6日 (日)

神戸市に行ってきました

  • Img_6363  生長の家の講習会で、神戸市に行ってきました。
     北杜市の我が家では、金曜日に初雪が降りましたが、神戸は紅葉真っ盛り。
     講習会は、人口島のポートアイランドにあるワールド記念センターで、ずっと開催されてきました。
     今回も同じところだったので、宿舎も近くのホテルです。
     震災では、島で液状化現象が起こり、かなりの被害がありました。
     そのため、住まいを変えた人、撤退した商業施設などもあり、なんとなく町自体は寂しくなっています。
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     そんな中でも、モノレール駅のすぐ前にはイケアができ、結婚披露パーティー専門の施設などもできています。
     到着後、ホテル周辺を散歩しましたが、結婚披露パーティーの出席者と間違われ、施設の人に声をかけられました。
     その辺をうろうろ歩いている人は他にはいませんでした。
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     パーティー参加者くらいしか、その周辺に人は来ないという事なのでしょう。
     これからさらに人口が少なくなると、どうなるのだろうかと思いました。
     ポートアイランドはそんな感じでしたが、ホテルはにぎわっていて、観光客も多いのでしょう。
     神戸は、エキゾチックで魅力的な町で、北野や三宮地区は人も多く、ルミナリエの点灯もされているようでした。
     神戸は生長の家発祥の土地ですから、教区の皆さんも特別の思いを持っておられ、発祥の家などは心を込めて手入れをされているようでした。
     今年五月に、藤棚の家に咲いた、見事な藤の写真を見せていただきました。
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     機会があれば、一度訪ねてほしいと言われました。
     可能ならば、いつか行ってみたいと思いました。
     講習会の控室には、ツリーとミニポインセチアとカスミソウのアレンジをクリスマスの雰囲気に飾っていただきました。
     兵庫教区の皆さま、お世話になりました。
     ありがとうございました。
     
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2015年12月 4日 (金)

手作りの楽しみ

Img_5423  前日夜の天気予報では、12月4日は午前中雨が少し残るが、昼間は良いお天気になるとのことでした。
 長野から東北の日本海側、さらに北海道は荒れた天気で、大雪の恐れとも言われていたので、長野との県境に近く、標高の高い我が家も雪になるかもしれないと思いました。
 朝5時過ぎ、カーテンを少し開けてみると、外はまだ真っ暗ですが、何やら白っぽく見えます。
 「もしや?」と思い、外灯をつけてみると予想通り雪が降っていました。
 大雪ではなく、ハラハラと舞いデッキの表面がうっすら白くImg_6315


なっている程度でした。
 いよいよ降雪シーズン到来かと、4か月余りの雪との付き合いを思いました。
 明るくなっても雪の止む気配はなく、まだ自転車通勤をしている夫も、歩いて出勤するつもりでいました。
 ところが8時を過ぎた頃から空が明るくなり、雪は止みました。
 雪が積もれば、自転車には乗れなくなるので、夫は残された機会を惜しむように自転車で出かけました。
 私も髪をカットする予定があったので、その後家を出ました。
 少し走ると、何処にも雪の気配はありません。
 美容院は車で15分くらいのところですが、美容院の入り口には、珍しい植物が沢山置いてあり、元気です。
 私の家ではほとんどの植物が寒さで枯れたり、しぼんでしまったので、美容院の標高を聞いてみました。
 1250メートルの我が家とは600メートルも差があり、それだけ八ヶ岳の南麓は急勾配なのだとわかりました。 
 帰りは自然食品の店に寄りました。
 「寒くなりましたね」というと「風が冷たいですね。これからこの寒さに慣れないといけないですね」との答え。
 永年この地に住んでいる人でも、やはり冬の到来は心を引き締めて臨むのだと知りました。
 この少し前、私たちは新しいことを二つしました。
 一つは、百目柿という大きな柿を干し柿にしたことです。
 毎年作りたいと思っていたのですが、時間がなくて断念していました。
 今年も無理だと思っていたのですが、長崎での秋季大祭後、少し時間があったので、沢山ではありませんが作ることができました。
 もう一つは、切干し大根を作りました。
 夏の終わり、夫が菜園に大根の種を控えめに植えました。
 それでも10本くらいが順調に育って、大きいものから順番に収穫して戴いたのですが、最後に残った三本は、そのまま置いておくとトウがたって硬くなるかもしれないと、一気に収穫しました。
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さすがに大根3本は二人では多すぎて腐らせてしまうかもしれないと思い、煮て冷凍にするか、漬物にしようかと、保存方法を考えました。
 切り干し大根もよさそうですが、蒸してから干すのかと思い、面倒だと思っていたのですが、ただ干すだけでいいのだと分かり、気軽に作ることができました。
 切り干しはあまり細くすると、干しているあみの間から落ちると聞いたので、7㎜位の太さにしました。
 風が強く寒い日が続いたので、1週間くらいで水分の抜けたしっかりした切り干し大根ができました。
 ほんのささやかな干し柿と切り干しなので、人からは笑われるかもしれませんが、自分たちの手で保存食を作り、それがいただけるというのは、自立した、豊かな生活を営んでいるようで、心満たされる思いです。
 これから来る雪の季節も、新たなことに挑戦できればと、少し楽しみにしています。

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2015年11月30日 (月)

津市に行ってきました

Img_6342 三重教区の講習会で、津市に行ってきました。

 土曜日の津は、北杜市の最高気温が津市の最低気温だったそうで、紅葉はまだこれから楽しめそうな木々の様子でした。

 三重は故郷ですが、今は寒いところに住んでいるのだと、改めて感じました。

 宿泊したホテルの近くには、観音寺があり、抜苦、与楽の像Img_6340


がありました。

 抜苦、与楽の四無量心の実践を、私たちは理想としていますが、これらの像からその実践をあやかりたいものだと思いました。

 近くに「とらや本家」という和菓子屋さんがありました。

 そこのショウケースの中に、和菓子の名前を日本の季節にかけ合わせて書いた色紙があって、興味深く読みました。

 和菓子は日本の四季を強く意識して作られていますが、日本料理も着物も同じような考え方で、作られています。

 季節の変化をとても敏感に感じて、その中から楽しみや喜Img_6341


び、美しさを取り込んで生活に生かしてきました。

 見えないところには、負の要素もありますが、陽の部分をよすがとして、たくましく生きてきた人々の心意気が感じられて、好もしく思いました。

 いつもと変わらない気持ちで、講習会に臨みましたが、故郷は何か人々の暖かい声援が感じられるようで、緊張したのですが、壇上に立つと落ち着いて話ができ、ありがたいことでした。

 講習会の控室には、ビナンカズラを華やかにあしらったクリスマスツリーを飾っていただきました。

 こんなアレンジも素敵だと思いました。

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 三重教区の皆さま、お世話になりました。

 ありがとうございました。

 

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2015年11月 8日 (日)

奈良市に行ってきました

Img_6269 京都第一教区の講習会で、奈良市に行ってきました。

 京都の講習会で、奈良とは変な話だと思われるかもしれません。

 京都の講習会は、前回までは京都に泊まったのですが、今回初めて三会場で行われました。

 メイン会場が、京都府相楽郡精華町にあり、そこは奈良との県境の町で、精華町には適当なホテルがなかったので、奈良市のホテルに泊まることになったのです。

 そんなわけで、土曜日の夜は奈良駅前のホテルに宿泊しまImg_6274


した。

 JR奈良駅周辺に来たのは初めてです。

 紅葉の季節でもあり、沢山の観光客がいました。

 駅前の裏通りから、三条通りというお土産物屋と飲食店などが多くある通りに出ました。

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 裏通りは昔ながらの古い家もあり、今を盛りの菊が家の前に飾られているのは、見事でした。

 そんな道を歩いていると、どこの講習会に来ているのか、わImg_6283_2


からなくなってしまいます。

 奈良なので、奈良漬けを買いたいと思い、元祖奈良漬、今西本店に行きました。

 店に入り、どれにしようかと見ていると、目の前にいたお店の人が、奈良漬けの講釈を始めました。

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 今西の奈良漬は、他の店のものとは違い、添加物が一切入らない純正の国産で、短いものでも二年、長いものは10年以上粕に漬けているとのこと。

 そのため賞味期限も二年ととても長いのだそうです。

 他で売られているのは、せいぜい2か月から3か月の賞味期限で、中国やベトナムで作られているといわれました。

 奈良漬についての知識がまったくなかったので、本当かどうかわからず、他の店の商品をそんなに言って、いいものかとも思いましたが、取りあえず小さな包みの奈良漬を買いました。

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 帰り道、何軒もある奈良漬の店に入り、見てみると、確かに賞味期限は来年の1月か2月でした。

 違いの分からない女(笑)なので、家に帰って元祖奈良漬を食べて、違いを確かめてみたいと思っています。

 京都の精華町は学園都市で、街路樹にメタセコイヤ(和名・あけぼの杉)が植えられていて、黄金色に紅葉し、大変きれいでした。

 講習会の控室室には、秋の花々や柿、ツバキ、サザンカなどを飾っていただきました。

 また講習会のイメージを、切布でパッチワークのように作ったものも飾っていただきました。

 京都第一教区の皆さま、お世話になりました。

 ありがとうございました。

 

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奈良市に

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2015年11月 1日 (日)

水戸市に行ってきました

Img_6207  茨城教区の講習会で、水戸市に行ってきました。
 

 水戸は、茨城県の県庁所在地ですが、前回まで講習会はメイン会場がつくば市だったので、水戸に来るのは今回が初めてでした。
 

 水戸の駅ビルは、沢山のテナントが入っている大きなビルで、賑わっていました。
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 駅周辺は、東京郊外の立川や八王子に似ていると思いました。
 

 泊まったのは、駅から車で20分くらいのところで、周辺にはImg_6229


県庁や茨城放送の建物がありました。
 

 土曜、日曜と秋の爽やかな晴天に恵まれて、宿舎周辺で美しい秋を沢山見つけました。
 

 夕方になると、風は少し冷たく感じましたが、日本の秋をしImg_6231


みじみ味わうことができました。
 

 講習会の控室にも、りんどうなど飾っていただきました。
 

 茨城教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。


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2015年10月23日 (金)

水取りふきん

Img_6149  森の中のオフィス周辺も、紅葉が美しくなってきました。
 車で走ると、電飾をちりばめたように、きらびやかな華やぎを覚えます。
 間もなく冬枯れの季節を迎えますが、その前のひととき、このような豪華な演出がされるとは、何ともいきな計らいと言いたくなります。
 そんな中、今週末の24日、25日は、生長の家森の中のオフィスで「自然の恵みフェスタ」が開催されます。
 24日は、天女山への自転車によるヒルクライム、25日は、地元食材の屋台や音楽会、職員とその家族手作りのクラフト
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販売、ワークショップなどがあります。
 私もクラフト部員なので、何を作ろうかと色々考え、「水取りふきん」を作ることにしました。
 冷蔵庫で野菜や果物を保存する時、ホウロウやステンレスの容器に入れますが、どうしても水が出ます。
 そのため底がザルになった容器も売られていますが、私はふきんや手ぬぐいを小さくしたものを底に敷いています。
 使い捨てのキッチンペーパーなどより、吸水効果があり、食品も長持ちします。
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 そんな実用品のふきんを、ワンポイントの刺繍をして作ろうというのが、最初の計画でした。
 けれども、実際に工程などを考えると時間がなく、出来たとしても数枚になると分かりました。
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 そこで、けしごむハンコを思いつきました。
 ピクルスやジャムを作った時、自分でラベルを作りたいと、「消しゴムハンコ作りの一式」を買って持っていたのです。
 けれども、忙しさにまぎれていずれなどと思い、眠らせていました。
 それを出してきて挑戦してみました。
 簡単というわけにはいきませんでしたが、何とかできて、ハンコ作りは楽しいものだと知りました。
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 身近にあるものは、かわいかったり、ほっとしたりするものが良いという女子的発想と、彫るのにあまり難しくないものという基準で、図柄を考えました。
 普段ミシンを使うことはほとんどないので、糸がつったりして、上等とは言えませんが、そこはご愛嬌と思っていただければ、ありがたいです。
 ふきん二枚一組300円で売る予定で、45セットできました。
 フェスタのおかげで、縫ったり、彫ったり、押したり、未知の分野に挑戦し、楽しく、豊かな時間を過ごすことができました。
 
 

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2015年10月19日 (月)

福岡に行ってきました

Img_6126 生長の家の講習会で、福岡市に行ってきました。

 今回も信州松本空港から福岡入りしました。

 松本からの福岡便は日に2便あります。

 羽田から行くのと比べると、2時間以上の時間短縮になります。
 

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 松本空港からは、札幌便が1便、福岡便が2便あるだけですが、それでも空港の運営は成り立つのでしょうか。

