2024年2月16日 (金)

大雪になりました

  1月後半の雪は予想に反して大雪にはならず、途中から雨になり予報は当たりませんでした。
 ここ数年、温暖化の影響で12月になっても暖かい日が続き、さらには年末年始も雪がなかったので、油断していたところがありました。
 Img_2772 2月になり、またもや南岸低気圧の通過による大雪の予報が出たのですが、雪の少ないことが続いていたこともあり、大雪にはならないだろうと思っていました。
 ところが実際には、2月5日の夜から大雪警報が出て、6日の朝にかけて大雪になりました。
 久しぶりの積雪です。雪が沢山積もると、私の家の周辺は舗装道路ではなく斜面もあるので、タイヤのチェーンが必要になります。
 チェーンもここ数年は使うことがなかったのですが、30センチ近くの雪となると、チェーン装着は必須条件になります。
 私の車のチェーンはありますが、夫の車のタイヤは私のものより一回り大きいのですが、冬用タイヤだけで問題ないだろうと考えてチェーンを用意していませんでした。
 そんな用意不足がある中、6日の朝には秘書室の人などが雪掻きに来てくれました。
 久しぶりに視野の限り真っ白な世界が出現しました。雪に覆われた世界は幻想的で、おとぎの国に舞い込んだような雰囲気があります。
 Img_2767 子供たち家族や妹たちに写真を送ると、みんな雪景色の美しさに感嘆の声を上げると共に、実際の暮らしでは雪かきが大変だろうと私たちの身を案じてくれ、怪我などしないようにと言葉をかけてくれました。
 自然を甘く見てはいけないことは、十分に理解していたつもりですが、現実の生活実感が私たちの行動に結びつきます。雪の少ない暖かい日が続くと、車のタイヤチェーンのことなどすっかり忘れていました。チェーンをつけて一般道を走ると、ほとんどの人が振り返ったり、注視したりします。チェーンをつけた珍しい車は、どこの山奥から来た車だと思うのかもしれません。
 大雪から10日近くたっても、家の周りはまだ沢山の雪に囲われています。
 新潟や秋田の豪雪地帯では、このような状態が春まで続くのは例年のことと思いますが、太平洋側の晴天の日が多い私たちは、雪に囲われた状態に慣れておらず、早く溶けて欲しいと願うのです。

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2024年1月21日 (日)

雪の日の明暗


  1月20日から21日にかけて私の住む山梨県は、南岸低気圧の影響を受けて大雪の恐れがあり、天気予報ではしきりに備えをするように呼び掛けられました。
  20日は朝から雪が降りだし、1時間くらいで白銀の世界になったので、夫も仕事に出かけてもすぐに帰ってくることになるかもしれないからと、家での仕事に切り替えました。
 Img_7285  雪は1日中降ったりやんだりを繰り返しましたが、それほど積もりませんでした。
  気温が1・2度と比較的高かったので、途中からは雨になり、大雪の予想ははずれました。
  私たちには、北杜市に移転した年の大雪の記憶が鮮明にあります。
  2メートルにもなる雪の壁ができて、山梨県は陸の孤島となり、物資の流通も滞りました。
  その時も南岸低気圧の影響だったので、南岸低気圧と聞くとその時の悪夢がよみがえるのです。
  ただ私たちは今では、冬に雪が降ることは当たり前と思っていて、普段から冬季には車のタイヤを冬用に履き替えて、雪道の走行にも慣れているのであまり問題はありません。
  いま世界では、各地で異常気象の影響が出ています。
  フランスでも1月16日東部で大雪となり、車がスリップして動けなくなったり、立ち往生している様子がフランスのニュース番組で放映されました。
  Img_7295 朝の出勤時の混乱の様子が伝えられたのですが、そのあとフランス・ドウは美しい白銀の世界の映像を数分間流しました。流石に芸術の国だと感心しました。
  実際大雪は、人の暮らしに大きな影響与え、困難さをもたらしますが、その一方で雪は世界を一変させ、芸術作品のような風景や町の姿を見せてくれます。どんなものにも必ず明暗がありますが、ニュース報道は負の部分だけを報道しがちですが、美しい雪景色や、そりで遊ぶ子供たちの姿は、雪の明るさにも目を向けることを教えてくれました。この視点は、普段の生活でも常に意識したいものだと思いました。

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2023年12月25日 (月)

レモンの木

  私の家にはレモンの木があり、今年初めて6個の実を付けました。いつ買ったのか記憶が確かではないので、付けている花日記で調べると、2021年の5月にレモンの木(500円)を買ったと書いてありました。
 Img_2402_20231226053401 私の場合花日記には、花だけでなく植物全般を書いています。
 八ヶ岳南麓の寒冷地で何故レモンを育てているかというと、それは少し長い話になります。
 まだ東京にいたころ、生長の家の赤坂の事務所を訪ねたことがありました。その時ベランダに鉢植えのレモンの木があり、実が付いていました。東京でレモンが育つのだとその時初めて知ったのです。レモンがなるのはいいなあと、うらやましく思いました。
 私たちが住んでいた原宿の家の庭には、みかん、ゆず、ポンカンの木があり、みかんと柚子は毎年沢山の実をつけていましたから、レモンが育つのも不思議ではないのかもしれませんが、レモンはあまりなじみがありませんでした。
Img_2405_20231226053501  やがて私は八ヶ岳南麓の寒冷地に住むことになり、レモンの事はすっかり諦めていました。
 ところがあるとき、行きつけの美容院でのこと。美容師さんの知人のおうちではサンルームでレモンの木を育てていて、実をつけているという話を聞きました。
 私の家にもサンルームがあるので、もしかしたら育つのではないかと思いました。
Img_2289  以来ホームセンターに行ったときには、果樹のコーナーにレモンの木はないかと時々見ていましたが、中々ありませんでした。
 そんな中2021年の5月に「サイパンレモン」という木を見つけ、早速購入しました。
 売られていたものより少し大きい鉢に植え替え、春から夏は外に出して、秋から冬は昼間はサンルーム、夜間は部屋の中に移動させました。そんなことを繰り返して、2023年の春始めて花が咲きました。
Img_2288  6つ花が咲きいくつレモンになるのかと気を揉みましたが、6つすべてが結実しました。
 今はまだ少し青いのですが、先日夕食にパエリャをしたとき、一番黄色っぽいのをご飯に絞るために使って見ました。
 正真正銘のレモンの味がして、自分の家で収穫したものなので格別に味わい深く、とても嬉しかったです。
 レモンは今、日本各地で栽培が行われているようで、国産のレモンもスーパーなどに並ぶようになりました。
 寒冷地でもできますので、温暖な地方では露地栽培でも沢山実が付くのではないかと思います。
 興味のある方にはお勧めします。

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2023年11月17日 (金)

ひまわりの家のロンド(輪舞曲)

 日曜日のお昼、一人で昼食をいただくとき、NHKの「のど自慢」を見ることがあります。先週は滋賀県草津市で行われました。
Img_2046  その時高校生の女性が、「ひまわりの家のロンド(輪舞曲)」というのを歌いました。私は初めて聞く歌でしたが、衝撃を受けました。
 どんな歌詞かというと、「もう一度自由に歩けたら 思い切りお掃除をして お洗濯をして お料理を作って お散歩に出かけよう・・・・・」と続きます。
 自由に歩ける自分に引き寄せて、掃除や洗濯、料理ができることはなんて有難いことなのだろうと歌を聴きながら思いました。
 のど自慢なので、最後まで聞けなかったので、すぐに調べてみると宮崎駿さんの映画「崖の上のポニョ」の主題曲だということが分かりました。そしてこんな歌詞が続きます。
Img_1994  「お迎えはまだ来ないから その間にちょっとだけ歩かせて もう一度だけ踊りたい そよかぜになって」
 「ひまわりの家」というのは老人ホームの名前ということでした。
 年老いて、自由に歩けなくなって、もう一度自由に歩けたらと願うのは、切ない想いが胸にあふれますが、それでもこの歌の中には自由さや明るさが感じられます。
 それは日常の当たり前を、「思い切りお掃除をして」「お洗濯をして」「お料理を作って」「お散歩に出かける」ことの価値を最大限に教えてくれているからだと、私は感じました。
世界には体が不自由でも、健常者以上に様々なことをして、人々に希望や勇気を与えてくれる人は沢山います。そういう人は大変な努力をしています。
 そのような特別な存在でなくても、人が日常を生きていくことはそれだけで、尊く、有り難く、美しく、唯一無二なのだと改めて思ったことでした。

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2023年11月 6日 (月)

紅葉の海の中で

  今年の夏は、殊の外暑い夏でした。標高1200メートルのわが家でも、30度近くになる日が何度もあり、普段暑さに慣れていない体にはこたえました。10月になっても20度を超える日がありましたが、日中はまだしも、10月早朝の気温は5度前後です。この大きい寒暖の差は尋常ではありません。それが影響したのか、10月末から11月にかけて木々の紅葉は、息をのむほどの美しさになりました。
Img_1858  もともと八ヶ岳周辺は観光地でもありますので、モミジの木がいたる所に植えられています。さらにモミジの実生もそこかしこに見られるので、一歩家を出れば紅葉の海と形容したくなるほどの豪華で華やかな紅葉が目に飛び込んできます。
 京都も紅葉の美しいところとして有名で、由緒ある神社、仏閣などが庭の紅葉と共にある姿は、人々のあこがれであり、多くの人が一目見ようと京都に押し寄せるようです。八ヶ岳は観光地ですが、歴史的建造物の宝庫というわけではありません。ところが、このどこにでもあるような大自然の景観に、木々の紅葉が加わると、そこは特別に華やかできらびやかな場所と感じられるのは不思議です。紅葉効果と私は呼んでいます。
 Img_1968 こじんまりした簡素な山荘も、庭に1本モミジの木があり家を覆うように紅葉していると、何とも風情のある意匠を凝らした建物のように見えるのです。
 毎年紅葉の季節には、同じようなことを感じるのですが、全山が赤や黄に染まり、人間を楽しませてくれるので、これから迎える厳しい冬も、何とか乗り越えようという気持ちになります。自然が与えてくれる無償の愛というとおかしいかもしれませんが、それほどの豊かさを秋は人間に与えてくれます。   
 紅葉と共に、私たちの命を支える作物の収穫時期でもあり、沢山の果物や木の実の多くが秋に実ります。
 生きとし生けるものは、この壮大な自然の営みの中で生かされ、育まれ、次へと命をつないでいくのですね。

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2023年11月 2日 (木)

恵美子先生の思い出

  生長の家白鳩会第2代総裁・谷口恵美子先生は、10月22日に100歳の天寿を全うされ、霊界へ旅立たれました。
 生前のご指導に心から感謝し、謹んでご冥福をお祈りいたします。
 _000042_20231102111701 私は現在、生長の家公邸となっている東京原宿の「お山」と呼ばれる場所で、谷口清超先生、恵美子先生のお住いの隣に、30年近く住まわせていただきました。
  恵美子先生との思い出を少し書かせていただきます。
 先生は、皆さんもご存じのようにお花が好きで、小鳥などの小さな生き物にも温かい眼差しを向けられました。花が好きな恵美子先生の所には、信徒の方からお花の苗などが送られてくることがありました。ある時、エビネランの苗が沢山届きました。私の家の周りにも植えるようにと勧めてくださり、私がせっせと植えていると、清超先生が来られて「強制労働させられているね」と言われたことがあり、とても印象に残っています。これは勿論、清超先生独特のユーモアです。
 _000039_20231102111601  恵美子先生は鈴虫の音も好まれ、毎年冬を越して翌年の夏に孵化させるのを楽しみにしておられました。
 日本の季節ごとの習慣を大切にされ、お母さまの輝子先生の時代からずっと続けられていた着物の虫干しは、私にとっても毎年の習慣となりました。虫干しは秋の天気の良い日にお座敷を開け放して、お手伝いの人も動員して何日も行われました。
 私の都合を聞いてくださり、箪笥の引き出しごと運んで、引き出しも虫干しをするのです。
 恵美子先生との思い出は色々ありますが、私が日本武道館で行われた生長の家の全国大会で初めて講話をすることになり、とても緊張していた時、私の背中をやさしくさすってくださり、「大丈夫、大丈夫」と言ってくださり、心強く思ったものでした。
 時には個人的なことも話してくださいました。先生には『子として母として』という著書がありますが、その題名を見て、夫の清超先生が「妻はどうした?」と言われたそうで、日本教文社の人に題名を提示されたとき深く考えずに、「清超先生には申し訳なかったと思った」と話されました。
 また清超先生と父親の雅春先生は食事の好みが違い、清超先生が「美味しい」と思われたものを、雅春先生は「これはもう作らない方がいい」と言われるくらいだったそうです。
 私はその話を聞いて、なぜか目頭が熱くなるような思いがしました。
 尊敬する父親と、愛する夫との間で、言葉にはならないご苦労があったのだと考えたからでした。
 恵美子先生は、やさしい気持ちになる聖歌を沢山作ってくださいましたが、『ほほえみて』は、私が長男を出産後、その子を抱いているところを見て作られた、と聞きました。
 恵美子先生の思い出は尽きませんが、いつも私のことを人に良いように話してくださり、「恵美子先生がこう言われていましたよ」と、何度も嬉しい思いを経験しました。
 限りない感謝の思いを籠めて在りし日を偲び、永遠の命に合掌させていただきます。

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2023年9月18日 (月)

栗の実をいただく

 私がいつも買い物に行くスーパーやクリーニング店への道沿いに、大きな栗の木が数本あります。9月初めのある日いつものように栗の木のそばを通ると、栗の実が道路にまで転がっていました。
 Dsc_2382 まだ他の木は青々とした「イガ」が付いている状態でしたから、「はやいなあ」と思いつつ車を止めて、5~6個拾いました。早生種なのかもしれません。この木のことは夫もよく知っていて、実を拾ったことを夜話すと夫は「明日の朝栗の実を取りに行こう」と言いました。仕事のある日でしたから、いつもより早めに家を出て、目当ての栗の木の所には10分くらいで着きました。ほんの20分ほどで100個くらい採れました。
 Img_1612 このような栗の木は何本もあって、虫食いになった実が散乱しているので、だれも見向きもしないようです。かつて植えた人が高齢になって、今では採らなくなったのかもしれません。
 Img_1633 その日の夕食には栗ご飯を、そして、翌日は栗を茹でて中の実を取りだし、栗のクッキーを作りました。
 豊かな自然の恵みを有難く、美味しく頂きました。

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2023年8月27日 (日)

日帰り温泉の裏話

  8月初旬のある日夫は「今度、原村の樅の木荘に泊まってみない?」と言いました。
 原村の「樅の木荘」というのは、村が運営する公共の宿で、「樅の湯」という日帰り入浴もできる施設です。
 夫は時々、思いがけない提案をしてくることがあります。自宅から40分くらいの樅の木荘はキノコ採集に行ったとき、そこの食堂で1~2回昼食を頂いたことがありました。
 そんな近いところにわざわざ泊まらなくてもと思いましたが、面白い経験になるかもしれないと気を取り直し同意しました。
 夫は早速ネットで予約を取ろうとしましたが、私たちのお休みの日は満室で空きはありませんでした。
 原村には他にペンションも沢山あります。けれどもどのペンションが良いのか皆目見当がつかないので、適当に当たってみると、すぐに部屋が取れました。
 子供が小さい時は何度かペンションに泊まりましたが、ここ2~30年は全く泊まったことがありません。
 当日は午後4時頃を目指して、ペンションに行きました。
 予約したペンションは外観は綺麗で、庭は芝生がきれいに刈ってあり季節の花が美しく植えられていました。
 ところが狭い玄関を開けて、「こんにちわ」と言っても返事がなく、靴が無造作に脱いでありました。
 私たちは中に入って、もう一度大きな声で呼びかけました。
 するとキッチンらしきところから、かなり年配の男性が「ああいらっしゃい」と出てきました。
 「今日予約した谷口です」というと、「ああ谷口さん、よくいらっしゃいました。部屋は2階です」と案内され鍵を渡されました。
Dsc_1997  「夕食は六時です。お風呂はありますが、近くに樅の湯もあります」と言われました。
 2階への階段は隅に埃がたまっていて、いつ掃除したのかと思う状態でした。
 部屋の中はそれなりに掃除はしてありましたが、洗面所は流しが並んでいて、トイレも共同で隅にはやはり埃があり、正直な気持ち私は家に帰りたいと思いました。
 夫は「練成会みたいで楽しいじゃない」と小学校から高校まで参加した生長の家の練成会を思い出したようで、あまり気にならないようでした。そう言われてみれば合宿所のようです。
 そんな状況で、ペンションのお風呂に入る気にはなれず、「樅の湯」に行きました。
 樅の木荘の前には県外車が沢山並んでいて、人気があることが分かりました。
Dsc_2002  夏休みということもありお風呂は賑わっていて、広い浴槽がいくつかあり露天風呂もありました。
 私はこのような公共の湯に入るのは初めてでしたが、旅館の温泉に入るのと同じようなゆったりした開放感が味わえるのを体験しました。それは夫も同じだったようで、「これからは時々このような温泉巡りも良いね」と、お互いに同意しました。怪我の功名と言えるかもしれません。
 また、ペンションは私たち以外にもう一組私たちと同年輩の夫婦連れがあり、奥さんはとても明るくて気さくに話ができる人だったので、楽しく会話が弾みました。
 ペンションのオーナーも話してみると面白い人で、88歳で1人でペンションを運営していました。
 料理も独学で勉強したといい、自慢のようでした。
 ただ年をとったので10人以上は予約を取らず、部屋の半分近くは空いていると言っていました。
 私たちが泊まった日は、2家族8人の予約が入っていたそうですが、その中の子供の1人が風邪をひきキャンセルになったので、すぐに私たちの予約が取れたとのことでした。
 最初は戸惑いましたが、それなりに面白い体験ができて見聞が広がり、終わり良ければ総て良しと思えるペンション宿泊体験でした。

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2023年7月14日 (金)

自然の恵みに生かされて

 六月も半ばになると、庭の様々なものが食卓を賑わします。
ベリー類が色付き始め、私はジャム作りに忙しくなります。
Img_1047 レッドカラント(房スグリ)、ジューンベリー、そして家の周りに沢山ある桑の実などです。
他にブルーベリーとラズベリーがありますが、熟すのは8月から9月にかけてなので、後になります。
昔の人はジャムを長く保存するために、素材と同量の砂糖を入れて作ったようですが、保存技術の進歩や冷蔵庫の普及、また大量の砂糖の使用は健康に害を及ぼすことが知られるようになり、今同量で作る人はあまりいないのではないかと思います。
私の場合は、砂糖は素材の分量の三割にして作っています。
Img_1059 砂糖控えめなので、人によっては物足りなく感じるかもしれませんが、この分量でも十分においしく、果実本来の味も楽しめます。
山椒の木は裏の森にあった実生の木を植えたので、葉っぱは色々お料理に使いましたが、実はなりませんでした。ところが木が生長したからなのか、今年初めて実が付きました。つくだ煮などに重宝するので煮こぼしてから、塩漬けにします。
きゅうりもそろそろ最盛期になりますが、きゅうりのピクルスも毎年夏に1年分を作って保存します。
これは近くの市場で買います。きゅうりも何度か植えましたが、花が咲いて小さな実をつけるのですが、そのまま落ちてしまいます。昼間30度近くの暑さになっても、夜は肌寒くなる環境では、きゅうりは育たないのだと思っています。
サンドイッチのお弁当の時に重宝します。自然の豊かな環境に暮らしていると、自然界から様々な頂き物をします。
これらはメインディッシュにはなりませんが、食卓に余裕と豊かさを与えてくれます。
もう一つニンニクのしょうゆ漬けを作っていますが、野菜の餃子を作るときに、醤油漬けのニンニクを使うと、野菜だけの餃子の味に深みが出てとても美味しくできます。
先日は人参とシイタケの餃子を作りましたが、しょうがのみじん切りと共に、生のニンニクではなく、醤油漬けのニンニク1片をみじん切りにして加えたら、大成功でした。
このようにいろいろ工夫して、野菜料理も楽しんでいます。

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2023年6月10日 (土)

野菜中心の食生活

  私の食生活は、ここ一年ほどで少し変わりました。そのきっかけは、夫がこんなのがあったよと見せてくれた「エコロジカル・ダイエット」という本です。
 Img_0680 この本の副題は、「生きのびるための食事法」英語の原題は[DIET FOR A NEW AMERICA」です。
 普段から私は健康的な食事について色々考えてきましたが、この本は、健康増進に役立ち、また人類全体にとって倫理的な食品の選択方法が紹介されています。
 以前から動物の肉は食べていませんでしたが、魚もあまり食べなくなり、野菜中心の生活に切り替えています。
 魚は時々いただきますが、養殖魚は避けて天然のものを選び、それもせいぜい週に一回くらいと決めています。 その理由の一つは、魚も海洋汚染の影響を否めないからです。
 肉類は皆さんご承知の通り、抗生物質や殺菌剤が投与されており、それらを口にした人間の身体にも大いに影響を及ぼします。
 野菜は無農薬、有機栽培のものを選んで求めています。田舎ではそれが可能です。家の近くには、地元で採れた旬の無農薬野菜が安く売られていて、大変恵まれた環境です。
 私たちは、たんぱく質を十分に取ることと、骨を丈夫にするために、牛乳を飲むことを勧められてきました。
 けれどもこれらの高たんぱく高脂肪の食品は、癌や心臓病の原因ともなり、骨粗しょう症とも大いに関係していることを知りました。
 栄養学というのは大変複雑で、素人判断は危険ですから、偏らないように気を付けて様々な角度から検証する必要があります。
 また過去の定説が覆されることもあります。ですから今の時点でわかっていることで判断するしかありませんので、その辺は注意して考えるようにしています。
 Img_0825 高齢になると、たんぱく質不足からフレイルと言われるよろよろした状態になりやすいので、タンパク質の摂取を促されますが、その一方、たんぱく質の取り過ぎは骨粗しょう症の原因にもなります。
 たんぱく質を必要以上採ると、体の外に排出するのですがその時カルシウムも一緒に出ていき、カルシウム不足になることがあります。
 また加工食品に広く使われているリン酸塩は、カルシウムの吸収を妨げるうえ、排出を促してしまうことも指摘されています。
 加工食品の取り過ぎを控え、バランスの取れた手作りを心がけています。
 タンパク質は、動物からではなく、植物性のたんぱく質を中心にして、献立を考えています。
 ロシアの侵略戦争は、世界の食料危機を招いています。
 アフリカや南アジアの貧しい国では、深刻な食料不足が続いています。
 穀物を動物に食べさせるのではなく、人々の口に入るようにと心から願い、野菜中心の食生活がその一助になればと思います。

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2023年1月 7日 (土)

