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2013年8月27日 (火)

国際教修会3回目

P7240004  教修会3回目です。

 3、

江戸時代に生きた有名な仏教の僧に、「良寛」という人がいます。

良寛は、禅のお坊さんです。彼は沢山の書を描き、和歌、漢詩を残しました。それらは芸術作品としてとても素晴らしいので、今でも日本では大変人気があります。

良寛は新潟に生まれ、実家は地方の名家で、神職を兼ねた名主、今でいえば地方の政治をつかさどる役目のある家でした。その家の長男として父親の跡を継ぐために見習いをしていましたが、ある事件をきっかけに家を出て、やがて仏道に専心します。

二十二歳の時岡山県の玉島にある曹洞宗円通寺で出家得度し、十二年間禅僧修行に励みます。師である国仙和尚より印可の偈(禅宗の修了証)を授けられました。その後諸国放浪の旅をして、三十九歳のころ、故郷新潟に帰って来て、托鉢行脚の乞食僧として、山奥の粗末な庵に住み、当時としては長命の七十四歳まで生きました。

もともと仏教では、僧は必ず里に出て人家の門に立ち、鉢を差し出して食を乞わなくてはなりませんでした。仏法を広める作法として、この托鉢こそは釈迦以来の伝統でした。そんな中、江戸時代になって徳川幕府は、キリスト教を排除するために、寺請檀家(てらうけだんか)制度をつくり仏教を保護しました。この制度は、それぞれの宗派の寺と、地域の人々とを結びつけ、寺が葬式や法事をする代わりに、人々が「お布施」として対価を支払う仕組みです。これに便乗して、寺での葬式や法事が利権化して、僧侶たちは托鉢しなくても食べていけるようになりました。

(*檀家が払うのは喜捨、「お寺へのお布施」は間違い)

このため仏教の伝統であった托鉢が行われなくなり、葬式仏教の色合いが濃くなり、宗教としての仏教は形骸化していきました。

良寛はそんな風潮に反対して、寺を持たず、自らも寺に属さず、仏教を生活の中で生き、托鉢僧として仏の徳を人々に伝え、布施行、愛他行に徹した一生でした。このような良寛の生き方は、宗祖道元の教えに従ったものです。彼は、仏道の実践者となって生きる道を模索し、初志を貫いた人でした。寺の住職に納まり暖衣飽食に甘んじる僧になることを嫌い、無位無冠の生き方を自らに課したのでした。そのため広く人々の尊敬を集め、人気を博したと思われます。

良寛は托鉢の途中で子供たちに呼び止められると、子供たちと一緒に手まりをついて遊んだことが有名で、良く知られています。当時の越後は子だくさんで、農業に忙しい大人は子供の面倒など見る暇はなく、子供は足手まといとして放置されていました。良寛は托鉢の傍ら進んで子供たちと遊ぶボランティアの先駆者でもありました。

良寛が子供たちと遊んで作った歌は沢山あります。

霞立つ長き春日を子どもらと手毬つきつつ今日も暮らしつ

この里に手まりつきつつ子供らと遊ぶ春日は暮れずともよし

越後の長い冬が終わって、子供たちと手毬をつくことのできる春の日は、楽しく、暮れないでほしい。

そんな気持の表れている歌です。良寛はこのように托鉢の道すがら、子供たちとも無心になって遊びました。

良寛にとっては子供と遊ぶことも仏道修行だったのです。毎日の生活が家々の門口に立ち、朗々とお経を唱え、その家の人から喜捨の心を呼びさまし、会う人ごとに和顔と愛語を振舞いました。昼間に家々を訪ねても、家人は野良仕事などしていて、残っているのは老人ばかりということもありました。手元の鉢にはお米の一粒も入らないことがあっても、そんなことには関係なく、老人の話を聞いてやり、介護が必要なら手を差し伸べて看病したり、もらってきたものを与えたりしたそうです。

そして一日の托鉢を終えて山の庵に帰れば、体を休め、カエルの声を聞き、月を眺め、質素ではあるが心豊かな生活でした。自分の身の回りのことはすべて自分でして、和歌を作り、書を書き、座禅をし、勉強もしました。日常生活そのものが仏道を生きること、伝えることに徹底していました。だからと言って、堅苦しいことは無く、無邪気に子供と遊んだのです。

そんな良寛にもこんな歌があります

何ゆえに家を出しと折ふしは心に恥じよ墨染の袖

何のために出家して僧となったか、ときおりは自分の着ている墨染めの衣の意味を考えて自分の心を恥ずかしく思え、と自らの心に自制を促しています。

宗教者は人々の尊敬を集める立場にあるので、余程自分を律しなければ、おごりと慢心の心が出てきます。良寛は、そこから宗教は腐敗するものだということを心底わきまえていたのでしょう。

                                                    4につづく

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