 土曜日、日曜日は秋晴れのいいお天気で、離陸後紅葉が始まった信州の山々が見えました。

 福岡もまだ夏の名残のような暑さで、冷房をつけているとこImg_6134


ろもあり、もうストーブを焚き始めた大泉との違いを、肌で強く感じました。

 福岡は40数年前、仕事で何度も来たところなので、懐かしさを感じる反面、昔の面影の残る場所がほとんどないので、「大都会に変身してしまった」と感慨深く思います。

 実際、今回宿泊したホテルも以前によく泊まったところですImg_6140


が、記憶に残っている近所の店はどこにも見当たりません。

 私が忘れてしまったのかもしれませんが。

 福岡は天神がにぎやかな中心地でしたが、今は新幹線の駅ができた博多駅周辺の方が、にぎわっているとお聞きしました。

 新幹線の影響は、大きいですね。

 それでも、森から出てきたものには、天神も大変活気があると思われました。

 福岡の町は、自転車道も各所にあり、駐輪場も沢山設置さImg_6142


れています。

 坂がほとんどないので、自転車は使いやすいようです。

 ヒルクライムに挑戦したい人には、物足りないかもしれませんが。

 講習会の控室には、秋の花や手作りのかぼちゃ、秋のフェImg_6144_2


ルト小物など飾っていただきました。

 福岡教区の皆さま、お世話になりました。

 ありがとうございました。

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2015年10月12日 (月)

函館市に行ってきました

Img_6080 生長の家の講習会で、函館市に行ってきました。

 到着した土曜日は、とても良いお天気で、気温も20度以上あり、穏やかな日でした。

 早めに到着したので、函館山の麓まで路面電車に乗っていき、元町あたりを散策しました。

 この周辺は由緒ある西洋建築や日本の伝統家屋などとともに、個人のお宅もそれぞれに個性的で、古いものを手入れしImg_6089


ながら現代風にアレンジしている家もあり、歩いて見るだけでも楽しい通りです。

 写真に収めると、魅力的な町の雰囲気が伝わってきます。

 そこから下ってレンガ倉庫のあたりに来ると、東南アジアからの観光客が多く、三連休ということもあり多くの人で賑わっていました。

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 ナナカマドの実が赤くたわわに実り、レンガの蔦は鮮やかに紅葉していました。

 この町にも、来年3月には青森から新幹線がやってきます。 

 直接、函館駅には来ないで、隣の北斗市に新幹線の駅はできるそうです。

 函館の人たちは不満なようでしたが、新幹線が通ることによって便利になる反面、人の流出など負の部分もあることなど、お話しました。

 講習会の控室には、紅葉した木と孔雀草などをさりげなく飾っていただきました。

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 函館教区の皆さま、お世話になりました。

 ありがとうございました。

 

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2015年10月 4日 (日)

仙台市に行ってきました

Img_6052 宮城教区の講習会で、仙台市に行ってきました。



 仙台は東京から1時間半で来ることができ、駅周辺は高いビルが立ち並び、人も多く、東北一の大都会です。



 仙台駅の構内も、工事中の場所が沢山あり、駅に高層ビルができるので、その工事中なのだそうです。



 震災の影はどこにもないように見えますが、実際はまだ仮設住宅に住んでいる人も多くいるそうです。



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 仮設住宅は当初二年の予定で建てられましたが、もうすでに4年半が過ぎています。



 高台への移転が計画されていますが、新しい住宅への移転には、まだ二年以上かかり、仮設住まいが最終的には7年くらいになる人もいるそうです。



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 東京オリンピックで、浮かれている人もいますが、やはり被災地の復興が後回しになっている現実を知り、大変残念に思いました。



 そんな中、津波で店や工場に大きな被害が出ても、そこから立ち上がり、以前にもまして素晴らしい店に生まれ変わらせた、70代のお菓子屋さんの女性のお話などを聞いて、勇気と力をいただきました。



 このお店は、フィギュアスケートの金メダリスト、荒川静香さんが、必ず遠征に持って行ったゆべしで有名なのだそうです。



 仙台には人が集中し、郡部は高齢化と過疎が深刻だという話も、お聞きしました。



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 田舎の良さを多くの人に知ってもらう必要があると、強く思いました。



 講習会の控室には、コスモスをとても素敵に飾っていただきました。



 宮城教区の皆さま、お世話になりました。



 ありがとうございました。

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2015年10月 3日 (土)

きのこ狂想曲?

Img_5920 9月から10月にかけては、きのこの季節です。



 森の中のオフィスでも、この時期の自然を伸ばす活動は、きのこ採りが入っています。



 きのこは種類が多く、中には毒のあるものもあるので、注意が必要です。



 実際に自分で採ったものを、図鑑で見てもよく似たものもあるので、素人判断で、食用と思って食べるのは危険です。



 幸い、オフィスの近くで牧場とレストランをしておられる方が、きのこに詳しく、オフィスのきのこ採集に同行してくださり、食用、不食、毒のあるものなど、現場で教えてくださったそうです。



 私の家の周辺でも、今年は珍しいきのこがいくつか採れました。



 9月連休の頃、大量のクリフウセンタケを見つけました。



 ざっと良さそうなものだけを採っても、大きなかごにいっぱいありました。



 このきのこは以前にも採ったことがありましたが、久しぶりなので、本当にクリフウセンタケかどうか、自信がありませんでした。



 そこで件の牧場に持って行って、聞くことにしました。



 ただ聞くだけというのも悪いので、夫と二人、コーヒーとカフェオレ、牧場自慢のプリンをいただいて、そのあと、「実はきのこを見ていただきたい」とお話ししました。



 とても気さくな感じで、快く受けてくださり「これはクリフウセンタケです。沢山採れましたね、群生するんですよ。オフィスの敷地でもとれるんじゃないですか」



 沢山あったので「少しいかがですか」とおすすめしましたが、「私はまたその辺で採りますから、いいですよ」と辞退されました。



 すぐ近くに職員寮があるので、そこで皆さんに分けました。



 その一週間後くらいに、家の前の森で、なじみのジゴボウというどこでもよく取れるきのこが目に入ったので採ろうと森に入りました。



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 そのジゴボウは少し古かったので、採るのをやめたのですが、その近くに今まで見たこともない松茸のようにしっかっりしたきのこが数本ありました。



 
 家に帰り、早速図鑑で調べましたが、確かにこれだとは特定できません。
 そのまま諦めるのも残念で、やはり鑑定してもらいたいと思い、翌朝出勤前に夫と一緒に牧場に行きました。 



 御主人が出てこられ、「これは、オオツガタケですよ。匂いはないけどマツタケ並みのいいキノコです。 私も昨日採って来たんですよ」そう言って、金盥のような入れ物に入っているのを見せてくださいました。
 私が採ったものより大きい立派なものもあり、うれしそうでした。
 この人も、私たちと同じで、キノコ採りが好きなのだと同類の気持の通じ合いを感じました。
 そして昨日、私は講習会の準備や原稿書きで忙しく過ごしていて、運動の時間が取れませんでした。
 夕方になって、大体するべきことは終わったので、山を少し歩こうと思い、裏山に行きました。
 斜面を歩くので、意外と足腰が鍛えられます。
 クリフウセンタケが出た辺りまで歩こうと、以前印を付けた赤いリボンを目指して歩きました。
 すると、またまたキノコが沢山出ています。
 最初はクリフウセンタケかと思いましたが、色が少し違います。
 また周辺を見ると、木の生えている脇から束になって数本が出ています。
 まだ新しくきれいなキノコです。
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 もしかしたら、クリタケかも知れないと思いました。
 クリタケは市場などで見たことはありましたが、自分で採るのは初めてでした。
 やはりこれも確信がありません。
 ちょうど帰宅していた夫が、一緒に聞きに行こうかと言ってくれました。
 夕方なので、レストランも店じまい中、牧場も片付けの時間でした。
 けれども牧舎から出てきてくださり、「これはクリタケです。お宅の周りは、キノコがよく採れますね」といわれ、調理方法まで詳しく教えてくださいました。
 この三つの例でも分かるように、キノコは何処に出るかわかりません。
 それが、キノコ採りを夢中にさせ、森の中のあらゆる場所が、可能性を秘めていると思えるので、ワクワクするのだと思います。
 けれども本当は、それぞれのキノコに発生場所の特徴があり、達人はそのような場所をめざして探して、実際に収穫が得られるのだと思います。
 私のように、たまたま思いがけずというのは、ビギナーズ・ラック(初心者の幸運)といえるのかもしれません。

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2015年9月28日 (月)

小樽市に行ってきました

Img_5979 小樽教区の講習会で、小樽市に行ってきました。

 前回もほぼ同じ時期に来ました。

 その時は夕方8度前後で寒くて震えたので、今回もトレンチコートを持って、出かけました。

 ところが今年は暖かく、暗くなっても20度近くあり、コートが重荷になるほどでした。

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 気候はその時々によって、大きく変わりますね。

 街を歩いていて、かわいらしいツリバナを見つけました。

 街なかで見るのは、珍しいです。

 震災後の小樽は、人もまばらで寂しかったですが、今回はImg_5999


小樽運河周辺の観光スポットは、多くの人でにぎわっていました。

 その大半が、東南アジアからの観光客だそうです。

 日本語表記のほかに、英語、韓国語、中国語が、通りや各お店の中にあり、以前とはだいぶ様子が変わっていました。

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 明治時代の古い西洋建築、日本の伝統家屋、ベネチアグラスの影響がありながら、あくまで日本的なガラス器の様々、北海道ならではのお菓子の数々、海の幸、農産物、運河を中心に郷愁を誘う街並み、そんなあれこれが、観光客を魅了するのでしょうか。

 NHK朝のテレビ小説「マッサン」の影響で、隣町の余市の観光客も、去年の2倍になったそうです。

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 テレビの影響は大きいですね。

 日曜日、北海道東部は大荒れの天気だったようですが、小樽は幸い午前中少し雨がぱらつきましたが、朝の太陽も夕方の大きな名月もよく見えました。

 講習会の控室には、愛らしい色あいのほおずきを飾っていImg_6006


ただきました。

 子どもや大人の生活感あふれる絵手紙も、心和みました。

 小樽教区の皆さま、お世話になりました。

 ありがとうございました。

 

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2015年9月24日 (木)

観音平ヒルクライム

Img_5938 来月24日、25日、生長の家森の中のオフィスで行われる「自然の恵みフェスタ」での、天女山ヒルクライムの予選を兼ねたイベントが、今日行われました。

 天女山ヒルクライムに出場できるのは5人だけなので、その選抜会と自転車を楽しむ会でした。

 曇り空で、晩秋のような寒さでしたが、長い激坂を上るには良い気温だったようです。

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予選組とエンジョイ組に分かれて、3分差でそれぞれ出発しました。

 エンジョイ組には、バットマンの仮装選手もいて、大いに受けました。

 応援の子どもたちにも、評判良かったようです。

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 どこまでも続く長い上り坂、車で走ってもいつ頂上にたどり着くのかと思うほどなので、そこを自転車でひたすらこいで登って行くのですから、さぞや大変なことと、想像します。

 それでも皆さん、ゴールでは余裕の笑顔を見せて、やりきった満足感が溢れていました。

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 家族の方々も応援に来られて、総勢50人かもっといたかもしれません。

 ゴール付近には、オフィス敷地収穫のきのこの入った温かいスープ、マフィンや山採りキノコの炊き込みご飯のおにぎり、エナジーバー、アンパンなどが用意されていました。

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 出場者、応援者、広報、支援者、みんなで一つに盛り上がり、とても楽しいイベントとなりました。

 私も三種のエナジーバーと、ミニアンパンを作って、後方支援をしました。

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2015年9月13日 (日)

甲府市に行ってきました

Img_5890 山梨教区の講習会で、甲府市に行ってきました。

 地元なので、日帰りです。

 自宅で朝食にサンドイッチをいただき、8時半に出発、9時20分には会場に着きました。

 朝は雲が多く、怪しいお天気でしたが、その後晴れたようで、終了時にはさわやかな秋晴れになっていました。

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 講習会では、なでしこの花の苗をいただきました。

 アルプス市で、櫻本カスミ園というなでしこ栽培をされている聖使命会員の櫻本ご夫妻からの、プレゼントです。

 櫻本さんは、サッカー女子W杯日本代表の応援イベントが東京で行われた時、依頼を受けて選手たちになでしこの花束を用意したそうです。

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 櫻本カスミ園のオリジナル登録品種のミニパラソルというなでしこをいただきました。