ルリユールおじさん

 1月5日は私の誕生日ですが、毎年誕生日に絵本を送ってくださる方がいます。
今まで送ってくださった本は色々な内容でしたが、どれも心に残るものでした。
今回は『ルリユールおじさん』という「いせ ひでこ」さんの本でパリが舞台の話です。
この本は講談社出版文化賞絵本賞を受賞しています。
Img_9665    私はいせさんのことは、雑誌の対談などを読んで知っていました。13歳まで札幌で育ち、木に登って下界を見つめているような子だったそうです。
この絵本は水彩画で描かれていて、パリの町の雰囲気が伝わってくる美しいものです。
パリのアパ―トのベランダでは、一人の少女が大切にしてた植物図鑑がバラバラにほどけてしまいます。バラバラになるほどに読み込んでいたのです。
町へ出た少女は、「こわれた本はどこへもっていけばいいの?」と色々な人に尋ねます。
Img_9623  「そんなにだいじな本なら、ルリユールのところにいってごらん」と教えられます。
ルリユールおじさんを探して方々を歩きます。そしてとうとうルリユールおじさんのアトリエを見つけます。
部屋の中はものがいっぱいでごちゃごちゃですが、「こんなになるまで、よく読んだねえ。なんとかしてあげよう。」と言ってくれます。
本をバラバラにして、糸でかがっていくところからはじめます。製本の工程を職人の仕事として丁寧にしていきます。
ルリユールおじさんは「本には大事な知識や物語や人生や歴史がいっぱい詰まっている。それらをわすれないように、未来にむかって伝えていImg_9602 くのがルリユールの仕事なんだ。60以上ある工程をひとつひとつ身につけ、最後は背の革に金箔でタイトルをうつ。ここまできたら一人前のルリユールだ。」と言います。
おじさんのお父さんもルリユールでした。「名をのこさなくてもいい。ぼうず、いい手をもて」とお父さんは言ったそうです。
おじさんがつくってくれた本は、二度とこわれることはありませんでした。そして少女は、植物学の研究者になりました。
手仕事の価値を教えてくれ、懸命に生きるおじさんと少女の心温まる交流が描かれていました。

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2022年12月 7日 (水)

厳しい冬の恵み

 冬の厳しい自然の変化は、人の気持ちを前に進める手助けをしてくれると近ごろ気づきました。
10月半ばから11月にかけて、私の暮らしている八ヶ岳南麓は紅葉の美しい季節を迎えます。
とりわけ今年の秋の紅葉は、寒さが急激に進んだからなのか豪華絢爛で、何度も車や足を止めてカメラに収めました。この季節、森全体が明かりを灯したような華やかさとなり、いつまでも残しておきたいと勝手なことを願いますが、やがて紅葉していた木々は葉を落とし、森の中は冬枯れの寂しい風景に代わります。
 Img_9382 そして12月になると冷たい雨の翌朝、地上では大きな霜柱が立ち、見上げれば山にはうっすらと雪が積もっています。真冬のような厚い雪ではなく砂糖菓子をまぶしたような山の眺めは、絵本の挿絵のようで神秘的でさえあります。
 冬の始まりも美しいものだと好ましく思い、いよいよ本格的な冬の到来に気が引き締まります。そのころはまだ、早朝の外気温はマイナス1度、2度ですが、1月の半ばごろには10度前後の朝もあります。
 八ヶ岳南麓は、太平洋側に属しているので、新潟のような豪雪地帯ではありません。
 雪が積もったといっても、多くて20センチから30センチで冬は晴天の日も多いのですぐ解けます。
Img_9460  東京から移り住んでまもなく10年になるので、それぞれの季節の過ごし方が漸く体に慣れてきたように思います。
 自然の只中にいると、季節の巡りを知るのはカレンダーではなく、周りの森、風、空、雲、鳥、鹿などの動物が教えてくれます。鹿などは冬毛に替わり、一瞬あの黒いものは何かと見間違いそうになります。
 また冬の夜空は空気もキーンと冷えて澄み渡り、満点の星は星屑と言われるほどに空を埋め尽くします。これらの星は何万光年のはるか彼方から光を放っていて、今はもうない星もあると考えると、自分がこうしてここに生きていることが、とても不思議に思えることがあります。
 この地上での私の命は、たかだか百年前後ですが、「永遠に生きる私はあの星たちのように光を放ち、周りの人やものたちと交わりながら生きていこう」
 そんな前向きな気持ちが心に浮かんでくるのは、冬の厳しさに対峙するからこそと思えるのです。

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2022年11月 8日 (火)

髪を染めるのを止めました

 11月半ば近くのこの時期、我が家周辺やオフィスの周りは紅葉の真っ盛りです。 自然に囲まれた環境なので、360度どこを見ても赤、黄、茶のグラデーションで埋め尽くされます。この圧倒的な存在感の只中にあると、華やかで温かい実りの季節を与えられていることに、限りない感謝の思いがあふれます。春、夏、冬それぞれの良さがありますが、秋の恵みは格別です。
 Img_9273 70歳を過ぎて人生の実りの時期を迎えた私も、かくありたいと思わずにはいられません。
 ところで私は、髪を黒く染めることを止めて1年半くらい経ちます。
 それまでは、白髪交じりの髪を染めないでいるのはだらしなく見え、身だしなみを考える人は、黒く染めるのは当然だとの思い込みがありました。
 ところが近年は女性の白髪が注目されるようになって、白髪の女性ばかりを集めた雑誌が出たりしています。
 それらは、白い髪に合うヘアスタイルや白髪に合うファッションなどが取り上げられていて、なかなか魅力的です。
 様々な分野で働く女性の中にも、白髪が似合う素敵な女性がいます。そんなこともあり、思い切って髪を染めることを止めたのが、昨年の4月でした。
Img_9282  髪を一度染め始めると、1か月から1カ月半の間に毎回染めなければなりません。染めた部分と伸びてきた部分の色が違い、黒と白の対比は鮮明です。そのため早め早めに染める必要があります。
 染めないということは自然に帰ることですから、わずらわしさから開放されます。けれども、黒く染めた部分がなくなるまで、新たに出てきた白髪とのコントラストがどうなるのかという不安はありました。
 実際には、すべての髪が白髪になっているわけではないので、ゴマ塩風になってそれほど不自然にはなりませんでした。
 特に私は、髪の色が真っ黒ではなく、多少茶色っぽいので、黒と白というようにはなりませんでした。
 高校生の時、美容院で髪を切ってもらうと「染めていますか?」と聞かれたものです。
 今は髪を染めるのを止めて、とても良かったと思っています。白髪が目立ってきたと気にすることもなく、染めるための費用も不要です。髪に負担のないものを使っていて、7千円かかっていました。それが1年で8回ですから5万6千円です。
 そのお金を社会のために有効に使いたいと、今思案中です。

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2022年10月10日 (月)

穴子の海苔巻き

  夫のお弁当のために、1カ月に1回位海苔巻きのお弁当を作ります。その海苔巻きに出来れば穴子を入れたいと私は思います。
 私が育ったのは三重県の伊勢で、故郷では毎日その朝採れた海の幸を漁師の人が売りに来ていました。
 近海の伊勢湾で採れる新鮮なもので、魚の種類は主にカレイやこち、タコや海老、穴子などでした。
 Img_9032 母はちらし寿司や海苔巻きを作るとき、穴子の甘く煮たものを入れていました。
 この穴子は、瀬戸内海で捕れる明石の穴子のように細くて小さいものでしたが、繊細な味わいで美味しい穴子でした。
 東京では明石の穴子の串に刺したものが、デパートなどで売られていましたが、山梨県に引っ越してきてからは、そんな穴子を見ることは全くありませんでした。
 その代わり、太い大きな穴子が時々近くのスーパーに出ることがあり、それは千葉産でした。
 本当にたまにしか見かけませんが、見つけたときは買っていました。
 甲府には魚市場があります。夫はなぜか市場が好きで、東京に住んでいた頃年末になるとアメ横や、築地の場外市場に出かけようということがありました。市場の活気が好きなのかもしれません。
Img_8998  甲府の魚市場にも行って見ようということになり、行ってみるとそこには大きな穴子がありました。
 この大きな穴子は、脂がのっていてどちらかと言えばウナギに近いように思われますが、それでも素焼きにして甘辛く煮るとやはり穴子の味です。
 魚市場では穴子を開いてもらい、家に帰るとすぐに素焼きにして冷凍しておきます。
 他のところでも穴子を見つけると、私は開いてもらい素焼きにします。
 ファイスブック上にお弁当の写真を出していますが、海苔巻きの芯に穴子を入れたと書いたら、何人かの方が穴子はほとんど見かけませんとコメントされました。実際穴子はあまり目にすることがありません。お寿司屋さんや回転すし店の需要が多いのかもしれません。
 そんなことで、私が海苔巻きに穴子が使える秘密をご披露しました。
 「ふるさとの味忘れがたし」というところでしょうか。

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2022年9月11日 (日)

節約生活

  私の住んでいる北杜市の隣に、韮崎市があります。
 韮崎の駅前には、家電量販店や全国展開している書店のチェーン店などがあり、時々出かけます。
 先日も夫がI-Padの周辺機器が必要だったのですが、私は電気店に用事がなかったので、書店で夫と待ち合わせることにしました。
 甲府にも大きな書店はありますが専門書などが多く、背の高い書棚がずらっと並んでいます。
 韮崎の書店は一般向けで、広い売り場は開放感があり全体が見渡せます。
 Img_8685 婦人雑誌のコーナーに行ってみると、壁に立てかけられた新刊の雑誌が並んでいました。
 ほとんどが高齢女性向けの雑誌で、少し驚きました。
 日本の65歳以上の女性は2021年現在、女性人口の32パーセント約3分の1ですから、その対象に向けて雑誌がつくられるのは当然と言えばそうかもしれません。
 そしてその内容が、「少ないものですっきり暮らす」「限られた年金で豊かに暮らす」等、生活に即した実質的な見出しが多く見られました。
 さらに一般向けの本の中で今目立つのが、少ないお金でいかに生活するかという本です。
 こちらは高齢者だけでなく、若い人が実際の生活を披露していました。
 2・3カ月前、新聞の広告欄で「三千円の使いかた」(原田ひ香著)中央文庫刊というのが目に入りました。「50万部突破」と書かれており、「どおしてそんなに」と興味を持ちましたが、その本のことは忘れていました。
 ところが最近近くにブックカフェができ、そこの棚にその本を見つけ、手に取って読んでみると面白そうな内容だったので買いました
 帯には「知識が深まり絶対『元』をとれちゃう『節約』家族小説!」とありました。
 格差が大きくなり、コロナ禍で生活困窮者の増大が社会問題になっています。
 Img_8876 ウクライナとロシアの戦争も、物価上昇の大きな要因です。
 かつてのような経済発展は望めない現状で、如何に出費を抑え心豊かに生活するかを人は求めているのかもしれません。
 また高齢者の場合は、高度経済成長期を過ごし右肩上がりの生活を振り返ると、変わりやすい現実を念頭に置いて堅実に生活してきたかを、自らに問いている場合もあるでしょう。
 いずれにしても、ものに踊らされず、地に足を着けて着実に生活していこうという機運が高まっているように感じられます。地球温暖化の時代、それは歓迎すべきことであると思います。

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2022年8月 7日 (日)

カラスの子

 ここ半月位、我が家の周辺ではカラスが来てよく鳴きます。
 多分どこかの木に巣を作って、子育てをしているのではないかと思います。
 東京の原宿に住んでいた頃も、庭の大きな松の木にカラスが毎年巣を作りました。
 子どもたちが学校に行くときには、その木の下を通らなくてはいけません。
 まだ小学校の低学年だった娘は、頭の上にカラスが来てつつかれたか何かして、泣いて戻ってきたことがありました。
 以来カラスの子育ての時期には、晴れていても傘をさして木の下を通るようになりました。
Img_8718  カラスは黒いので、それが何羽も来ると少し不気味な感じがします。
 ヒチコックの映画、「バード」を連想してしまいます。
 家の周りではカラスがカアカア鳴いている下に鹿がいたりして、ちょっとしたワイルドライフの感があります。
 数日前の朝のこと、私がカーテンを開けて外を見ると、カラスが何羽かいて人の気配に「カアカア」と鳴き始めました。
 その時私の口から出てきたのは、「カラス何故鳴くの・・・」という童謡でした。
 「カラスは山に、可愛い7つの子があるからよ、可愛い可愛いとカラスは鳴くの・・・」と歌詞は続きます。
 私はこの歌を口づさみながら、カラスに対してこんなにやさしい目を向けて歌を作った人がいたのだと気付きました。
 Img_8724   この歌は野口雨情の作詞で本居長世が作曲しています。
 カラスは1度に7つも子供(卵)を産まないので、7つの子というのが謎だったそうですが、野口雨情がこの詩を書いたとき、雨情の息子が7才であり、また雨情は7歳の時母親を亡くしているので、息子への親の思いと母を恋しく思う子供の思いが重なっているのではないかと言われています。
 このような背景事情を知ると、カラスに対する暖かい眼差しの理由がよく分かる気がします。
 幼い子供だけでなく大人も童謡の世界に浸ると、人間だけではなく広く生き物全体への一体感、難しい言葉でいえば、対称性が養われると思いました。、
 もう一つ私が思い出したのは、「カラスの赤ちゃん何故鳴くの・・・」という歌です。
 「あかいお帽子欲しいよ、あかいお靴もほしいよと かあかあ なくのね」という歌詞です。
 黒いカラスが、あかい帽子や靴をほしいと思うのは、人間の勝手な思い込みで、カラス自身は自分が黒いことを何とも思っていないのではないかとそんなことを思いました。
 ドリフターズの志村けんが、「カラス何故泣くの?カラスの勝手でしょ」といったのは、彼のギャグ中のなかなかの傑作だと改めて思った次第です。

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2022年7月 8日 (金)

先生の太鼓判

 今年の5月末、森の中のオフィスでは職員対象の健康診断が行われました。
 健診結果が届いたのは、約2週間後の6月半ばでした。
 例年、特に大きな問題もなく過ごしてきましたが、年齢も重ねてきたので、結果を見るのは少しスリルを感じます。
 大きな封筒にはさみを入れ、中を開けると目に飛び込んできたのは、”E”判定でした。
 もっとも悪い結果です。
「血液検査の結果が異常です。精密検査を受けてください」と書かれてありました。
 得体のしれない病巣が、体の中に潜んでいるのかとの疑いが心の中に一気に広がり、ドキドキしました。
 血液検査の欄を見ると、ヘマトクリットの数値がE判定に属するとのことでした。
 昨年、1昨年と比べるとそれほど数値に大きな開きはないように思えますが、過去2年はB判定なので、少しの違いでEになるのだと分かりました。
 Img_8405 クレアチニンの数値が高いとどういうリスクがあるのか、ネットで調べました。すると多血症の疑いか脱水症とありました。
 多血症というのは、いわゆる血液ドロドロで、脳梗塞などの危険があります。
 私は食事にはそれなりに気を使い、血圧も正常で他の数値に問題はありません。
 そこで思い至ったことは、脱水症です。
 健診の前日は午後六時に夕食をいただき、そのあとはほとんど水分をとっていませんでした。
 夜枕元には、小さな水筒に白湯を入れたものを置いていますが、夜中に起きるのを避けたいとの思いから、のどを潤す程度であまり飲みません。
 健診の日の朝も、ほとんど水分をとらずに9時からの健診を受けました。
 そのせいで、脱水に近い状態だったのではないかと自分では判断しました。
 結果の出た日の翌日は、近所の診療所がお休みだったので、2日後に行きました。
 この診療所は数年前に開所した所で、院長は都内の大きな病院の院長経験者の女性です。
 副院長は、院長の夫で東大名誉教授の病理学者です。
 院長も東大医学部卒の経験豊富な人なので、私は予防注射に行くくらいですが、安心できる人柄でもあり信頼していました。
Img_8524  その日は木曜日で10時からの診察でしたが、私は3番目で比較的早くに見ていただきました。
 健康診断で悪い結果が出たのでとお話しして、結果の用紙をお見せすると、
「どうしてこの数値がEなのでしょう。何の問題もありません。これは私の専門分野です。」といわれました。
 私はほとんど水分をとっていなかったので、このような数字になったのかもしれませんとお話しすると、その通りですといわれました。
 大丈夫だろうとは思いつつも、2日間の不安は先生の太鼓判で、雲散霧消しました。
 年齢を重ねると鈍感になって、脱水症になる危険があるということを思い出し、それなりに水分をとることは大切なのだと思いました。
 自分では気を付けているつもりでも、素人判断せず、こまめに水分を補給し、配慮を怠らず過ごすことの大切さを学んだ出来事でした。 

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2022年6月 9日 (木)

ウクライナに平和を

 5月末に母の7回忌法要が、伊勢で行われました。3回忌の時はちょうど講習会と重なり出席できませんでした。
 今回も前日に会議が入っていましたが、会議終了後に伊勢に向かえば、翌日の法要には間に合いそうなので、夫と二人で出席することにしました。近鉄の宇治山田駅に着いたのは午後7時を過ぎていましたが、その日は駅近くのホテルに泊まり、翌朝法要会場のお寺に直接行きました。
 東京に住む一番下の妹は出席できませんでしたが、姉妹四人と伊勢に住む孫、ひ孫も参加し、母の法要を無事済ませることができて、皆で喜びました。
 Img_7845    その後父の家に行き、お昼をいただきましたが、生長の家の白鳩会の支部長をしている妹が、「お父さん、P4Uに参加して歩くんよ」と話してくれました。「へえー、本当?」と私は驚きました。
 若い時は、生長の家の宇治別格本山の練成会などにも参加した父でしたが、その後は講習会以外、生長の家の集まりに参加することはほとんどない人でした。
 「熱心に勧められたんでなぁ」と父は言っていました。
 ロシアが一方的にウクライナへの侵略を始めたのが今年の二月でした。
 国連安全保障理事会の常任理事国でもあるロシアのような大国が、国際法を無視して隣国に戦争を仕掛けるなど、誰もが想像もしない事態であり、世界中が仰天しました。
 生長の家でも直ちにウクライナ支援に取り組み、P4U(Peace for Ukraine)と銘打ったイベントを始めました。多くの婦女子が国外に避難し、人々の暮らしは困難を極めていましたから、少しでも助けになるよう、私たちは募金活動を始めました。
 また、ウクライナは日本からは遠い国なので、ウクライナのことを知ろうと皆で色々情報を収集したり、ウクライナの人々に気持ちを寄せるために、ウクライナ料理を作ったりという活動もしました。
 Img_2717 その中で平和を強く願って、言わば平和行進のようなものをリレー形式ですることが決まりました。コロナ禍が続き、3密を避けるためです。
 観音様の顔を彫った棒を手作りし、それをバトンにして自転車に乗ったり、電車あるいは徒歩で思いをつないでいくのです。
 各県単位、あるいは二県にまたがってこのリレーは行われました。
 それに、95歳の父も参加したのです。
 Facebook上で父がバトンを渡され、妹が後ろを歩く姿が掲示されました。
 実際に父の歩く姿を見、バトンを渡すときには緊張しているようで怖い顔の父を見て、文明の機器の威力を感じました。
 高齢の父ですが、広島の被爆者でもある父は戦争の悲惨さを嫌というほど知っているはずです。父はどんな気持ちで歩いたのかはわかりませんが、人間というものは何度も同じ過ちを繰り返すものなのだと思ったに違いありません。
 このリレーは準備などもあり、5月くらいから全国各地で行われるようになりました。
 コロナで二年以上活動ができなかったので、お年寄りも含めて多くの人が参加してくださり、盛り上がりを見せているようです。
 戦争の早期終結を願い、新バージョンの世界平和の祈りを朗誦し、それぞれの人が世界の平和のために自分が日常生活の中で何ができるのかということに、真摯に向き合うことができた機会にもなったのではないかと思います。

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2022年4月 9日 (土)

モスクワの婦人

 私はロシアがソ連と呼ばれていた時代に、航空会社の客室乗務員としてモスクワに何度か行ったことがあります。それは1970年代で、当時日本で国際線を運航していたのは一社だけでした。
 東西冷戦下でしたから、モスクワ便はありましたが、限られた人数しかビザが発給されません。取得できたのはパイロットと客室乗務員併せて、50人か100人位だったのではないかと思います。ビザの有効期間も半年か1年で、ビザの持ち主はその間何度もモスクワに行くことになりました。
 私はそのころソ連という国は、言論の自由がなく、政府の方針に逆らったらすぐに捉えられる恐ろしい国だと思っていました。実際モスクワの空港に降り立ったら、銃を構えた兵士がいて重々しい雰囲気でした。外国人専用のホテルも外見は重厚で立派なものでしたが、床には絨毯もなく板張りで、素足で歩くと木の縁のささくれが足に刺さりそうでした。いつも監視されているようで、盗聴マイクが設置されているというようなこともいわれました。
 Img_7798 その時代は最近の状況と同じで、ソ連の上空を外国の飛行機が飛ぶことはできませんでした。ですから日本からヨーロッパへ行くには、いったんアラスカのアンカレッジに寄航し給油後ヨーロッパに向かうのでした。そのためずいぶん時間がかかりました。ソ連崩壊後は、ロシアの上空を飛行することが可能となり、ヨーロッパは近くなったのです。
 ソ連時代は、食料や物資が少なく、人々は長い列を作っていました。ドルショップに行けば物は豊富にありましたがとても高価で、一般の人が買えるものではありません。モスクワでは会社が、滞在する乗務員のためにキッチン付きのアパートを借りていて、私たちはそこで食事を作ることもありました。東京から食材を持ってきて、お鍋やすき焼きなど簡単なものです。食事事情が大変貧弱で、ホテルで食事をすると2時間から3時間かかるのが普通でした。考えられない効率の悪さだったのです。
 そんなところでしたから、私はこのような国で生きることができる人は、私とは全く違う人種であると思っていました。20代で人生経験も浅く、ものごとを客観的に広い視野で見ることができなかったのでした。今のロシアは物も豊富にあり、お金さえ出せば誰でも自由に買い物ができるようになったそうです。
 このような私のモスクワでの体験は、以前にもエッセイに書いたことがあります。数日をモスクワで過ごした私は、日本に帰るために会社が用意した大型バスに10数名の仲間と乗っていました。モスクワのシェレメチェボ空港までは1時間くらいかかるので、皆それぞれ窓側に1人で座っています。窓の外の景色を見ていた私の目に、1人の老婦人が大きな袋をもって道路を横断するのが見えました。灰色の地味なコートを着て、頭にも灰色のスカーフを被っていました。その夫人の姿を見ていたとき、私の心に突然天来にひらめきのように「ああ、そうなのだ」と、今まで私の心を覆っていたベールが取り除かれました。
 私はその時までソ連のような特殊な体制で生きている人は、自分とは全く違う人種だと思っていたのでした。ソ連という国とそこで暮らす人とを同一視していたのでした。けれども、ここで生きているのは私と同じ人間で、その人にも当たり前の日常があり、喜びや悲しみを経験しながら普通に生きているのだということが、一瞬にして理解できました。こんな当たり前のことがなぜわからなかったのか、今では不思議な気がしますが、私の人間に対する理解がそれほど未熟なものだったのでしょう。
 我が家にある地球儀は冷戦時代のものなので、ウクライナはソ連の中に含まれています。モスクワの近くにキエフがあります。冷戦後ウクライナは独立国となりましたが、今でもお互いの国に親戚や友人知人が沢山いるそうです。そんな2つの国が戦争しているのです。それもロシアからの一方的な侵略戦争です、ロシアの人には報道規制がかけられて真実が伝えられていません。やがて本当のことが分かるときが来るでしょう。その時ロシアの人は真実を知り憤り苦しむでしょう。真実を伝えないことは大きな罪であり、人権侵害も甚だしいものです。
 Img_7811  私は数日に一回、パン焼き機でパンを焼きます。今日も強力粉に全粒粉と干しブドウ、ヨーグルトを入れてパンを焼きました。パンが焼けると部屋中に良い香りがして、幸せな気持になります。こんな当たり前のなんでもない日常に、大きな喜びがあります。その日常がウクライナの人々から奪われています。ウクライナの人々の支援のために募金などをしようと思っています。
 それと共に、私にできる世界の平和に貢献できることは、自分の接する人を愛することです。親切を尽くすことです。笑顔で挨拶することです。世界の平和を願うと言いながら、夫婦や家族がいがみ合っていては、それは平和ではありません。自分の都合を優先せず、目の前の人に愛を尽くします。
 モスクワ郊外には広大な白樺の原野が広がっていました。ロシアに真の平和が訪れることを願います。ロシアからウクライナへの侵略戦争が1日も早く終わることを祈念します。

