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2011年3月

2011年3月31日 (木)

「恵味な日々」を続ける理由

P3310004   この恵味な日々をいつも見てくださっている方から、この時期になぜ食事を出すのか、教えてほしい、どうしてかというような疑問が寄せられました。
 他にも、同じような感想をお持ちの方もおられるのではないかと思い、私の考えを書かせていただきます。
 このたびの大震災が起きて、正直なところ私もいつものような、朝食やお弁当の写真を出すのは止めようかと、考えました。
 けれどもそもそも、このブログは、日々の食事やお弁当を紹介するために始めました。
 その理由は、当たり前に毎日食事がいただけることを、当然と思って特に感謝をすることを忘れてしまいがちな日々を、少し客観的に見ることで、ありがたさを皆で共有できればというのがありました。
 また、多忙な日々の中でも時間をやりくりして、なるべく手作りをし、地産地消を心がけ、ノーミートで食事を作ることも、皆さんと確認することができればと思ったからです。
 ですから、それを止めてしまうとそもそもブログをしている意味がないので、最初の趣旨を通しました。
P3310024  けれども当初は、いつものように献立を書くのは止めました。
 私自身、被災者の方々が、「今日の食事はビスケットだけです」などと聞くと、何とか食事を届けてあげられないものかと、無理を承知でそんなことを思いました。
 私たちは今、身近な人々が、大変困難な状況にあるので、自分のことのように感じ、痛みを共有しています。
 そんな中で、私としてはそれでも当たり前の日常を過ごしていることを、発表することを選択しました。
 そして、被災地から離れているものとして、何ができるかを考えて自分のできることをささやかでもしてきたつもりです。
 また、人が食事が困難だから、食事の写真を出すなと言われたら、そもそも私のブログは、ありえないのです。
 なぜなら、いま世界では何億という人が飢えに苦しみ、まともな食事ができなくて死んでいます。
 それが、私たちの生きている世界の現実です。
 けれども、それは自分の知らない、遠くの人だから、その痛みが同じ国の同朋のようには、感じられません。
P3310012  また、今回のような地震や津波、台風などの風水害で、毎年世界中の特に貧しい国々で何万、何百万という人が亡くなっています。
 それらは、自然災害だけではなくて、温暖化の影響を受けていたり、先進国の人々の肉食が、飢えや災害の死者に繋がっています。
 そのような現実を知り、先進国の人間が欲望を制御するためには、当たり前の日常に感謝し、その大いなる恵みに気付くことが大切だと私は思っています。
 そして大切なことは、今回の大震災から学んで、どのように 生きればいいかを真剣に考え、自分だけではなく人びとにも訴えていかなくてはならないと思っています。
 終戦後、焦土と化した焼け跡から、奇跡の復興を遂げた日本でしたが、それはあまりにも物資的繁栄に偏っていなかったか?
P3310009  また、自然を破壊し、貴重な動植物を絶滅の危機に追いやり、未来の人類に負の遺産を残すことがわかっていながら、原子力発電所を作ってきた私たちだったのです。
 自分の生活の足元から、人から奪わない生活を心がけていかなくてはなりません。
 どういう社会を、日本を作っていくのかを明らかにして、その上で当たり前の日常を感謝して生きることが大切だと、私は思っています。

多磨墓地にお墓参りに行きました。

 枝垂れ桜は満開でした。

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2011年3月29日 (火)

日常の幸せ

P3290011   朝が明るくなり、少しずつ暖かくなっていくようです。
 庭の花も、次々咲き出しました。
 東京では、昨日ソメイヨシノの開花宣言があったようです。
 