 耐暑、耐寒性のあるなでしこは、長期に楽しむことができるそうなので、庭に植えて大切に育てたいと思っています。

 講習会の控室には、河口湖のコスモスや赤紫のリンドウなど、秋のお花を沢山飾っていただきました。

 夕方5時前には自宅に帰ってきました。

 山梨教区の皆さま、お世話になりました。

 ありがとうございました。
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2015年9月 6日 (日)

宮崎市に行ってきました

Img_5868 宮崎教区の講習会、宮崎市に行ってきました。
 

 北杜市は、もう秋が来たように爽やかで、朝夕は少し肌寒い気温ですが、宮崎はまだ夏でした。
 

 到着した土曜日の気温は28℃、日曜日の今日の最高気温は30℃の予報でした。
 

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 宮崎には約一年半ぶりくらいに来ましたが、空港が「宮崎ブーゲンビリア空港」になっていました。
 

 東南アジアの空港のような名前で、少し不自然さを感じましたが、お聞きしたところによると、宮崎の気候ではブーゲンビリアがよく育ち、ここ10年くらい、毎年市民にブーゲンビImg_5840


リアの鉢植えを500鉢位配っているそうです。
 

 その結果、市内ではブーゲンビリアを育てている家庭がかなりあるとのことでした。
 

 そのようなことから、空港の名前になったようです

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 濃いピンクのブーゲンビリアの花が、街のあちこちで咲いていました。
 

 今回宮崎は前線の通過で、大雨の予報でしたが、夜中に雨がかなり激しく降ったようでしたが、日曜日の朝は小雨で、お昼ごろにはすっかり晴れて、天気予報の外れる良いお天気に恵まれました。
 

 講習会の帰り道には、樹齢推定900年という大楠の木をImg_5842


見学しました。
 

 地元では「清武の大楠」と呼ばれています。
 

 船引神社の境内にありましたが、あまり大きくて写真に納まりませんでした。
 

 900年前というと平安時代でしょうか。
 

 そんな昔からの木が、今も実際にあるというのは不思議な感じがしました。
 

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 木は、人間をはじめとした動物なんかより、余程長く生きて、この世の様々な移り変わりを見てきているのですね。
 

 人の気配がなく、寂れた神社でしたが、すぐ近くには、大きな郊外型のショッピングセンターがあり、その激しい格差が、現代を象徴していると思いました。
 

 講習会の控室には、珍しい青いバラを飾っていただきました。
 

 最初は造花かと思いましたが、生花でした。
 

 どのように栽培されたのか、興味深く思いました。
 

 宮崎教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2015年8月30日 (日)

室蘭市に行ってきました

Img_5795 室蘭教区の講習会で、室蘭市に行ってきました。

 今回初めて、松本空港を利用して、千歳まできました。

 松本空港は、小淵沢から、塩尻まであずさで約30分、塩尻からは車で20分の距離にあります。

 新宿まで出て、羽田から行くことを考えるとずいぶん時間の短縮になります。

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 昨年は適当な時間の千歳便がなかったので、使えませんでしたが、今年は松本、12時30分発の便があったので、利用できることになりました。

 しかしこれにはリスクがあって、一日にたった一便だけなので、もしその便が欠航になったりすると、面倒な事態が生じます。

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 実は昨日も、雲が厚く垂れ込めていたので、もしも使用機が着陸できない場合は欠航になると、チェックインの時に言われました。

 その場合、一番近いのは特急しなので松本から名古屋に行き、そこから中部国際空港に行って、千歳便に乗るということでした。

その場合は、室蘭到着が夜遅くになる場合もあります。

 幸い今回は福岡からの便が無事に着陸して、千歳に飛ぶことができたので、予定通り室蘭には夕方4時前に着きました。
  

 室蘭地方も曇り空で、気温は19℃、七分袖の夏のスーツでは、少し肌寒かったです。
 

 私たちの住む大泉より、昼間の気温は低いようでした。
 

 街路樹にナナカマドが沢山植えられていましたが、葉が少し色を変え、実もオレンジ色に色付き始めていました。
 

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 北国の秋は駆け足でやって来るようです。
 

 講習会の控室には、ハマナスの濃い赤紫の花、ミニトマトのような真っ赤なハマナスの実、シュウメイギク、紫陽花などを北海道の晩夏の風情で活けていただき、趣がありました。
 

 室蘭教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2015年8月23日 (日)

長坂子ども食堂

Img_5770 今日は月一回の、長坂子ども食堂の日でした。

 7月に引き続き、今月もお手伝いさせていただきました。

 北杜市では、明日から二学期が始まるそうで、今日は夏休み最後の日です。

 子供たちに夏の思い出を作ってもらおうと、流しそうめんが考案されました。

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 総務課の皆さんのご協力を得て、5から6メートルくらいの立派な流しそうめんのセットができました。

 長坂寮の奥様方が前日から準備してくださり、楽しい流しそうめんの子ども食堂になりました。

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 うかうかしているとそうめんや具材が流れていくので、みんな真剣な面持ちです。

 調理した私たちも、はしゃいでそうめんをいただきました。

 最後はよく冷えたスイカもあり、楽しく盛り上がったそうめん流しのイベントになりました。

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 竹でそうめん流しを作ってくださいました総務課の皆さま、おいしいお料理を作ってくださいました長坂寮の奥様方、子どもたちを楽しませてくださった、運動推進部の皆さま、ありがとうございました。

 私も、楽しい時間を過ごさせていただきました。

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 感謝申し上げます。

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2015年8月19日 (水)

盂蘭盆供養大祭

Img_5760  京都府宇治市にある、生長の家宇治別格本山で、盂蘭盆供養大祭が開催されました。
 私は夫と、昨日、今日と参列させていただきました。
 昨日は夕刻から、東日本大震災など近年の自然災害で犠牲になった人のための、自然災害物故者慰霊祭が執り行われました。
 今日は朝9時から第60回盂蘭盆供養大祭本祭、引き続き先の戦争で犠牲になった人の慰霊のための、精霊招魂神社大祭、午後からは全国流産児無縁霊供養塔供養大祭、末一稲荷神社大祭と四つの御祭りが執り行われ、午後3時にはすImg_5761


べての行事が終了しました。
 毎年この時期の宇治はとても暑いのですが、一昨日と今朝かなり雨が降り、今日も曇っていたので、かつて経験したことのない過ごしやすい二日間でした。
 全国からご先祖の供養などのために、多くの皆さんがご参集くださいました。
 また、招霊などにも沢山の方がご奉仕で、ご参加くださいました。
 生長の家では、自然エネルギー拡大のために宇治の近くの城陽に、メガソーラーを設置しました。
 稼働は今年からです。
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 メガソーラーに賛同し、寄付をしてくださった方の名前が、ソーラー施設内のボードに記されています。
 大祭期間中、希望者はメガソーラーの見学が可能でした。
 18日の行事が終わった後、私たちはメガソーラーの施設見学をしましたが、他に沢山の人が「自分の名前を一目見たい」「メガソーラーの規模はどれくらい」という感じで、見学にきておられました。
 採石場の跡地で、京田辺市、大阪の枚方市、京都の町などをはるかに見渡せる、眺めの良い所にありました。 盂蘭盆供養大祭では、ご先祖の霊を慰め、様々な犠牲者の霊をお祀りし、ご加護を祈念しました。
 また、自然エネルギーを拡大する行動の印を確認し、どの方にとっても心満たされ、豊かな気持を味わわれた宇治での時間だったのではないかと、思われます。
 盂蘭供養大祭に関わられたすべての皆さまに、感謝申し上げます。
 ありがとうございました。

(大祭中は、御祭りに列席して、写真を撮れる状況ではなかったので、ソーラー施設の写真だけになってしまいました)

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2015年8月 1日 (土)

夏の花

Img_5719 梅雨明けから、暑い日が続いています。
 

 とりわけ、ここ一週間くらいの暑さは、厳しいですね。 
 

 標高1250メートルくらいの我が家も、日中はかなり暑くなります。
 

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といっても、家の中にいれば扇風機をつけなくても、汗をかかずに過ごせます。
 

 空気が乾燥して、カラッとしているからだと思います。
 

 反面、野外の日差しはとても強く、紫外線の分量も多いようで、帽子は欠かせません。
 

 そんな環境で、夏の花が美しく咲き、暑さを和らげてくれます。
 

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 元気に咲いているのは、ほとんどが宿根草です。
 

 ここの厳しい冬を土の中で過ごし、夏にはこんなにきれいな花々を咲かせるのだと思うと、けなげというか、生命の偉大な神秘力に驚嘆せずにはいられません。
 

 百合は写真以外でも黄色やピンクが咲いているので、切り花にして家の中にも飾っています。
 

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 花が美しく咲くと喜び、家の中に飾ると心まで華やぐのは不思議と思いますが、私たちが花を見て、花の美しさを感ずることができるのは、私たちの生命と花の生命とが本来一つであるからと教えられました。
 

 天地の万物と本来一つの命を生きている私たちは、万物からの多くの恵みで生かされています。
 

 花を見ては、讃嘆の言葉をかけて、お礼を言っています。

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2015年7月12日 (日)

高崎市に行ってきました

Img_5623 群馬教区の講習会のため、高崎市に行ってきました。
 

 北杜市から群馬に向かうのは初めてで、まず小淵沢からあずさに乗って松本まで行きました。
 

 松本からは、特急しなので長野に、長野からは北陸新幹線はくたかで、高崎までの行程でした。
 

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 所要時間は、正味乗車時間が2時間半くらいでした。
 

 群馬は長野を挟んで、お隣です。
 

 地図で見ると、北杜市と高崎はとても近いのですが、間に高い山があるので、ぐるっと回っていくことになります。
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 昨日、今日ととてもいいお天気で、気温が高いことで有名な群馬も35度を超える猛暑となりました。
 

 それでも、土曜日の夕方、日影ではそれほどの暑さを感じませんでした。
 

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 高崎市の宿舎の近くに、姉妹都市公園というのがあります。
 

 高崎市は、アメリカ、ブラジル、中国、チェコの都市と姉妹都市提携をしているようで、その都市の代表的な木を植えている公園でした。
 

 そこで、珍しい鳥を見つけ、写真に収めることができました。
 

 鳥に詳しい人に聞いたら、多分ハヤブサの仲間のチョウゲンボウではないかとのことでした。
 

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 この鳥は、街に住みついている猛禽で、小さな鳥も食べるそうです。
 

 ずっと木の高い所に止まっていたので、まだ雛なのかもしれません。
 

 珍しい鳥を見つけ、その名前が分かるとうれしいのは、不思議ですね。
 

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 ホテルの部屋から見た昨日の夕日も、美しかったです。
 

 講習会の控室には、暑さを和らげるような花、キキョウ、アガパンサス、矢羽根ススキなどと、自然の森を小さく取り込んだような寄せ植えを飾っていただきました。
 

 群馬教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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高崎

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2015年6月28日 (日)

浦和市に行ってきました

Img_5564  埼玉教区の講習会で、浦和市に行ってきました。
 

 浦和市を訪れるのは、初めてでした。
 

 埼玉の場合、大宮や狭山などがメイン会場になることが多かったのですが、今回は会場が確保できず、和光市がメイン会場でした。
 

 メイン会場の近くということで、浦和が選ばれたようでした。
 

 浦和は、東京郊外と下町が混ざり合った町という印象を受けました。
 

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 ちょうど浦和レッズが優勝を決めた後のようで、街では各所で優勝セールが行われていました。
 

 今朝の埼玉新聞ではさらに、無敗の優勝が報じられていました。
 

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 サッカーファンが多いようです。
 

 金曜日の予報では、週末は雨と言っていましたが、土曜、日曜と晴天に恵まれました。
 

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 今朝5時の空は、澄んだ空気感があり、美しかったです。
 

 講習会の控室には、それぞれに素敵なお花を飾って頂きました。
 

 サルトリイバラの緑の葉と実だけのアレンジは、爽やかさがあり、新鮮でした。
 

 埼玉教区の皆さま、お世話になりました。ありがとうございました。

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2015年6月22日 (月)

秋田市に行ってきました

Img_5538 生長の家の講習会で、秋田市に行ってきました。

 土曜、日曜は全国的に荒れた空模様でしたが、幸い秋田はさわやかな初夏の天候に恵まれました。

 あきたこまちの田んぼも早苗がだいぶ育ち、紫陽花が色付き始めていました。

 秋田城址にある千秋公園のお堀では、蓮も夏を待ちわびて、ピンクの大輪の開花はすぐという状態でした。

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 ここも、冬は豪雪地帯となりますが、雪に閉ざされるからという訳ではないと思いますが、児童、生徒の学力日本一を誇る県だそうです。