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2022年3月11日 (金)

あいたくて ききたくて 旅にでる

 私は最近「あいたくて ききたくて 旅にでる」小野和子著(パンプクエイクス刊)という本を手に入れました。書店の店頭にはなくて、注文して取り寄せてもらったのです。
Img_7273  この本の著者を知ったのは、NHKの「こころの時代」という番組で小野さんがインタビュ―に応えておられるところを偶然見たのがきっかけでした。かなりの年配と思われるその女性は、年齢を感じさせない明晰さでよどみなく話を進めていました。話の内容から、各地に伝承されている民話を訪ねて、仙台を中心に民話の語りを聞くために50年も活動を続けて来られたことがわかりました。。
 民話を語ってくださる方を訪ねて聞くという営みを、民話の「採集」や「採話」と言ったりする場合があるそうですが、小野さんは「採訪」と言っていて、その意味について『「【聞く】ということは、全身で語ってくださる方のもとへ【訪う】こと」という思いが込められています。』と言われます。
 今年八十八歳になられた小野さんは、三十代後半から週末になると夫に三人の子供を預けて、仙台周辺の村々を訪ね歩いたそうです。ノートとテープレコーダーをもって「幼いころに聞いて憶えている昔話があったら、聞かせてくださいませんか」と言って、戸を叩いたそうです。何の収穫もなく手ぶらで帰ることもあったそうですが、思いがけない貴重な出会いもありました。私はそのひたむきな姿を想像して、まるで托鉢に歩く僧侶ようだと思いました。
 この本の中に収録されているのは、昔話もありますが、それよりも物語を語る人の実人生が話されていて、人の暮らしの真実が見え、私には興味深いものでした。
 Img_7417   ヤチヨさんという人が語る「猿の嫁ご」という話は、私が幼い頃母が枕元で語ってくれた昔話で、なじみがありました。
 ある所に父親と三人の娘がいて、父が農作業から帰ってくると娘は飲み物を進めます。けれども父は「湯も茶もいらねえが、山の猿のところに嫁に行ってくれねえか」と娘に頼むのです。長女も次女も父親の申し出にとんでもないことと怒りますが、三女はなぜかすんなりと父の申し入れを受け入れます。
 何故こんなことになったかというと、東北地方は米があまり出来ず、加えて山の上の棚田となると水がなかなかたまりません。父親は「誰か田んぼに水を入れてくれたら、三人いる娘の一人を嫁にやる」と、独り言のように言ったのです。すると猿が来て、田んぼにたっぷり水を入れてくれたので、約束を果たさなくてはならなくなりました。この話の結末は、娘が高いところにある藤の花をとってほしいと猿に頼み、藤の花を取ろうとした猿は枝が折れて川に落ちて死んでしまいます。そして娘はとっとと家に帰るというものです。
 「猿の嫁ご」の話は、誰もが知っている話だそうです。私の祖母は新潟の長岡の人でしたが、祖母から母に伝えられました。この話の背景には、かつての女性が置かれた環境があります。女性は一度嫁に行ったら、婚家の風習に合わせ自由に何かをすることはできませんでした。気に入らない環境でも簡単に実家に帰ることもできません。ところがこの話の三女は、素直に父の願いを聞き入れるのですが、最後は不合理な環境から自分の采配で抜け出すのです。そのたくましい生き方に、女性たちはあこがれを持ったのかもしれません。
 幼い頃、なんとなく面白いと思って聞いていた話が、こんな形で女性の人生に影響を与えていたことを知り、民話の奥深さに新たな視点を持ちました。

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2022年1月 8日 (土)

二年ぶりの伊勢

 私の父は1月6日が誕生日で、今年95歳になりました。
 その父が去年の夏病気になり、一週間ばかり入院しました。
 当時はコロナの感染者が多く、お見舞いに行きたいと思っても行けるような状況ではありませんでした。
 入院も大変で、コロナ禍では誰も面会に行けず、退院したとき父から大きな声で「家が一番いい」と電話がかかって来たほどでした。
 Img_6973 そんなことがあり、昨年の12月ごろは、山梨県でも感染者がほとんどいない日が続いたので、思い切って伊勢に帰りました。
 たとえ一週間でも高齢者の入院は大変で、父は弱っているのではないかと案じていましたが、会ってみると元気で安心しました。
 私には4人の妹がいますが、3人が伊勢にいます。
 私のすぐ下の妹は、父の家の隣に家を建てて、何くれとなく父の世話をしてくれるので、私は安心していられます。 
 他の二人の妹にも助けられています。
 父と話をしていて、知人の話になったのですが、私も父もその人の名前が出てきませんでした。
 ところが翌朝、何々さんだったねと、前夜話していた人の名前を父は思い出して口にしたので、思い出せなかった私は驚きました。
 Img_6980 Img_6974 父は昔の話になると、俄然元気になり、饒舌です。
 それにどの思い出も良い話ばかり、周りの人に助けられた話ばかりで、これが元気の秘訣なのではと思ったことでした。
 毎年お正月には伊勢神宮にお参りに行くのですが、伊勢神宮は混雑が予想されていたので避けて、今回別宮の瀧原宮にお参りしました。
 高校生の頃に一度行ったことがありましたが、記憶はおぼろげになっていました。
 木々に囲まれた自然の中にあるお宮で、森の深さが感じられ、俗化しておらず素朴な中に厳かさもあり、とても良い雰囲気でした。
 伊勢神宮の遷宮の翌年には、瀧原宮も遷宮するそうで、伊勢神宮と同じ作りになっていました。
 コロナ禍の帰省にためらいもありましたが、思い切って行ってよかったと思っています。

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2021年7月 5日 (月)

ハスカップを植えました。

  今から50年近く前、私は航空会社の客室乗務員をしていました。
 国際線の乗務でしたが、私の会社では1年に1回輪番で国内線の乗務がありました。
 期間は1か月か2か月、どちらか記憶が定かではありません。
 当時日本には航空会社が3社あり、国際線を運航しているのは日本航空だけでした。
 全日空と東亜国内航空が国内線を担当していました。
 そのため日本航空は、国内線といっても、東京から札幌、大坂、福岡、それに本土復帰後の沖縄だけでした。
 その国内線の乗務で札幌に行ったときのことです。
 札幌千歳空港は、今ではとても想像できないほど小さな空港で、自衛隊の千歳基地に間借りしているような感じでした。
 千歳は札幌と苫小牧の中間地点にありますが、どちらかといえば苫小牧に近い位置です。
Img_5790  そのため札幌泊まりといえば、ホテルは苫小牧でした。
 乗務が終わると会社が配車したタクシーで、苫小牧のホテルに向かうのですが、ある時タクシーの運転手さんが、ハスカップの話をしてくれました。
 千歳から苫小牧まではまっすぐな道路の両脇は森が続き、あまり交通量も多くありませんでした。
 その森の中には、ハスカップという木の実があり、アイヌの人たちが好んだもので、そのジャムはお菓子などに使われると話してくれました。
 まだブルーベリーなどが市場にはなかった時代、苫小牧の森の中で採れる珍しいハスカップという木の実は神秘的で、私の好奇心を刺激するものでした。
 Img_5791   その後ハスカップのジャムを使ったロールケーキがあることを知り、札幌に行ったときには時々求めていました。
 つい最近のことですが、小淵沢の道の駅で植物を物色していた時、ハスカップの苗を見つけました。
 どうしてこんなところにと思いましたが、ブルーベリー似た色で円錐形の実が付いていました。
 北海道とよく似た気候だから、多分育つのだろうと思い、700円くらいでしたが買って、家の菜園に植えました。
 後で調べてみると、不老長寿の実として今ハスカップは人気なのだそうです。
 カルシウム、鉄、ビタミンC,ビタミンE、ポリフェノールなどが他の食べ物、果物とは比べられないほど多く含んでいるそうです。
 苫小牧周辺にかつてあった自生種はほとんどなく、今では広く栽培されているとのことでした。
 いつの日にか不老長寿の実で、ジャムが作れる日が来ることを夢見ています。

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2021年6月10日 (木)

鹿との共存

 今年で北杜市に移転して8年目になります。
 8年前の9月末にこの地に住まいを移し、ほどなくして翌春のためチューリップや百合、キキョウ、シャクヤクなどを植えました。
 初めての冬は記録的な大雪に見舞われましたが、それでも春は確実に訪れて、秋に植えた球根や花たちは美しい花を咲かせました。
 Img_5584 厳しい冬を経験した後の花爛漫の春は、心躍る喜びでした。
 その年の秋にも、沢山のチューリップや花々を植えました。
 四月初め、秋に植えたチューリップの芽が出てきました。
 冬の寒さに備えて落ち葉をかぶせ、覆いをしていましたが、芽が出てきたのでそれらを取り除きました。
 チューリップの芽が出やすいようにと考えたからです。
 それから2~3日たった時チューリップはどうなったかと見ると、芽がすべて食べられ球根も掘り返され食べられていました。
 声も出ないほどの驚きとショック、本当にガッカリしました。

 2年目で鹿も美味しい花の存在を知ったのだと思います。チューリップが咲き競うさまを楽しみに描いていたのですが、その夢は一瞬にして儚いものとなりました。
 そのあと少したって、シャクヤクが咲きました。
 Img_5587  シャクヤクは前の年より少し大きくなり、こちらは見事でした。
 百合も出てきましたが、つぼみが大きくなったころ花の部分が食べられていました。
 さらに紫のキキョウも、花のつぼみを食べられました。
 どれも鹿の仕業です。
 それ以来、球根や花を植える時には注意深くなり、覆いをしたり棒を立てたり様々な工夫をするようになりました。
 鹿は花のつぼみや葉っぱを食べるのですが、その量は1日に3㎏と言われます。
 今年も春先の気温の急な変化があり、植物たちには厳しい春となりました。
 シャクナゲは4本ありますが、そのうちの1つは沢山のつぼみがほとんど萎れて、花があまり咲きませんでした。
 シャクヤクは今ちょうど季節で今年も見事な花をつけました。
 そんな中ふと、鹿が好きな花と嫌いな花があるのではないかと思い至りました。
 調べてみると、シャクヤク、シャクナゲ、クリスマスローズ、マリーゴールド、ラベンダー、デルフィニュームなどは鹿が食べないので、鹿の食害のある所ではそれらの花だけで花壇を作ることも良いのではないかと書かれていました。
 私はシャクヤクが鹿の害もなく毎年美しく咲くことの理由を考えたことがありませんでしたが、そういうことだったのかと納得しました。
 水仙は鹿が食べないと、地元の人から聞いて知っていました。
 鹿に食べられないようにと心を悩ますことが多かったのですが、これからは鹿が食べない植物を中心に植えようと考えています。これは新しい発見です。

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2021年4月 6日 (火)

桜の楽園

今年は3月の気温が高く、桜の開花も例年に比べてかなり早かったようです。
年によっては予想外の寒気で桜がなかなか咲かず、桜祭りが変更になるようなこともありました。
Img_4772 もっとも今年はコロナの影響で、桜祭りが中止になったり、お花見の自粛も呼びかけられました。
3月末、我が家周辺はまだ冬枯れの景色で、わずかにクロッカスやスノードロップが可愛い花を咲かせ始めたくらいです。
そんな中、4月1日私は夫と山梨県の南部地域に出かけました。
夫の職場が珍しく三連休で、1日はちょうど中日のため、日帰りで出かけようという気持ちになりました。
南部地域へは、中央自動車道から中部横断道経由で行くことができます。
中部横断道は、長野県の佐久から山梨を通過し静岡県に至る高速道路ですが、周辺住民の反対などもあり、全面開通が大幅に遅れています。
この道路は途中からほとんどがトンネルになり、それ以外の場所も同じような山の景色が続きます。
下部温泉のある早川インターから、南部インターまでがまだ開通しておらず、旧道を走ることになります。
早川インターから降りるとそこは県道で、どの家の庭にも桜、桃、梅、しだれ桜やレンギョウ、ヤマブキなどがあり、急に華やいだ景色を見せてくれました。
高速道路は、時間短縮には好都合ですが、その土地で人々が長い間育んできた暮らしの痕跡を見えないものとし、孤立させてしまいます。
川沿いの道路を進むと、やがて桜並木が始まりました。
広い川の対岸にも同じように桜並木があります。
かなりの老木ですが、見事に花を咲かせていました。
Img_48721 私は桜に限らず花はみな好きで、見事な桜があると見たいと思います。
けれども特にお花見に繰り出したいとは思いませんが、この時の桜は、のどかでありながら豪華な豊かさがあり、春を迎えた喜びが心の中に満ちてきました。
人が桜、桜というけれど、私の住む辺りでは桜は普通に沢山咲くので、贅沢なことではありますが、ありふれた風景の一つのように思っていました。
ところがこの川沿いの桜は、終わりがないように続きました。
もちろん終わりはあったのですが、ずっと幸せな気持ちで桜を眺めました。
いつどなたが植えてくださったかは分かりませんが、「よくぞ植えてくださいました」とお礼を言いたい気持ちでした。
この時の思いは、楽園を垣間見た感動だったのかもしれません。
日本人は桜好きで、春になるとこんなところにも桜があったのかと思うことがあります。
楽園を求める気持ちがそうさせるのでしょうか。

改めて桜の美に開眼しました。

(写真は川沿いの桜ではありません)

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2021年2月 6日 (土)

節分のがらがら

Img_4105  「鬼は外、福は内」幼い頃、節分の日の夜には家々からこんな声が聞こえてきました。
 私の育った三重県の伊勢地方では豆まきもしましたが、獅子舞が来て町を練り歩いた記憶が鮮明です。
 追儺の行事である節分に、獅子が舞って悪鬼や災難を払ったのでしょう。
 調べてみると、獅子舞は日本の民俗芸能の中でも、もっとも古い歴史を持ち、古事記には引計王が鹿の角を捧げて舞ったことや万葉集には鹿擬態を示唆する歌などがあり、来歴はきわめて古いそうです。
 私の見た二人立ちの獅子舞は、祭礼のお練りや祈祷、悪魔祓いや豊年祈願のために舞われ、江戸時代には「江戸大神楽師」「伊勢大神楽師」といわれる団体が獅子舞を舞いながら全国をまわり、悪魔祓いをしたことで日本各地に広がったとのこと。
 上京してからは獅子舞を見たことがなかったので伊勢特有の風習かと思っていましたが、発祥の地なので盛んだったのでしょうか。
 我が家でも子どもたちが小さかった頃は、夫が自ら鬼のお面を作って、大騒ぎして節分の豆まきをしたものでした。
Img_4087  三年ほど前のことです。
 一月末甲府に行ったとき、和菓子店に大きな三角のおせんべいが丁寧に包装されて吊り下げてありました。
 「がらがら」と書いてあります。
 お店の人に聞くと、甲府では節分にがらがらを子供たちに縁起物としてあげる風習があるとのこと。
 甘い三角のおせんべいの中は空洞になっていて、おもちゃが入っています。
 男の子用と女の子用があり、吊り下げるリボンの色で区別できるようになっているのです。
 節分の日に贈られたがらがらをこぶしで割ると、おもちゃが出てきます。
 地方色豊かな風習ですが、山梨県民になったことでもあるし甲府の風習を孫たちにも体験させたいと思い、がらがらを買って送りました。
 以来毎年、節分の前に孫たちにがらがらを送っています。
 孫たちは、がらがらを割ることがお楽しみになっているようです。
 今年も甲府の老舗和菓子店でがらがらを買ったのですが、子供用に加え新たに大人の女子用というのがあり、「まあ」と思いました。
 これは誰が送るのかしらと夫と話しました。
 親なのか彼氏なのかと勝手にいろいろ想像し、中に入っているものは何だろうとも思いました。
 大人の男子用というのはありませんでした。
 節分の翌日は立春。
 外は氷点下の気温ですが、それでも日が長くなり春の訪れを待ち望む気持が膨らんできます。

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2021年1月 6日 (水)

餅つきをしました。

Img_3675jpg  山梨県の西部に南アルプス市という市があります。

 サクランボやスモモなど果物の生産が盛んなところです。
 私たちが山梨に引っ越しをしたのは、2013年の秋でした。

 翌年の2月11日12日に、南アルプス市の十日市場地区で十日市というのが開催されることを知りました。
当時山梨のことはほとんど知らなかったので、山梨のことを少しでも知りたいと、夫と私は十日市に出かけました。
調べてみると、「十日市で売っていないものは、猫の卵と馬の角ぐらいだ」と言われるほど、多種多様なものが売られるとのことでした。
中でも臼、杵、鉢などの木製品が名物でした。
 この市は、天正11年(1583年)徳川家康印判状に記述があることから、戦国時代すでにあった歴史のある市だそうです。
沢山の人出の中、臼や杵などがあり、珍しいと思いました。
 

Mochitsuki02jpg  夫は年末になると、餅つきをしたいねと言うことがありました。
昨年の12月末には、夫の誕生日とクリスマスを兼ねて、家族全員が集まることになっていました。
私はその時に、今年は家族で餅つきができないかと思いました。
私の考えを夫に話してみると、「それはいいね」と賛成してくれました。

 臼と杵は、南アルプス市の隣町の富士川町に女性の臼の作り手がいることを知りました。
連絡を取ってみると在庫が4・5個あるとのことで、富士川町の女性の工房を訪ね、中くらいの大きさの臼を求めました。
杵は大人用と子供用をサービスしてくれました。

 誕生祝いをした翌日、前夜から水につけて置いたモチ米を蒸して、いよいよ餅つきです。
もち米の用意から餅つきまで、最初からすべてした経験は家族の誰もありません。
 

Dsc_0109jpg  要領を得ないまま、それでも最初の一升はつきあがり、黄な粉や大根おろし、小豆、納豆、フキ味噌などそれぞれが好みのものをつけて、搗きたてのお餅をとても美味しくいただきました。
そのあとさらにもう一升つきました。
最初のは少し硬めだったので、2回目は水を沢山つけてついたのですが、柔らかくなり過ぎたようでした。
 

 餅は上等の出来ではありませんでしたが、餅つきをしたということは大成功で、みんなとても楽しんだようでした。
 年末行事になるかもしれません。

 

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2020年12月 1日 (火)

サフランを植えました

 パエリャというスペインの米料理があります。
Img_e2366  ご存じの方も多いと思いますが、これは大きなフライパンに米と魚介、野菜などを入れて作る炊き込みご飯です。
 我が家では、パエリャは夫をはじめ子どもたちの好物だったので、時々作りました。
 これには、香辛料のサフランを使います。
 と言っても花を使うのではなく、サフランの赤いしべを着色と風味づけのために入れるのです。
 食料品店の香辛料売り場に行くと、サフランが売られていますが、一つの花から赤いしべは三本しか取れず、それもとても細いものなので、高価です。
 一説によれば、香辛料のサフランは、金よりも高価だと言われることもあります。
Img_2901  私の手元にあるサフランの瓶を見ると、容量は1,3グラムで2千円くらいでした。
 原産地はスペインです。
 そんなこともあり、私は東京にいたころ庭にサフランの球根を植え、しべを採ってパエリャを作ったことがありました。
 北杜市に引っ越してきてからは、サフランの球根を見ることがなく、サフランを植えることなど忘れていました。
 そんな中、今年の7月の終わりごろ、近くの日野春という町のハーブ専門店に行きました。
 ここでいくつか花の苗を買いレジで支払いをしていた時、レジ横の籠の中にサフランの球根を見つけました。
 珍しく思い店の人に「私の家は1200メートルくらいの標高にあり、そんな寒いところでも育てられますか」と聞きました。 
 耐寒性はありますと言われ、10個ばかり球根を買いました。
 店の人も冬の管理を少し不安に思ったらしく、詳しく調べてくれ、「マイナス10度くらいまでは大丈夫ですが、念のため真冬は堀り上げた方がいいですね」と助言してくれました。
 8月初めに球根を植え、11月初旬から徐々にしべが収穫できました。
 サフランは一つの球根から花が4個から5個咲きます。
 Img_2907 11月末には掘り上げてプランターに入れ、サンルームに置きました。
 乾燥させたしべは写真にあるもので、ほんの少しですが、地産地消のサフランを使ってパエリャを作るのを、楽しみにしています。
 サフランの球根は、10個で600円でしたが、球根が増えて毎年紫のきれいな花と共にしべが採れるというのは、ワクワクする楽しみではないかと思います。

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2020年10月28日 (水)

谷口清超先生12年祭

 Img_1993 今日は谷口清超先生の12年祭が、山梨県北杜市の生長の家国際本部、森の中のオフィスのイベントホールで執り行われました。
 例年なら、本部職員をはじめ関係者が参加しますが、今年は新型コロナウイルスの感染防止のために、神官のみでの年祭となりました。
 その代わり、年祭の模様はライブ配信され、私も夫と共に夫の執務室で年祭に参加しました。
  今朝目覚めたとき、「今日は清超先生の年祭の日だ」と思いましたが、夫がかつて先生に私との結婚の意思を伝えたときの先生からの返信の手紙を思い出しました。
 清超先生は、「大変結構で私も喜んでいます」と書いてくださり、さらにほほえましいエピソードまで知らせてくださいました。
  結婚前の私は航空会社の客室乗務員をしていましたが、当時NHKの「ほんとにほんと」というクイズ番組に、ゲストで出演したことがありました。
 清超先生は講習会の旅先で、お風呂に入っておられたときに、テレビから私の名前が聞こえてきたので、慌てて出てきたら、テレビの画面にはそれらしき人が映っていたというようなことでした。
 このような内容を夫は手紙で私に知らせてくれました。
Img_e1585   結婚前のことですから、彼の両親が私をどのように思ってくださっているかということは、興味のあることでしたし、不安もありました。
 そんな中、このような好意的な行動をしてくださったことで、私はずいぶん気持ちが楽になりました。
  手紙が意思疎通の重要な役割を果たしていた時代のことです。
 つい昨日のことのように思いますが、もう40年近くも前です。
Img_1941  以来、清超先生は常に暖かい眼差しで見守ってくださり、私は先生からお小言を言われるということは一度もありませんでした。
 振り返れば、未熟で、足りないところ、先生の意にそわないところもあったのではないかと思いますが、大きな心で受け止めてくださったのでしょう。。
 先生の療養中に「日時計日記」が新しく出版されましたが、そのことも「それはいいね」とほめてくださいました。
 思い出は尽きず、限りない感謝の思いが胸に広がります。

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2020年6月19日 (金)