 今朝の朝日新聞の社会面に、津波に遭遇した小田島朋美さん(28)の体験が紹介されていました。
 小田島さんは、岩手県山田町(釜石の近くです)の海から数十メートルの平屋建てのアパートに住んでいました。
 地震の時は、4歳と3歳の娘と一緒でした。
 P3280009 避難しようと外に出ると津波が近くまで来ていて、家に戻ったらすぐに玄関と窓を破って水が入ってきました。
 部屋のこたつが浮き始め、足が床につかなくなりました。
 「私たち3人、こんなに早く死ぬんだ。人生あっけなかったな。こんなので死ぬんだ」
 天井に頭が付き、3人とも水没した。
 「どうせ死ぬなら絶対離れたくない。この手は絶対話さない」
 どのくらいたっただろうか。つむった目の上が白んできた。
 遠のく意識の中で、目の上がさらに明るくなった。
 口を開けた。息が吸えた。
P3290013  目を開けた。ぐちゃぐちゃの部屋が目に映った。
 水が引き、足が床についていた。
 三人は助かり、必死に駆けて高台にたどり着いた。
 仕事で不在だった夫とも、避難所で会えました。
 八戸の実家に身を寄せ、安否を尋ねる数えられないほどのメールに、「あのね、日常ってすっごく幸せなことなんだよ」と返事のメッセージを書いたそうです。
 当たり前の生活をしていると、つい忘れてしまいますが、心を静めてありがたさをかみしめたいと思いました。

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2011年3月27日 (日)

高松に行ってきました

P3270022   香川教区の講習会で、高松市に行ってきました。
 

 昨日、今日と全国的に寒かったようですが、高松も最高気温11度前後で、肌寒い日でした。
  

 例年なら、もう桜が咲いている時期ですが、今年は蕾が堅かったです。
 

P3270012  それでも、ミモザの黄色い花が満開で、梅、コブシ、薄桃色のモクレン、菜の花などが咲いていて、春の気配が十分に感じられました。
 

 東京は、緊迫した雰囲気ですが、こちらはいつもと変わらぬ、日本の豊かな地方都市です。
 

 外見はそうですが、やはり遠く離れた四国でも、皆さんは大震災に心を痛められ、人々の不自由な生活に心を寄せて、案じておられます。  
P3270017  

 また関東地方に住む家族がいる方もあるので、疎開者がいたり、東京にお水を送った方もいました。

 多くの方が、被災地で不自由な生活をされている方々に、何か支援の手を差し伸べたいと願っておられます。

 避難所には、親を亡くしたお子さん、受験生などもいるでしょう。

 そういう子供たちを、預かりたいというお声も、懇談会では聞かれました。

 人の心の本質にある、愛の心があふれているようでした。

P3270016  講習会の推進では、ご参加の方々の祝福、賛嘆の聖経読誦をしました。

 33巻読誦するとカードのマスにみんな色が塗られます。

 そのカードを、昼食会場に展示してくださいました。

 個性が出ていて、とてもきれいな色合いでした。

 多くの皆様の御愛念を感じました。

 控室には、美しいお花を飾っていただきました。

 香川教区の皆様、ありがとうございました。

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2011年3月24日 (木)

これからのこと

P3230003   今日もまた寒い日でした。
 福島の原子力発電所は、予断を許さない緊迫した状態で、被爆者も出ています。
 何とか安全に収束するように、祈るばかりです。
 今日の朝日新聞のオピニオン欄に、静岡県知事の川勝平太さんと東北大学教授で地球環境戦略研究機関気候変動グループディレクターの明日香壽川(あすかじゅせん)さんの意見が掲載されていました。
 静岡県は東海地震の発生が心配されているところで、御前崎市には浜岡原発があり、今回の大震災は他人ごとではあP3240010 りません。
 このお二人の主張は、原発から自然エネルギーに方向転換していかなくてはならない、パラダイム(考え方の枠組み)の転換を図らなければならないというものでした。
 私は震災後、このような意見が大きなうねりとして、国民の間に広がることを期待し、またそうならなくてはいけないと思っていましたが、今日の朝日新聞にそのような意見が掲載されたので、心強く思いました。
P3240012  ところで、先日寝るときの湯たんぽのことを書きましたが、実は昼間も湯たんぽを使っています。それも小さな湯たんぽです。
 この湯たんぽは、渋谷のドラッグストアーで化粧品を買った時に、プレゼントとしてもらったものです。
 普段は、そのような景品の類は断っていますが、この湯たんぽはかわいくて使えそうなので、いただくことにしました。
 お湯の入る容量は普通の湯たんぽの、4分の1か5分の1ですが、膝の上に置いているととても暖かです。
 昼間は、この湯たんぽがあれば暖房なしでも過ごせます。