 家庭学習の習慣が、古くからあるらしいです。

 一般的に、東北地方の人は遠慮がちで、たとえば講習会で私たちが会場に入ると、西日本の方は、躊躇なく握手の手を差し出されますが、北に行くとほImg_5544_2


とんど手が出ないことが多いです。

 昨日もほとんど手が出なく、会場を心持ちゆっくり歩きましたが、壇上の席に着いたのは10時2分くらい前でした。

 係りの人がちょうど10時に着くように、時間を調整してくれますが、ぴったりというのは難しいのです。

 手が出なかったから、皆さん消極的かというと、そういうことはなく、終了後に会場を歩いた時には、競って握手を求められたので、内に秘めた強い思いを感じました。

 1年の半分から3分の1を雪の中で過ごすのですから、辛抱強くなり、何事も人間の思い通りにはいかないことを自然と向き合いながら、身に付けた人々の心情に思いを馳せました。

 私も2回、雪のある冬を経験し、その感覚が少しわかるようになりました。

 春を待ちわびる気持ち、実際に春が来た喜びは、世界が一変したような歓喜に満たされます。

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 講習会を終えて、達成感を感じておられる皆さんは、日本海のどんよりした冬空ではなく、初夏の爽やかな青空のように明るかったです。

 地域によって、風土によって、現れ方は異なりますが、人間のうちにある思いに変わりはないのですね。

 講習会の控室には、ガマの穂、カラントの赤い実、アガパンサス、ルドベキア、シャクヤクなどを野にあるように飾っていただきました。

 秋田教区の皆さま、お世話になりました。

 ありがとうございました。

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2015年6月 8日 (月)

旭川に行ってきました

Img_5484 土曜日朝、自宅周辺の外気温は7度前後で、寒い日でした。

 旭川も予想最高気温は15度とのことでしたから、迷わずコートを持って出かけました。

 10時前に着いた東京も20度くらいで、6月初めにしては涼しいと思いました。

 午後1時半ごろ旭川空港に到着しましたが、気温は12度Img_5465


まだ寒い北海道でした。

 米どころ旭川は、ほとんどの田んぼで田植えが終わり、どの家の庭にも目の覚めるような鮮やかな色のつつじやジャーマンアイリス、ルピナスなどの花が咲いていました。

 とりわけ黄色のつつじは、山吹の黄色を明るくしたような色で、本州では見かけない色でした。

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 今回旭川には飛行機の便の都合で、早く着きました。

 今までは3時か4時ころでしたが、2時にはホテルに着きました。

 時間に少し余裕があったので、夫に頼んであるパン屋さんに行きました。

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 5,6年前のことになりますが、書店で旭川の森の中で地元の人と交流しながら、自然と共に暮らす日常が生き生きと描かれていて、読んで楽しくなる本をみつけました。

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  東京で、自然エネルギーを使って持続可能な暮らしを目指していた著者は、彼女にとって男の親友であるパートナー氏がパン職人の修業をしたのをきっかけに、東京からImg_5474


彼の故郷である旭川に行って、パン屋さんを始めました。

  北海道産小麦を使って、天然酵母で丁寧に作られたドイツパンは、売り切れ御免で、遅くとも夕方4時にお店は閉店です。

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 いつか機会があれば行ってみたいと思っていました。

 お店はホテルから車で、5分から10分くらいの住宅街の一角にありました。

 知らなければ見過ごしてしまいそうな、小さな可愛いお店でした。

 前庭には、ハーブや季節の宿根草が白やブルーの花をつけて、さりげない佇まいです。

 少し緊張してドアを開けると、左側のカウンターに立っていた女性が「いらっしゃいませ」と声をかけてくれました。

 「あれ?」イメージと違った女性でしたが、本が出版されたのは10年くらい前だから、変わったのかもしれないと思いました。

 2時半ごろでしたが、パンはまだ沢山の種類が並んでいました。

 スーツを着て、いかにも旅行者然としている私達ですから、話さなくてはいけないと思い、「本を読んできました」と言いました。

 女性はにこりともしないで「その人はもういません」

 「あっ、そうなんですか。変わったんですか?」

 「職人は同じですが、彼女は退職しました」 「退職」という言葉が、強調されていました。

 久しぶりに尋ねたら、お店がなくなっていたとか経営者が変わっていたという話を聞くことがありますが、私は肩透かしを食ったような、がっかりした気持ちになりました。

 色々あったのかもしれないと勝手に想像し、諸行無常という言葉が浮かんできました。

 気を取り直して、沢山並んでいるパンの中から、夫の好みを聞いて「猫のしっぽ」という細長い堅いパンと、ゴマの入った丸い黒いパンを買ってお店を出ました。

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 住宅地なので、どの家の庭もお花がとりどりに植えられていて、芍薬は沢山の花をつけて華やかでした。

 旭川の人は、庭仕事が好きなのだと思いました。

 きれいな庭を眺めながら、夫と「猫のしっぽ」をかじりました。

「このパンは、しっかりしていて、ちょっとないおいしいさだね」職人の腕は確かでした。

 人生は色々で、確かなものはないのだと、改めて学びました。

 街の中心に戻ると、一年に一回の北海道の高校生の楽団のパレードが行われていて、全道から4000人くらいの高校が集まっているとのことで、にぎやかでした。

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 気温は15度くらいになっていましたが、それでも寒い中、沿道は人で埋め尽くされ、演奏する高校生は半袖のTシャツでした。

 講習会の控室には、サンダーソニアと緑の葉、みやこ忘れの取り合わせが素敵な花を飾っていただきました。

 旭川教区の皆さま、お世話になりました。

 ありがとうございました。

 

 

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2015年6月 1日 (月)

高知市に行ってきました

Img_5435 高知教区の講習会で、高知市に行ってきました。

  金曜日くらいまでは、週末は大雨との予報でしたが、土曜日はパラパラ、日曜日は高曇りの良いお天気になりました。

 初夏の陽気で、紫陽花が咲き始めていました。

 高知の中心地のアーケード通りは、いつ来てもにぎわっていて、地方の町にしては珍しいと思うのですが、今回は少し様子が違いました。

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 それなりに人はいますが以前より少なく、近くには空き店舗も目につきました。

 その理由は、高知駅近くにイーオンの新しい施設ができ、子どもからお年寄りまで吸い込んでいるからとのことでした。

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 どの町も画一化されることは、決して良いこととは思いませんが、この流れは続くのでしょうか。

 そうはいっても、狭い路地を歩くとその町らしさを見ることができます。

 人の暮らしが感じられるところに、町の魅力があると思います。

 帰りは桂浜に寄りました。

 坂本龍馬の銅像があり、龍馬ゆかりの土地かと思って行きましたが、龍馬とは直接関係ないところでした。

 龍馬の足跡を顕彰し、後世に伝えるため昭和3年に銅像が作られ、観光施設としたようでした。

 外国人(東南アジア)が多く、浜辺を歩いていました。

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入り江になっていて、美しい海岸でした。

 講習会の控室には、矢車草、珍しい花のクレマチスと、ラベンダー、カモミールなどのハーブを野に咲くように活けてくださいました。

 さわやかで優しい雰囲気が素敵でした。

 高知教区の皆さま、お世話になりました。

 ありがとうございました。

 

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2015年5月25日 (月)

浜松市に行ってきました

Img_5400 静岡教区の講習会で、浜松市に行ってきました。

 浜松は県庁所在地の静岡より9万人くらい人口の多い、県最大の都市です。

 駅周辺はビルが立ち並び、大都市でした。 

 郊外まで、家が立ち並び、人口密度の高さがわかりますが、山梨とは南部地方で接しています。

 日曜日は、霞んでいましたが、晴れていると、遠くに南アルプス、北アルプスの山々が見えます。

 その右手遥かは、太平洋です。

 温暖な気候で、海の幸、山の幸に恵まれた、住みやすいところだと、地元の皆さんは言っておられました。

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 静岡教区は、生命学園の活動が盛んで、県下に8つの生命学園があります。

 講習会の控室には、生命学園の活動の様子をとらえた写真や、子どもたちが作った凧、また白鳩会の皆さんの手作り小物などを飾っていただきました。

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 布でできた蓮の葉っぱと、カエルはよくできていて、遊び心が感じられ、ほほえましく思いました。

 ガーベラ、トルコキキョウなどピンクの花を中心に飾っていただいたのも、華やいだ気分にさせていただきました。

 静岡教区の皆さま、お世話になりました。

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 ありがとうございました。

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2015年5月18日 (月)

釧路市に行ってきました

Img_5374 釧路教区の講習会で、釧路にいってきました。

 日本で最も遅い桜が咲く教区ですが、それでも今年は例年より一週間くらい早く開花したそうで、今は八重桜が満開の時期を迎えていました。

 白樺の新芽も優しい葉っぱを広げ始め、さわやかな季節です。

 広大な緑の草原と、白い雲が浮かぶ広々とした青空は、本Img_5364


州では見られない大陸的な様相で、大らかな晴れ晴れとした気持ちになります。

 大泉より少し寒いかもしれないと思い、コートを持ってきたのは良かったです。

 朝夕の気温は同じくらいですが、昼間は風が冷たかったです。

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ちょうど北海道を寒気団が通過したのと重なったことも影響しました。

 町ではタンポポ、チューリップなどがようやく訪れた春を告げていました。

 釧路は太平洋に面しているので、北海道でも雪の少ないとImg_5380


ころですが、今年は一週間おきくらいに雪となり、厳しい冬を過ごされたようでした。

 釧路の中心市街地は空洞化していますが、港町釧路は清々しい透明感のある町という印象を持ちます。

 日曜日の朝刊に、釧路市郊外の「武佐(むさ)の森」でオオバナノエンレイソウが満開になったという記事を読みました。

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 真っ白な三弁の可憐な花です。

 飛行機の出発まで時間があったので、寄ってもらいました。

 JR根室線の南側に広がる約140ヘクタールの里山で、元々は鉄道防雪林だったとのこと。

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 ほとんど手つかずの自然が残り、見事な群生でした。

 ハルニレやニワトコ、シラカバの大樹が生い茂り、原生林のようで、妖精も出てくるのではと錯覚しそうなところでした。

 小さな湿地には、大きなミズバショウの花も咲いていました。

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 北海道には、まだまだ未知の素晴らしい自然が残っているようです。

 講習会の控室には、ラッパ水仙とカイドウを飾っていただきました。

 釧路教区の皆さま、お世話になりました。

 ありがとうございました。

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2015年5月 7日 (木)

春爛漫

Img_5246 全国幹部研鑽会、全国大会のため4月26日から29日まで東京に行っていました。

 29日の夜帰ってきて、翌朝庭を見たら、桜が咲き、落葉松が芽吹き、地上では去年の秋に植えたチューリップも開き、花盛りの春を迎えていました。

 冬の厳しい土地だけに、木々が芽吹き、花々が咲き出す季節の喜びは、ひとしおです。

 日本の冬は寒いですが、それでもほとんどの土地で、畑や庭に少しは緑を見ることができます。

 ところが八ヶ岳南麓の標高1200メートルの土地では、冬に見ることのできる緑はもっぱら松とイチイ、モミの木、ヒノキ、杉などのややくすんだ緑だけです。

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 地面は死んだように枯れ草と灰褐色です。

 ですから、小さな緑の草の芽が出てくると、不思議な気がして、やはり生きていたのかとうれしくなります。

 春になり草花が芽を出すのは当たり前のことなのですが、Img_5256


想像はできても実際に目に見ないとなかなか実感できません。

 繰り返される季節の巡りを、毎回初めてのことのように喜べるのは、そんな私たちの感覚から来るのだと改めて思いました。

 4月は幹部研鑽会の準備等に明け暮れる日々だったので、Img_5272


ゴールデンウィークは、庭仕事に励みました。

 遅霜の心配がある地域ですが、レタス、ブロッコリー、カリフラワー、ルッコラなどの苗を植えました。

 大泉駅前のパノラマ市場(地産地消の会)で売られています。

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 ホームセンターなどのとは違い、地元の農家の方が無農薬、無化学肥料で育てた苗なので、安心です。

 野菜の種は、もう少し暖かくなってから植えようと思っています。

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 家に籠ることの多かった冬でしたが、これからの季節は私も体を動かして、鍬を持ったり、自転車に乗ろうと思っています。

 山菜採りの道すがら摘んだよもぎで、草餅を作りました。

 家で作った草餅は、飛び切りのおいしさでした。

 毎日様々な発見があり、わくわくする季節です。

 薄緑の森の中には、誰が植えたのでもない山桜が沢山あります。

 それは眺めているだけで、心が満たされる風景ですが、しかし、いつかどこかでこんな景色を知っていたという不思議な感覚にとらわれます。

 もしかしたら、楽園のイメージにつながるのかもしれません。

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2015年4月29日 (水)

