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2011年2月 4日 (金)

文字通りの立春

P2040001  節分の翌日の立春は、東京は本当に春が少しやってきたようでした。

 朝のラジオでは、「春が来た、春が来た、どこに来た、山に来た、里に来た、野にも来た」

の童謡が、朝一番の歌でした。

 北国では、まだまだ寒く、今年は雪もいっぱいで、春は当分先のことですが、それでも春が近づいてきたと思うだけで、何P2040003_2 となく心が浮き立つ気持ちがするのではないかと思います。

 「春よ来い、早く来い、歩き始めたミーちゃんが、赤い鼻緒のじょじょ履いて、おんもへ出たいと言っている」

 最後は、この言葉でよかったでしょうか?ちょっと自信ありません。

 ミーちゃんは、北国の子供なのでしょうか。そんなことを考えました。

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コメント

合掌 ありがとうございます。
先生のブログいつも楽しみに拝見しています。
「春よ来い」の歌詞は、「おんもへ出たいと待っている」です。
童謡、唱歌は良いですね。再拝

投稿: 福場 江三子 | 2011年2月 6日 (日) 19:51

純子先生

何時も、心豊かなブログ嬉しくはいちようさせていただき、有難う御座います。

おかげさまで、心わくわくの日々に感謝です。

ちよつと、失礼事にて、ごめんなさい。
みいちやん、の、童謡おんもへ出たいと、待つている。だと思います。

奈良のtaurusより。   
                    用

投稿: 東谷良子 | 2011年2月 6日 (日) 21:20

合掌ありがとうございます。

  立春は本当に暖かい一日でした。

  懐かしい童謡「春よ来い」をご紹介下さりありがとうございます。
  最後の歌詞を調べてみましたら、「言っている」ではなく、「まっている」でした。
 因みに私は、「泣いている」と思っていました。
 正しい歌詞が分かりよかったです。m(_ _)m
 ありがとうございます。

 春の日射しを感じる今日この頃です。

              安東孝子拝        

投稿: 安東孝子 | 2011年2月 6日 (日) 22:18

先日、主人と友人の個展『二人展』に行った帰りに、近くの全生庵によって山岡哲舟のお墓参りをしたのですが、同じ墓地に作曲家・弘田龍太郎さんのお墓もありました。前回は気づかなかったのですが、今回ふと目についたので寄らせていただいたのですが、なんとその方がその“春よ来い”の作曲された方でした。だから、私は主人にその歌を歌って聞かせました。自然とすべての歌詞がでてきました。最後はおんもに出たいと待っているが正解です。ちなみに、弘田さんの故郷は雪国の新潟です。。。雪国育ちの私にはミーちゃんの気持ちがわかるなあ。。。snow

投稿: 源 明子 | 2011年2月 6日 (日) 22:25

みなさん、ありがとうございます。
 「待っている」が、正解ですね。
 「泣いている」かもしれないとも、思いました。
 案外いい加減に、覚えているものです。
 作者は、新潟の方なのですね。
 世界でも有数の豪雪地帯ですから、「待っている」のですね。
 三重県の伊勢で育った私には、その経験はありません。
 待ち遠しい分、喜びも一入ですね。

投稿: 谷口 純子 | 2011年2月 6日 (日) 22:45

合掌ありがとうございます。

童謡はとても良いですね。

弘田龍太郎さんのお話が出できましたので書かせて頂きたくなりました。

弘田さんは生まれは高知県安芸市です。
後あちこち変わられています。
安芸市は童謡の町とされています。

投稿: 岩井(masako) | 2011年2月 7日 (月) 00:17

岩井さん

 教えていただき、ありがとうございます。
 私がいい加減な知識で書いたことが、皆さんのお力で、詳しくわかりありがとうございました。
 

投稿: 谷口 純子 | 2011年2月 8日 (火) 10:56

純子先生、間違った情報を載せてしまったようです、たいへん失礼致しました。
また、岩井さん、正しい情報をありがとうございました。正しくは、「春よ来い」の作詞家の相馬御風さんが新潟出身で、みいちゃんは相馬さんのお嬢さんがモデルだとされているようです。誤字もありました。山岡哲舟は正しくは山岡鉄舟でした。ありがとうございます。

投稿: 源 明子 | 2011年2月10日 (木) 16:16

谷口純子先生 源 先生 詳しくありがとうございました。
 
 安芸市は童謡の町を里に訂正させてください。
 昨日朝日新聞に安芸市の歴史民俗資料館にてお雛様の展示が始まっているとありましたので、少しの間でしたが見て来ました。(武家屋敷の通りにあります。)
 するとロビーに弘田先生のオルガンが展示されていました。
年代不詳の小野小町や小野道風の人形もあり、大名家でなくてもとても立派なお雛様で、時代をタイムスリップしたようでした。
気になっていましたが、男雛が大正時代までは、向かって右だったことも嬉しい発見でした。ありがとうございました。
宣伝ではありませんが、この時期「土佐の町家雛まつり」を趣ある古民家で開催されているようです。
 

投稿: 岩井(masako) | 2011年2月11日 (金) 16:08

源さん

 おかげで世界が広がりました。私の持っている「良寛坊物語」新潟日報事業者刊は、新装版で平成20年のものです。
 この初版は、昭和3年ですが、昭和54年に再刊されています。
 その再刊のあとがきをお嬢さんの相馬文子さんが書いておられます。
 そこには初版が出た時には、私は7歳であったとありました。文子さんがみいちゃんのモデルなんですね。
 新装版には、再版のあとがきに加えて、お孫さんの相馬萬里子さんのあとがきもあります。

投稿: 谷口 純子 | 2011年2月11日 (金) 16:33

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