P3240002  セーターを着ているところもいいと思いません?
 生長の家本部は寒いようなので、夫にも一つプレゼントしようかと思っているところです。
 東急ハンズあたりで取り扱っているのではないかと思います。
 

 今日は休日だったので、お昼はとろろそばにしました。

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2011年3月21日 (月)

春季慰霊祭

P3210002   東京原宿の生長の家本部会館で、「布教功労物故者追悼春季慰霊祭」が執り行われました。
 今日の東京は冷たい雨の日となりました。
 慰霊祭では193柱の御霊をお祀りしました。
 加えて、今日の名簿にはありませんでしたが、ご活躍くださいました皆さま、さらには11日の震災で亡くなられた方々に対しても、慰霊と感謝の気持ちを込めて、聖経「甘露の法雨」を読誦させていただきました。
 元生長の家参議長で理事長でもありました吉田晴彦さんの奥さまが、ご遺族を代表してお礼を述べられました。
 総裁は挨拶の中で、吉田晴彦さんの功績について話されました。
P3210009  総裁が本部に勤務して以来、機構改革や国際平和信仰運動に取り組んできましたが、吉田さんはそれらに深くかかわり、総裁の片腕としてご活躍くださいました。

 今日行われている“自然とともに伸びる”運動は、環境方針の制定など多くの面で吉田さんの大きな支えがあり、それが生長の家本部の“森の中”への移転にも繋がったことと思います。
 続いて、総裁は発表された「自然と人間との大調和を観ずる祈り」の後半部分を朗読され、震災で亡くなられた方のご冥福を心からお祈りするとともに、自然と調和した生活を皆で力強く進めていくことを促されました。

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2011年3月18日 (金)

あれから一週間

P3180002   震災から一週間が経ちました。
 人々の平安を願い、原発の恐怖に無力感を覚え、懸命に夢中で過ごした一週間だったような気がします。
 

 被災地では、皆さん大変な中で生活しておられるので、普通に食事がいただけること、ゆっくりベットで眠れることが、申し訳ないような気がします。
 

P3180007  それでも、被災地には少しずつではありますが、物資が届き始め、状況は改善されていく兆しは明るいニュースです。
 

 月曜日以来四日ぶりに渋谷に行きました。
 店を閉めているところや、明かりを落としている店が多いですが、渋谷は以前の賑わいが戻ってきたようでした。
 

P3180005  計画停電で不自由な生活が続いていますが、そのような日常にも、少し慣れてきたのかもしれません。

  私の家は、幸い停電の対象地域に入っていません。
 これも申し訳ない気がします。
 それでも昨夜は、大規模停電が懸念されたので、家じゅうのろうそくを取り出してきて、懐中電灯とともに用意し、いつ停電になってもいいように準備しました。
 

 P3180013  ゆうべは殊の外寒かったですから、暖房で電気を使ったのですね。
  

  我が家では、湯たんぽが大活躍です。
 お布団の中に湯たんぽがあると、本当に幸せな気持ちになります。
 朝までしっかり暖かく、私は湯たんぽのお湯で顔を洗います。
 そのままでは熱いので、お水を足して少しぬるくします。
 

P3180016   今日は、昨日に比べたら暖かく、陽だまりはぽかぽかでした。
 庭の沈丁花は、とてもよい香りがして、水仙の花も開きました。
 東北にも、早く春が来てほしいですね。

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2011年3月14日 (月)

計画停電

P3140001   二日間東京を留守にしていたら、東京の様子が変わっていました。
 前日は沢山人がいた東京駅でしたが、滋賀の講習会を終えて午後八時過ぎ着いたときは、人の姿はまばらでした。
 また、いつも駐車場に向かうのに、大丸デパートの地下一階の食品売り場の通路を通っていくのですが、すでにデパートは6時半に閉店になっていました。
 普段は、閉店前でお弁当や果物などの割引サービスでにぎわっていますが、ほとんど人はいなくてひっそりしていました。
 