全国幹部研鑽会、全国大会

Img_523_3  東京調布の本部練成道場をメイン会場にして、全国14会場で4月27日に行われた白鳩会全国幹部研鑽会。

 28日には9会場で行われた相愛会・栄える会合同全国幹部研鑽会。
 

 そして本日29日、5会場で開催された青年会全国大会。

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 3大会が3日間の日程をすべて終え、無事終了いたしました。

 全国各地から、そして全国各地にお集まりくださいました、白鳩会、相愛会、栄える会の幹部の皆さま、青年会の皆さま、ありがとうございました。

 3大会合せて、9810名の多くの皆さまが、平日のご多用な中お集まりくださいました。

 沢山の感動、喜び、出会い、発見など充実した時間を過ごされたことと思います。

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 私も、ドキドキ緊張した3日間でしたが、何とか乗り切ることができ、ほっとしております。

 多くの皆さまのご愛念に感謝いたします。

 3大会の準備をしてくださいました皆さま、当日の運営にご活躍くださいました皆さま、様々な場面でご協力、ご活躍くださいました皆々さま、全ての皆さまに心から感謝いたします。
ありがとうございました。

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2015年4月20日 (月)

長坂子ども食堂

Img_5194 昨日の日曜日、長坂子ども食堂が開かれました。

 21人の子どもが参加してくれました。

 ほとんどが職員寮の子どもたちでしたが、外部のお子さんも2人か3人来てくださり、良かったです。

 宗教団体の職員寮での子ども食堂なので、参加すると勧誘されるのではとか、特別なものを出されるのかとか、偏見もあるようですが、普通と変わらないことをわかってもらうために、Img_5171


気長にコツコツとやっていければと思います。

 お料理する皆さんは、明るく和やかな雰囲気で、今回は余裕をもって準備ができたようです。

 12時近くになると何人くらい来てくれるかと、わくわく、ドキドキしながら待つのも、また楽しいことでした。

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 献立は、春のロールキャベツ、筍と菜の花のバター、しょうゆ炒め、ワカメごはん、ジャガイモの彩団子でした。

 団子は子供たちが自分の好きな色の団子を串に刺して、みたらしをかけて作りました。

 この作業が、楽しかったです。

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子ども食堂の雰囲気をお伝えします。

 お箸置きも好評で、お手伝いの皆さんも、クラフト作りの会を開きたいと、いっておられました。

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2015年4月18日 (土)

長坂子ども食堂のお箸置き

Img_5152  今年1月から月一回、生長の家長坂寮の集会所で「子ども食堂」が開かれています。
 

 この食堂は、子どもたちの食のセーフティーネットの一助になればとの思いで、始められました。
 

 小学生から高校生までが、誰でも無料で昼食を食べることのできる場所です。
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 小さいお子さんもいるので、食器は割れないものでと考えた時に、木の食器はどうかということになり、山梨県の木で作られた食器を購入することになりました。
 

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 調理は、長坂寮に住む職員の奥様方を中心にボランティアでしてくださっています。
 

 毎回、主に地元の食材を使って、季節感あふれる楽しい食事が作られています。
 

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 美味しそうな料理を並べた時、お箸置きがあればと思いました。
 

 木のお箸置きはないかと探しましたが、良いものが見つかりませんでした。
 

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 そこで思いついたのが、SNI(生長の家)クラフト倶楽部です。
 

 この倶楽部は、職員とその家族で構成されています。
 

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 手作りが好きな人、得意な人、やってみたいと思っている人がメンバーになっていて、私も倶楽部員です。
 

 フェースブック上で、自分の作品を披露したり、オフィスの売店こもれびに出品もしています。
 

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昨年の秋行われた、自然の恵みフェスタでは大活躍した倶楽部です。
 

 大量生産、大量消費の高度消費型生活を当たり前としていた私たちですが、誰でも手で何かを作ることが好きなのではないか、また手作りすることで心の満足感や、物に対Img_5148


する考え方、自分の生活そのものも見直すきっかけになるのではないでしょうか。
 

 この倶楽部にはそんな効果があると、私は思っています。
 

 SNIクラフト倶楽部に呼びかけたら、すぐに8人の方が名乗り出てくださり、昨日64個の個性あふれる素敵な手作りのお箸置きが届けられました。
 

 みなさんの愛深い迅速なお応えに、心から感謝いたしました。
 

 子ども食堂が、ますます楽しく意義のあるものになっていくことと思います。
 

 個性的な作品の数々をご披露いたします。
 

 ほんとうにありがとうございました。
 

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2015年4月13日 (月)

金沢市に行ってきました

Img_5097 石川教区の講習会で、金沢市に行ってきました。
 

 金沢はちょうど桜が満開で、北陸新幹線の開業もあり、大変な賑わいでした。
 

 泊まったホテルも、外国人の宿泊客が多く、朝食会場では、英語やフランス語が飛び交っていました。
 

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 今までにはなかった傾向です。
 

 新幹線開業以来、兼六園は二倍、金沢城公園は三倍の人出と土曜日の夕刊には書いてありました。
 

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 特に週末はドタバタしていますと、ホテルのレストランの方は言っていました。
 

 石川県も、金沢に人口が集中し、朝のテレビ小説の舞台である輪島などは、人口減少、過疎化の悩みがあります。
 

 都市への人口集中で二極化が更に進むこの傾向は、人々の価値観が変わらないと解決は難しそうです。
 

 輪島塗、九谷焼、加賀料理、美しい家並み、日本文化の粋が集まる金沢ですが、これらの背後には石川県各地の奥深い文化が影響を与えたものもあるのでしょう。
 

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 都会だけが賑わっても、それを支える地方が衰退すれば、都市の機能も上手くまわりません。
 

 そんなことを考えさせられた金沢の賑わいでした。
 

 講習会の控室には、ラナンキュラス、貝母百合などを個性的に飾っていただきました。
 

 石川教区の皆さま、お世話になりました。
 

 ありがとうございました。

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2015年4月 6日 (月)

米子市に行ってきました

Img_5040 鳥取教区の講習会で、米子市に行ってきました。
 

 米子市は鳥取県の西の端にあり、島根県との県境の市です。
 

 到着した土曜日は曇り空でしたが、米子の桜は満開でした。
 

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 宿泊したホテルから約一キロのところに、境港につながる川か海に面した湊山公園という桜の名所があると地元の方からお聞きしました。
 

 米子には何度も来ていますが、桜の季節は初めてなので、公園まで散歩がてら出かけました。
 

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 土曜日は桜祭りが行われていたようですが、私たちが行った4時ごろにはもう終わっていたようです。
 

 それでも公園には沢山の人がいました。
 


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 家族連れやカップル、年配の方のグループなどがいて、露店も軒を連ねていました。
 

 この公園は広い敷地で、子どもが遊べる機関車などのある場所やサルのいる檻、児童会館のような施設もあり、地方都市の自然豊かな環境が、子供の成長には良い影響を与えるだろうとの印象を持ちました。
 

 朝からずっと乗り物に乗っていたので、約1時間ばかりの今年初めてのお花見は、良い運動になりました。

 米子の隣町、境港は水木しげるのふるさとで、このあたりは鬼太郎一色です。

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 鬼太郎列車や水木しげるロードがあり、米子空港にも、空港の派出所にも鬼太郎一家がいました。
 

 講習会の控室には、濃い色の桜を飾っていただきました。
 

 忘れな草も新鮮でした。
 

 鳥取教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2015年3月29日 (日)

丸亀市に行ってきました。

Img_4995 香川教区の講習会で、丸亀市に行ってきました。
 

 丸亀市は高松市から車で40分くらいの、香川で二番目に大きな市です。
 

 泊まったホテルは町の中心から少し離れた海辺にありました。
 

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ホテルの前は、大きな競艇場で、競艇場の広大な駐車場が周りにあります。
 

 近くにはあまり見るところもなさそうでしたが、少し行けば海なので、海辺の散策でもしようと出かけました。
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 ところがホテルから海までの100メートルくらいの間に50件くらいの家が立ち並ぶ集落がありました。
 

 それぞれの家が個性的で、魚料理の店が一軒あり、あとはImg_5021


海の仕事に関係しているように見える家々が並んでいました。
 

 綺麗に花が植えてある家や、犬が吠える家、凝ったつくりの家、初めて見るような苗字の家など、夫と二人でいろいろ想像しながら歩くのは楽しいひと時でした。
 

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 たどり着いた海岸は、遠くに瀬戸大橋が見え、松の並木が美しい海岸でした。
 

 戻るときは来た時とは違う路地を歩くと、入り江の小さな漁港のようなところに船が並んでいて、岸には蛸壺らしき容器が数十個並んでいました。
 

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 また2・3軒の家には潜水用の服らしきものが干してありました。
 

 海辺の人々の暮らしは、私にはとても珍しく思えました。

 香川は桜が咲き始め、木蓮、花桃、菜の花、雪柳、れんぎょうなど花盛りで、春うららの季節を迎えていました。
 

 講習会の控室には桜やチューリップ、手作りのお地蔵さんを飾っていただきました。
 

 香川教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2015年3月23日 (月)

新潟市に行ってきました

Img_4982 新潟北越教区の講習会で、新潟市に行ってきました。

 出発前日の金曜日夜の全国の天気予報では日曜日、本州では新潟だけが雨の予報でした。

 ところが土曜日午後、新潟に着いてみると暖かい良いお天気でしす。

 出迎えてくれた教化部長さんによると、天気予報が変わり日曜日も土曜日と同じような天気の予報とのことで、安心しImg_4984


ました。

 季節の変わり目は、お天気が目まぐるしく変わるので、講習会の当日雨になることも多いこの時期ですが、ご参加くださる方のことを考えればお天気が良いに越したことはありません。

 日曜日も晴天に恵まれました。

 3月の新潟は大雪ではと思ってきましたが、市内に雪は全く見えません。

 同じ新潟でも、長岡や湯沢はまだ雪がうずたかく積もっていました。

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 新潟市は佐渡ヶ島が屏風のような役割をしてくれるので、雪も少なく、北国にしては暖かいそうです。

 町の至る所で椿が沢山花をつけているのが見られ、民家の軒先にはクロッカスやプリムラなどが可憐な花を咲かせて、チューリップの芽も数センチ地面から出ていました。

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 私の住んでいる北杜市の標高1200メートルよりは、だいぶ暖かいようです。

 新潟市の真ん中をゆったりと流れる信濃川に架かる萬代橋は、町のシンボル的存在で、観光客も足を止めて橋の上で記念写真を撮ります。

 3月も20日を過ぎた今は、雪解け水なのか水量が多く薄い黄土色をしていました。

 今回講習会の終了後、新潟日報社のビル内にある、「にいがた文化の記憶館」を見学しました。

 ここは平成24年6月に開館しました。

 「日本の文化をになった新潟人」を顕彰し、若い世代が人生の指針にできる場所を用意することを目的に作られました。

 新潟からは、江戸時代から近代にかけて、学術や芸術の分野で活躍した多くの文化人や学者を輩出してきましたが、今日では名前や功績が忘れられている人も多くあったためとのことでした。

 今回は「二人の詩人 堀口大學と西脇順三郎」の特別展示があり、30分しか時間はありませんでしたが、見学しました。

 この二人は、明治25年、27年生まれで、昭和56年、57年にそれぞれ亡くなっています。

 堀口は文化勲章、西脇は文化功労者。

 長岡市と小千谷市生まれで、ともに慶応義塾大学に進み、堀口はフランス近代象徴詩、西脇はイギリスに留学し、シュルレアリズムに着目し、日本のモダニズム運動をけん引しました。

 会場に入ったすぐのところに、ジャン・コクトーの詩「耳」の訳が並べてありました。

 堀口訳「私の耳は貝のから 海の響きをなつかしむ」

 西脇訳「オレの耳は一つの貝殻である 海の音響を愛す」

 同じ詩でも、このように訳が違うと印象も変わりますね。

 他に新潟出身の女性の憲法学者やコロンビア大学の講師、女優、作家などあり、興味深く見学しました。

 講習会の控室には、春の軽やかな華やぎが感じられる桜、チューリップ、スイートピー、フリージアなどを飾っていただきいました。

 新潟北越教区の皆さま、お世話になりました。

 ありがとうございました。

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2015年3月16日 (月)

岐阜市に行ってきました

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 岐阜教区の講習会で、岐阜市に行ってきました。
 

 大泉から比べると、経由地の名古屋も岐阜も春のような暖かさでした。
 

 ホテルのすぐ横の長良川の河川敷には、高橋尚子ロードというのがあり、インラインスケートやランニング、ウォーキングをする人が何人もいて、土曜日の午後ののどかな光景でしImg_4902


た。
 

 パンジーも元気に咲いていました。
 

 川の対岸の金華山の上には、岐阜城がそびえています。
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 329メートルの山上のこのお城は、夜ライトアップされるのですが、私はお城だったことを忘れ、一瞬「今夜は月が低い所にある」と見間違いました。
 

