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2011年3月29日 (火)

日常の幸せ

P3290011   朝が明るくなり、少しずつ暖かくなっていくようです。
 庭の花も、次々咲き出しました。
 東京では、昨日ソメイヨシノの開花宣言があったようです。
 

 今朝の朝日新聞の社会面に、津波に遭遇した小田島朋美さん(28)の体験が紹介されていました。
 小田島さんは、岩手県山田町(釜石の近くです)の海から数十メートルの平屋建てのアパートに住んでいました。
 地震の時は、4歳と3歳の娘と一緒でした。
 P3280009 避難しようと外に出ると津波が近くまで来ていて、家に戻ったらすぐに玄関と窓を破って水が入ってきました。
 部屋のこたつが浮き始め、足が床につかなくなりました。
 「私たち3人、こんなに早く死ぬんだ。人生あっけなかったな。こんなので死ぬんだ」
 天井に頭が付き、3人とも水没した。
 「どうせ死ぬなら絶対離れたくない。この手は絶対話さない」
 どのくらいたっただろうか。つむった目の上が白んできた。
 遠のく意識の中で、目の上がさらに明るくなった。
 口を開けた。息が吸えた。
P3290013  目を開けた。ぐちゃぐちゃの部屋が目に映った。
 水が引き、足が床についていた。
 三人は助かり、必死に駆けて高台にたどり着いた。
 仕事で不在だった夫とも、避難所で会えました。
 八戸の実家に身を寄せ、安否を尋ねる数えられないほどのメールに、「あのね、日常ってすっごく幸せなことなんだよ」と返事のメッセージを書いたそうです。
 当たり前の生活をしていると、つい忘れてしまいますが、心を静めてありがたさをかみしめたいと思いました。

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コメント

合掌ありがとうございます。

  小田島さんの体験をご紹介くださりありがとうございます。
  小田島さんと小さいお子さんご無事で何よりでした。
  この体験により「当たり前のありがたさ」が分かられよかったな~と思います。
  つい忘れがちになります。私もこの「当たり前のありがたさ」を、改めて心に刻みたいと思います。

  日訓の中に「当たり前が最高最大の奇蹟である」があります。(大好きな言葉です)
  日々を大切に、益々感謝して過ごしたいと思います。
 
  お庭のお花も華やかになりますね!!
  楽しみにしています。♪♪
          
           安東孝子拝

投稿: 安東孝子 | 2011年3月30日 (水) 07:54

純子先生有難うございます。当たり前の有難さと言う事で、29日、30日と小学生錬成会が開催され、私も子供がお世話になりましたので、お手伝いをさせて頂きました。その朝、ちょうどバスに乗っていく途中、動物園の道に桜の花が咲いていましたので、それを眺めていて、ふと、さくらんぼうの事を思い出しました。それで、その話をさせて頂きました。何年か前の事です。さくらんぼうが真っ赤になって、よし!明日はこのさくらんぼう食べちゃおう!と、とっても楽しみにしてその夜ぐっすり寝むりました。さて、その次の朝、そーと、カーテンを開けて見ました。ところが、あれ?、あれ???・・・あんなにたくさん実っていたさくらんぼうがひとつもない。どこへ行ったの?・・・ふと気づくと鳥が嬉しそうに囀っていました。もしかしたら、鳥が・・・その時一瞬、くやし
い・・・やられた・・と思ったんですね。だけど、ちょっと待てよ。ああ~そうじゃなかった。鳥さんたちは喜んで食べたんだ。そうだ、そうなんだ。鳥さんが喜んで食べたのを私も喜ぼう、と思いなおしたんですね。(私も神の子だったんですね。さくらんぼうを自分のものと思って欲張っていました。みんな神様からの頂き物でした。)鳥さん、おいしかった?鳥さん、よかったね。と思えるようになりました。鳥の喜びが私の喜びに変わりました。そしたら不思議な事に、その年は、さくらんぼうが皆さんからたくさん届きました。その次の年には、鳥さんに、鳥さん、鳥さん手の届かない高いところは鳥さん、食べていいよ。その代わり、私の手の届くところは残して頂戴ね。と祈りました。鳥さんが、わっかたよ、わかったよ。がってん承知、と言っているように感じました。そしてその年は、高いところはきれいに無くなって、私の手の届くところは其のままになっていました。自分たちが食べて当たり前と思っていましたが、そうじゃなくって、鳥さん達と、神様の恵みを分け合っていただく事が、当たり前なのかも。私も嬉しいし、さくらんぼうさんもきっと喜んで下さるかも、と気づかせて頂きました。再拝

ちゃおう

投稿: 有馬真由美 | 2011年3月31日 (木) 12:40

合掌ありがとうございます。
いつも拝見させて頂いております。

※(母親と、たくさんの友達も、こちらを毎日拝見している為、恥ずかしいので)名前は伏せさせて頂きます。

先日、自衛隊の方々が、水に浮かんだご遺体を7名程で、冷たい水に腰までつかって、皆で合掌されていた写真が載っていました。
1体1体を、皆さんが拝む姿に、涙が溢れました・・・

自衛隊といえ、遺体処理は初めての人が多く、そんな訓練も実際は無いので、相当辛いそうで、特に、自分の子供位の年の子だと、皆さん泣けて辛いそうです。

壊れた半鐘に敬礼したり、自衛隊や消防隊の方々の、涙してしまう写真が、毎日色々出ていますが、
これこそ、まさに仏様の御姿だと思えて、感謝合掌する日々です。

自衛隊の方達も、炊き出しの温かい食料は、被災者の方達だけに、
そして自分達は、雪の降る寒い中、冷えきった缶詰等を食べて、毎日作業されているそうで、写真も載っていました・・・

私の友達も、周辺にはご遺体が数多く、手のつけられない場所に住んでいたり、
原発の近くだったりする人も居て、停電等で、なかなか満足に食事も出来ないそうです。

純子先生のご講話は1番好きで、御本も大好きです。
先生は実相直視の幸せな生活をお過ごしとは存じますが、
日本国中で今、食べ物も満足でない人達が
数えきれないほど数多く居られ、
不眠不休の自衛隊の方や消防の方でさえ、凍るような、冷たい食事をされて居られます。

そういう中、私は水もあり、お風呂に入り、暖かい布団で寝て、美味しい食事をする事すら、気が引ける気がしてなりません・・・

純子先生のお料理のお写真を拝見して、違う意味でショックというか、これが口をすっぱくして言われる、四無量心なのだろうか・・・と思うのです。

悪い現象は一切無く、実相だけだといえば、それまでですが、
私には、なぜこの時期に、この写真だろうか?と、意図が分からないのです・・・

友達にも伝道の意味で、HPを伝えさせて頂いておりましたが、今の時期、どうお伝えして良いのか?
特に東北で、毎日不便で大変な友達に、何てお伝えしたら良いのか?
本当に分からないのです。

もしお料理の写真を見たら、友達たちはどう思うだろうか?と・・・

本日のブログの主旨と違って申し訳ありませんが、純子先生にお教え頂きたいと、切に思いました。

何だか逆に悲しくなって、涙が出るのです。
大変失礼な事とは、100も承知ですが、先生ほど偉くない、下々の者として、正直な意見です。

光明面が大事なら、食事が出来ない人が今、大量に居ても、無視して、自分だけでも喜ぶべきなのでしょうか?

大変失礼で申し訳ありません。
でも純子先生のファンの私ですら、正直に思ったことなのです。

宜しかったら、教えて頂きたく存じます。
いつも有難うございます。

感謝再拝

投稿: 匿名 | 2011年3月31日 (木) 14:32

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