動画「朴葉寿司作りました」の舞台裏

 岐阜の方から数年前に朴葉を送っていただいたことは、エッセイなどに書きました。
 その時初めて、岐阜地方では初夏の朴葉の葉がしっかり成長した時期に、朴葉寿司を作ることを知りました。
 作り方がわからなかったので、ネットで検索して、初めて朴葉寿司を作りました。
 夫は柿の葉寿司などが好きなので、朴葉寿司も喜びました。
 自然の素材を使うところも気に入ったのだと思います。
 そこで私たちは、家のそばにも朴葉はないかと探しました。
 するとやはり近くに、大きな朴の木を見つけました。
 秋になると、しっかりした大きな葉を落とすので見つけやすいのです。
 家にも植えたいと思い探すと、実生の朴の木を見つけました。
 高さは50センチくらいで葉も2枚か4枚くらいしかついていないものでした。
 育たないかもしれないけれど、試しにと植えました。
 冬になると葉を落とし、細い棒がたているようで、何とも心許ないものでした。
 雪が積もれば倒れるのではないかとも思われました。
 けれども春になったら、しっかり生きていて、新しい葉を出しました。
 そして3年目の今年は大きな葉を30枚前後つけました。
 朴の木は下駄の材料になるそうですが、それだけ軽くて成長がはやいのでしょうか。
 先日大きな葉をつけた朴の木を見て、今年は朴葉寿司ができると思いました。
 月曜日、今日は朴葉寿司を作って夫を驚かせようと思いました。
 そのためには早めに作らなくてはなりません。
 けれども締め切りの原稿などを書いていたら遅くなり、夫が帰ってきたときには、私は薄焼き卵を焼いていました。
 お帰りなさいと迎えて、家に入ってきた夫は調理台の上に置いてある朴葉を見つけました。
 「朴葉寿司を作るの」と聞いてきました。
 「じゃあ、動画撮らなくちゃ」と言います。
 私は慌てて、「そんなつもりはなかったから台所はごちゃごちゃよ」というと、それがいいといいます。
 髪もぼさぼさでしたが、「手元しかとらないから」というので、まあ試しに撮るだけかもしれないからと、そのまま作業を続けました。
 そしてできたのが、今回の「朴葉寿司作りました」の動画です。
 私は自己流で、柿の葉寿司や笹寿司をイメージしてタコ糸で結びましたが、岐阜の方はただ葉を半分に折るだけだったり、爪楊枝で止めるそうです。
 次回はそのように作りたいと思います。
 Img_e8142jpg ちなみに今回のお寿司は、二人分なので、お米を一合炊いて、地元の市場で買った淡竹(細長いタケノコ)と干しシイタケの煮もので、ちらしずしを作り、上に錦糸卵、グリンピース、しめ鯖、梅酢ショウガをのせました。
 7個のお寿司ができました。
 朴葉が身近にある方は、お勧めします。
 目先が変わって、楽しいです。

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2020年4月30日 (木)

コロナバスターズリレー

 少し前のこと「黄色の布地ない」と夫が聞いてきました。
 また何を始めるのかしらと思いましたが、以前に濃い黄色のオフィス型のクッションを作った残り布のことを思い出し、「あると思う」と答えました。
 ところが、あるにはありましたが、ほんの切れ端で何かに使える大きさではありません。
 「何に使うの」と聞くと、「黄色いハンカチだよ」との答えでした。
 「あら、幸せの黄色いハンカチ?あれは元々アメリカの話なのよね」
 Img_6512jpg   「黄色いハンカチを目印にして自転車のリレーをしようと思って」
 本当にいつも、人があまり考えないようなことを、次々思いつく夫です。
 「黄色い布、黄色い布」と考えていて、「ああそういえば」と思いつきました。
  和箪笥に着物を仕舞っていますが、着物を包んでいる晒し布が黄色だったことを思い出したのです。
  箪笥を開けてみると、黄色の布の予備が2枚ありました。
  「ピッタリの生地だね」と夫は言い、6枚に切ると12枚できる大きさでした。
  黄色い布はそうあるものではないので、希望者にあげるためです。
  新型コロナウイルスの拡大防止のため、人が集まるPBSのミニイベントができません。
  その代替として、夫は自転車のリレーを考えたようです。
  Img_6536jpg それもただのリレーではなく、コロナウイルスの収束を願ってのリレーで、参加を表明した人は自分の家に黄色いハンカチを掲げ、できればコロナバスターのマークも旗に入れます。
  また、バトンは夫が木で作った観世音菩薩棒です。
 Img_6542jpg  コロナバスターのマークが入ったバッグの中に観世音菩薩棒を入れて、次の人にバッグごと渡すというのがこのリレーです。
  これはオフィスの職員間のイベントです。
  オフィスの職員寮は8か所にありますが、まず最初の人が自転車でどこかの寮を目指し、黄色い旗のある家にバッグ入りの観世音菩薩棒をかけていきます。
  こうすれば、人と接触せずにリレーができます。
  菩薩棒が届いたことに気が付いた人は、自分の可能な時間を見計らって、次のどこかの寮を目指すのです。  近いところでも、遠いところでも自由に選べ、あらかじめ決められたコースではなく、どこにくるかわからないところも意外性があっていいと思います。
  すでにバトンを受けた人は、FB上で終わったことを知らせるので、それ以外のところに行きます。
  ですから最後はお隣だったり、とても離れた坂の多い道かもしれません。
  また次々参加表明があれば、コースもそれに従って変わって来ます。
  このリレーは終わりがなく、一巡すればまた違うコースを選びずっと続けられます。
  今回のように人との接触をできるだけ減らさなければならないときに、リレーを通じて人とのつながりが感じられ、また自転車に乗る楽しさも味わえて、なかなか良い企画だと思います。
  自転車に限らず、様々な分野で工夫しながら、有意義で楽しい時間を持ちたいですね。
  きっと色々なアイデアが生まれてくるのではないかと期待しています。

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2020年3月25日 (水)

たとえ世界が混乱しても

  『今、生きてあるその「今」を悦ぶべし』(続々甘露の法雨)という言葉が今朝浮かんできました。
  その深い意味を改めて思いました。
  兼好法師も『存命の喜び、日々に楽しまざらんや』(徒然草)と言われました。
  さあ今日は何しよう。
  クラフトしようと、夫からリクエストされていたマスクに挑戦。Img_5755jpg
  救急箱のガーゼとガーゼふきんを出してきて、完成品を参考に見よう見真似で作りました。
  良い模様の日本手ぬぐいがあったので、それにも挑戦しましたが、重ねると生地がぶ厚くなり、ミシンの針が曲がってしまい失敗。
  結局2枚しかできませんでした。
  孫ちゃんにも作ってあげたかったのに、残念でした。
  今日は良いお天気だったので、ベッドのシーツと布団カバーを洗い、ベッドパットと布団を干しました。
 Img_5748jpg Img_5759jpg  ベッドを移動させて、丁寧掃除もしました。
  手作りおやつとおうちごはんもいつも通り。
  お彼岸におはぎを作りましたが、その時のあんこが少し残っていたので、冷凍してあった栗を入れて、プリン型で小さな栗蒸し羊羹を作りました。
  Img_5751jpg Img_5757jpg 玉ねぎをゆっくり炒めて、ニンニク、ショウガ、セロリ、カレー粉、クミン、ターメリック、カルダモンなどの香辛料、トマト水煮缶、リンゴすりおろし、ヨーグルトなど入れて、カレーを作りました。
  午後の暖かい日差しの中、この冬初めてダウンコートなしでウォーキング。
 Img_5726jpg Img_5744jpg  澄んだ青空の中、飛行機が飛んでいくのが見えました。
  あの高いところで沢山の人が乗っているのだと思うと、地上から眺めている私は少し不思議な気がします。
  森の中ではマスクもなく、いつも通りの当たり前の日常が過ぎていきます。
  けれども、様々な行事はできません。
  だからこそ感謝の思いで、「今」を悦び、楽しまざらんやを日々実行しています。
  そんな人々の輪が広がりつつあることは、うれしいです。、
  
  

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2020年3月 9日 (月)

オンライン誌友会について

この度新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための措置として、4月1日まで誌友会の開催が中止されました。

その緊急対応として、オンライン誌友会の開催をお願いしています。

以下に開催方法などを表示しますので、可能な方は積極的にオンライン誌友会をFBやLINEで開催いただくよう、お知らせいたします。

 

オンライン誌友会の開催方法.pdf

 

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2019年12月15日 (日)

津市に行ってきました。

 三重教区、奈良教区共催の講習会で、三重県の津市に行ってきました。

 土曜日、日曜日共に暖かい良いお天気に恵まれました。

 ちょうど紅葉が美しい時期で、街路樹の銀杏や公園のもみじが目を楽しませてくれました。

 ここ三回か四回、津では同じところに泊まっています。

 かつては賑わったと思われる、津市の大門というところで、前回まではアーケードのあるシャッター通りでしたが、今回アーケードが取り払われていました。

 以前あった八百屋さんはタックスフリーショップになっていて、洋菓子店も団子屋さんもなくなっていました。

 Img_4526jpgtu 老人の憩いの場所も姿を消していました。

 そうなると、以前の賑わいの形跡はほとんど感じられず、閑散とした商店街という印象を受けます。

 Img_4522jpg アーケードがあった時代を知らない人が見たら、ぱらぱらと店のある特徴のない所と思うかもしれません。

 社会の変化と共に町が変わっていくのは、東京の原宿で常に経験したことでしたが、それは華やかな変化でした。

 Img_4534jpg 津の場合は、Img_4541jpg 衰退しているように見えて、少し寂しさを感じます。

 けれどもそんな中で、新しく開店した店もあり、二軒の音楽系の専門店が残っていたのも、明るい兆しかもしれません。

 師走の忙しい時期にもかかわらず、三重教区、奈良教区の皆さんは、熱心に推進活動をしてくださり、多くの方がご参加くださいました。
ご活躍Img_4536jpg
講習会の控室には、季節の花や木の実を飾っていただきました。

 早や、ネコヤナギもありました。

 三重教区、奈良教区の皆さま、お世話になりました。

 ありがとうございました。

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2019年12月 8日 (日)

岡山市に行ってきました

 岡山教区、兵庫教区共催の講習会で、岡山市に行ってきました。Img_4463jpg

 岡山市の中心地で講習会が開催されるのは、私は初めての経験でした。

Img_4468jpg  私の住んでいる山梨県、北杜市はもうすでに紅葉は終わり、冬枯れの景色になっています。

 けれども岡山は、まだ紅葉が美しく、朝夕は氷点下の気温になる北杜市から到着すると、とても暖かく感じられました。

 もっとも岡山の方は、私たちが新幹線で岡山駅に着いたとき、今日は寒い日になりましたと言われました。Img_4476jpg

 それだけ気温の差があるのだと思いました。

Img_4483jpg   岡山は「晴れの国」と言われ、晴天の日が多いそうです。

 そんな岡山でも、昨年の西日本豪雨では、倉敷市の真備町を中心に災害に見舞われました。

 「ここだけは大丈夫」と油断してはいけないことを学んだと、現地の方は言われていました。Img_4479jpg Img_4474jpg  

 身近に災害のないところはなく、災害の話が話題に上ることが多くなりました。

 普段の備えを怠らず、温暖化を抑制する生活の必要性が益々高まっています。

 明るい心で、生かされていることに感謝し、楽しく生活していきたいとあらためて思いました。

 控室には、岡山、兵庫両教区の皆さんの手作り品を沢山飾っていただきました。

 地に足の着いた、確かな生活の成果がうかがえました。

 岡山教区、兵庫教区の皆さま、お世話になりました。

 ご活躍いただき、ありがとうございました。

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2019年11月10日 (日)

上田市に行ってきました

 長野教区、山梨教区共催の講習会で、長野県の上田市に行ってきました。Img_3972jpg
 上田市がメイン会場になるのは、初めてのことでした。
Img_3987jpg  この会場が決まるまでには、大変時間がかかり、これまで使用した会場は全て先約があり、会場を確保することができなかったそうです。
 Img_3974jpg そしてようやく決まったのが、上田市の会場でした。
 ところが、予約の取れなかった会場は、台風19号で被害を受け、みな使用できない状態になっているそうです。
 結果的には、会場確保に苦労したけれど、上田市の会場でよかったとのことです。
 Img_3973jpg そんなこともあるのかと、親和の法則のことなども思い、興味深くお聞きしました。
 上田市はそれほど大きな被害はなかったそうですが、上田電鉄別所線の千曲川にかかる橋梁が落ちて、上田から下之郷の間が現在不通になっています。
 宿泊した上田のホテルから、崩落した橋梁が見えました。
 千曲川の氾濫により、長野県では各地に被害が及んでいますが、そんな中でも無事に講習会が開催され、各会場に多くの皆さんがお集まりくださいましたことは、大変ありがたいことでした。
 Img_3993jpg 上田市には、駅近くに上田市立美術館があります。
 近いところにあったので、行ってみました。
 広い敷地で、中はゆったりとした余裕のある空間で、各所にテーブルと椅子が設置され、自由に使えるようになっています。
 多くの若者がその場所を使い、1人あるいは数人で勉強をしていました。
 Img_3996 外の広場では、子供連れの若いお母さんが5,6人いて、子供と一緒に遊んでいました。
 市民に愛され、有効活用されている美術館であるとの印象を持ちました。
 このような文化が育つ町は、どうすればできるのだろうかと思いました。
 講習会の控室には、ラベンダーのにおい袋や長野の名産かりんなどを飾っていただきました。
Img_4001jpg  素敵にアレンジされたカゴには、南天がきれいでした。
 長野教区、山梨教区の皆さま、お世話になりました。
 ご活躍いただき、ありがとうございました。

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2019年11月 5日 (火)

復興支援継続

 10月半ばに日本列島を襲った台風19号は、関東から東北地方にかけて甚大な被害を及ぼしました。Img_3632jpg
 山梨県は一人の死者もありませんでしたが、JRの中央線と中央自動車道で土砂崩れなどの被害がありました。
 中央道は全線開通まで約1週間かかり、中央線は特急が10月末まで不通になり、人の移動や流通に大きな被害をもたらしました。
 台風の約1週間後の10月20日、21日には森の中のオフィスでフェスタが行われる予定でした。
 台風による被害は各地に及び、とりわけ隣県の長野県は千曲川の決壊で、大混乱を来していました。
 フェスタの目的は、自然の恩恵に感謝し、その恵みを人々と分かち合おうというもので、いわば一種のお祭りです。Img_3643jpg
 何事もない時には、感謝の思いでお祭りをすることは、何の問題もなく良いことです。
 けれども今回のような非常事態には、フェスタをするよりも、復興支援をすることの方が重要ではないかとの判断に至りました。
 そしてフェスタが予定されていた20日、21日の2日間、本部職員は災害ボランティアに行くことになりました。
 Img_3636jpg 長野に約50人、福島に約30人、残りの職員は後方支援に回りました。
 夫と私も、長野のグループに加わり、長野県で被害が大きかった長野市の穂保地区の大きな農家の泥出しなどのお手伝いをしました。
Img_3647jpg  ほとんどの職員が初めての経験でしたが、実際に災害の惨状を目にし、地球温暖化の影響を切実なものと感じたことと思います。
 自然災害とか天災という言葉を使う人もいますが、これらは温暖化が及ぼす人災ですから、1人1人が自分の生活を変えていく必要があります。
 そのことを1人でも多くの人が気づき、実際の行動に結びつくように願わずにはおれません。
 Img_3638jpg 復興支援のボランティア活動は、その後も全国に参加者を募り、継続的に行われています。
 今後も災害が予想されますから、準備を怠らず、自然と人間の大調和を祈りつつ、行動に繋げたいと思います。

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復興支援継続

 10月半ばに日本列島を襲った台風19号は、関東から東北地方にかけて甚大な被害を及ぼしました。Img_3632jpg
 山梨県は一人の死者もありませんでしたが、JRの中央線と中央自動車道で土砂崩れなどの被害がありました。
 中央道は全線開通まで約1週間かかり、中央線は特急が10月末まで不通になり、人の移動や流通に大きな被害をもたらしました。
 台風の約1週間後の10月20日、21日には森の中のオフィスでフェスタが行われる予定でした。
 台風による被害は各地に及び、とりわけ隣県の長野県は千曲川の決壊で、大混乱を来していました。
 フェスタの目的は、自然の恩恵に感謝し、その恵みを人々と分かち合おうというもので、いわば一種のお祭りです。Img_3643jpg
 何事もない時には、感謝の思いでお祭りをすることは、何の問題もなく良いことです。
 けれども今回のような非常事態には、フェスタをするよりも、復興支援をすることの方が重要ではないかとの判断に至りました。
 そしてフェスタが予定されていた20日、21日の2日間、本部職員は災害ボランティアに行くことになりました。
 Img_3636jpg 長野に約50人、福島に約30人、残りの職員は後方支援に回りました。
 夫と私も、長野のグループに加わり、長野県で被害が大きかった長野市の穂保地区の大きな農家の泥出しなどのお手伝いをしました。
Img_3647jpg  ほとんどの職員が初めての経験でしたが、実際に災害の惨状を目にし、地球温暖化の影響を切実なものと感じたことと思います。
 自然災害とか天災という言葉を使う人もいますが、これらは温暖化が及ぼす人災ですから、1人1人が自分の生活を変えていく必要があります。
 そのことを1人でも多くの人が気づき、実際の行動に結びつくように願わずにはおれません。
 Img_3638jpg 復興支援のボランティア活動は、その後も全国に参加者を募り、継続的に行われています。
 今後も災害が予想されますから、準備を怠らず、自然と人間の大調和を祈りつつ、行動に繋げたいと思います。

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2019年9月29日 (日)

神奈川教区、静岡教区共催の講習会で、厚木市に行ってきました。

Img_3399jpg  神奈川教区、静岡教区共催の講習会で、厚木市に泊まりました。
 

 講習会のメイン会場は、伊勢原市でした。
 

 今回の講習会は、神奈川教区9会場、静岡教区4会場で、合計13会場での開催となりました。
 

 Img_3402jpg これだけの数になると、各会場の運営委員の数も多くなり、大変だったと思いますが、それぞれの会場の運営もスムーズに行われたようでした。
 

 幸い、お天気も味方してくれ、週末は雨となっていましたが、時折薄日も差す穏やかな秋の好天となりました。 

 厚木市は、人口22万の都市で、山梨県の北杜市から来ると、首都圏の都市というのは、集合住宅も個人の家も商店も隙間なく繋がっていて、本当に人口が集中しているところなのだと改めて思います。
 

 Img_3407jpg 繁華街に行くと肉料理の店がやたらと目立ち、これはどうしたものかと思わずにはいられませんでした。
 

 今日の講習会の質問の中に、「人生の光明面を見る日時計主義では、夜家にカギをかけないのでしょうか」というのがありました。
 

 Img_3411jpg 総裁は、現象と実相を混同してはいけないこと、現象の世界には悪もあれば、泥棒も強盗もいるので、家には鍵を掛けますというように答えました。
 

Img_3409jpg  肉食の弊害を訴えている私たちは、肉の消費が増え続ける現実があっても、信じることを伝えていかなくてはならないと思いました。
 

 講習会の控室には、手作りのブローチやフクロウ、折り鶴の木などを飾っていただきました。
 

 Img_3405jpg お花はトルコキキョウが優しい雰囲気でした。
 

 神奈川教区、静岡教区の皆さま、お世話になりました。
 

 ご活躍ありがとうございました。、

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2019年9月 8日 (日)

八戸市に行ってきました

Img_3127jpg 青森教区、函館教区共催の講習会で、青森県の八戸市に行ってきました。

  青森は金曜日までは、秋の気温で涼しかったそうですが、土曜日、日曜日は30度を超える真夏日になりました。
 

 接近中の台風の影響だと思います。
 

 明日からはまた、本来の涼しさに戻る予報だそうです。
 

 Img_3130jpg 真夏の太陽が照り付ける中、町のあちこちに植えられた赤、白、ピンクなどの百日紅の花が印象に残りました。
 

 八戸は、氷都と言われ、来年1月には冬の国体が行われます。
 

 氷都の意味をお聞きしたら、太平洋側の町なので、冬の気温は氷点下10度近くなっても、雪はほとんどなく、日中は太陽が出るそうです。
 

 そのため良質の氷ができ、スケートをするには良い環境とのことでした。
 

 Img_3133jpg 講習会会場は市役所や駅に近いところでしたが、国体に備えてか、色々なところが掘り返されていました。
 

 八戸はまた漁業と工業の町とのことでした。
 

 講習会に控室には、布で作られた素敵なお花を飾っていただきました。
 

 青森教区、函館教区の皆さま、お世話になりました。
 

 ご活躍、ありがとうございました。

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2019年8月26日 (月)

滝川市に行ってきました

 Img_2939jpg 空知教区、旭川教区共催の講習会で、空知教区の滝川市に行ってきました。
 

 北海道はもう秋の気配が濃く、到着した土曜日は20度前後、日曜日の朝は18度くらいでした。

 厚手の服を持ってきてよかったです。

 Img_2930jpg こちらは今、メロン、トウモロコシの収穫最盛期、玉ねぎ、じゃがいも、稲などの収穫がその後に続くそうです。

 食の宝庫、北海道の豊かな実りの季節です。

Img_2944jpg  土曜日は滝川神社のお祭りがあって、駅に続くメインストリートには、屋台がずーっと軒を連ねていました。

 Img_2945jpg 北海道ではどの地域も、若者は札幌に行くことが多く、地方は高齢化と過疎の現実があります。

 そんな中お祭りには、どこにこんなにいるのかと思うくらい、多くの若者でにぎわっていました。

 多分みんな高校生までで、それ以上大きくなると、札幌や東京に出ていくのでしょう。

 Img_2946jpg

都会に出て行って、ある程度経験を積んだら、また故郷に帰ってきてねとお願いしたい気持ちになりました。

 田舎の豊かさ、真の価値を多くの人に気付いてもらいたいものです。

 講習会の控室には、アイヌの木彫りや木のクラフト、手作りブローチなどを飾っていただきました。

 横にはピンクのトルコキキョウを、さりげなく添えてくださいました。

 Img_2951jpg 空港に向かう帰りの道では、くっきり色鮮やかな虹が見えました。

 空知教区、旭川教区の皆さま、ご活躍ありがとうございました。

 お世話になりました。

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2019年6月23日 (日)

帯広市に行ってきました

 十勝教区、室蘭教区共催の講習会で、帯広市に行ってきました。
 

 帯広は三年ぶりです。

 朝のテレビ小説、「なつぞら」の舞台なので、テレビ小説効果で観光客で賑わっているそうです。

 到着した土曜日は、冷たい雨の日だったImg_2229jpg ので、観光客が多そうには見えませんでした。

Img_2234jpg  けれども日曜日の今朝、朝食のためにレストランに行くと、沢山の人が待っていました。

 いつも泊まるホテルですが、このようなことはあまり経験したことがなかったので、沢山の人が訪れていることがわかりました。

 帯広は、北海道の有名なお菓子屋さん、「六花亭」の本店があります。

 帯広には他に「柳月」というお菓子屋さんがありますが、「なつぞら」に出てくる「雪月」というお菓子屋さんは、「柳月」がモデルのようです。

Img_2235jpg   柳月では新しく「なつどらクリム」という、どら焼きみたいなパンケーキのお菓子を売り出しました。

 他の菓子メーカーでも、なつぞらにちなんだ商品が数種作られていました。

 Img_2238jpg_20190623222001  一時的なものだと思われますが、これが「経済効果」といわれるものなのでしょうか。

Img_2241jpg  日曜日の今日は、雨の予報でしたが、朝起きてみると曇り空で、次第にお天気は良くなり午後からは青空も出てきました。

 木々の緑が美しく、育ちゆく畑の作物も勢いに満ちている季節なので、お天気に恵まれたことはありがたいことでした。

Img_2242jpg  講習会の控室には、手作りの楽しい置物や飾り物、シャクヤクとナデシコの美しいお花などを飾っていただきました。

 十勝教区、室蘭教区の皆さま、お世話になりました。

 ご活躍ありがとうございました。

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2019年6月 9日 (日)