 織田信長が築城したそうですが、あんな高い所にお城を作るのに、どれだけの人の労力を使ったのかと、毎回思います。
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 今回お聞きしたところによると、織田信長は普段は山の上のお城には住んでいなかったらしいとのことでした。
 

 それはもっともだと思います。
 

 今ではロープ―ウェー3分で金華山の上まで行けますが、昔は険しい岩だらけの山を登って行くしか方法がなかったでしょうから。
 

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 いずれにしても、権力者というのは、途方もないことをするものです。
 

 講習会の控室には、細やかに配慮された春のお花を飾っていただきました。
 

 小さな籠のパンジーやノースポール、シダなどはさりげないのですが、花への思いがなければ活けられない素敵なものでした。
 

 岐阜教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2015年3月 8日 (日)

郡山市に行ってきました

Img_4871 福島教区の講習会で、郡山市に行ってきました。
 

 郡山は福島県のちょうど真ん中に位置しています。
 

 南にいわき、北に福島、西に会津、喜多方などの街があります。
 

 東京電力福島第一原子力発電所の事故は、福島ではまだまだ現在進行中です。
 

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 事故から間もなく4年になりますが、郡山市ではようやく各家庭の除染作業が始まったとのことです。
 

 けれども、除染してもその土や泥を持っていくところが無いので、家庭の庭に埋めて置くことしかできないそうです。
 

 そのため、除染を断る家庭もあるようです。
 

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 放射能汚染に関して、事故直後に比べれば、人々の意識は大分緩やかになったそうですが、それでも完全に危険が無くなるわけではありませんから、複雑な気持を抱えておられることが分かりました。
 

 土曜日はホテルに比較的早く到着したので、ホテル周辺を散策しました。
 

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 近くに良く整備された公園があり、中学生や高校生が遊んでいました。
 

 芝生の広場や集会所、池やお茶室などもあり、池には鴨が40羽から50羽くらいいました。
 

 この地域は、安積(あさか)という地名で、安積原野はかつて不毛の地と言われていました。
 

 そこを明治時代、国営事業として士族授産のための安積開拓が決まりました。
 

 鳥取、愛媛など全国9藩から旧士族500戸が入植し、開拓が始まりました。
 

 郡山はそのような人々の手によって、明治の中ごろから急速に発展してきた町とのことでした。
 

 散策したところは、良い雰囲気の家や公園、庭園が点在していましたが、町の歴史を知ると興味が増し、強く印象に残りました。
 

 講習会の控室には、ガーベラ、フリージア、南天などをすっきりと飾っていただきました。
 

 福島教区の皆さま、お世話になりました。
 

 ありがとうございました。
 

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2015年3月 4日 (水)

春の雪?

Img_4842_2  長崎県西海市の生長の家総本山で行われる、立教記念日の祝典に参加するため、2月28日朝、家を出ました。
 

 数日暖かい日が続いたので地面に雪はほとんどなく、心なしか春の気配も感じられるようで、今年は春の訪れが早いかもしれないと期待しました。
 

 訪れた長崎は例年になく寒く、「毎日零度近くで暖かくなりません」と、総本山職員の言葉でした。
 

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28日の夕方から雨が降り、夜中に目が覚めた時は強い雨の音が聞こえました。
 

 その雨も朝には小降りになり、お昼前には止みました。
 

 寒いとはいえ長崎ですから、紅白の梅があちこちで花開き、菜の花も周りの景色を明るくしていました。
 

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 梅の花が咲いていると、寒さの中にも春の到来としてうれしく感じます。
 

 3月1日はお昼に行事を終えて、大泉の自宅に帰ってきたのは夜10時前でした。
 

 小淵沢の駅は雪でビショビショでした。
 

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 自宅周辺も15センチくらいの積雪で、朝からずっと雪が降っていたそうです。
 

 前日とは打って変わり、一面の雪で、玄関も屋根から落ちた雪で、入れなくなっていました。
 

 夕方一度玄関周りは雪掻きをしてくださったそうですが、水を含んだ春先の重い雪は、屋根から落ちるのも早いのです。
 

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 2日の朝食後、夫は家の周りの雪掻きに精を出しました。
 

 その内、オフィスの除雪車や地元の管理会社の除雪車も道路の雪掻きに来てくれました。
 

 とてもありがたく思いました。
 

 私たち二人だけなら、家の周りの除雪はできても、道路の雪で何処にも出かけることができません。
 

 雪国はお互いに助け合わなくては、暮らしが立ちません。
 

 高齢化し若者がいなくなった雪深い地方は、冬の暮らしが死活問題となることがよくわかります。
 

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 高地の春は、いったん雪が無くなってもそんなに簡単に春が訪れないことを、改めて思い知りました。
 

 そして昨夜もまた雪が降り、朝起きると15センチくらい積もっていて、除雪したところも元の木阿弥でした。
 

 今朝も朝食後、夫はまず雪掻きでしたが、雪景色は全てを美しくします。
 

 以前はその美しさだけしか知りませんでしたが、今は雪の大変さも知りました。
 

 滑ったり、自由に行動できない不便もありますが、雪の後の晴れた青空は心洗われるようです。
 

 家の二階の窓からは、甲斐駒ケ岳を中心に南アルプスの山々が幻想的な姿を見せていました。
 

 あと少し、この雪と仲良くしていかなくてはなりません。

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2015年2月22日 (日)

広島市に行ってきました

Img_48183  広島教区の講習会で、広島市に行ってきました。

 日曜日は小雨で、山の方は霞んでいました。

 
 広島の講習会は夏の開催が多かったので、2月に広島を訪れるのは初めてです。
 

 また今回は、小淵沢から塩尻、名古屋経由で、新幹線で広島入りしました。
 

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 広島駅に降りたのも、35・6年ぶりでした。
 

 広島は父の故郷で、夫との結婚が決まった時にお墓参りに新幹線で広島に来ました。
 

 その後はいつも飛行機でした。
 

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 駅前には高層のシェラトンホテル等のビルが建ち並び、大都会の様相です。
 

 お城のすぐそばのホテルに泊まりました。
 

 ホテルの部屋から町を眺めると、かつてここに原爆が投下されたことは、想像できません。
 

 けれども、私の記憶の中には、小学生の頃広島に来たとき、太田川の周辺にはバラック小屋が並んでいて、珍しい風景だと思ったことが強く印象として残っています。
 

 今年は戦後70年とのことです。
 

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 復興は70年もかからなかったかもしれませんが、それでもこれだけの街に再生するには沢山の時間と労力がかかったことと思います。
 

 人々から戦争の記憶が薄らぎ、歴史教育を受けていない若者が増えていきます。
 

 戦争の現実を話し、決して戦争をしてはいけないことを伝えていかなくてはいけないと、広島の街を眺め想いました。
 

 

 講習会の控室には、桃の花、菜の花、チューリップ、コデマリなど春を告げるお花を飾っていただきました。

 広島教区の皆さま、お世話になりました。
 

 ありがとうございました。

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2015年2月 8日 (日)

鹿児島市に行ってきました

Img_4719 鹿児島教区の講習会で、鹿児島市に行ってきました。
 

 南国鹿児島は、到着した土曜日は暖かかったのですが、日曜日は最低気温がマイナス3度で、寒い日となりました。
 

 鹿児島では、雪はほとんど降らないとのことでしたが、冬の寒さはそれなりに厳しい日もあることを知りました。
 

 とはいえ、街のそこここに梅の花が咲き、ツバキも沢山花をつけています。
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 今回の講習会は、西郷隆盛が最期を遂げた城山にある城山観光ホテルで行われました。
 

 そのため、控室はホテルの一室でした。
 

 フキノトウやムスカリ、ツバキ、桃とともにお雛さまをかざっていただきました。
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 床の間のある和室には、白梅を格調高く豪華に飾っていただきました。
 

 部屋いっぱいに春が訪れたようでした。
 

 鹿児島教区の皆さま、お世話になりました。
 

 ありがとうございました。
 

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2015年2月 5日 (木)

木曜日の雪

Photo 1月15日以来、木曜日になると毎週雪が降ります。

 今のところ、昨年のような大雪ではなく、数センチ積もってその後晴天が続き、だいぶ解けたと思うころ、木曜日に雪が降るというパターンです。

 先週は雪は夜からでしたが、金曜日が一日雪でした。

 大泉でお店をしている人がいて、そこのお店は木曜、金曜が定休日なので、「お休みの日は毎週雪で、困っちゃうよ」Img_4713


と、ぼやいていました。

 私もやはり、雪の朝はどれくらい降るのかと、気をもみます。

 あまりたくさん降ると、雪かきをしなくてはならず、さらに車での移動に支障をきたす場合もあるからです。

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 幸い今年は雪の量がそれほど多くないので、去年ほど雪かきをしなくていいのですが、その代わり気温が低く、道の凍結が頻繁です。

 雪が降ると外出を控えようという気になります。

 木曜日はたいてい近所の自然食品の店に買い物に行きます。

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 その店は、火曜と水曜が定休日なので、私が買い物できるのは、木曜日か金曜日だけです。 

 今朝は牛乳がほとんどなく、豆乳にしました。

 田舎なので、牛乳などは毎日入荷せず、あっても数が少ないので売り切れている場合もあります。

 木曜日の今日は営業日ですが、雪の中を車を走らせても、牛乳がないかもしれないので、電話をしてみました。

 するとやはり明日になるとのことで、買い物は行かないことにしました。

 お天気がいいと、色々欲が出て、あそこに行きたいとか、買い物をしたいとか思うのですが、雪は人を家に留めます。

 冷蔵庫の野菜もだいぶ少なくなっていたのですが、お昼も家にあるもので作ることにしました。

 寒いので、ラーメンがいいという夫のリクエストに応えて、豆乳ラーメンとサトイモの煮物を作りました。

 豆乳ラーメンは野菜料理の本で知り、夫に好評ということもあり、よく作ります。

 タマネギの薄切りとショウガの千切りを菜種油でよく炒めます。

 そこに野菜やキノコを入れて少し炒めます。

 今日は、キャベツ、ニンジン、白菜、蒸しホタテを入れました。

 二人分で、水カップ3、豆乳カップ1、味噌大さじ2・5、しょうゆ大さじ2・5、みりん大さじ1、酒大さじ1、塩、こしょうで野菜が柔らかくなるまで煮ます。

 茹でたほうれん草とみぶなを彩に加えました。

 茹でた麺をどんぶりに入れて、スープをかけ、最後にごま油、すりごま、おろしショウガをかけます。

 とても簡単で、肉類のだしを使わなくても、豆乳とごま油でコクが出て、おいしいラーメンになります。

 あればきのこを入れるといいです。

 しんしんと雪が降る中、有り合わせの昼食をいただきながら、かつての人の暮らしについて、夫と話しました。

 2月は青物などの新鮮な野菜が少ない時期です。

 特に雪などが降る北国は厳しい環境です。

 ですから昔の人は、冬を乗り切るために漬物などの保存食を作り、乾物で食事を整えたとのことです。

 現代は、流通の発達と温室栽培で、冬でも夏の野菜があります。

 売られている恵方巻きに、当たり前にキュウリが入っていました。

 私はほうれん草を入れればよいのにと思います。

 冷蔵庫の助けもあり、有り合わせのものでも、十分に豊かな昼食を作ることができて、感謝しました。

 そんな現代の恵まれた環境を、雪のおかげで、しみじみと思うことができました。

 

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2015年2月 2日 (月)

東京に行ってきました

Img_4659 東京第一教区の講習会で、東京に来ました。

金曜日は東京も少し雪が降ったそうですが、土曜日は良いお天気で比較的暖かく、夕方にはホテルの部屋から富士山が見えました。

 出迎えてくれた教区幹部の皆さんは「お寒い中、ようこそ」と言ってくださいました。

 土曜日の小淵沢駅ホームは、やはり氷点下の気温ではない
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かと思われる寒さでした。

そのため新宿駅に着いた時には、東京の風を暖かく感じました。

 「私たちのところに比べれば、東京は暖かです」そんな風にお応えしました。

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 山梨県北杜市に引っ越して、1年4カ月になります。

 少しずつ田舎の人になっていて、新宿の人込みを歩くと、まともに歩けない人の多さに戸惑いを覚えるようになりました。

 以前ならばそれは当たり前で、その人ごみの中を何も思わず、上手にすり抜けていたのですが、よけてよけて歩かなけImg_4677


れば、必ず人にぶつかる状態は、やはり特殊な状況なのだと感じました。

 それだけ人口が多いから当たり前のことなのですが、この大都会で過ごすには、それなりに心のケアが必要なのだと思いました。

 私たちは今回、講習会終了後もう一泊するので、講習会の後新宿の書店に行きました。

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 地下鉄の駅まで15分くらいの距離でした。

 日曜日は雲一つない晴天でしたが、風が強く、駅までの道を歩きながら、東京の冬もそれなりに寒いのだと、皆さんの言葉を改めて身に感じました。

 講習会の控室には、ピンクと黄色の明るく元気のでるお花を飾っていただきました。

 白鳩会の方の手作り品も見せていただきました。

 東京第一教区の皆さま、お世話になりました。

 ありがとうございました。

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2015年1月26日 (月)

