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2009年7月 2日 (木)

今日は休日

P7020003   休日の朝は、起きる時間は変わりませんが、少しのんびり気分です。朝食も気を抜いて、朝作ったのはサラダだけ。あとは、保存食からです。
 私のパソコンの部品を買いに、夫と渋谷に出かけました。夫に先に電気屋さんに行ってもらい、私はデパートで買い物をしてから、待ち合わせました。その時のことです。
 買い物を済ませて、渋谷駅前の電気屋さんに行くのに、横断歩道を渡ります。今日の東京は小雨が降ったり、止んだりのお天気でした。ちょうど信号が赤になり待っていると、雨がぽつぽつ落ちて来ました。私のバッグには折り畳み傘が入っていましたが、電気屋さんは信号を渡ったところなので、わざわざ出すのもと思い、少々の雨なのでそのままにしていました。周りはみんな傘をさしています。夫と来た時には、夫の傘にいれてもらってきたので、「傘に入れてもらえばいいなあ」と何となく思いました。そのとき、私の左横に人の気配がしました。見ると私の頭の上には傘が差しかけられ、60代と思しき女性がいました。
 「あっ、すみません。ありがとうございます」というと、女性は「急に降り出しましたね」。私は人混みを彼女と一緒に数メートル歩き、歩道を渡りきったところで、目の前の電気店を指して「そのお店に行きますので」というと、彼女も「私はこちらに行きます」と左に曲がりました。「どうもありがとうございました」。
 傘をささなかったおかげで、思いがけない人の親切に出会うことができました。世の中には、善意に満ちた親切な人がいるのだと思いました。
 休日の夕食も、なるべく簡単にできるものにします。今日はラタトゥイユをカレーに変身させました。
 カレー粉、クミン、ナツメグ、オールスパイス、トウガラシ、ヨーグルト、ウスターソース、塩、コショウーを入れて少し煮込み、茹でて冷凍してあった大豆と、ホタテ、イカを足して、最後にガラムマサラを入れて出来上がり。おいしいカレーになりました。P7020012

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コメント

谷口純子先生
 
 合掌ありがとうございます。
「恵味な日々」を毎日楽しみに拝見させて頂いております。日時計主義の日常生活を公開して下さり新鮮な感動と共に素晴らしいお手本を示して頂きとても勉強になります。純子先生のにこやかな花笑みとお庭の生き生きとした花々に心清められ、毎日の行き届いた食事づくりに只々感動です。完全なノーミートで、コンソメも使用せず昆布と煮干でお出しをとっていらっしゃる由、大変刺激を受けました。
 6月の支部長会議で、谷口雅宣先生のブログと純子先生の「恵味な日々」をスクリーンで紹介させて頂き、感動のどよめきが方々から聞こえてきました。心より感謝申し上げます。

投稿: 村上 龍子 | 2009年7月 2日 (木) 22:57

 何年か前のことです。ある駅にタクシーに乗車して行った日は、土砂降りのものすごい雨で雷も鳴っておりました。私は、荷物もあったので、タクシーを降りてそのまま、駅に歩いて行こうとしたその時、ある女子高生が私の元にサッサッと寄ってきて傘を広げ私をその傘の中にに入れてくれたことがあります。(周りにもバス等を待つ女子高生がおり、その光景を見てオッーとかなんとかいう声を上げておりました)
 そのおかげで私は、雨にあまりぬれず、しかも、つかの間の遭い合い傘を満喫することができました。
 その行為には、とても感動しました。
 そして、駅の階段に着いた時、私は、その女子高生に“ありがとうございました”と言い、二人は別れました。

 谷口純子先生の御文章を拝読して自分が過去にこのような素晴しい行為を得ていたことを思い出しました。

 感謝合掌
 

投稿: 志村 宗春 | 2009年7月 3日 (金) 06:25

村上さん、コメントいただきありがとうございます。大阪教区は、支部長会議でブログを紹介していただくとは、ありがたいことです。
 皆さんの日時計主義の発信のきっかけになれば、うれしいです。

投稿: TANIGUCHI JUNKO | 2009年7月 3日 (金) 22:13

 志村さん、女子高生に傘をさしかけてもらって、よかったですね。親切な人は、沢山いるんですね。

投稿: TANIGUCHI JUNKO | 2009年7月 3日 (金) 22:16

 谷口 純子先生

 合掌

 私に傘を貸してくれた女子高生は、咄嗟の判断で愛行してくれたのです。(教育が行き届いていたというか躾が行き届いていたというべきか、おそらく両方だと思いますが…。)
 この純粋な行為に学ばねばならなと思います。

 ご指摘のとおり多くの人々は、皆他人に愛を施したいと思っていると思います。しかしボタンの掛け違いというところもあって、なかなか認められないところもあると思います。
 しかし、寛大さをもって認めるべきところは認めねばならないと思います。

 若い人は、純真無垢な神様の御心というべき本来の心を大切にされている人が多いと思います。
 この土日に私の卒業した高校の文化祭があり行ってまいりました。
 そこで接した高校生は、魂の純粋性を失わず何かをひたむきに求めているようでした。
 私はそこから何かを教えられたような気がしました。

 再拝

投稿: 志村 宗春 | 2009年7月 6日 (月) 01:11

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