2011年12月
2011年12月30日 (金)
2011年12月25日 (日)
誕生日パーティー
一日遅れの夫の誕生祝い、二日遅れの息子の誕生祝い、兼クリスマス家族パーティーでした。
ホタテのテリーヌやかぼちゃのスープは毎年定番のメニューになっています。
食事の後は、みんなでプレゼント交換。
誕生日の人は誕生祝いをもらい、そのほかにもささやかなクリスマスプレゼントの交換をしました。
母には子供たちから、紅茶とお正月のお花の飾り、私たちからは羊毛でできた羊のぬいぐるみとキャンドルスタンドをプ
レゼントしました。
昨日誕生日だった夫は、子供たちからiPadを贈られビックリ。
全く予想していなかったようで、「出たー」といって、喜んでいました。
誕生日に、欲しかったおもちゃをもらった子供のように、うれしそうでした。
早速二人の息子が助手になり色々説明して、使って試していました。
デパートで赤いセーターをさがしたら、意外に沢山あるので驚きました。
そして、街で見かける中高年の男性で、赤いセーターやジャケットを着ている人が多いのに気が付きました。
自分が赤いセーターをさがした後なので、赤いセーターを着ている人が視界に入ってきたということですね。
皆さん、還暦のお祝いに頂いたのかななどと、勝手に想像しました。
2011年12月22日 (木)
温かい朝食
東京も曇り空で、風が冷たいです。
冬の寒い朝は、暖かい朝食がとてもありがたいです。
夏は冷たい牛乳を飲みますが、冬には温めます。
温かい牛乳を口にして、思わずおいしいと言いました。
電子レンジで牛乳を温めるのですが、今朝はいつもより時間を少し長くしたそうです。
「朝、温かい食事がいただけるというのは、とてもありがたいね」と話しました。
もうすぐクリスマスなので、原宿の我が家の周りは、夕方など人でごった返しています。
我が家も明日から、誕生日ラッシュです。
長男23日、夫24日、二男28日で、25日にまとめてお祝いします。
本部は今日・明日と連休ですが、一般社会では金曜日から三連休で、にぎわいも増すのでしょうか。
大掃除や、年賀状書き、パーティーなどいろいろ予定があるでしょうが、皆さんも有意義な年の終わりの休日をお過ごしください。
2011年12月19日 (月)
年の瀬
時間を見つけては、少しずつ家の中の整理をしています。
久しぶりに東京にいる週末でした。
青山方面に買い物に行ったついでに、国連大学の前の広場のファーマーズ・マーケットをのぞいてみました。
以前より人も、お店も、ベンディングカー(?)も増えて、にぎわっていました。
食事をするスペースも、広くなっていて、若い家族連れが、買ったカレーやサンドイッチなどを食べていました。
ちょっとしたお祭りみたいな雰囲気です。
日本のは大きくて、よくできていて、値段も一個100円と高価です。
一周見て回っただけで、帰りました。
今日は今年最後の英語のレッスンで、授業の後ポットラックパーティー(持ち寄りパーティー)をしました。
先生が作ってくださった人参とレーズンのマフィンは、とてもおいしくて、みんなお土産に余分にいただきました。
夕食後のデザートに出したら、夫はとても気に入ったらしく、一個ぺろりといただきました。
先生はベジタリアンなので、私は野菜の炊き込みご飯と、ポテトサラダ、カリフラワーのカレーマリネを持っていきました。
夫のお弁当と同じですが、お弁当にはエビとレンコン、ニラの揚げワンタンなどが入っています。
帰り道では、公園の小さめのイチョウがきれいでした。
2011年12月15日 (木)
キャンプのような朝食
月曜日も火曜日も、午前、午後と予定が入っていて、二日間、私の分のお弁当も作りました。
たまには、作るだけでなく食べてみると、味付けの状態やおかずのバランスがわかり、参考になります。
昨日からは、大泉に来ています。
とても良いお天気に恵まれましたが、私は原稿があり、昼も夜も朝も、原稿書きをしました。
原稿を書いているときは、いつも最後までたどり着くことができるかと、心を悩ませながら、取り組みます。
そして今日のお昼前、ようやく出来上がり、メールで送りました。
その時の気持ちの、何と晴れ晴れとしたことかと思います。
ところで、この前も書きましたが、大泉に来るとストーブの熱
を有効に使いたいと、工夫をします。
昨夜の夕食の準備のついでに、野菜を切ってスープとともにストーブの上に置いておきました。
10分か15分くらいで野菜は煮えたので、ストーブからはずし、今朝朝食の前にまたストーブの上にのせました。
夫がストーブの上で、目玉焼きもやってみようというので、初
めての試みでしたが、フライパンで焼いてみました。
あっという間に焼けて、やや硬めになりました。
トーストも焼いて、コーヒーもストーブの上のヤカンから淹れたので、キャンプの食事のような、ワイルドな感じになりました。