佐世保に行ってきました

Img_4603 長崎北部教区の講習会で、土曜日、マイナス8度前後の大泉から、プラス16度くらいの佐世保に着きました。

 春の花、パンジーやプリムラの黄色やピンクの花が花壇や歩道の植え込みに植えられていて、南国に来たことが感じられました。

 空港から車に乗った時にも、暑くてコートを脱いだくらいです。

 ヒヨドリがみかんを食べようとしている写真は、先週の木曜日の雪の日に撮ったものです。

Img_5142 この日は雪が降っていましたが、外気温は2度くらいで、水分を多く含んだ雪はすぐ解けました。

 

 それに比べると、土曜日の朝は晴れ渡っていましたが、5分も外に立っていたら、凍りそうでした。

 今回デジカメで、佐世保の町の様子を沢山撮ったはずでしたが、電池切れで画像の移動がうまくいきませんでした。

 

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操作ミスかもしれません。

 

 スマートフォンで撮ったものが少しあるだけです。

 充電を怠ったせいで、大変残念です。

 スマートフォンは、毎日充電しますが、カメラはつい忘れてしまって、反省しきりです。 

 佐世保の町の中心地は、長いアーケード通りですが、地方の都市にしては珍しく、大変賑わっていました。

 米軍の基地があるので、外国人も多く、それらの人を対象にした飲食店も散見されました。

  私たちが泊まったホテルも、基地関係と思われる人が泊まっていました。

 

Img_5144 講習会会場は、今まで「アルカス佐世保」というにぎやかな場所にある会場でしたが、今回は「佐世保市民会館」でした。

 繁華街の近くではありますが、山に向かって閑静な場所で、裁判所や武道館などの公共施設が集まっていて、そこは整備された文教地区であり、日本の地方都市の層の深さを感じました。

 

 講習会は、西彼町の生長の家総本山にもサブ会場が設けられ、沢山の方がお集まりくださいました。

 

 講習会の控え室には、渋い色の蘭を、表情豊かに飾っていただきました。

 

 生命学園の子供たちの作品も、見せていただきました。

 

 長崎北部教区の皆さま、お世話になりました。

 

 ありがとうございました。

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2015年1月19日 (月)

沖縄に行ってきました

Img_4574 沖縄教区の講習会で、沖縄本島の宜野湾市に行ってきました。

 沖縄に行くときにはいつも、着陸前の飛行機の窓から、亜熱帯のエメラルドグリーンの海が見えて、日本のほかの地域の海とは違う色に感激するのですが、今回はそのような海を見ることができませんでした。

ぼんやりと靄がかかっているようでした。

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 曇り空というよりは、スモッグのように見えました。

 日曜日の朝に聞いたところでは、土曜日は中国大陸から、PM2,5が流れてきて、沖縄地方はその影響を受けたとのことでした。 

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 大気汚染は沖縄や九州他にも影響しているのだと思いました。

 低いときはマイナス8・9度の山梨県北杜市から、20度以上の差がある沖縄に来ると、地上には冬でもこんなに暖かいところがあるのだと、今更ながらうらやましく思いますが、この土地に住んでいれば、たまには雪を見たいと思うのが人の気持ちなのかもしれません。

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沖縄は、日本の地方にしては珍しく、人口の流入が多く、人口が増加していて、出産率も高い数値を示しています。
 

 温暖な気候と、ゆるやかな人間関係、家族のつながりの強さなどが上げられるようです。

 とはいえ、沖縄も都市化が進み、今年4月にはイオンの大型店が開店予定で、地元の小売店や既存店舗の存続を脅かしていると、沖縄タイムズの一面で報じていました。

 講習会終了後、沖縄県立博物館を見学しました。

 あまり時間がなかったので、詳しく見ることはできませんでしたが、太古から現代までの沖縄の歴史が、考古学的な発掘品や歴史的美術品、記録、様々な生活用品など多くの資料が展示された中で、よく理解できるようになっていました。

 地理的に中国と日本の狭間で、様々な苦難の時を経て現在に至っていることが、少しわかりました。

 沖縄のそのような背景をよく理解しなければ、現代の問題を語ることはできないと、僭越ながら思いました。

 ホテルの部屋から、講習会の会場である「沖縄コンベンションセンター」が見えました。

 変った形の建物が並んでいますが、二つ目が会場です。

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 沖縄の皆さまは、大らかな中に情熱を秘め、屈託なく明るかったです。

 講習会の控室には、南国らしいお花を飾っていただきました。

 北部の方から順番に桜の開花も始まり、本部の方では桜祭りの最中だとのことでした。

 沖縄では、北の方から桜が咲くそうです。

 沖縄教区の皆さま、お世話になりました。

 ありがとうございました。

 

 

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2015年1月 1日 (木)

明けましておめでとうございます

Img_4498  皆さま、新年おめでとうございます。

 昨年一年間、皆様の御支援をいただき、充実した一年でありましたことを、心から感謝いたします。

 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 元日の大泉は、昨夜の雪が1センチくらい積り、外気温はマイナス7℃でした。

Img_4493  空には満天の星が輝き、晴天の朝を予感させました。

 日の出は7時過ぎとの予報があったので、6時半ごろ近くのまきば公園に出かけました。

 公園には7時前に着きました。

 すでに沢山の人が来ていました。

 7時3分には良く晴れた山の端から、太陽が顔をだし、輝かImg_4502 しい初日の出を拝むことができました。

 良い一年になる予感、また良い一年にしようとの思いを持ちました。

 その後家族で、手作りのお節をいただき、近くの逸見神社に初詣でに出かけました。

 静かでのんびりとしたお正月です。

 Img_5009_2 お昼前にはまた雪が舞って、山の自然は変化に富んでいます。

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2014年12月22日 (月)

長坂子ども食堂

Img_4433  来年1月から月に一度、生長の家長坂寮の集会所で、子どものための食堂が開かれます。

 現在の子供を取り巻く環境は、必ずしも良好なものではありません。

 特に日本における子供の貧困の問題は深刻です。

 日本の子供の6人に一人、率にすると16,3パーセントが貧困状態です。

 Img_4451 一人親家庭に限ると、その率は50,8パーセントにもなります。

 このような状況の中、子どもたちの食のセーフティーネットの一助になればとの思いから、この食堂は開かれます。

 「孤食」や「個食」、コンビニ弁当が当たり前と思っている子供たちに、地元の季節の素材で手作りされた食事のおいしさ、皆で食事することの楽しさも味わってもらえればと考えています。

 Img_4447 また地域のつながりのお役に立つ食堂であればという欲張りな希望もあります。

 対象は小学生から高校生で、無料の食堂です。

 食堂の調理は、長坂寮に住む職員の奥様方を中心に、ボランティアでしていただきます。

 冬至の今日、プレオープンとして、実際に集会所のキッチンを使って、料理をしてみました。

 10人以上の奥様方が集まってくださり、わくわく楽しくお料理Img_4457 しました。

 私もお手伝いさせていただきました。

 今日のメニューは、豆腐バーグ、雪だるまのポテトサラダ、ほうれん草とスウィートコーンのバターソテー、かぼちゃのスープ、白玉あずきでした。

 12時に仕上げなくてはなりませんが、初めてなのでヒューズがとんだりするハプニングもあり、12時半ごろになりました。

Img_4459  今日はお客様はなく、自分たちで作ったものをいただいて、反省点など考え、1月のオープンに備えました。

 皆さんに喜ばれ、地域のお役にたつ食堂に成長していってくれることを願っています。

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2014年12月21日 (日)

森の中の交友会

Img_44223 今日は森の中のオフィスで、「森の中の交友会」がありました。

 これは、クリスマスにちなんでプレゼント交換会をしようというものです。

 ただし一つ特徴があり、市販のものではなく、手作りのものをプレゼントするということです。

 自由参加で応募者を募りましたが、80人以上の職員がImg_4421 参加しました。

 手作りというので、躊躇された方もあったのではないかと思います。

 参加者は前日までに、交友会事務局にプレゼントを届けます。

 その際、作品制作の意図等をカードに書いて添えます。

Img_4418  受付でエントリーナンバーの書かれたカードを受け取ります。

 カードには何番目にプレゼントを提出したか番号が書いてあり、それが参加券になります。

 当日はその券を見せてから、くじを引きます。

 くじに番号が書いてあり、順番に該当する番号のプレゼントをいただくという仕組みです。

Img_4412  プレゼントを受け取った人は中央の舞台で、皆さんにプレゼントを披露し、添えられているカードを読み上げます。

 こんな感じで、80数名の人が順番に舞台に立ちました。

 私は寮を建てた時の廃材で作ったという、ストーブの小物入れをいただきました。

 アイボリーに色付けされ、蔦の模様のあるとても廃材とは思えないおしゃれな木の箱です。

Img_4427  どなたが作ってくださったのかわかりませんが、我が家にピッタリでとてもうれしいです。

 私もすぐに参加表明をしましたが、何を作ろうかと随分迷いました。

 今までプレゼントは、「何を買おうか」と考えることが普通で、何を作ろうかと考えたことはほとんどなかったからです。

 手作りのものは、市販品に比べて、「見栄えもよくないし上等ではないし」なんていうのもありました。

 けれども今回は手作りなので、否が応でも自分に何ができるか考えなくてはなりません。

 かつては、毛糸で手袋やマフラー、ルームシューズなどImg_4395 作ったこともあります。でも作り方をすっかり忘れてしまいました。

 クッションカバーやランチョンマットも考えました。

 それもうまくできそうもありません。

 そんな時思いついたのが、クリスマスのクッキーハウスです。

Img_4918  以前からクリスマスになると作ろうかなと思うのですが、飾りが難しそうなので、二の足を踏んでいました。

 今回その壁を乗り越えて、挑戦しました。

 まずは試しに手のひらサイズの小さいのを作りました。

 アイシングの飾りは難しかったですが、家自体は小さいのでそれほど難しくありませんでした。

 それで、できるのではないかと大きいのに挑戦しましたが、やはり胃が痛くなるほど難しかったです。

 こういうものはお菓子のプロが作るもので、素人が簡単に作れるものではないと途中で思いましたが、やるしかなく、頑張りました。

 屋根をつけるときなど、乾くまでずっと持っていなくてはならず、いつ崩れるかとハラハラでした。

Img_4922  けれども一晩経つと、しっかりついて、なんとかできました。

 「手作り」というきまりがあったので、こんなこともできて大変ではありましたが、有意義な経験でした。

 皆さんの作品もとても個性的で、フォトフレーム、カッティングボード、手作りカード、ジャム、蜜煮、コースター、木製品、リース、マフラー、ランチョンマット、アクセサリー、甘酒、布小物、などなどありました。

 最後は、「サンタが街にやってきた」を「サンタが森にやってきた」と歌詞を変えて、伴奏に合わせて皆さんで合唱して、ワクワク楽しい有意義な時間は終わりました。

 強い結びの働きが感じられた交友会でした。

 

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2014年12月14日 (日)

倉敷市に行ってきました

Img_4370  岡山教区の講習会で、倉敷に行ってきました。
 

 今回初めて列車で岡山入りしました。
 

 土曜日は朝9時15分に北杜市の自宅を出て、小淵沢から「ス-パーあずさ」で、塩尻まで行きました。
 

Img_4373  塩尻では30分くらいの乗り継ぎ時間があり、11時1分発の「ワイドビューしなの」で名古屋に向かいました。
 

 しなの号は数分遅れて、塩尻に到着しましたが、名古屋には定刻の13時1分に着きました。
 

 名古屋から新幹線「のぞみ」に乗車し、岡山で下車しました。
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 当初の予定では、岡山から車で倉敷に向かう予定でした。
 

 ところが、最近岡山に大型商業施設であるイオンモールがオープンし、土曜日は周辺施設の混雑、道路の渋滞が予想されたので、岡山から出雲行の特急列車「やくも」に乗りました。
 