山形市に行ってきました

Photo  山形教区・宮城教区共催の講習会で、天童市に行ってきました。
 

Img_2096jpg  天童市が講習会のメイン会場になるのは、久しぶりのことでした。
 

 天童は将棋で有名な町で、将棋のタイトル戦などもよく行われるところです。
 

Img_2097jpg  そのため町のいたるところに、将棋の駒や将棋の駒を扱う店があります。
 

 Img_2108jpg 駅ビルの中には、子供のための将棋会館もありました。
 

Img_2109jpg  また温泉地でもあり、将棋と温泉の観光地といってもいいと思います。
 

 山形は日本一のサクランボの生産地であり、今年の収穫は6月下旬から始まるとのことでした。
 

Img_2113jpg  帰りの新幹線の車窓からは、天童から米沢までずっとサクランボの木が見られ、沢山のサクランボが作られていることがわかりました。
 

 山形がサクランボの産地になったのは、盆地で夏暑く冬寒いこと、台風の被害が比較的少ないこと、梅雨の降雨が少ないことなどがサクランボ栽培に適したからだそうです。
 

Img_2117jpgg  緑の葉っぱがびっしり繁った大きな木に、赤いかわいいサクランボが点々と実っているのは、愛らしい眺めです。
 

 講習会の控室には、日時計日記の表紙絵を刺繍した見事な作品を飾っていただきました。
 

 イチゴを使ったお花のアレンジ、手作り品、緑と白のさわやかなお花などを飾っていただきました。
 

 山形教区、宮城教区の皆さま、お世話になりました。
 

 ご活躍いただきありがとうございました。

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2019年5月26日 (日)

彦根市に行ってきました

Img_1953jpg_1  滋賀教区、京都第一教区共催の講習会で、彦根市に行ってきました。
 彦根に来るのは三回目です。
Img_1959jpg_1  

Img_1964jpg  土曜日、日曜日と天候に恵まれ、30度前後の暑い日になりました。
 

Img_1969jpg2  日差しは強かったですが、真夏ほど湿気がなく、また新緑が美しくバラやヤマボウシなどの花が、町のあちらこちらで咲いていて、爽やかでした。
 

 滋賀県は日本一の湖、琵琶湖を囲むようにして町があり、琵琶湖の恵みを沢山いただいて、人々の暮らしがあるようです。
 

 アユやワカサギ、フナ、モロコなどの淡水魚やシジミはつくだ煮などで名産品になっています。
 

 また琵琶湖の環境を守るための市民の意識が高く、早くから湖の環境を守るための活動が活発に行われているところでもあります。
 

 京都、大阪の水も琵琶湖を水源としているそうです。
 

 そのため、下流の人々の生活に影響を及ぼすことも念頭にあり、責任感があるのではないかと思いました。
 

 もっとも京都は綺麗な地下水があり、地下水を利用して美味しいお豆腐ができるということもお聞きしました。
 

 「山紫水明水清く」と宇治の歌にありますが、その土地土地の豊かな自然環境に恵まれて、私たちの生活があることを、講習会の旅先ではいつも感じます。
 

 講習会の控室には、カラーとひまわりを活き活きと生けていただき、手作りの赤いお地蔵さんが傍らで見守ってくれていました。
 

 そのほか手作りの品々を沢山飾っていただきました。
 

 滋賀教区、京都第一教区の皆さま、お世話になりました。
 

 ご活躍いただき、ありがとうございました。

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2019年5月19日 (日)

武雄市に行ってきました

Img_1893jpg 佐賀教区、福岡教区共催の講習会が、佐賀県武雄市の武雄市文化会館をメイン会場として、開催されました。
 佐賀会場と福岡の6か所がサブ会場で、合計8会場での開催となりました。
 九州地方は大雨警報が出ているところもありましたが、幸いメイン会場は時折小雨が降る程度でした。
 足元の悪い中、大勢の皆さんがご参加くださいましたこと、心から感謝いたします。
Img_1886jpg  佐賀地方は今、麦が黄金色に輝き、まさに収穫の時期を迎えているようです。
 以前聞いた話では、北海道に次ぎ日本で麦の生産量は2番目に多いそうです。
 豊かな実りの麦畑は見事な美しい景色でした。
 武雄は温泉が有名で、駅名も武雄温泉駅というそうです。
 Img_1907jpg 講習会終了後は、少し時間があったので、武雄温泉の楼門というのを見学しました。
 武雄のシンボルにもなっているこの楼門は、唐津出身で日本の近代建築の先駆者である辰野金吾博士が手がけたそうで、国の重要文化財になっています。
 東京駅の丸の内駅舎なども設計した人です。
 旧浴場を見学することができ、道後温泉を思い出しました。
Img_1900jpg  講習会の控室には、花菖蒲かあやめ、チェリーセージ雪の下などを清楚な雰囲気で飾っていただきました。
 折り紙で作られた鯉のぼりと兜に、爽やかな季節を感じました。
Img_1905jpg  佐賀教区、福岡教区の皆さま、お世話になりました。
 ご活躍いただきありがとうございました。

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2019年4月14日 (日)

太田市に行ってきました

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 群馬教区、埼玉教区共催の講習会で、群馬県太田市に行ってきました。

 初めて訪れた町ですが、桐生、伊勢崎に近く、埼玉とも近接する群馬県南部の町です。

 高崎に次いで、群馬第2の人口を擁する市でもあります。

Img_1445jpg  

 スバルの本社工場があり、ブラジル人をはじめ多くの外国人が居住しているようです。

 そのせいか若者の姿が目立つ町でした。

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 駅前には、外国への送金や換金のための金融機関があり、外国の銀行もありました。

 数か国語の外国語学校も、目立ちました。

 今後日本各地でも、外国人の受け入れが盛んにおこなわれるようになりますが、同じような現象が起こるのではないかと思いました。

 Img_1448jpg

 土曜日は晴れ、日曜日の今日は夕方から雨の予報でしたが、降り始めの時間が遅くなったようで、雨に遭遇しませんでした。

 満開の桜の時期と重なり、芝桜もあちこちで見られ、春爛漫を味わいました。

 講習会の控室には、ご家庭の庭のお花を華やかに飾っていただきました。
 

 Img_1449jpg コップに入った、実生のミニチュア盆栽風、とてもよく飛ぶ竹とんぼ、ブローチ、小物入れ、絵手紙など素敵な作品の数々を見せていただきました。

 群馬・埼玉教区の皆さま、大変お世話になりました。

 ご活躍いただき、ありがとうございました。

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2019年4月 8日 (月)

徳島市に行ってきました

Img_1340jpg2 徳島教区、香川教区共催の講習会で、徳島市に行ってきました。
到着した土曜日は、気温が20度を超え暖かい春の日となりました。
Img_1356jpg_1 宿舎近くの徳島中央公園の桜は満開で、多くの花見客が訪れていました。
この公園は、JR徳島駅のすぐ裏の徳島城の城跡に作られています。
町の真ん中にあるにもかかわらず、樹齢何百年もありそうな巨木があり、豊かな自然が味わえます。
Img_1357jpg_1 反対側には、眉の形をした徳島のシンボル・眉山があり、この山も山腹に沢山の桜が咲いているのが見えました。
「四国三郎」の異名を持つ大河吉野川が町中を流れ、川幅は海かと思うほど広く、その河口は海に続きます。
町の中心はビルがひしめき合っていますが、山や川、海などが近くにあり、自然の息吹が身近に感じられるところだと思いました。
Img_1363jpg_1 日曜日の講習会終了後は、飛行機の出発まで時間があったので、徳島県立「阿波十郎兵衛屋敷」を見学しました。
ここは、国指定重要無形民俗文化財「阿波人形浄瑠璃」を毎日上演しており、人形浄瑠璃に使われる阿波木偶(あわでこ)や衣装、資料などの展示室があります。
展示室では阿波人形浄瑠璃について、詳しく説明していただきました。
浄瑠璃の起源は戦国時代ともいわれ、江戸時代に盛んになったそうですが、民間で現存するものはほとんどないそうです。
Img_1365jpg_1 そんな中、徳島では各地に人形浄瑠璃の舞台があり、現在もお正月や祭りの時期に上演され、学校でもクラブ活動としてあり、後継者の育成に努めているとのことでした。
ほとんどすたれていったものが、なぜ徳島にだけ残っているのか、興味深く思いました。
一つには、化学染料が開発されるまでは、藍の産地であった徳島には、藍で豊かな富を得た商人が多くあり、その人々がパトロンとなって人形浄瑠璃を支えたことが要因でもあるとのことでした。
Img_1368jpg_2 講習会の控室には、桜、シャクナゲ、ヤマブキ、シャガなどの季節の花を、自然にあるように木の皮を使って生けていただきました。
海の底を連想させる手作り品、草履なども見せていただきました。
徳島教区、香川教区の皆さま、お世話になりました。
ご活躍いただき、ありがとうございました。

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2019年3月25日 (月)

周南市に行ってきました。

 Img_1206jpg山口教区、広島教区共催の講習会で、周南市に行ってきました。
 周南市は山口県の瀬戸内海側の東部にある町です。
 以前は徳山市と呼ばれていましたが、町村合併などで周南市という市に変わりました。
 周南市というのは、中国の都市名のようで、私のような部外者は、どうして徳山市ではいけなかったのだろうと疑問に思います。
 けれども徳山市のままだと、合併される市町村の中には、徳山市に吸収されるような形になることを嫌ったところがあったのかもしれないなどと、想像しました。
 Img_1201jpg調べてみると、もともとこの地域は周防の南という意味で、古くから周南と呼ばれていたそうです。
 そういわれてみると。周防大島が近くにあります。
 周防というのは山口県の東南半分の地域を呼ぶそうです。
 島根県にも、雲南市があり、ここも最初は中国の地名みたいと思いましたが、出雲の南というので、雲南という名前にしたとのことでした。
 古くからの地名がなくなると、よそよそしい感じを持ちます。
Img_1211jpg 住所の一部に旧地名が残れば、少しは気持がつながるよすがになるかもしれないなどと思いました。
 この周南市、新幹線の駅名は徳山ですが、駅ビルにTSUTAYAとスターバックス、徳山図書館の複合施設ができていました。
 代官山が突然徳山に誕生したようなおしゃれな空間で、中の席は満員でした。
 都会に行かなくても、都会の雰囲気を味わえるということで、地元の若者が地域に留まる役目を果たせるか、それとも都会はやっぱり〝ステキ”ということになるのか、悩ましいところです。
 駅前の昔ながらの商店街との隔たりは、埋めようもありません。
 港の工場群からは、モクモクと煙が排出され、船の往来が頻繁でした。
Img_1212jpg 講習会の控室には、季節感のある桃の花や椿と手作りのお雛様を飾っていただきました。
 山口教区、広島教区の皆さま、お世話になりました。
 大盛会の講習会でご活躍いただき、ありがとうございました。
 

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2019年3月18日 (月)

宜野湾市に行ってきました

Img_1101jpg 沖縄教区の講習会で、沖縄の宜野湾市に行ってきました。

 
 普天間基地のある街です。
 
 土曜日マイナス3度の北杜市から、プラス20度の沖縄の那覇空港に着いたときは、色とりどりの胡蝶蘭に迎えられ、別世界にたどり着いたようでした。

 

 Img_1117jpg 今まで沖縄の講習会は12月か1月に開催されていました。
 

 3月の沖縄は初めてで、木々の緑がより豊かに濃く感じられました。
 

 沖縄は、移住者も多いそうですが、観光客も増えているそうで、空港の駐車場も、市内の道路も混みあっていました。
 

Img_1116jpg  中国、韓国、台湾などからの観光客が多いそうです。
 

 韓国では今、沖縄観光ブームとのことです。
 

 私たちが泊まったホテルの隣は、サッカー場や野球場があり、土曜、日曜と多くの若者、高校生や中学生が朝早くから夜遅くまで試合や練習をしていて、活気に満ちていました。
 

Img_1121jpg   沖縄の人々は、情に厚く面倒見がよく、助け合いの心が今も生きているとのことです。

 沖縄は基地問題が暗い影を落としています。

 けれども、この地の人々はそれらを撥ね退けるほどの、明るさとパワーと柔軟さを、内に秘めているようです。
 

 沖縄の皆さんに、強いエールを送りたいと思いました。
 

 講習会の控室には、極楽鳥花などのImg_1126jpg 地元の花と美しい紅型の作品を飾っていただきました。
 

 沖縄教区の皆さま、お世話になりました。
 

 ご活躍、ありがとうございました。

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2019年2月24日 (日)

鹿児島市に行ってきました

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 鹿児島教区、宮崎教区共催の講習会で、鹿児島市に行ってきました。




 鹿児島は土曜日は晴れ、日曜日は曇りでしたが、講習会が終了し、懇談会が終わるころは小雨になっていました。




 南国なので、春の花がそこかしこに咲いており、早や白モクレンのつぼみが青い空に向かって勢い良く伸びていました。




鹿児島ではもう春が来ているのでした。


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 桜島は、土曜日はわずかに煙が出ている程度でしたが、日曜日は山の姿が見えないほどに煙が出ていました。




 夏にはよく砂が降るそうですが、この時期には珍しく噴煙を上げているとのことでした。




 桜島も私たちの来たことを歓迎してくれたのだと、何の根拠もなく勝手に想像しました。




 Img_0686jpg2


噴煙は大きく広がっていましたが、砂は沢山降っていないようで、皆さん安堵されていました。




 八ヶ岳に住む私は、「今日の八ヶ岳はどうか」と毎日八ヶ岳を見る習慣が、いつの間にかできています。






 「雲がかかっている」「晴れてくっきり見える」「かすんでいる」などと、毎日毎日、山の姿を自分の心に重ねて見ているのです。




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 鹿児島の人たちも、私と同じように「今日の桜島」を見ているのではないかと思いました。






 山、海、川、空、雲、木、草、花、鳥、虫、動物など、自然界の様々なものから、いろいろな刺激を受けて生かされていることを思いました。




 講習会の控室には、手作りのお雛様、パッチワークの作品など、よくできた手作りの品々を飾っていただきました。




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 ミモザの花からも、春の息吹が感じられました。




 鹿児島教区、宮崎教区の皆さま、お世話になりました。ご活躍ありがとうございました。

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2019年1月20日 (日)

氷のリース

 Img_0063jpg氷のリースというものがあるのを知りました。
 今年の八ヶ岳南麓は、今のところまだ雪がありません。
 そのため夫は毎日自転車で通勤しています。
 お正月休み明けのことでした。
 打ち合わせの予定がありオフィスに行くと、夫から「これ見て」とスマートフォンの写真を見せられました。
 近くの清泉寮まで足を延ばしたら、庭の木などにかけてあったというのです。
 氷でできたリースで、初めて見るものでしたが、とても美しく素敵でした。
 けれども最初は冷凍庫で作るのだと思い、家の冷凍庫は狭く今はものがいっぱい入ってImg_0100jpg いるから、業務用の冷凍庫じゃないとできないと思いました。
 実際のリースを見た夫は、屋外にかけてあったので状況を理解していて、「こんなものができるから、寒さも楽しいね」とうれしそうに言います。
 そこでようやく私も自分たちの住んでいるところが、時には冷凍庫になることを了解しました。
 そのころ日によっては、早朝や深夜はマイナス7・8度の日もありました。

外に水を置いておけば、氷になるのです。

Img_0108jpg  「ケーキの型を使えば、リースができるわ」と夫に提案し、その日の夜早速作ってみました。
 年末に買ったオレンジ色のカーネーションがまだ元気できれいだったので、その花とバラの葉っぱを入れて作ることにしました。
 最初から水を沢山入れると花や葉っぱが浮いてしまうので、水は少しにして、凍ってから、次の水を入れるということをして凍らせました。
 作り方を習ったわけではなく、多分こうだろうという全くの自己流です。
Img_0144jpg  翌朝見ると、凍っているので、喜んで型から外しました。
 ところが、一見凍っているように見えましたが、中心部はまだ水の状態で水が流れてきて、最初の作品は失敗でした。
 気を取り直し、すぐに再度挑戦です。
 気温にも注意し、簡単にできると思わず、しっかり凍っていることを確認しました。
 二度目はうまくできたので、庭の木にかけてみました。
 冬枯れの殺風景な風景の中、パッと花が咲いたようなアクセントになり、人の手で作られた温かみが感じられました。
 
Img_0147jpg  成功したので、今度はオフィスに飾るのを作ろうと、二人で三個のリースを作りました。
 オフィス入り口に楢科の木があり、ちょうどリースが掛けられるような枝があります。
 そこを想定し、大きな植木鉢の皿を利用して作ることにしました。
 家には私の誕生日にいただいたお花などがあり、少し萎れたくらいでも凍らせるとピンとなるので、それらや庭のサワラの葉っぱなどを使って作りました。
 夫は、みかんの皮を型で抜いて、紫のラナンキュラスの花びらと共にデザインにも凝って作りました。
 家からオフィスまでは車で10分足らずなので、皆さんの出勤前にと思い、7時ころに掛けに行きました。
 「誰の仕業か?」と少し話題になりましたが、夫が「氷のリースをかけました」と発表し、一件落着。
 「きれいです」「素敵です」という声もたくさん聞かれ、寒い地方の方にも伝わりました。
 寒さも捨てたものではないと、この時期にしかできないことをまた一つ発見し、楽しんでいます。

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2018年12月10日 (月)

柏崎市に行ってきました

Img_9668jpg 新潟越南教区、北越教区共催の講習会で、柏崎市に行ってきました。





 数日前から、週末新潟は大雪の予報が出ていたので、天候を案じていました。




 実際には、今回初めてメイン会場となった柏崎市は、日本海に面した海辺の町で、雪はほとんど降りませんでした。




 強風が吹いてはいましたが、小雨に時折みぞれが混じる程Img_9670jpg


度でした。




 もっとも山沿いの地域では、雪が少し積もったようです。




 日曜日メイン会場周辺は、雨もほとんどない状態でありがたいことでした。




 3か所のサブ会場の内、長岡市と佐渡は、少し積雪があったとのことです。




Img_9695jpg


 新潟市は、昼間は陽も差してきたとのことで、テレビの天気予報では、朝から新潟は雪としきりに言っていましたが、天気は変わりやすく予報は難しいのだと思いました。




 新潟も今年の秋から冬にかけて暖かく、土曜日が初雪でした。


 雪には慣れているはずの北国の人も、初雪には慌てるそうです。




 土曜日,初めて訪れた柏崎は前述のように強風が吹いていて、冬の日本海の荒々しさを実感しました。




 荒涼として厳しく、寒々としていて、南国の海の景色とは大きく違います。




 大波が防波堤に当たって砕ける様は、東山魁夷の唐招提寺壁画、濤声(とうせい)を私に思い起こさせました。




 東山さんはこの障壁画を書くために、日本各地の海を南かImg_9687jpg


ら北までスケッチの旅をしました。




 唐招提寺を建立した鑑真和上の生涯に思いを馳せながらのその旅路は、まるで修行僧のようで、私は深く感動しました。




 自分にはない厳しさを、東山さんの生き方に見出し、憧憬の感情を抱いたのでした。




 私の母方の祖父母は、新潟の塩沢と長岡の出身です。




 これから厳冬に向けて雪深くなる地域ですが、そんなところImg_9685jpg


で祖父母は幼少年期を過ごしたのだと考えると、感慨深いものがありました。




 講習会の控室には、色の取り合わせがきれいなお花、ちりめんでできた干支飾り、どんぐりの小物、クリスマスの飾りなど、よくできた手作りの品々を飾っていただきました。




 新潟越南、北越教区の皆さま、お世話になりました。




 ご活躍いただき、感謝申し上げます。ありがとうございました。


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2018年11月11日 (日)

豊橋市に行ってきました

Img_9398jpg 愛知教区、岐阜教区共催の講習会で、豊橋市に行ってきました。
 愛知の講習会は、今までいつも名古屋市がメイン会場でしたが、今回は名古屋市の大きな会場をとることができなくて、豊橋市にメイン会場が設けられました。
 広い会場が確保できなかったこともあり、愛知だけで10会場、岐阜が4会場、合計14会場での開催となりました。
 豊橋は新幹線ひかりで、名古屋から20分くらいのところです。
 豊橋市は全国有数の胡蝶蘭栽培をしているところで、駅の壁際には胡蝶蘭がずっと飾られていました。
 ピンクやブルー、紫の胡蝶蘭もあったので、造花ではと思いましたが生花でした。
 新技術の開発で、いろいろの花が栽培できるようになったそうです。
 豊橋市は愛知県の南端、伊良湖岬に近いところです。
 伊良湖岬から三重県の鳥羽まで伊勢湾フェリーがあり、20年くらい前一度東京から車で伊良湖まで行き、フェリーで伊勢に帰省したことがありました。
 伊良湖岬には、唱歌「椰子の実」の碑があることを、以前、庄野潤三さんの本で読んだことがありました。
 調べてみると、栁田国男が1898年(明治31年)東京帝大2年のとき、1か月伊良湖岬の突端に滞在していた時、海岸に流れ着いた椰子の実を見つけたそうです。
 そして「風の強かった翌朝は黒潮に乗って幾年月の旅の果て、椰子の実が一つ、岬の流れから日本民族の故郷は南洋諸島だと確信した。」との思いを持ったとのことです。
 柳田はこの経験を親友の島崎藤村に話し、藤村はこの話にヒントを得て、椰子の実の漂泊の旅に自分が故郷を離れてさまよう憂いを重ね、歌曲「椰子の実」の詩を詠んだとのことです。



 名も知らぬ 遠き島より 流れ寄る 椰子の実一つ



 故郷の岸を 離れて 汝はそも 波に幾月



 旧(もと)の木は 生いや茂れる 枝はなお 影をやなせる



 われもまた 渚を枕 孤身(ひとりみ)の 浮寝の旅ぞ



 実をとりて 胸にあつれば 新なり 流離の憂



 海の日の 沈むを見れば 激(たぎ)り落つ 異郷の涙



 思いやる 八重の汐々(しおじお)いずれの日にか 国に帰らん

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久しぶりに口ずさんでみると、しみじみとしたいい歌だと思いました。
講習会の控室には、花の町豊橋の自慢の花、デルフィニュームを飾っていただきました。
昼食のデザートには、とてもかわいい五平餅、地元の果物、栗きんとんを作っていただきました。
ご愛念、感謝申し上げます。
愛知教区、岐阜教区の皆さま、ご活躍いただきありがとうございました。
お世話になりました。


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2018年10月14日 (日)