 月曜日の今日は英語の日ですが、電車がほとんど運休しているので、教室はないかもしれないと思っていました。
 確かめるため、朝から何度も学校に電話をかけましたが、全くつながりませんでした。
 ようやく10時半ごろ電話が通じて問い合わせると、通常通りのレッスンがあるとのことで、急いで駆け付けました。
 10時40分からのクラスなのですが、学校までは急げば10分くらいで着きます。
 着いてみると、いるのは先生と受付の人だけでした。
 結局先生と二人のプライベート・レッスンになりました。
 全部一人で答えて、いい勉強になりました。
P3140004  12時に終わりましたが、その日の午前は他のクラスも誰も来ませんでした。
 そして、午後からは学校の本部からの指示で、休校となったそうです。
 英語の後は、デパートの地下の食料品売り場に行きました。
 朝、いつものように宅配の食品は届いたのですが、欠品が多くレタスとキノコを買おうと行きました。
 ここは、いつになく混雑していて、皆さんレトルト食品などを沢山かごに入れていました。
 お米は全くありませんでした。
 非常時に備えているのだと知り、レタスとシイタケだけ買ったのではいけないのかとも思いましたが、そこまでしなくてもと思い、予定の買い物をして帰ってきました。
 帰り道では、多くの店が節電のため閉めていました。
 その後、郵便局に行きましたが、ここも人がほとんどいなくて、郵便局の人は暇そうにしていました。
 「人がこないのですか?」と聞くと「郵便が遅れているし、ゆうパックが届かないところもあるので、お客さんは少ないです」と言っていました。
 郵便局の前の薬屋さんでは、トイレット・ペーパーの大きいパックを、三つも持っている人がいて、もうトイレット・ペーパーは無いようでした。
P3140005  その近くの食料品店では、お水は完売しましたと札が張ってありました。
 ほんの二日留守にしただけで、「今浦島」の感がしないでもありませんでした。
 宅配の食品は届かないかもしれないと思っていましたが、欠品はあったものの、通常通り配達されありがたかったです。
 野菜のセットも量は少なめでしたがありました。
 大きな大根、長ネギ、ゴボウ、青梗菜、ミニトマトで308円引きの1092円でした。

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2011年3月13日 (日)

大津市

P3130001   滋賀教区の講習会のため、大津市に行ってきました。
 滋賀県の大津市は、京都からJRで二つ目、近いところにあります。
 昨夜泊まったホテルは、琵琶湖畔に建っています。
 湖の向こう岸まで見えるので、琵琶湖が見渡せるホテルだとおもっていました。
 ところがそれは浅はかな、思い込み。
 ホテルから見えたのは、琵琶湖の南岸のほんの一部、日本一の湖は、北にその何十倍も広がっていることを地図で知りました。
 滋賀県の長浜、彦根などは大河小説「江」のブームで、これから桜の季節、観光客が押し寄せるだろうとのことでした。
 大津周辺も、石山寺、比叡山はじめ、神社、仏閣も多く、歴史散策にはとても素晴らしいところです。
P3130005  講習会終了後、大津駅近くの「義仲寺(ぎちゅうじ)」を見学しました。
 周囲を民家と学校が接し、狭いところでした。
 木曽義仲の墓所であり、芭蕉の墓所もあります。
 庭には、芭蕉にちなんで芭蕉の木が何本も植えてあったのが、印象的でした。
 今の季節、冬枯れで茶色の幹だけが立っていました。
 講習会の控室には、美しいお花を飾っていただきました。
 お世話になりました滋賀教区の皆さま、ありがとうございました。

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2011年3月11日 (金)