2011年12月11日 (日)
橿原に行ってきました
奈良教区の講習会で、橿原市に行ってきました。
奈良地方はこのところ寒く、昨日の朝の最低気温はマイナス1・8度でした。
夕方も大分冷えましたが、小一時間,橿原の町を散策しました。
駅から少し歩き狭い路地に入ると、タイムスリップしたような住宅が沢山ありました。
後から聞いた話では、奈良も京都と同じように戦災に遭わなかったそうです。
日本の重要な歴史的文物が、各所に沢山あるからですね。
昔ながらの土蔵や、時代劇に出てくるような白壁と木でできた塀に囲まれた大きな家などがありました。
メインテナンスにはそれなりに手がかかるでしょうが、このような建物がたくさん残っていることは、価値のあることです。
ここにしかない、あるいはこの地方の特色というものが見られると、それはどこにもない特別のものになりますね。
昔ながらの建物と隣り合わせに、現代的な新興住宅地もありました。
新旧混在する中に、小さなケーキ屋さんがあり、注文に応じて、誕生日ケーキやキャラクターケーキを作っていました。
店の前には、12月に注文を受けた誕生日の人の名前が、ずらーっと書かれていました。
せっかく通りがかったので、フランボワーズのムースケーキを一つ買って、夕食後に二人でいただきました。
甘さ控えめで、軽いケーキでした。
講習会の控室には、今日もキュートなお花を飾っていただきました。
奈良教区の皆さま、お世話になりありがとうございました。
2011年12月 7日 (水)
遅い紅葉
我が家のモミジもようやく赤く色付いてきました。
用事があって新宿に行きましたが、西口のイチョウ並木は、「ウワーッ」と声が出るくらい、そろって黄色になっていました。
原宿駅前のイチョウは、まだ緑もあってバラバラです。
本部の前の通りもイチョウですが、葉をみんな落としている木もあれば、紅葉は今少しというのもあって、微妙な環境の違いが、葉っぱの色に影響するのかも知れません。
原宿表参道のイルミネーションが、12月1日から始まりました。
いつものことながら、豪華で、道路は渋滞しますが、去年よ
り、長さは短くなっていて、9時には消えます。
仙台がクリスマスのイルミネーションの発祥地だそうです。
けれども今年は津波で、電球がすべて流されたので、表参道のものを仙台に貸し出したとのことです。
水曜日は会議だったので、お弁当は月曜日と火曜日だけでした。
2011年12月 4日 (日)
神戸に行ってきました
昨日の東京は、強い雨の降る寒い日でしたが、神戸は雲が多いながらも青空が顔をのぞかせ、暖かかったです。
ポートアイランドの街路樹の桜は何種類もの色になり、銀杏は黄金色に輝き、目を楽しませてくれました。
今朝は海の上の雲間から上る朝日を、ホテルの窓から見ることができました。
めったに見ることのできない、海からのご来光に、今日も素晴らしい日になるとうれしくなりました。
手前には、キリンのような形のガントリークレーンが並んでいて、にぎやかです。
講習会は良い天気に恵まれ、7会場で16000人以上の沢山の方が、ご参加くださいました。
控室には、ポインセチアとカスミソウなどのクリスマス的な洋花と、黄菊の生け花を飾っていただきました。
兵庫教区の皆さま、お世話になりました。ありがとうございました。
2011年12月 2日 (金)
今日は何の日
NHKの朝のラジオで、「今日は何の日」という時間があります。
今朝は、1942年12月2日にエンリコ・フェルミがウラン核分裂に成功した日と言っていました。
このことは、私の持っている「1100WARDS」という英単語の本に出ていて、今まで何度も読んだ記事でした。
この本はやや難しい単語を取り扱っていて、良く知られた小
説、脚本、詩、新聞の社説、テレビニュースなどを題材にしています。
それによると、フェルミは1938年にノーベル物理学賞を受賞しているイタリア人です。
ムッソリーニのファシストから逃れるためにアメリカに亡命し(彼の妻はユダヤ人)、コロンビア大学の教授になりました。
当時、ドイツも原子爆弾の製造研究をしていて、アメリカとせめぎ合っていました。
フェルミは、もしドイツが世界で一番先に原爆製造に成功したら、ヒトラーが世界を征服すると、危機感を持っていました。
そして1942年12月2日、シカゴ大学のフットボールスタジアムの下にあった、使われていなかったスカッシュコートでの
実験で、天然ウランと黒鉛のパイルが臨界に達し、実験的実証がなされたというとです。
今までこの記事を、興味深い話だと読んでいましたが、今朝のラジオを聞いて、それが今私たちが直面している、放射能汚染の始まりだったのかと思い、複雑な気持ちになりました。


















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