熊本市に行ってきました

Img_9068jpg  熊本教区、大分教区共催の講習会で、熊本市に行ってきました。

 
 土曜日、山梨県北杜市大泉の自宅を出たのは朝7時前でした。
 
 この秋一番の寒さで、外気温は6度でした。
 
 経由地の東京も肌寒さを感じました。
 
 Img_9071jpg ところが午後2時前に到着した熊本は24度、南国の暖かさがありがたかったです。
 
 熊本は2年半前に大きな地震がありました。
 
 もう復興はだいぶ進んでいるのではと思って行きましたが、実際には遅々として進まず、予定通りに行ってないところも多いとのことでした。
 
 大きな被害を受けた熊本城も、天守閣の両脇にクレーンが立っていて、改修途上であることが如実にわかります。
 
 そんな中、熊本の人々は地震の被害に負けることなく、今まで以上に熊本を盛り立てていこ
うという意気込みのあることが感じられました。
 
 日曜日の朝のホテルの朝食でも、熊本色がいっぱいでした。
 
Img_9074jpg  色々な都市のホテルに泊まりますが、ほとんど地方色の感じられない朝食を出す場合も多くあります。
 
 ところが熊本では、野菜、牛乳、豆乳、ヨーグルト、卵、魚、郷土料理、果物など、熊本産のものが沢山ありました。
 
 熊本という土地に、自信と誇り、愛着を持っていることが感じられ、好もしく思いました。
 
 講習会の控室には、季節の豪華なお花、楽しい手作り品、Img_9075jpg 豊かな実りを思わせるみかんなどを飾っていただきました。
 
 熊本教区、大分教区の皆さま、ご活躍いただきありがとうございました。
 
 お世話になりました。合掌

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2018年10月 1日 (月)

千葉市幕張に行ってきました

Img_8838jpg 千葉、茨城教区共催の講習会で、千葉の幕張に行ってきました。

 
 大型台風接近中で空はどんより、小雨が降っていました。
 
 講習会会場の幕張メッセとホテルは隣同士で、連絡通路でつながっています。
 
 ここは駅周辺の建物が、屋根付きの連絡路で行き来できるようになっています。
 
Img_8847jpg  町の景色を撮るためにホテルから連絡橋に出ると、悪天候にもかかわらず沢山の人が通行していて何があるのかと思いました。
 
 胸に大きくXと書かれたTシャツを着た人もいました。
 
 聞いたところによると、「XJAPAN」のコンサートがあるとのことでした。
 
 日曜日の朝は、千葉県の数か所に、大雨洪水警報が出されました。
 
Img_8849jpg  こんなお天気で、講習会に来てくださる人がいるのかしら、あるいは帰りは大丈夫かと、気をもみました。  
 とはいえ、幕張メッセ周辺はほとんど風も雨もない状態でした。
 
 実際には悪天候にもかかわらず、多くの方がご参加くださり、とてもありがたいことだと感謝しました。
 
 皆さんのお帰りの時間帯も、まだ天候もあまり変わらず、交通にも影響がなく、安堵しました。
 
 
 Img_8851jpg 首都圏の交通機関は夕方8時ごろからほとんどの路線が運休になりました。
 
 私たちも、山梨に帰る特急あずさ、かいじをはじめ午後からすべて運休になったので、新宿に一泊することになりました。
 
 このことは予想していたので、前もって宿舎を予約してあり、慌てることはありませんでした。
 
 台風や地震など自然災害の影響を受けることの多かった、ここ2か月の講習会でした。
 
Img_8856jpg  自然と調和した生活の大切さを、より切実に感じる機会となりました。 
 
 講習会の控室には、そんな生活を念頭にした、絵手紙や手作り品、秋の恵みが感じられるお花などを飾っていただきました。
 
 千葉、茨城両教区の皆さま、ご活躍いただきありがとうございました。
 
 帰りは新宿までお送りいただき、感謝申し上げます。合掌
 

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2018年9月17日 (月)

米子市に行ってきまhした

Img_8691jpg 島根教区、鳥取教区共催の講習会で、米子市に行ってきました。

 
 今回は、メイン会場が島根なので、本来なら、島根に宿泊します。
 
 ところが、島根のメイン会場が安来市でした。
 
 安来節で有名な安来市は、島根と鳥取の県境にある町で、すぐ隣は米子市です。

Img_8685jpg   そのような理由で、また米子には適当なホテルがあったので、米子に泊まりました。

 
 メイン会場までは、車で20分の距離です。
 
 米子は、鳥取教区の講習会で毎回来ていました。
 
 そのため、なじみの町ではありましたが、ホテルの部屋に入ると、テーブルの上に米子の町の案内マップがあり、今まで知らなかった古い建物などの紹介がありました。
 
Img_8688jpg  何度も来ているとはいえ、歩き回っているわけではなく、ホテルの周辺少ししか知りませんでした。
 
 案内されていたところも、近くでしたが行ったことがない方面で古い建物が残っているということで、行ってみました。
 
 米子の町も、日本の地方都市の例にもれず、さびれた中心街です。
 
 そこから少し横道に入ったところに、かつて栄えたであろうImg_8689jpg 豪壮な作りの洋館や、板塀が連なる日本家屋などがありました。
 
 その間には、昭和の雰囲気が残るお店や、こじんまりした現代風のお店が、パラパラとまばらに点在していました。
 
 戦前の地主と小作人がいた時代の名残り、日本の高度経済成長時代の繁栄の跡、、そして現在の小さくても自分のペースでやりたいことをしているお店、それらが同じ町内に混在していました。
 
Img_8694jpg  この無秩序の混沌は、いま日本中にありますが、これらがやがて時の経過とともに収束していくことがあるのだろうかと、そんなことを考えた米子の街の散策でした。
 
 米子は暑いところで、夏には日本の最高気温になる日もありますが、ようやく秋風が吹き、日曜日は良いお天気に恵まれました。
 
 安来の会場は、真新しい建物で、カーナビにもまだ案内が出てこないそうです。
 
Img_8695jpg  講習会の控室には、鶏頭とススキの秋らしいお花を飾っていただきました。
 
 皆さんの手作り品も色々見せていただき、楽しませていただきました。
 
 島根、鳥取教区の皆さま、ご活躍いただきありがとうございました。
 
 お世話になりました。合掌

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2018年8月27日 (月)

北見市に行ってきました

Img_8443jpg_2 北見、釧路共催の講習会で、北見市に行ってきました。

 土曜日出発の予定でしたが、その日は台風20号がちょうど北海道を直撃する予報になっていました。
そのため一日早めて、金曜日に出発することを考えました。
 ところが、木曜日の夕方から深夜にかけて、山梨県は大雨の恐れがあり、交通機関の乱れも予想されるということでした。
 金曜日の朝、出発しようとしても、東京への特急あずさが止まることも考えられます。
Img_8445jpg_2
 それでは木曜日の夕方、新宿まで行く方が安全だと判断し、出発しました。
 予想通り、木曜日私たちが乗ったあずさの二便後から運休になり、金曜日の朝も動いていませんでした。
 早めに行動してよかったと思いました。
 金曜日の朝東京は強風が吹いていて、飛行機の離陸に不安がありましたが、お昼頃には風も弱まり、女満別空港までの飛行は順調でした。
 北見は小雨が降っていて、気温も20度前後と少し寒かったですが、無事に到着し安堵しました。
 北見の町の中心に宿泊するのは、久しぶりでした。
 以前は駅のすぐ隣に東急ホテルがあったのですが、数年前になくなり、適当なホテルがなかったので、町から30分くらいの郊外にあるスキー場に隣接するホテルに三回くらい宿泊しました。
 Img_8449jpg_2 周りには何もなく、部屋にこもっているしかないところでした。
 今回久しぶりに北見市の中心に泊まり、町の雰囲気、人々の暮らしが少し感じられ、北見を訪れた感覚を味わいました。
 冬季オリンピックのカーリングで、北見は有名になりました。
 選手の凱旋パレードの時は、どこにこんなに人がいたのと思うほど、大勢の人出で賑わったそうです。
 市内に清月というお菓子屋さんがあります。
Img_8450jpg_2  ここの「赤いサイロ」というチーズケーキ、SL北見が試合中のおやつとして食べていたということで、いまだに毎朝長蛇の列ができて、すぐにその日の分は売り切れてしまうとのことでした。
 私たちはたまたまその店の前を通って、売り切れの張り紙を見て、そのことを知りました。
 空港にも、入荷未定の張り紙がありました。
 オリンピックの効果、絶大ですね。
 講習会当日の日曜日は、台風20号、19号も北見には大きな被害なく夜のうちに通過し、次第に晴れて良いお天気になりました。
 講習会の控室には、あじさいと吾亦紅を生けていただきました。
Img_8452jpg_2  初夏と秋の花が一緒に生けられるのも、北海道ならではのことでしょう。
 にわとりの布の置物、皆さんの素敵な絵手紙、様々な手作り品を沢山見せていただきました。
 北見教区、釧路教区の皆さま、ご活躍ありがとうございました。
 お世話になりました。

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2018年7月 1日 (日)

北上市に行ってきました

Img_7794jpg 岩手教区、秋田教区共催の講習会で、岩手県の北上市に行ってきました。 

 
 岩手の講習会では、盛岡市にメイン会場が設置されることが多いのですが、今回は北上市でした。
 岩手県は、北海道を除くと日本で一番面積の広い県で、四国四県の広さがあるそうです。 
 新幹線では、盛岡から南に下って20分くらいで北上です。
Img_7803jpg  町のすぐそばに、広々とした北上川が流れています。
 泊まったホテルも北上川のすぐ横で、部屋の中から川が見渡せます。
 土曜日は夕方雷雨があり、その後くっきりとした色鮮やかな虹が出ました。
 写真では少しぼやけてしまいました。
Img_7819jpg 北上川は、コンクリートの護岸工事がされてないので、自然な雰囲気があります。
 ベンチが二つ並べられていて、川の景色を眺めながらゆったり過ごせるようになっています。
 河川敷には、クルミやクリの木が沢山あり、畑も作られていました。
 今朝はまた、カヌーが5,6隻出て練習をしていて、気持ちよImg_7821jpg さそうでした。
 北上市は、盛岡に次ぐ二番目に人口の多い市だそうですが、豊かな自然が沢山あり、優れた文化施設も整備されています。
 講習会の会場になったさくらホールは、歌舞伎の上演やコンサートなども開催されるようです。
Img_7829jpg  講習会の控室には、今の季節にぴったりの半夏生やドクダミを飾っていただきました。
 皆さんの手作り品も、お見事でした。
 岩手教区、秋田教区の皆さま、ご活躍いただきありがとうございました。
 お世話になりました。合掌
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2018年6月30日 (土)

朝一番の効用

Img_7768jpg_2 水曜日の夜夫は、「明日の朝一番に、すぐりの実採るよ」と宣言しました。
 明日は木曜日の休日です。
 スグリとは房スグリのことで、英名、レッドカラントといいます。
 植えて15年以上たちますが、毎年沢山実をつけて、ジャムにして楽しんでいます。
 ところが今年は春先からどうも木の調子が悪く、枯れてしまうのではないかと心配しました。
 実際一部の木は枯れていて、その後実の付き具合も少なかったのです。
 Img_7752jpg_2


そんなスグリでしたが、それでも実をつけてくれ、ようやく色づいてきました。
 今までの経験から、スグリは収穫の時期が大切です。
 小さい実をたくさんつけるので、実を取るのに手間がかかります。
 少し遅くなると、種が硬くなり食感に影響します。
 忙しい時ついつい後回しにしていると、ジャムにしたとき美味しくはできるのですが、種が残ります。
 そんなことを経験しているので、採る時期に注意しています。
 暇な時というのはあまりないのですが、今年はとりわけ7月の終わりに国際教修会があるので、その原稿などの準備に追われています。
 国際教修会の場合、四か国語に翻訳する必要があるので、早めに原稿を提出しなくてはなりません。
 そんな中、すぐりが色付いてきたので気になっていました。
 Img_7756jpg_2


ですから夫の言葉はとてもありがたかったのです。
 折角色付いてきたものを、忙しいという理由で無駄にするのは、心が痛みます。
 ところが木曜日、朝起きてみると外は雨でした。
 予報では曇りだったのに残念と思いました。
 けれども朝食が終わり、片づけをしているころには、雨も小降りになり、霧が出てきました。
 こういう時は晴れてくる兆候です。
 9時ころには雨もやみ、やがて薄日が差してきました。
 夫は言葉通り、私に入れ物を要求し外に行きました。
 夫から少し遅れて、私も一緒に採りに行くことにしました。
 このような単純で根気のいる仕事は、一人より二人の方が効率もよく、楽しくできます。
 30分くらいで、熟した実はほとんど採ることができました。
 計ってみると400グラムありました。
 いつもより少ない量ですが、それでもとてもうれしいものです。
Img_7773jpg_2


 早速洗って、お鍋に入れ、お砂糖を200グラムまぶして、置いておきました。
 ずっと気になっていたことができたので、私の心はすっきりして、午前中は原稿に集中できました。
 午後も気持ちよく仕事ができ、夕方にはしたいと思っていたケーキを作ることもできました。
 スグリは夕食の準備の時、弱火にかけておけば、あくを取るくらいで手間いらずでジャムになります。
 「しなくてはいけない」という思いを持ったまま、後回しにしていると、他のことをしている間も、その「しなくてはならないこと」が心に浮かんできます。
 これが心の引っ掛かりになり、その時している他のことにも影響します。
 気にかかることは、なるべく優先してしていますが、今回はそれを改めて実感しました。
 朝一番の効用と言っていいかもしれません。
 翌朝、トーストにつけていただいたとき、夫は少し前に作った落ち梅のジャムと比べて、「どちらもおいしいけれど、カラントのほうが華のある味だね」と、何やら複雑なことを言いました。


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2018年6月24日 (日)

富山市に行ってきました

Img_7690jpg 富山教区、石川教区共催の講習会で、富山市に行ってきました。

 
 土曜日は、曇り空で少し小雨の降るときもありましたが、日曜日の今日は梅雨の晴れ間の晴天に恵まれました。
 予想最高気温、31度とのことでしたが、湿気があまりなく、風も吹いていたので、それほど暑くは感じませんでした。
 北陸新幹線の開通により、山梨から富山が近くなりました。
Img_7691jpg
 小淵沢から富山まで、電車に乗っている時間は2時間半弱です。
 
 ですから今日も明るいうちに、自宅に帰ってくることができました。
 山梨や長野以外では、あまりないことです。
 富山市は日本海側の落ち着いた風情のある街ですが、新幹線の開業により、外国からの観光客が増えたとのことです。
 特に台湾をはじめとして、東南アジアの人が雪景色を見に来るそうです。
 立山には今も10メートル近くの氷の壁が道路の両側にあるとのことで、見てみたいと思いました。
Img_7696jpg  町中のお寿司屋さんには、英語で「英語のメニューがあります」という案内の張り紙を出しているところもありました。
 今回、電車の中でも駅のホームでも、沢山の外国の人に会いました。
 塩尻から長野までの特急しなの号で、私たちの席の通路を挟んだ隣は、白人の親子(母・50代と娘・20代)でした。
 ちょうどお昼の時間帯だったので、私はお弁当におむすびを作って持参し、夫としなの号の中でいただきました
 白いおむすびに黒いノリを巻いて食べている私たちを見て、どう思っているのかなとちょっと興味を持ちました。
 日本を訪れる外国の人たちは、日本のどんなものに興味を持ち、どんな印象を持つのか知りたいと思いました。 
 
Img_7694jpg  講習会の控室には、様々な色のあじさいやトラノオ、シモツケ草など季節のお花を清楚に飾っていただきました。
 すべて係の方の、お庭に咲いたお花だそうです。
 富山教区、石川教区の皆さま、ご活躍いただきありがとうございました。
 お世話になりました。合掌

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2018年6月10日 (日)

長崎市に行ってきました

Photo 長崎南部教区、長崎北部教区共催の講習会で、長崎市に行ってきました。
 
 長崎市の長崎ブリックホールをメイン会場にしての開催となりました。
 
 島原文化会館、アルカスSASEBO,生長の家総本山錬成道場がそれぞれサブ会場でした。
 
 土曜日の長崎は、気温が30度近くありましたが、爽やかなImg_7539jpg 風が吹いて、暑さもそれほどに感じませんでした。
 
 もう梅雨に入っているので、日曜日の今日は曇りがちのお天気でしたが、雨もほとんど降ることなく、天候に恵まれました。
 
 長崎は坂の町です。
 
 山の上まで民家がずっと続いています。
 
 そのため、お年寄りの中には、生活が困難になり、古い家を置いて、平地のマンションに引っ越す人もいるようです。
 
 けれども多くの人は、山の中腹や上に住んでいます。
 
 そのため、買い物などがままならず、不自由な生活をされている人の割合は、全国トップ。
 
Photo_2  スーパーやコンビニが近くになく、車も使えず、食品を買うのに苦労する「高齢の買い物弱者」の長崎県の人口比は、34、6パーセントで、3人に1人の割合だそうです。
 
 何とか支援の手を差し伸べてもらいたいと思いました。
 
 この時期、長崎市内の各所ではあじさいの花が美しく咲いています。
 
 出島や眼鏡橋周辺では、あじさい祭りが開催されていましImg_7544jpg た。
 
 講習会後、空港に向かう車を、眼鏡橋周辺を通るようにしてくださいました。
 
 華やかで豪華なあじさいを見ることができました。
 
 講習会の控室にも、あじさいの花やあじさいの折り紙などを飾っていただきました。
 
 Img_7545jpgImg_7552jpg 長崎南部、北部教区の皆さま、お世話になりました。
 
 ご活躍いただき、ありがとうございました。
 

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2018年5月20日 (日)

舞鶴市に行ってきました

Photo 京都第二教区、福井教区共催の講習会で、舞鶴市に行ってきました。
 
 到着した土曜日の気温は14度、前日は30度だったそうですが、寒くて震えました。
 
 舞鶴は4年前にも来ましたが、その後舞鶴引揚記念館に収蔵するシベリア抑留と引揚関係資料「舞鶴への生還 1945-1956シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げの記録」が、2015年10月10日「ユネスコ世界記憶遺産」に登録されPhoto_2 ました。
 
 そのため、引き上げを待つ母の気持ちを歌った「岸壁の母」から名前を取った土産物などが、新しく作られたようで、色々売られていました。
 
 戦争が終わって70年以上たち、戦争の悲惨な記憶が薄れる中、後世に記憶を残し、平和への願いを持ってもらいたいと、記憶遺産として登録されることを望み、運動を続けてきたそうです。
 
Photo_3  舞鶴は、海上自衛隊の護衛艦などの基地の一つになっています。
 
 日本の現有の護衛艦などの一覧表がホテルにありました。
 
 軍隊を持たない日本ということになっていますが、実情とはずいぶんかけ離れていることを、護衛艦の数で思いました。
 
 戦争と平和のことを、改めて考えた舞鶴滞在でした。
 
 講習会の控室には、カラーとアジサイなどを飾っていただきました。
 
 早や、梅雨時の花が爽やかでした。
 
 京都第二教区、福井教区の皆さま、お世話になりました。
 
 ご活躍いただきありがとうございました。合掌
 

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2018年4月 8日 (日)

大阪市に行ってきました

Img_6751 大阪、和歌山両教区共催の講習会で、メイン会場のある大阪市に行ってきました。
 
 大阪の講習会は、前回までは大阪城ホールで開催されていました。
 
 今回は、大阪城ホールが取れず、初めての会場であるATCホールでの開催となりました。
 
 ここは大阪港の近くにあり、港には大分、別府行のサンフラImg_6757 ワー号が停泊していました。
 
 近くには天保山があります。
 
 埋め立て地で、神戸のポートアイランドを思わせるようなところでした。
 
 泊まったホテルの道路を挟んだ向かい側には、大団地群がありました。
 
Img_6767  周辺は大きな建物ばかりだったので、大阪の人の暮らしに触れてみたいと、団地に行ってみました。
 
 最近開発されたところかと思いましたが、お年寄りの姿が目立ち、古くからある団地だとわかりました。
 
 1970年代以降次々に建てられたようです。
 
 調べてみると、ピーク時には、三万人以上の人口があったそうですが、今では二万人余になり、人口減少が目立っているImg_6777 ようです。
 
 東京にもそのような場所は沢山ありますが、団塊の世代をピークにして、人口が減っているのですから当然のことですね。
 
 大阪の桜はもう葉桜になり、八重桜が満開でした。
 
 街路樹のケヤキやイチョウの新芽が出始め、さわやかな印象でした。
Img_6788  
 今朝はまた、山からの日の出を見ることができました。
 
 あべのハルカスのビルと一緒に写っています。
 
 講習会の控室には、豪華な格調高いお花や、愛らしい手作り品を飾っていただきました。
 
 大阪教区、和歌山教区の皆さま、ご活躍ありがとうございました。
 
 お世話になりました。
Photo

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2018年3月19日 (月)

宇都宮市に行ってきました

Img_6391_3 栃木、福島両教区共催の講習会で、宇都宮市に行ってきました。
 
 朝は曇って、風も冷たかったのですが、次第に晴れて穏やかな晴天の暖かい日となりました。
 
 以前は宇都宮には日帰りで行けたので、宇都宮に泊まるのは初めてのことでした。
 
 駅から少し離れた宿舎で、周りは畑と店舗、住宅が混在してImg_6400 いるところでした。
 
 見るところは何もなさそうでしたが、運動を兼ねて少し歩いてみました。
 
 するとやはり人の暮らしのある所には、様々な営みの様子が見えて、興味深く感じました。
 
 郊外型の大型店や小さな工場の間に、アパートや個人の住宅があり、狭い場所に花や球根が植えられていました。蕗の薹が顔を出しているところもありました。
 
 Img_6405 中には手入れの行き届いた庭園を備えた立派な日本家屋があり、満開の梅を写真に収めました。
 
 広い土地を小さく分けて、一戸建ての新築の家が並んでいるところもありました。
 
 屋根に煙突があり、軒先に薪の積んである家もあり、珍しいと思いました。
 
 時代の流れの中で、様々な変化があり、滅びるものと新たImg_6411j に生まれたものがあるのでしょう。
 
 古いものと新しいものが無秩序に存在する、こんな町は日本中にあるのではないかと思いました。
 
 講習会の控室には、桜と土佐ミズキ、沈丁花など春の花を飾っていただきました。
 
 栃木教区、福島教区の皆さま、お世話になりました。
 
 ご活躍ありがとうございました。

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2018年2月18日 (日)

立川市行ってきました

Photo 東京第二教区と第一教区共催の講習会で、立川市に行ってきました。
 
 私の住んでいる山梨県北杜市の大泉町周辺は、まだ雪がありますが、こちらは、紅梅、白梅、早咲きの桜などが咲いて、春近しという感じがしました。
 
 東京23区と三多摩地区は交通の便が良いこともあり、今まではお互いの講習会へ、相互に大勢の方が参加しておられたそうです。
 
Photo_2  そのため、今回の共催は、一部に戸惑いもあったようでした。
 
 それでも、皆さんお互いに連絡を取り合い、一部情報の交換なども行い、滞りなく講習会が開催されたことは素晴らしく、ありがたいことでした。
 
 調布市の飛田給本部錬成道場をメイン会場にして、両教区合わせて6会場での開催となりました。
 
Photo_3  三名の方が体験談をされるのですが、二名の方はメイン会場でしたが、お一人は大田区のサブ会場からでした。
 
 映像を通しての体験談ですが、メイン会場でも画像を見ることが多いので、メイン、サブと会場が違っても、あまり隔たりなく聞くことができました。
 
 これは講習会全体も、会場全体の雰囲気は違いますが、画像を通しての講話などはサブ会場もメイン会場もあまり違わないのではないかと思いました。
 
Photo_4  両教区の皆さんの熱心な推進活動のおかげで、温かい雰囲気の素晴らしい講習会となりました。
 
 控室には、手作りの紙のお雛様、春に向かって元気に伸びる猫柳やお花などを飾っていただきました。
 
 東京第二教区、第一教区の皆さま、お世話になりました。
 
 ありがとうございました。

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2018年1月22日 (月)