大地震

P3110018   午後二時半過ぎ、とても強い地震がありました。
 私はその時、二階の寝室でアイロンかけをし終わり、講習会の準備のため本を読もうと、立ち上がった時揺れが始まりました。
 東京では、小さな地震はときどきあるので、いつもの揺れかと思っていました。ところが揺れはだんだん激しくなり、収まる気配はありません。 
 そのうち、ベッドの枕元に置いてある、アクセサリー入れの木のケースや、アロマランプ、瀬戸物の小物入れが床に落ちてきました。
 大きな本箱も揺れはじめたので、本箱が倒れたらどうしようと恐怖を覚えました。
 揺れている時間が長く、収まる気配もなかったので、神様と心の中で、叫びました。
 寝室では落ちたものが少しありましたが、瀬戸物の小物入れが割れたくらいでした。
 本箱は倒れることもなく、ガラスの戸がついているので、本も出てきませんでした。
 余震の続く中、寝室に散乱したものを片付けて、ほかの部屋に行きました。
 テーブルの上に植木鉢が沢山おいてある、一番日当たりのよい部屋は、ほとんど何の変化もなかったです。
 ポトスの鉢が一つ床に落ちていました。
 廊下に設置した本箱からは、本が二十冊くらい落ちていました。
 夫の書斎は、最初ドアがあきませんでした。
 かなりの数の本が床に落ちていました。
 一階の部屋は、玄関に置いてあった花瓶が倒れて床に水が流れていたのと、洗面所の陶器のコップが割れていました。
 P3110020 夕方には、職場が近い娘が帰ることができないので来ました。
 私の妹も、新宿区の職場から一時間少し歩いて、7時半ごろ泊めてほしいと来ました。
 我が家では、ガスが止まりましたが、自分で復帰させることができました。
 最初はポータブルコンロで、夕食の準備をしていましたが、その後普通に使えました。
 東京の場合は、帰宅困難な方が沢山おられたようです。
 余震がずっと続いていますが、被害にあわれた方々の、一日も早い平安な日々の回復をお祈りいたします。

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2011年3月 8日 (火)

こぶしの花

P3090017   午後から万葉集の教室に行きました。
 清川妙先生は、間もなく90歳ですが、ご自分で確定申告の書類を作成して、昨日提出してきたと話されたので、先生より若い教室の生徒はみんな、驚き感心しました。
 私も、忙しくてまだ手を付けていなくて、教室から帰ってきたら書類を作成しようと思っていました。
 帰宅後夕食の準備までの時間と、夜も11時くらいまで、睡魔と闘いながら、ようやく完成させました。
 教室からの帰り、原宿駅前のこぶしの木に、花が咲いているのに気がつきました。
P3080012  写真を撮ろうと、歩道橋に上ったら、こぶしの写真を撮っている二人の若い外国人の女性がいました。
 立派なカメラで、花のズーム写真を撮っているようでした。
 普段はほとんど通ることのない歩道橋です。
P3080015  表参道の風景も撮りました。
 日の丸と並んでいるのは、アイルランドの国旗だそうです。

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2011年3月 6日 (日)

東京国際フォーラム

P3060003  東京第一教区の講習会で、有楽町駅前の東京国際フォーラムに行きました。
 原宿の我が家からは、日曜日で道が空いていたこともあり、20分くらいで着きました。
 今日の東京は三月下旬の暖かさのようでした。
 一日中ほとんど屋内にいたので、実際の気温は分かりませんでしたが、講習会の帰りの車の中から、道行く人を見て、薄着の人が多かったので、予報通りの暖かさになったのだと思いました。
 日帰りの講習会の慣例で、朝食はサンドイッチ。
P3060024  前夜作った自家製ライムギパンと抹茶入りパンのサンドイッチで、具はゆで卵とエビ、レタス、もう一つはスモークサーモンと紫玉ねぎ、レタスです。
 講習会の控室には、華やかなお花を飾っていただきました。
ピンクの豪華なのは、お土産にいただき玄関に飾ってあります。
 多くの皆様がお集まりくださり、充実した素晴らしい講習会となりました。
 お世話になりました東京第一教区の皆様、ありがとうございました。

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2011年3月 5日 (土)