 約10分の乗車で、倉敷に到着しました。
 

 ホテルに着いたのは、午後3時半ごろでした。
 

Img_4379  このような列車の旅も、最初は乗り換えが多くて疲れましたが、1年が過ぎた今では慣れて大変と思わなくなりました。
 

 今回は更に、日本の鉄道の時間の正確さと、鉄道網の充実を直に経験し、整然とした快適さを追求する国民性の反映であるなあと、感じ入りました。
 

 倉敷は、美観地区の大原美術館や魅力的な街並みが保存されていて、沢山の観光客が訪れていました。 
 

 時間をとって、ゆっくり散策してみたい街です。
 

 講習会の控室には、クリスマスらしいお花や、備前の花器に極楽鳥花を主に豪華に飾っていただきました。
 

 Img_4385 また、手作りの絵手紙風のカレンダーもいただきました。
 

 今回の岡山教区の講習会で、今年の講習会は終了しました。
 

 岡山教区では、目標数を大きく上回るご参加を得て、今年一年を終えることができました。
 

 岡山教区の皆さまのご活躍に、心から感謝申し上げます。
 

 この一年、全国各地で講習会成功のために、ご支援、ご活躍いただきました多くの皆さま、ありがとうございました。
 

 来年一月から、また講習会が始まりますが、常に進歩を心がけ歩んでいきたいと思っております。
 

 どうぞよろしくお願いいたします。

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2014年12月 7日 (日)

別府市に行ってきました

Img_4323  大分教区の講習会で、別府市に行ってきました。

 私の住む、山梨県北杜市の自宅では、木曜日、金曜日の朝は、庭一面にうっすらと雪が積もり、朝は氷点下の気温でした。

 日中陽が出ると雪はすぐに消えてしまいましたが、外気温は4℃前後、いよいよ厳しい冬の到来と覚悟を決めていました。

Img_4325  そんな中、南国の大分、別府なので、暖かいだろうと予想してやってきました。

 ところが、大分空港のターミナルビルから一歩外に出ると、身を切る冷たい風が吹いているではありませんか。

 ああー、日本列島は大きな冷蔵庫の中に入っているのだと、実感しました。

 別府の山も少し雪が積もっていました。

Img_4320  12月に大分に来るのも初めてなので、雪が積もっていることに驚きました。

 四国の山沿いでも大雪で車の大渋滞がありましたから、珍しいことではないのかもしれませんが、気候変動の影響もあるのではと思います。

 ホテルは、いつも比較的空いていて、そんなに宿泊客が多いと感じたことはありませんでしたが、今回はエレベーターの中やレストランが人でいっぱいでした。

Img_4328  それは季節柄なのか、別府への観光客が増えたのか理由は定かではありませんが、そんな変化がありました。

 いつものように、ホテルの部屋から別府湾に泊まっているサンフラワーが見えました。

 夕方は港にありましたが、朝起きた時には出港して、いなくなっていました。

 そして朝食後また新しいサンフラワーが入港していました。

 別府と大阪双方から、夜に出向して朝、港に着くようです。

 高校の修学旅行で、鹿児島、宮崎、大分を回って、別府から船で大阪に帰ったのを思い出しました。

 温泉県の大分は地熱発電の潜在力の大きいところです。

 他に湯煙発電の可能性もあると、聞きました。

Img_4339_2  「ゆけむり発電」って、何かいい響きで、情緒があると思いました。

 講習会の控室には、葉ボタンを中心にしてウメモドキ(?)を飾っていただきました。

 季節にふさわしい取り合わせです。

 人が手をつなぎ合っている珍しい飾り物(手作りでしょうか)も飾っていただきました。

 大分教区の皆さま、お世話になりました。

 ありがとうございました。

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2014年11月30日 (日)

周南市に行ってきました

Img_4277  山口教区の講習会で、周南市に行ってきました。
 

 周南市は、徳山市が周辺地域と合併して生まれた市です。
 

 そのため、新幹線の駅や港は、徳山駅、徳山港と以前のままです。
 

Img_4296  イチョウやカエデ、サクラなどの紅葉がとても美しい時期でした。
 

 徳山港は、日本10代工業夜景の一つなのだそうです。
 

 地元の方のお話では、工業地帯として以前はもっと栄えていたそうですが、それでも今も港には多くの船が行き交い、煙突からは煙が盛んに出ていました。
Img_4298  

 高齢化も進んでいる土地ですが、市街地域活性化のため、様々な取り組みがされているようです。
 

 シャッター通りの中で、一か所明るいにぎやかな通りがあり、カラフルなクリスマスツリーがずらーっと並んでいました。
 

Img_4282  よく見るとそれらのツリーの飾りは、近隣の幼稚園、保育園、児童館などで子供たちが手作りしたものでした。
 

 可愛く、愛嬌があり、ぬくもりが感じられました。
 

 商店街が地元の人々、子どもたちとつながっていることがわかり、人の暮らしに思いが及びます。
 

 このような取り組みは素晴らしいことだと思います。
 

 グローバリゼーションやコマーシャリズムに流されず、むすびの働きが生かされた例ではないかと思いました。
Img_4283  

 講習会の控室には、カラスウリ、ビナンカズラ、松ぼっくり、ドングリなど、自然の恵みを豊かに飾っていただきました。
 

 山口教区の皆さま、お世話になりました。 
 

 ありがとうございました。

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2014年11月16日 (日)

タルトタタン

Img_4198  タルトタタンは数少ない夫の好きなお菓子です。
 東京にいた頃は、近所にタルトタタンの美味しいお店があり、たまに買うことがありました。
 私は、アップルパイは時々焼きましたが、タルトタタンは作ったことがありませんでした。
 お店で買ったタルトタタンは、アップルパイより高級な大人の味がして、近所に美味しい店があるのに、未経験の私が作っても、上手く出来そうもなく、その上難しそうに思えたからです。
 ところが、昨年北杜市に引っ越してきて、こちらにもアップルパイのあるケーキ屋さんやパン屋さんは沢山ありますが、タルトタタンは見かけません。
 多分どこかにあると思いますが、まだこの周辺の情報に乏しく、歩いて行けるところではないと思います。
 秋も深まり、リンゴの季節になり、夫からタルトタタンのリクエストが出ました。
 「原稿が終わったら」と夫と約束していました。
 毎月の原稿が終わるまでは、非日常のことには手が出ません。
 試験前の学生のような気分です。
 昨日の午前中に、やっと今月分の原稿が終わりました。
 午後からいろいろやりたかったことに取り掛かりましたが、タルトタタンもその一つでした。
 いつか作ろうと思って、レシピだけは沢山あります。
 新聞や雑誌の切り抜き、お菓子の本などいろいろあって、どれを参考にしようかと迷いましたが、私が知っているタルトタタンに一番近く、本格的で、その上簡単なものに挑戦しました。
 2007年2月3日の朝日新聞の切り抜きで、料理人は「ル・マンジュ・トゥー」オーナーシェフ、谷 昇さんです。
 全く知らない方ですが、谷さんは昔勤めていたお店で、毎日タルトタタンを焼いていた時期があって、これには自信があるそうです。
 料理の上達方法はただ一つ、何度も作ることと、谷さんの言です。
Img_  レシピにはリンゴ7個とありましたが、少し小さめに作ろうと5個にしました。
 リンゴの皮をむき半分に切って芯をとり、180度のオーブンで30分焼きます。
 この時天板とありましたが、私はバットにしました。
 リンゴを焼くとき、くっつかないように薄くバターを塗ります。
 リンゴの美味しさをさらに凝縮して、煮崩れを防ぐためには、下焼きをして水分を抜いたほうがいいからだそうです。
 その間に直径15センチのお鍋(ステンレスのオーブンに入れられるのがちょうどありました)に、30グラムの砂糖を入れて弱火にかけ薄い色のカラメルを作り、火からおろしてバター30グラムを入れます。
 焼けたリンゴの半分をお鍋の底に敷き詰め、残りを二段目に敷き詰めます。
 バットに水大匙2~3を入れて焼汁を溶かしたものを、リンゴのお鍋に入れ、火にかけて温めてから、180度のオーブンにお鍋ごと入れて、1時間半焼きます。
 途中時々、鍋肌にリンゴがくっつかないようにパレットやへらですき間を作り、リンゴの汁が無くなるまで焼いて出来上がりです。
Img_4202  初めてだったので、リンゴがいつまでも半分のままであまり色も変わらないように見えて、本当にできるのかと途中不安に思いました。
 パイ生地は、冷凍があったので、焼いておきました。
 一日置いて、リンゴが冷めて落ち着いたところで、焼いたパイ生地をのせて、お皿をかぶせてなべをひっくり返して、形を整えました。
 リンゴに少し焼きムラができましたが、何とからしくできました。
 夕食後のデザートにいただきましたが、夫は「本物の味だ」と言いました。
 何でも買えないということは、人を創造的にしてくれます。

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2014年11月 9日 (日)

熊本市に行ってきました

Img_4146   熊本教区の講習会で、熊本市に行ってきました。

  熊本は南国なので、紅葉はこれからで、銀杏の葉っぱも青々としていました。
 

 空港から市内までの道の両側に広がる畑では、キャベツ、ブロッコリー、大根などが沢山緑の葉を茂らせていて、豊かさを感じました。
Img_4144  

 熊本の街は古い建物がたくさん残っています。
 

 新幹線が開通して、福岡まで30分前後で行けるそうですが、古さを生かした街つくりをすれば、熊本らしい特徴が生かされ、良いのではないかと思いました。
 

Img_4149  熊本市の最もにぎやかな通りの正面には堂々とした熊本城があることも、街の雰囲気を格調高いものにしています。
 

 路面電車が走っていますが、線路の周りが芝生になっています。
 

 2011年に環境先進都市であるドイツのフライブルグを視察した時、同じように芝生の施された路面電車がありました。
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 芝生が電車の音を吸収し、騒音を軽減するため芝生が使われていると聞きました。
 

 熊本も同じような理由なのだと思います。
 

Img_4158  芝刈りなど手がかかりますが、見た目も素敵で環境にも配慮していることは素晴らしいと思いました。
 

 講習会の控室には、菊の花をオアシスに活けてヒヨコらしきものに仕立て上げている、珍しいフラワーアレンジメント(?)や手作り石鹸、彩り豊かなお花を飾っていただきました。
 

Img_4160_2  熊本教区の皆さま、お世話になりました。
 

 ありがとうございました。
 

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2014年11月 8日 (土)

蛇と猫

Img_4132  木曜日の休日、夫と買い物や銀行に行った帰り、県道から側道に入ったところで、とても珍しい光景に遭遇しました。
 そのあたりは何時も猫がうろついているのですが、その時は猫が口に何か長いものをくわえて、跳ね回っているのです。
 道路の真ん中なので、夫はすぐに車を止めました。
 車がきたので猫は銜えていたものを離しました。
 何と大きな青大将でした。
 蛇はとぐろを巻いて尻尾をぴくぴくさせながら横たわっています。
Img_4113  猫は横に座って、蛇を見たり、私たちの方を見たりしています。
 三者が数分間停止して、向き合っていました。
 田舎の側道で、ほとんど車が来ないから、こんな状況が許されます。
 私は車内からズームして写真を撮りましたが、夫は車から出ました。
 すると猫は、家の方に少し隠れ、それでも車と蛇を交互に見て、目を離しません。
 向こうから大きな犬を連れた男性がやってきました。
Img_4116  猫が離れたすきに、夫は蛇が車の真下にくるような位置にして蛇がひかれないように移動しました。
 車が移動すると猫はすぐに蛇のそばに来ましたが、その後どうなったかはわかりません。
 あまり大きな猫ではないのですが、大きな青大将をくわえる力があるのには驚きました。
 猫が生きているセミなどで遊んでいるのは見たことがありましが、蛇は初めてでした。
 その日は何処も紅葉が綺麗で、山も雲も雄大でした。
 自然界は多様性に満ちています。

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2014年11月 2日 (日)

和歌山市に行ってきました

Img_4075   和歌山教区の講習会で、和歌山市に行ってきました。
 土曜日は雨でしたが、北杜市から来ると暖かい所です。
 最近は西の方に行くと、暖かく感じ、服装の調節に気を遣います。
 家を出るときは寒いので厚着をして出るのですが、途中から暑くて汗をかくこともあります。
 かつて夏に北海道に行くとき、全く反対の調整に苦心したことを思い出します。
 東京は暑いので、薄着で行くと、北海道では寒いということがあり、帰りの空港で厚手のスーツから薄手のスーツに着替Img_4076 えたことがありました。
 日曜日も雨の予報でしたが、一日雨は全く降らず、夕方は真っ赤な太陽が西の空に沈むのも見えました。
 今日の最高気温は23度とのことでした。
 それでも、和歌山市内は紅葉が始まっていて、色付き始めた街路樹が目を楽しませてくれました。
 これから本格的な紅葉の始まりのようです。
 ホテルから山の上の和歌山城が見えましたが、講習会はそのお城の近くで開催されました。
 講習会場周辺は、城下町の良い雰囲気がありました。
Img_4080  講習会の控室には、華やかなお花を飾っていただきました。
 和歌山教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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