松山市に行ってきました

Img_5550_3 今年初めての講習会で、愛媛県の松山市に行ってきました。
 
 今年から、講習会は二教区で共催されることなりました。
 
 今回は、愛媛教区と高知教区共催で、高知がいつもの大きな会場がとれなかったので、8会場での開催となり、二県合わせて、14会場となりました。
 
 比較的あたたかな晴天に恵まれて、沢山の会場に多くの皆Img_5563 さんがお集まりくださいました。
 
 講習会の終了時刻も二時になり、一時間短縮されました。
 
 一つの理由は、ライフスタイルの変化に合わせたからです。
 
 総裁の午後の講話時間が、30分くらい短くなったので、物足りなく感じた方もおられたのではないかと思います。
 
 四国は南国ですが、やはり1月の空気は冷たく感じられました。
Img_5565  
 それでも、畑には野菜が育っており、緑のない枯野に暮らす私には、別世界に思われました。
 
 愛媛、高知、両教区の皆さんの講習会に対する熱い思いが感じられた、講習会でした。
 
 控室や各所に素敵なお花を飾っていただきました。
 
 ご活躍いただき、またご参加いただいた皆様に、心から感謝いたします。
 ありがとうございました。

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2017年12月18日 (月)

茨城教区講習会

Img_5205 茨城教区の講習会で、小美玉市に行ってきました。
 
 今年最後の講習会でしたが、すがすがしい晴天に恵まれました。
 
 茨城の講習会は、つくば国際会議場をメイン会場として長く開催されてきましたが、近年はその会場が取れなくて、今回も小美玉市の小美玉市小川文化センターをメイン会場として、三会場で開催されました。
 
Img_52154  小美玉(おみたま)市は、どう読めばいいか最初わかりませんでした。
 
 10年くらい前に三つの町が合併して、その頭文字をとった名前なので、あまり意味の分からない名称になったと、地元の方のお話でした。
 
 初めての会場で、行き方のわからない方も多かったようです。
Img_52133  師走の忙しい時期、冷たい風も吹いていましたが、多くの方が足を運んでくださり、「自然と共に伸びる生き方」「戦争ではなく、平和につながる日々の生活」について、熱心に耳を傾けていただきました。
 
 皆様の心に落ちた一つ一つが、新しい年の強い歩みになることをお祈りします。
 
 講習会の控室には、皆様で作られたという、ひょうたんの芸術的なランプ、正統派の端正な生け花を飾っていただきましImg_5212 た。
 
 茨城教区の皆様、お世話になりました。
 ありがとうございました。
 

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2017年12月10日 (日)

橿原市に行ってきました

Img_5139 奈良教区の講習会で、橿原市に行ってきました。
 橿原はずっとメイン会場なので、何度も来ているなじみの町です。
 来るたびに少しずつ町の様子も変わっていますが、全然変Img_5140 わっていないところも、もちろんあります。
 確かな記憶はありませんが、六年くらい前に、お土産として和菓子を買ったお店がありました。
 そのお店のことはすっかり忘れていたのですが、たまたまホテル周辺を散策していて、そのお店が目に入りました。
 夫も覚えていて、少し古びていて、営業しているのかどうかわかりませんでしたが、近くまで来たらお客さんが一人いたので、営業していることが分かりました。
Img_5141  懐かしく思い、お店に入りました。
 
 和菓子やおはぎが並んでいて、届け先の名前が書かれたお餅やお菓子の袋が沢山置いてありました。
 外からはよくわかりませんでしたが、注文をいろいろ受け付ける、地域の人々にとって、大切なお店なのだと想像しました。
 私は、ばら売りの栗まんじゅうなどを三個買いました。
 4百円少しでしたが、レジを操作している途中で、お店の奥さんと思われるその人は、店先のおはぎの箱を持って中に入っていきました。
 
 そしてお金を払い商品を受け取るとき、おはぎが二個入った小さな箱を「どうぞ召し上がってください」と、一緒に渡してくださいました。
 お釣りも一緒にもらったのですが、ご縁がありますようにと、5円玉一個も余分にくださいました。
Img_5150  どうしてそんなに親切にしていただいたのかはわかりませんが、旅行者である私たちにとって、印象に残るお店になったことは、確かでした。
 もうけよりも、人とのつながりや縁を大切にする人なのかなあと、思いました。
もう夕方で、売れ残って無駄にするよりは、旅の人にあげたほうが良いと思ったのかもしれません。
 心に余裕もあるのでしょう。
 講習会の控え室には、ピンクのバラを中心に、お花を飾っていただき、明るく温かさが感じられました。
 奈良教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2017年12月 3日 (日)

神戸市に行ってきました

Img_5074 兵庫教区の講習会で、神戸市に行ってきました。
 
 師走に入り寒くなりましたが、神戸も風が冷たかったです。
 
 けれどもお天気は良く、土曜日、日曜日と抜けるような青空が広がりました
 
 兵庫県の講習会は、毎回多くの会場で開催されます。
 
 今回も6つのサブ会場が設けられました。
Img_5066  
 メイン会場は、ポートアイランドにあるワールド記念ホールでした。
 
 ここはずっとメイン会場になっています。
 
 阪神淡路大震災の時は、ポートアイランドも大きな被害を受けました。
 
 その年、私も特別に講習会に参加しましたが、当時会場周辺には仮設住宅もあり、地面には各所に段差がありました。
 
 今ではその痕跡は、どこにも見ることができません。
 
 その後、神戸空港が建設され、港近くには外国の大きなインテリアショップや郊外型の大型店舗もいくつかできているようです。
 
Img_5081  その一方で、雑草の茂っている空き地が各所にあります。
 
 人の姿があまりなく、実際に住人はどうなっているのかと、思いました。
 
 復興の難しさを垣間見たような気がしました。
 
 けれどもやがて、世代交代が進み、新しい街の風景が作られていくのだろうと思いました。
 
Img_5085  講習会の控室には、ポインセチアや、手作りの白い豪華なお花を飾っていただきました。
 
 兵庫教区の皆様、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2017年11月26日 (日)

仙台市に行ってきました

Img_8880 宮城教区の講習会で、仙台市に行ってきました。

 仙台の駅周辺は、東京並みの大都会の様相を呈していますが、周りを囲む山々は白い雪に覆われていて、北の杜の都ということがわかります。
 

 土曜日は小雨がほんの少しぱらつきましたが、日曜日の今日は、とても良いお天気に恵まれました。
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 沢山植えられている街路樹の紅葉が美しく、街は落ち着いた華やかさに包まれていました。
 

 駅の建物も新しくなり、6年前に震災があったことを忘れそうImg_8889


ですが、皆さんの言葉の端々から、外見からは見えない思いを胸に秘めておられることが、感じられました。
 

 あれほどの東日本大震災があっても、原発ゼロをめざさず、東北の復興も遅れているのに、オリンピックばかりが声高に叫ばれる日本の現状に、失望感を持つこともあります。
 

Img_8892


 けれども、根が楽観的なので、表面には現れなくても、心ある人々の中には、確かに違う方向に向かう動きが脈々とあり、それらは時間はかかっても、必ず正しい方向に向かっていくだろうと、私は希望を持ちます。
 

 講習会の控室には、優しいピンクのバラ、山帰来の実と靴Img_8886


下、手作り品などを飾っていただきました。
 

 宮城教区の皆さまお世話になりました。
 ありがとうございました。
 

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2017年11月12日 (日)

多治見市に行ってきました

Img_8849_2 岐阜教区の講習会で、多治見市に行ってきました。
 

 少し風は冷たかったですが、秋晴れの素晴らしい天候に恵まれました。
 

 土曜日の昨日は、各地で雨が降り、不安定な天候でした。
 

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 昨夜泊まったのは、多治見の隣町の愛知県小牧市でした。
 

 午後に着いたのですが、灰色の雲が現れ、時に雨がぱらつきました。
 

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そんな中、二回も虹を見ることができました。
 

 一回はホテルの部屋に入った時で、窓からうっすらと虹が見えました。
 

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 その後、街を散策してお寺の境内にいる時、今度は空いっぱいの半円の虹が見えました。
 

  朝は夜明け前の群青の山の端がオレンジに染まる時と、輝かしい太陽が顔を出す瞬間を見ることができました。
 

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 私たちの回りには、美しいものが沢山あります。
 

 講習会の控室には、そんな美しいこの世界で、自分の手でも表現したいと思われた方の、すばらしい作品の数々を飾っていただきました。
 

Img_8869_2


 白玉椿とススキ、稲穂も秋の風情をいっぱいに表していました。
 

 岐阜教区の皆さま、お世話になりました。 
 ありがとうございました。
 

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2017年11月 5日 (日)

甲府市に行ってきました

  Img_8828山梨教区の講習会で、甲府市に行ってきました。

 朝起きて外を見ると、月が煌々と輝いていました。

 地面は白く、雪が降ったのかと思うほどに、霜が降りていまhした。

 山梨に引っ越してきて、唯一日帰りの講習会です。

 


昨夜から作っておいたロールサンドをいただいて、10時からの講習会に向けて、8時半に家を出ました。

 このロールサンドにはさんだ、大豆バーグについて、夫が「おいしい」と言って、懇談会の席上、話が途切れた時に「あなたが最近開発したものを紹介したら」と言われました。

 そこで、大豆バーグのレシピを皆さんにお話しました。

 押し豆腐、茹で大豆、玉ねぎみじん切り、人参みじん切り、卵一個、パン粉、塩、こしょう、オールスパイス、ナツメグ、クローブ、

 これらをよくこねて、フライパンに油を敷いて、焼くだけです。

 特徴は香辛料を聞かせたことで、エスニックな香りのするバーグになったっことかもしれません。

 皆さん、表情を和らげて聞いてくださいました。

  道が空いていたので、9時10分頃には、甲府の会場に到着しました。

 今回は、オフィスのある北杜市の高根町にサブ会場が設けられました。

 援軍もあり、前回成果を上回る多くの方にご参加いただき、充実した講習会となりました。

 Img_8829_2


いま山梨県は紅葉の美しい季節を迎え、連休最終日の今日も良いお天気に恵まれました。

 講習会の控え室には、外の紅葉そのままに、オレンジの葉っぱを色鮮やかに活けていただきました。

 山梨教区の皆様、お世話になりました。ありがとうございました。

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2017年10月23日 (月)

自然の恵みフェスタ

Img_8789 森の中のオフィスの「自然の恵みフェスタ」が、台風接近中にもかかわらず、楽しく盛会裡に終了しました。
 土曜日の天女山ヒルクライムは、予報では雨でしたが、何とか曇り空の中、過去最高の参加者78名が、熱の入った応援を受け、天女山目指しました。
 全員がゴールしたころから、雨が降り出しましたが、テントが十分用意されていたので、全員参加で表彰式もできました。
 日曜日は朝から雨で、今まではいつも好天に恵まれていたので、どうなることかと思いましたが、沢山の方が来てくださり、オフィスの中が比較的広いので、テントのお店も屋内ですImg_8800


ることができました。
 運営委員の皆さんが、雨のための方策を十分に考えていたので、どんな天候でもできることがわかり、良い経験であったと思います。
 ゲームコーナーは、子供たちだけでなく大人にも好評でした。
 神・自然・人間を結び合わせる、コンピューターゲームがありました。
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 私もしてみましたが、フェスタのゲームコーナーの良い所は、次々にゲームをしても、券を買ったりしないで自由にできることだと思いました。
 手作りコーナーでは、夫と一緒にカレースプーンを作りました。
 最後は音楽会で締めくくり、楽しく、心豊かな一日を過ごすことができました。
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私個人はクラフト部員として、自分で描いた絵手紙の中から図案を取り、刺繍入りのふきんを作りました。
 キッチンで、何かにかけたり、パンなどを入れるかごなどの下に置いて使っていただければと思いました。
 刺繍は時間がかかるので、8枚しかできず、最後は夜なべ仕事になりました。
 以前からしてみたいとは思っていたのですが、時間がないImg_8769


からとなかなか手が出なかったのですが、フェスタのおかげで、挑戦することができました。
 本を見ての我流で、美しい出来とは言えませんが、少しずつ上達するように励みたいと思っています。
 図柄は、キノコ2つ、矢車草、紫玉ねぎ、ラベンダー、ホタルブクロ、紅葉の落ち葉、干し柿です。
 時間が過ぎるのも忘れて、楽しく作ることができました。
 フェスタ様様です。
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2017年10月15日 (日)

秋田市に行ってきました

Img_8738 秋田教区の講習会で、秋田市に行ってきました。
 雨の天気が多かった今日の日本列島ですが、秋田は秋の爽やかな天候に恵まれました。
 講習会日和となりましたが、ちょうど稲の刈り入れ時で、運動会のところも多く、そういう方にとっては、残念でした。
 秋田には、秋田さきがけ(魁)新報という新聞がありますが、衆院選についての面白い記事がありました。 国政選挙には、巨額の費用がかかります。前回の2014年12月の選挙では616億9335万円がかかったそうで、今回も同様の規模が投じられる見通しとのこと。
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 それを、各省庁が示した来年度予算の概算要求等と比べてみた記事が掲載されていました。
 文部科学省が低所得家庭の高校生や高専性を対象に、教科書代や通学交通費など授業料以外の教育費負担を軽くする奨学金給付金として計上している155億円は対象者が45万人で、選挙費用をそれらに当てれば、対象人数は4倍に広がるという事です。
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また、若者や就職氷河期の就労支援として、企業で働きながら専門技能を身に付けることを後押しする新規事業などに厚生労働省は、選挙費と同程度の590億円を要求しているそうです。 
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安倍首相は今回衆議院の任期を1年以上残して、突然解散に踏み切りました。
 千葉大の新藤宗幸名誉教授(行政学)の「選挙には多額の金がかかることもあり、4年間の任期を全うするのが本来あるべき姿だ。選挙をするには明確な争点を掲げることが求められる」との見解をのせています。
 今回の唐突な選挙には、首相の一存で簡単に解散選挙ができるのは、先進国の中では日本くらいであるという識者の見解の記事も読みました。
 政治家の誠実な政治姿勢を求めると共に、私たち国民も、主権者として政治について無知であってはならないと、改めて思いました。
 秋田さきがけ新報は、そんなことを教えてくれました。
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 私は全国各地で、地方新聞を読むことがありますが、地方には骨のある新聞社があることを、心強く思うことがよくあります。
 秋田の講習会場周辺は、紅葉が始まっていました。
 講習会の控室には、紫式部、リンドウ、ホトトギスなどの秋の花を飾っていただきました。
 傘地蔵や手作り小物も素晴らしい出来栄えでした。
 秋田教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2017年10月 8日 (日)

広島市に行ってきました

Img_8707 広島教区の講習会で、広島市に行ってきました。
 今回は、「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」が、ノーベル平和賞を受賞した時期に、広島を訪ねることができました。
 広島の皆さんにとっては、永年の悲願ですから、広島の新聞ではトップ記事になっています。
 広島の皆さんと、核兵器のない世界実現と世界の平和について、思いを共にできたことは何よりでした。
 私は小学生のころから、何度か広島の町を訪れています。
 昭和30年代、広島の町はまだまだ復興半ばで、広島駅の周りは広々としていて、大きなビルはなく、郊外に向かうバスImg_8710


が行き交っていました。
 旧太田川の川岸には、バラックがずっと並んでいました。
 その広島の光景が、小学生の目には強い印象として残っていました。
 ですから今でも広島に来るたびに、高いビルが立ち並び、緑豊かな美しい街並みを見ると、まるで違う町に来たような不思議な感じがします。
 広島の町には何本も川が流れていますが、川岸はずっと木Img_8718


が植えられ、公園になっているところもあります。 平和公園から続く道路は、100メートル道路で、ここも緑豊かでゆったりとしています。
 まるで、地獄さながらの経験をしたからこそ、どこにもないような美しい街にしようという、市民の皆さんの強い思いが感じられる広島の町です。
 この街に来ると、二度と戦争をしてはいけないという強い思いが湧いてきます。
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来る衆院選でも、その思いを多くの皆さんと共有して、望みたいと思います。
 講習会の控室には、色とりどりのお花を飾っていただきました。
 広島教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2017年10月 1日 (日)

小樽市に行ってきました

Img_8688 小樽教区の講習会で、小樽市に行ってきました。
 日曜日の今日は、雲一つない秋晴れの良いお天気になりました。
 近くの森や山の紅葉も少し始まり、美しい気持のよい日でした。
 小樽は北海道の中でも、早くに開拓の始まった土地です。
 そのため、歴史的建造物が多く、街の中にも歴史を感じさせる喫茶店や、老舗の菓子店が沢山あります。
 歯医者さんも沢山見かけました。
 理由を地元の人にお聞きしたところによると、小樽には、歯Img_8683


医者さん、お餅やさん、お菓子屋さんが多いそうです。
 開拓により人口が急増し、歯医者さんの需要が多かった事が関係しているそうです。
 お餅やさんは、港町小樽に寄港する船員さんたちが簡単に食べられるものとして、お餅が好まれ、今もお餅やさんが残っているとのこと。
 小樽にお餅やさんがあるというのは、本で読んだことがあるのですが、港町小樽と繋がらなくて、不思議に思っていたのでImg_8691


すが、その疑問が解けたように思いました。
 お菓子屋さんのことは聞きませんでしたが、小樽には最初京都や東京からの移住者が多かったそうです。
 京都からの移住者と、お菓子屋さんは関係しているかもしれません。
 北海道の歴史は、本州、四国、九州からのそれぞれの移住者の人たちが持ち込んだ文化とも関係があり、大変興味深いものがあります。
 明治以降の激動の日本の歴史とも大いに関係があります。
 今回もそんな人々の歴史の一端を、垣間見た気がしました。
 講習会の控室には、バラと赤い木の実(ピラカンサかも知れません)をバランスよく活けてくださいました。
 絵手紙の作品も、素敵でした。
 小樽教区の皆さま、お世話になりました。
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 ありがとうございました。

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2017年9月17日 (日)

津市に行ってきました

Img_8660 三重教区の講習会で、津市に行ってきました。
 台風18号が接近していて、金曜日の予報では、講習会当日に三重県を通過するようでした。
 ところが土曜日の出発の頃には、台風は九州南部をゆっくり進んでいるとのことで、三重の講習会が終わるまで待っていてくれるのではないかと勝手に良い方に想像し、有難く思いました。
 土曜日の午後二時半ごろ、津市の宿舎に着きました。
 雨は降っていましたが、風はそれほど吹いていませんでした。
 翌日の講習会の天候が気になりましたが、無事に開催できることを祈るばかりでした。
 そんな中、夕方は静かだった外が、夜中には強い風の音で目が覚めました。
 台風が近づいているから、朝には暴風は更に強くなっているのではと、案じられました。
 けれど、朝起きて見ると、雨はほとんど降っておらず、風も無く、昨日は全く見えなかった海も見えます。 台風はまだ鹿児島の南方にいるようでした。
 そんなわけで、小雨は降っていましたが、何事もなく無事に講習会を開催することができました。
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 台風の接近中にもかかわらず、3000名以上の多くの皆さまがご参加くださいました。
 大勢の皆さまのご愛念、お祈りのおかげと心から感謝いたしました。
 天候ばかり気にしていて、ホテルの部屋から津の町をカメラに撮ることも忘れていました。
 講習会の控室には、立派な木でできた花器にゆったりと様々なお花を活けてくださいました。
 鶏頭と吾亦紅も秋の雰囲気が出ていて、部屋が華やぎました。
 三重教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2017年9月11日 (月)

函館市に行ってきました

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 生長の家の講習会で、函館に行ってきました。



 到着した9月9日は、空港の建物から外に出ると夏のような暑さで、その日経由した東京の新宿より暑いと思いました。



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  函館の方によると、今夏の函館は雨が多くずっと梅雨のようで、夏らしい日はなかったそうです。
 



 ですから9日の日は、「夏が今頃来た」と感じ、半そでを着ましたと言われました。
 



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 けれども夜からは雨になり、しだいに激しく降り、夜中には雷の音で目が覚めました。
 



 早朝も雨はまだ残っていましたが、お天気は急速に回復し、講習会の始まるころには、太陽がまぶしい爽やかな晴天になりました。
 



 すっかり秋風に変わっていました。
 



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 1日でこんなに気温が変化するのかと思いましたが、10日の北海道新聞は温暖化による気候変動が、スルメイカの北上に異変を来たしていると報じていました。
 



 夏から秋に北海道のイカ漁は本格化し、太平洋、日本海をそれぞれ北上します。
 



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 ところが8月の海水温の低さなどから、太平洋側のイカの北上が遅れ函館沖に留まり、釧路などの道東では全く見られず、一方の日本海側は対馬暖流や7月の海水温の上昇で、イカの北上が1・2カ月早まり、稚内は19年ぶりの豊漁に沸いているそうです。
 



 そういえば、私の住む北杜市でも、最近はスルメイカがとても高くて小さいのですが、影響を受けているのでしょうか。
 



 温暖化による気候変動は、私たちの日常に、様々な影響を及ぼしますね。
 



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 そんな中でも、函館の街路樹のナナカマドの実は、美しく色付いていました。
 



 気持の良い季節なので、外国人も含めて多くの観光客が訪れていました。
 



 講習会の控室には、夏から秋への移ろいをさりげなく活けていただきました。
 函館教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。
 

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2017年9月 7日 (木)

観音平ヒルクライム

10月に行われる自然の恵みフェスタでの、天女山ヒルクライムの予選が行われました。
編笠山の登山口、観音平へ登るヒルクライムです。
お天気が怪しかったので、予定を早めて、9時半ごろに出走しました。
エンジョイ組も参加しました。
最初はかなり雨が降ってきたので、どうなることかと心配しましたが、やがて小降りになり、止みました。皆さんがゴールについた頃には薄日も差し、無事予選を終えられ、またヒルクライムを楽しんだ❓方もおられました。
事務局から山梨の美味しい黄桃が振る舞われ、サポーターの差し入れもありました。
私も朝起きたら、降っていなかったので、急遽差し入れを作りました。抹茶と小豆のケーキ、キノコ・トマト・パプリカのケークサレです。

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2017年9月 4日 (月)

宮崎市に行ってきました

Img_4113 宮崎教区の講習会で、宮崎市に行ってきました。
 

 今年の宮崎は例年にも増して暑かったそうですが、土曜日は「今日から涼しくなりました」と教化部長さんがいわれ、本当に秋を思わせる爽やかな風が吹いていました。
 

 空も澄み切り、真っ青な青空でした。
 

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 夏の暑さをほとんど経験しない、八ヶ岳に住んでいるので、南国の穏やかでのびやかな空気は身体じゅうの細胞の緊張をほぐしてくれるようです。
 

 ブーゲンビリヤ、ハイビスカス、百日紅等が鮮やかな色の花を咲かせています。
 

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 大泉ではススキが勢いよく穂をだし、秋を告げています。
 

 そうするといよいよ冬も近いと感じられ、薪の準備など冬支度のあれこれを考え始めるのですが、宮崎に来て、タイムスリップしたような感覚でした。
 

 宮崎教区の皆さんはとても意欲的で、明るい空気が満ちていました。
 

 聖歌の時間には子供たちも壇上に上がって、明るい大らかな声を響かせてくれました。
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 講習会では午後の質問の時間に、北朝鮮についての質問がありました。
 