自由意思

P3040001   季節の変わり目は、寒暖の差が激しいですね。
 今日は比較的暖かいということですが、それでも風は冷たいです。
 そんな中、庭にはカエルが出てきて、チューリップの芽が、5センチくらいに伸びてきました。
 地球に生きるものの中で、人間だけが自由意思を与えられていると、教えていただきました。
 自分の意志を持たないカエルは、暖かい日に一斉に出てきましたが、また急に寒くなったからでしょうか、お池で白いおなかを上にして、何匹か死んでいました。
P3050007  あらかじめ、プログラミングされている動物は、気候変動の影響をまともに受けるのかもしれません。
 人間は自由意思があるからこそ、良心に従って生きることができ、そこに価値が生まれるとのことです。
 抹茶入りのパンを焼いてみました。(自由意思で(笑))
 焼けるときは、パンの香りとお茶の香りがして、出来上がりはきれいな緑色になりました。
 お弁当は、カニレタスチャーハンです。

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2011年3月 3日 (木)

雛祭り

P3030008   今日は全国的に寒い日だったようですが、東京も冷たい北風が吹いていました。
 けれども、久しぶりに晴れ渡った青空が見えたので、明るくなりました。
 お昼頃には薄雲が出ていて、その雲を見て夫は「羊のお腹のような雲だ」と言いました。
 またその雲の動きが速かったので、上空はずいぶん強い風が吹いているのだと思いました。
 そういう雲を見ると、飛行機はかなり上空までいかないと、揺れが収まらないのではないかなどと考えてしまいます。
P3030010  特に冬は季節風が吹いて、飛行機は追い風だと早く飛べますが、向かい風だとかなり時間がかかります。
 東京からホノルルまで、行きと帰りでは二時間近く飛行時間に差があったと記憶しています。
 そうなると、燃料にも影響しますが、今の飛行機はもっと性能が良くなっているかもしれません。
P3030014  ひなまつりだったので、夜はちらし寿司を作りました。

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2011年3月 1日 (火)

立教記念日

P3010012   立教記念日,正式には立教82年生長の家春季記念日・生長の家総裁法燈継承記念式典が行われた今日、東京は曇りの寒い日でした。
 そんな中、全国各地、さらには海外からもご参加くださり、本部会館ホールは満員の人になりました。
 立教記念式典では、まず理事長の式辞が述べられました。
 理事長は、今日の世界情勢から地球温暖化の問題、そして今生長の家がしていることについて話されました。 さらには森の中のオフィス移転について、職員住宅が中央線の長坂の駅前に建設予定ですが、その経過を披露くださいました。
 新しく大きな施設を建設するときには、近隣住民への説明会が欠かせませんが、長坂の場合とてもスムーズに運びました。
 それは長坂では、ずっと長い間生長の家の信徒の皆さんが誌友会等をされ、また神社の清掃を続けてこられたので、町の人々に信頼されていたからだそうです。
 理事長は「長坂の皆さんは、生長の家の本部が長坂の近くに移転するなど、全く予想しなかったでしょう。ただ、教えをひたすら実践されただけですが、そのおかげで今回の職員住宅の建設の件が、問題なく受け入れられました。日常活動を大切にしていきましょう」
 私の要約ですが、このような話をされました。
 その後、国内と海外の信徒代表の方が、祝辞を述べられました。
 国内代表は、白鳩会宮崎教区連合会長の萩原弘子さんでした。
 萩原さんは、ご自分の体験なども交え、心のこもった力強い話をされ、運動への決意を述べられました。
 海外代表はラテン・アメリカ伝道局長のマリオ・ガブリエル・フランサ・シルバさんで、ラテンアメリカ諸国での生長の家の様子、また国際教修会での研修を基にした活動、さらには今年の国際教修会への期待などを通訳付きで、スペイン語で話されました。
 総裁は、立教当初から生長の家の生き方は、日時計主義であったこと。そして、新刊の短編小説集を紹介されながら、この小説は、日時計主義の生き方を示しているものが多くあると話してくださいました。
P3010013  そして、日時計主義はそれぞれの人が、ご自分の得意分野で実践することができるので、大いに多方面で日時計主義を生きていただくと、生長の家の活動も、幅が広がるというようなことを話されました。
 その後、多くの方が本部褒章を受けられて、式典は終了しました。
 多くのご参加の皆様、ありがとうございました。
 東京は午後から雨になりました。

 この写真はお祝いに頂いた、お弁当です。

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