 総裁は詳しく説明されたので、質問の時間が延長し、ブラジルの報告ができませんでした。
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 懇談会で少し時間に余裕があったので、パソコンの画像からブラジル、アメリカの様子を少し見ていただくことができました。
 

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 講習会の控室には、リンドウとひまわり、絵手紙などを飾っていただきました。
 

 宮崎教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2017年8月28日 (月)

室蘭市に行ってきました

Img_8600 室蘭教区の講習会で、室蘭市に行ってきました。
 

 土曜日、日曜日と、この時期の室蘭にしてはすこし暑いくらいでしたが、とても良いお天気に恵まれました。 街路樹のナナカマドがオレンジ色に色付き、くっきりとした青空に映えていました。
 

 北海道に行くとナナカマドの街路樹が多く、真っ赤に色付いた実はとてもきれいです。
 

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「ナナカマド」の名前の由来は、とても燃えにくく、七度窯に入れても燃えない所から、この名前がついたと記憶していましたが、実際には、ナナカマドの薪はよく燃えるそうです。
 

 また、備長炭は木炭の中の上等なものを言いますが、その材が花鍬樹すなわちナナカマドであるという記述もあります。
 

 簡単に燃えないで、良い火が長持ちするところからこのような名前がついたのかもしれません。
 

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 8月末の北海道は、秋の気配が濃厚で、そこはかとなく寂しさを感じるのが常ですが、今回は夏の明るい光が満ちていました。
 

 そんな中、土曜日の北海道新聞は最近の強雨について報じていました。
 

 北海道の局所的短時間強雨は、30年前に比べると3倍になったとのことで、気候の変化を示しているようです。
 

 土曜日の千歳空港も雷雨のため着陸ができず、上空で30分程待機しました。
 

 私たちの前には、10機の飛行機が同じように待機指示を受けていました。
 

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 無事に着陸することができましたが、自分たちの生活を変えていくことが緊急を要するものであることを、多くの人と共有する必要性をいよいよ感じます。
 

 講習会の控室には、夏から秋への移ろいが感じられるお花と手作り品を飾っていただきました。
 

 室蘭教区の皆さま、お世話になりました。
 

 ありがとうございました。
 

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2017年8月11日 (金)

アメリカ幹部研修会

昨日、8月9日ニューヨークでの幹部研修会が終了しました。
ブラジルでの3会場、ニューヨークとそれぞれ幹部研修会が開催され、規模や国民性は違いますが、今の時代にどの方向に向かって進んで行くかが確認され、より深く確認されたと思います。
ニューヨークはとても良いお天気の、気持ちの良い日に恵まれました。


会場は、コロンビア大学近くの、インターナショナルハウスでした。
隣接するさくら公園は、春には沢山の桜が咲くそうですが、今の季節は夏の花と木々の緑が会場からの美しい眺めとなっていました。
夕方からは夕食会が開催され、平日にも関わらず、70人くらいの方がご参加くださり、親しく歓談でき、和やかな時間を過ごすことができました。
多くの皆さんの強い思いとご協力により、すべての行事が滞りなく行われましたことに、心から感謝申し上げます。
ありがとうございました。

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2017年8月 9日 (水)

ニューヨークに着きました

昨日の朝、8月8日ニューヨークに着きました。
ニューヨークも、予想に反して涼しく、22度前後です。
朝は曇っていて、小雨も降っていましたか、午後からは良いお天気になって、暖かくなりました。
今日はこれから、アメリカの幹部研修会です。



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2017年8月 7日 (月)

イビウーナ練成道場幹部研修会

昨日は、最終の幹部研修会が、イビウーナの練成道場で開催されました。
参加者は、912名でした。
3会場の参加者合計は、2386名、さらに今回は運営委員も参加費用を払って参加者となっているので、そのトータルは2659名とのことでした。
イビウーナには、アマゾンのベレンやマナウスからも、はるばるご参加下さいました。
最終日は、皆さん感動で涙の中でのお別れでした。
過ぎてしまうと、あっという間で、お名残惜しいですが、再会を期して笑顔でお別れしました。





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ブラジル伝道本部幹部研修会

8月5日はサンパウロのブラジル伝道本部で、幹部研修会が開催されました。
約800名の方が参加され、ここも満員でした。
ラテンアメリカ諸国からも、40名前後の皆さんが参加されました。
サンパウロは、最高気温15度くらいの寒い日でしたが、皆さん熱心に研修を受けてくださいました。
控え室には、日本では見ることのないオレンジ色のカシュウナッツの実がありました。





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2017年8月 3日 (木)

昼食会



昨日はクイアバー市教化支部会館に立ち寄り、クイアバーの信徒の皆さん及び近隣の教区の方々と、昼食会をもちました。






近隣といっても、千キロ以上離れたアマゾンやリオデジャネイロからの方もおられました。
植林もしました。




平日にも関わらず、大勢の皆さんがお集まりくださり、親しく交換の時を過ごすことができました。
小グループでの、記念撮影もして、夕刻にはサンパウロに帰ってきました。

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2017年8月 1日 (火)

パンタナール





31日の昨日は、ポルト・アレグレから飛行機を乗り継いで3時間半のクイアバー市に移動しました。




ここからさらに車で3時間の世界自然遺産に登録され

ているパンタナールに来ました。
クイアバーの市街からは、ずっと赤土の乾いた土地の両側に果てしなく低木の森が続き、人家はほとんどありません。
途中からは、白いコブ牛を中心にたくさんの牛が放牧されていました。
馬もいました。道路に出てきた牛もありました。
犬もひきそうになりました。
宿舎についたのは夕方暗くなってからで、1日移動にかかりました。
広大な国土を持つブラジルですから、こちらの人にとっては、少しの移動に感じられるのだと思います。
今朝は朝5時から、夜明け前のパンタナール湿地を、船

で観察しました。
ワニやカピバラ、様々な野鳥、それに荘厳な夜明けを迎えることができました。
この世界は、なんと美しいのかと思いました。

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2017年7月31日 (月)

サンタ・テクラ幹部研修会



サンタ・テクラ練成道場での幹部研修会が、盛会のうちに終了しました。ポルト・アレグレから車で約1時間のところにあるサンタ・テクラ練成道場は、豊かな自然に恵まれたところにありました。


定員650人の所、673人の人が集まってくださいました。運営委員の人たちは立ち席で我慢していただきました。
終了後は、地元リオグランデ・ド・スー州のガウチョのダンスが披露され、大いに盛り上がって、研修会は終了しました。




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2017年7月29日 (土)

ポルトアレグレに来ました



明日の幹部研修会のために、ポルトアレグレに来ました。
サンタテクラ練成道場で開催されます。


サンパウロから飛行機で1時間半、ブラジルの南端です。
南極に近いですから、サンパウロより寒いと思って来ま

したが、暖かいです。
紫のイッペの花が、沢山咲いています。

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ブラジルの朝食






ブラジルの朝食について、ご紹介。
こちらはパンの種類が豊富で、チーズ、果物も色々あり

ます。
日本のように朝、生野菜を食べる習慣はありません。
日本食も少しあります。

















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2017年7月28日 (金)

親睦夕食会

昨日木曜日の夜は、親睦夕食会が開催されました。
参加者は、ブラジル伝道本部の役員、中央強化組織役員、各組織中央委員、本部講師、本部講師補、教化支部代表、練成道場総務等の主だった人の内、サンパウロ近隣の方でした。
当初の予定では、50人くらいと思っていましたが、最終的には三百人以上になりました。
配偶者同伴が許可されているので、多くの方がご夫妻での参加でした。
午後7時半から9時半の予定でした。
渋滞を考慮して、6時にホテルを出ましたが、予想に反して渋滞がなく、6時半には会場に着きました。
夕食会は、伝道本部の理事長、教化総長、日本の国際運動部長の挨拶、総裁の激励の言葉があり、その後ノーミートの夕食をいただきました。
みなさん正装で、女性はとてもお洒落な格好でご参加でした。
食事の後は、グループで順番に私達と握手して、記念撮影をしました。
参加者の皆さん全員との握手と、撮影は記者のカメラだけでなく、アイフォンが方々から向けられて、どこを向いたら良いのかわからない状態でした。そんな状況だったので、お開きになった時は、10時を過ぎていました。
幹部の皆さんと親しくお会いでき、楽しいひと時を過ごすことができました。
私は素敵な花束をいただきました。
ホテルのお部屋に飾っています。



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2017年7月27日 (木)

ブラジルからのお便り


今日も良いお天気です。
冬とはいえ、サンパウロは5月のような爽やかさです。
午前中は、幹部研修会の準備や講話のリハーサルをし

ました。
画像を使って、時間通りに終了できるか、試験しました。


お昼に、ホテルから十分くらいのイタリアンレストランで食事をしました。


三年前にも来たことがあります。
こじんまりしたお店ですが、店主のおばあちゃんと言っても良い年頃の人が、気さくで感じのいい人です。


今回も私たちのところに頻繁に来て、食事はどうかと聞いてくれます。
最後に私たちにプレゼントがあると言って持って来てくれたのは、デザートに出たお菓子と同じものの、大判でした。


「映画ゴッドファーザーに出て来たお菓子よ」と言われました。このお店は、イタリア、シチリア島から移民して来た人が開いたお店だそうで、そのことを誇りに思っているようでした。
後で調べると、このお菓子は、カンノーロと言って、シチリアを代表するお菓子で、今ではいつでも食べられるそうですが、本来は謝肉祭を祝っで作られる季節菓子だそうです。


「ゴッドファーザーのお菓子」で検索したら、すぐに出て来ました。

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2017年7月26日 (水)

サンパウロに着きました

予定通り、サンパウロにこちらの時間で朝5時半ごろ、到着しました。
気温は10度、少し寒いですが、日中は20度くらいになるそうです。
長旅でしたが、上手く時間を使い、元気です。
ホテルに着いたのが7時頃、荷物を整理して、到着早々依頼されていた仕事があったので、それを終えて、ようやく落ち着きました。11時になったところです。
とても良いお天気です。



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2017年7月24日 (月)

幹部研修会

Img_8588 今年の夏は、7月後半から8月前半にかけて、ブラジルとアメリカで幹部研修会が開催されます。
 幹部研修会に出席するため、先ほど小淵沢を出発して、新宿に向かっています。
 今夜は羽田に宿泊し、明日ロンドン経由で、ブラジルのサンパウロまで行きます。
 以前は、成田から、ニューヨーク経由でサンパウロまでの直行便がありましたが、数年前になくなりました。
 日本とブラジルを往来する人の数が減ったからだと思います。
 羽田からロンドンまでのフライトタイムは12時間30分です。
 6時間の乗り継ぎ時間があり、ロンドンからサンパウロは11時間55分かかります。
 明日25日、羽田を11時20分に出発するので、サンパウロに着くのは、日本時間で考えると翌日の夕方6時前後ということになります。
 そう思うと、かなり長い時間ですが、幹部研修会の準備をImg_8587


し、参考資料や本などを読んで、有意義に過ごしたいと、願っています。
 実際には時差がありますから、サンパウロには現地時間で26日午前5時45分到着の予定です。
 ブラジルでは、三ヵ所で幹部研修会が行われます。
 最初は30日の日曜日に、南部のポルトアレグレにあるサンタ・テクラ練成道場で行われます。
 二回目は8月5日土曜日にブラジル伝道本部で、翌日6日、日曜日にはイビウーナ練成道場でそれぞれ行われます。 
 参加者のために、週末にスケジュールが組まれました。
 ブラジルでの行事はこの三回で、翌日7日にはニューヨークに向かいます。
 サンパウロ・ニューヨーク間は、9時間45分のフライトです。
 8日朝6時15分にニューヨークに到着し、翌日9日はアメリカの幹部研修会です。
 その後2日間調整日があり、森の中のオフィスには14日に帰ってきます。
 ざっとこのようなスケジュールですが、ブラジル、アメリカからお便りできればと思っています。

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2017年7月 9日 (日)

旭川市に行ってきました

Img_8509 旭川教区の講習会で、旭川市に行ってきました。
 

 全国的に猛暑の日が続いていますが、旭川も土曜、日曜と30度前後の暑い日となりました。
 

 旭川の人にお聞きすると、こんな暑い日は旭川でも珍しいそうです。
 

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 けれどもやはり北海道ですので、木陰に入れば涼しい風が吹き、朝夕は肌寒い気温です。
 

 ラベンダーの花が咲き始め、道路の両側に植えられている紫色の花が、さわやかさを一層際立たせていました。
 

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 大雪山系の山々にはまだ雪が残り、木々の緑は瑞々しく、見渡す限りの田んぼや畑には緑の稲やそば、黄金色の小麦などがあり、心が開放されるような雄大な景色が広がっていました。
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 北海道に来るといつも、そのスケールの大きさに北の大地の大陸的な空気を感じます。
 

 狭い日本と言われますが、沖縄から北海道まで変化に富んImg_8524


だ自然を背景に、様々な気候風土に育まれた多様な文化や人々の暮らしがあります。
 

 旭川は、北海道第二の都市で、町の中心部はビルが立ち並んでいますが、少し郊外へ行けば、隣の家は何百メートル先というようなところが沢山あります。
 

 明治に入って開拓が始まった土地特有のしがらみのない簡素さが、ポツン、ポツンと建っている家々のたたずまいから感じ取れます。
 

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 講習会では、兵庫から旭川に来て、結婚相手と巡り合い、旭川に住んでいる女性の体験談があり、大変興味深く聞きました。
 

 自然に囲まれた環境で、可能性を追求しながら生きていく心豊かな人生に、エールを送らせていただきました。
 

 講習会の控室には、緑系の花や葉を中心にして、清涼感のあるアレンジメントを飾っていただきました。
 

 生命学園の子供たちのアサッピー(旭川のゆるキャラ)のImg_8520


貼り絵や、育てている菜園の野菜の写真なども飾っていただきました。
 

 旭川教区の皆さま、お世話になりました。
 

 ありがとうございました。

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2017年7月 3日 (月)

米子市に行ってきました

Img_8480 鳥取教区の講習会で、米子市に行ってきました。
 

 到着した土曜日は、30℃くらいの夏日でしたが、吹く風は爽やかだったので、まだ暑いといってもしのぎやすいと思いました。
 

 けれども日曜日は気温は前日とあまり変わらなかったのですが、湿気が多くむっとする暑さで、これぞ日本の夏という暑Img_84822


さでした。
 

 北杜市に移転してから、湿気がべっとりと体にまとわりつく感じの暑さを経験することがないので、東京の耐えられない夏を思い出しました。
 

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 温暖化で気温の上昇がさらに進むと、きびしいですね。
 

 私は日本人が季節に合わせて、部屋のしつらえを変えたり、食器をガラスなどの清涼感あるものにする感性を好もしく思っています。
 

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 日本は四季がはっきりと分かれるといわれていますが、温帯地方ならそれほど変わらないのに、日本人の季節に対する敏感な態度は何処から来るのだろうと思っていました。
 

 けれども、北杜市に住むようになって、30度近く暑くなる日の翌日は、15度だったりして、いつまでもウールのセーターが片づけられません。

 こういうところが多くて、夏はどこまでも夏というのは珍しいのではないかと思います。
 

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 そのため東京にいた頃には、6月1日になったらクッションカバーやテーブルかけをレースや夏物に変えていましたが、今はまだ早いと思って、6月半ば過ぎにようやく部屋の衣替えをしました。
 

 海に囲まれた日本列島の環境が、梅雨の前後でくっきりと季節を変え、メリハリのあるものにしているのでしょう。
 

 やはり四季の変化は、日本列島が際立っているのかもしれないと思うようになりました。
 

 世界中を知っているわけではありませんが。
 

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 そんな時期に、米子市では様々な所で紫陽花と共にアガパンサスの花が咲いていました。
 うす藤色の爽やかな花は、アフリカ原産ですが、今ではすっかり日本各地の公園や沿道にも植えられています。
 

 ホテルのロビーにも、近くの公園にもありました。
 

 講習会の控室にも、小ぶりのものを飾っていただきました。
 

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 アガパンサスの美しさに魅せられて、私も秋に球根を庭に植えようと思いました。
 寒さに強いものもあるそうです。
 

 鳥取教区の皆さま、お世話になりました。
 

 ありがとうございました。
 

 皆さまも、暑い季節お元気でお過ごしください。

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2017年6月25日 (日)

浦和市に行ってきました

Img_8451 埼玉教区の講習会で、浦和市に行ってきました。
 

 週末は関東地方、大荒れの予報でしたが、土曜日は30度近くまで気温が上がり、良いお天気でした。
 

 日曜日の今日は、朝小雨でしたが次第に止み、しのぎやすい曇りの絶好の講習会日和となりました。
 

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 浦和レッヅの本拠地浦和市は、町中に浦和レッヅの広告の旗がなびき、新しい店と昔ながらの商店が混在しているところでした。
 

 関東地方の都市には、江戸の雰囲気が残っているところがImg_8455_2


ありますが、浦和もそんな感じがしました。
 

 とは言え、ホテルの部屋から見ると、高層のマンションが林立し、それらすべてに家族や個人が住んでいるのだと思うと、都市に住む人の多さがわかり、私の住む北杜市との差が際立って感じられました。
 

 町の中でも、人々は狭い空間に花を植え、少しでも身近に自然が感じられるようにしています。
 

 都会に人口が集中する現象は、このまま続くのか、それとも緩やかに人の流れが変わってくるのだろうかと、そんなことを考えました。
 

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 多忙な日常の中でもふと立ち止まって空を見、季節の花に目をやる所から、自然と人間のつながりに思いが至ります。
 

 心の奥深くの声に耳を傾けるとき、人の行動は変わってくるでしょう。
 

 今日は、講習会の控室を始め、色々な場所にお花を飾っていただきました。
 

 ご自宅で育てられたお花を中心に、活けてくださったとのことでした。
 

 どのお花もとても素敵でした。
 

 ありがとうございました。
 

 埼玉教区の皆さま、講習会でのご活躍、ありがとうございました。

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2017年6月11日 (日)

金沢市に行ってきました

Img_8407 石川教区の講習会で、金沢市に行ってきました。

 到着した日の土曜日は小雨が降り、肌寒い日でした。

 町の中心部にあるホテルに向かう道で、警察官の姿が目立ったので、何かあるのかとお聞きしたら、皇太子様が来られているとのことでした。

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 第28回全国「みどりの愛護」のつどいに臨席され、小雨の中ヤマザクラを植樹されたそうです。

 金沢市の香林坊周辺では、日の丸の小旗を持った人々がお帰りになる皇太子様を一目見ようと、カメラを構えて待っていました。
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 夕方には雨も止み、夕日と夕焼けが美しかったです。

 日曜日の今日は、朝から快晴で清々しい爽やかな天候となりました。
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 金沢の町は緑が多く、公園の中に町があるような雰囲気です。

 伝統的な日本家屋が多く、美術館、芸術館、公共の施設Img_8426


なども、歴史を感じるものが多く残されています。

 伝統と文化の香りが強く、多くの観光客を引き付けるのでしょう。

 新しくなった金沢駅も、町の中も、沢山の観光客で賑わっImg_8432


ていました。

 帰りには、新幹線の時間まで、20分くらいでしたが、鈴木大拙館を見学しました。

 世界的な仏教哲学者・鈴木大拙は、金沢市の生まれです。

 谷口吉生設計のモダンな建物で、館内は、大拙を知る「展示空間」、大拙の心や思想を学ぶ「学習空間」、それぞれ自らが考える「思索空間」の三つの空間で構成されていました。
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 周りを大きな木に囲まれた余裕のある建物で、回廊の中心には広い水場がありました。

  外国の人も見学に来ていて、それぞれゆっくりと様々な場所に座って、空間を楽しんでいるようでした。
 

 6月なのでアジサイが町の各所で色付きはじめ、金沢駅には色鮮やかなアジサイが飾られていました。
 

 講習会の控室にも、ピラミット紫陽花を初め、季節の美しいお花を飾っていただきました。
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 石川教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2017年6月 4日 (日)

新潟市に行ってきました

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 新潟北越教区の講習会で、新潟市に行ってきました。

  ここ数日、北杜市も気温が低かったですが、土曜日の新潟は最高気温15度で、かなり寒かったです。
 

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日曜日は曇りのち雨の予報でしたが、次第に天気は回復し、講習会が終わった時には青空になっていて、気温も少し上がっていました。
 

 新潟の有名な萬代橋周辺が中心部ですが、その周辺にある店はほとんど東京と変わらなくて、地方の東京化がさらに進んでいると感じました。
 

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 どこにいても東京と同じものが手に入るということは、魅力かも知れませんが、地方の特色が無くなり、面白味が無くなることも危惧されます。
 

 北陸新幹線の開業により、町の規模としては新潟は金沢より大きいそうですが、経済的収入は、金沢に超されたそうです。
 

 規模の経済を追求するのか、経済以外の豊かさに目を向け、その価値を追求していくのか、そんな選択も地方都市には求められているのではないかと思いました。
 

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 県庁の建物を始め、サッカー場、野球場など立派な公共施設が沢山ある新潟でした。
 

 県民の多くが求めるものが、県の特徴を作っていくのでしょう。
 

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 講習会の控室には、芍薬、バラ、カーネーションなどの花を飾っていただき、ピンクの花がやさしい雰囲気でした。

  ハンカチブローチの見事な作品も沢山飾っていただきました。
 

 新潟北越教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2017年5月29日 (月)

佐世保市に行ってきました

Img_2701 長崎北部教区の講習会で、佐世保市に行ってきました。
 

 佐世保には、秋から冬に来ることが多かったので、5月の佐世保はとても新鮮な印象を持ちました。
 

 緑が美しく、町がとても明るく感じられました。
 

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 寒さを気にしなくても良いので、町を歩くのも気軽です。
 

 季節や天候に、人の行動や生活は大いに影響されるものだと、改めて思いました。
 

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 佐世保は長崎と同じく坂の町で、車も通れないような細い坂道の上に家が建っているところもあります。
 

 通り抜ける道があると思って、そんな一画に入って行ってしまいました。
 

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ところが坂の上は行き止まりになっていて、坂の上の方にある家は、入口が急な階段を20段以上登ったところにありました。
 

 どんな人が住んでいるのかと思っていたら、たまたま80歳は超えているように見える男性が出てきました。
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 狭い路地に迷い込んできた旅行者と思しき私たちを見て、怪訝そうでした。
 

 私たちもそんな高齢の人が住んでいると知り、驚きました。
 

 坂道で、家への階段はビルの三階くらいあります。
 

 若い人でも大変な所なので、余程足腰が強いのだと思いました。
 

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 毎日上り下りをしていると、強くなるのでしょう。
 

 佐世保は基地の町なので、港には濃い灰色の大きな軍艦か護衛艦、その他数隻の軍艦が停泊していました。
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 町の中も、アメリカ軍の兵士らしき人を沢山見かけます。
 

 長いアーケードの通りは、人の流れが途切れずに賑わっていました。



看板が英語で表示された店も沢山あります。
 

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 町が基地と共存し、基地があるがゆえに活性化していると感じられました。
 

 それは現実問題として、当然のことだと思いますが。
 

 今回この街にも東南アジアの観光客が多く訪れていました。
 

 泊まったホテルにも、中国人か台湾の人と思われる人がいました。
 

 日本にはアジアからの観光客が増えているということですが、どこの町に行ってもその事実が認められます。 交流により、お互いの理解が進むと良いと思いました。
 

 講習会の控室には、赤と白が鮮やかなお花と、今が時期の長崎名産、茂木ビワを飾っていただきました。
 

 長崎北部教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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