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2015年3月

2015年3月29日 (日)

丸亀市に行ってきました。

Img_4995 香川教区の講習会で、丸亀市に行ってきました。
 

 丸亀市は高松市から車で40分くらいの、香川で二番目に大きな市です。
 

 泊まったホテルは町の中心から少し離れた海辺にありました。
 

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ホテルの前は、大きな競艇場で、競艇場の広大な駐車場が周りにあります。
 

 近くにはあまり見るところもなさそうでしたが、少し行けば海なので、海辺の散策でもしようと出かけました。
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 ところがホテルから海までの100メートルくらいの間に50件くらいの家が立ち並ぶ集落がありました。
 

 それぞれの家が個性的で、魚料理の店が一軒あり、あとはImg_5021


海の仕事に関係しているように見える家々が並んでいました。
 

 綺麗に花が植えてある家や、犬が吠える家、凝ったつくりの家、初めて見るような苗字の家など、夫と二人でいろいろ想像しながら歩くのは楽しいひと時でした。
 

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 たどり着いた海岸は、遠くに瀬戸大橋が見え、松の並木が美しい海岸でした。
 

 戻るときは来た時とは違う路地を歩くと、入り江の小さな漁港のようなところに船が並んでいて、岸には蛸壺らしき容器が数十個並んでいました。
 

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 また2・3軒の家には潜水用の服らしきものが干してありました。
 

 海辺の人々の暮らしは、私にはとても珍しく思えました。

 香川は桜が咲き始め、木蓮、花桃、菜の花、雪柳、れんぎょうなど花盛りで、春うららの季節を迎えていました。
 

 講習会の控室には桜やチューリップ、手作りのお地蔵さんを飾っていただきました。
 

 香川教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2015年3月23日 (月)

新潟市に行ってきました

Img_4982 新潟北越教区の講習会で、新潟市に行ってきました。

 出発前日の金曜日夜の全国の天気予報では日曜日、本州では新潟だけが雨の予報でした。

 ところが土曜日午後、新潟に着いてみると暖かい良いお天気でしす。

 出迎えてくれた教化部長さんによると、天気予報が変わり日曜日も土曜日と同じような天気の予報とのことで、安心しImg_4984


ました。

 季節の変わり目は、お天気が目まぐるしく変わるので、講習会の当日雨になることも多いこの時期ですが、ご参加くださる方のことを考えればお天気が良いに越したことはありません。

 日曜日も晴天に恵まれました。

 3月の新潟は大雪ではと思ってきましたが、市内に雪は全く見えません。

 同じ新潟でも、長岡や湯沢はまだ雪がうずたかく積もっていました。

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 新潟市は佐渡ヶ島が屏風のような役割をしてくれるので、雪も少なく、北国にしては暖かいそうです。

 町の至る所で椿が沢山花をつけているのが見られ、民家の軒先にはクロッカスやプリムラなどが可憐な花を咲かせて、チューリップの芽も数センチ地面から出ていました。

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 私の住んでいる北杜市の標高1200メートルよりは、だいぶ暖かいようです。

 新潟市の真ん中をゆったりと流れる信濃川に架かる萬代橋は、町のシンボル的存在で、観光客も足を止めて橋の上で記念写真を撮ります。

 3月も20日を過ぎた今は、雪解け水なのか水量が多く薄い黄土色をしていました。

 今回講習会の終了後、新潟日報社のビル内にある、「にいがた文化の記憶館」を見学しました。

 ここは平成24年6月に開館しました。

 「日本の文化をになった新潟人」を顕彰し、若い世代が人生の指針にできる場所を用意することを目的に作られました。

 新潟からは、江戸時代から近代にかけて、学術や芸術の分野で活躍した多くの文化人や学者を輩出してきましたが、今日では名前や功績が忘れられている人も多くあったためとのことでした。

 今回は「二人の詩人 堀口大學と西脇順三郎」の特別展示があり、30分しか時間はありませんでしたが、見学しました。

 この二人は、明治25年、27年生まれで、昭和56年、57年にそれぞれ亡くなっています。

 堀口は文化勲章、西脇は文化功労者。

 長岡市と小千谷市生まれで、ともに慶応義塾大学に進み、堀口はフランス近代象徴詩、西脇はイギリスに留学し、シュルレアリズムに着目し、日本のモダニズム運動をけん引しました。

 会場に入ったすぐのところに、ジャン・コクトーの詩「耳」の訳が並べてありました。

 堀口訳「私の耳は貝のから 海の響きをなつかしむ」

 西脇訳「オレの耳は一つの貝殻である 海の音響を愛す」

 同じ詩でも、このように訳が違うと印象も変わりますね。

 他に新潟出身の女性の憲法学者やコロンビア大学の講師、女優、作家などあり、興味深く見学しました。

 講習会の控室には、春の軽やかな華やぎが感じられる桜、チューリップ、スイートピー、フリージアなどを飾っていただきいました。

 新潟北越教区の皆さま、お世話になりました。

 ありがとうございました。

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2015年3月16日 (月)

岐阜市に行ってきました

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 岐阜教区の講習会で、岐阜市に行ってきました。
 

 大泉から比べると、経由地の名古屋も岐阜も春のような暖かさでした。
 

 ホテルのすぐ横の長良川の河川敷には、高橋尚子ロードというのがあり、インラインスケートやランニング、ウォーキングをする人が何人もいて、土曜日の午後ののどかな光景でしImg_4902


た。
 

 パンジーも元気に咲いていました。
 

 川の対岸の金華山の上には、岐阜城がそびえています。
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 329メートルの山上のこのお城は、夜ライトアップされるのですが、私はお城だったことを忘れ、一瞬「今夜は月が低い所にある」と見間違いました。
 

 織田信長が築城したそうですが、あんな高い所にお城を作るのに、どれだけの人の労力を使ったのかと、毎回思います。
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 今回お聞きしたところによると、織田信長は普段は山の上のお城には住んでいなかったらしいとのことでした。
 

 それはもっともだと思います。
 

 今ではロープ―ウェー3分で金華山の上まで行けますが、昔は険しい岩だらけの山を登って行くしか方法がなかったでしょうから。
 

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 いずれにしても、権力者というのは、途方もないことをするものです。
 

 講習会の控室には、細やかに配慮された春のお花を飾っていただきました。
 

 小さな籠のパンジーやノースポール、シダなどはさりげないのですが、花への思いがなければ活けられない素敵なものでした。
 

 岐阜教区の皆さま、お世話になりました。
 ありがとうございました。

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2015年3月 8日 (日)

郡山市に行ってきました

Img_4871 福島教区の講習会で、郡山市に行ってきました。
 

 郡山は福島県のちょうど真ん中に位置しています。
 

 南にいわき、北に福島、西に会津、喜多方などの街があります。
 

 東京電力福島第一原子力発電所の事故は、福島ではまだまだ現在進行中です。
 

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 事故から間もなく4年になりますが、郡山市ではようやく各家庭の除染作業が始まったとのことです。
 

 けれども、除染してもその土や泥を持っていくところが無いので、家庭の庭に埋めて置くことしかできないそうです。
 

 そのため、除染を断る家庭もあるようです。
 

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 放射能汚染に関して、事故直後に比べれば、人々の意識は大分緩やかになったそうですが、それでも完全に危険が無くなるわけではありませんから、複雑な気持を抱えておられることが分かりました。
 

 土曜日はホテルに比較的早く到着したので、ホテル周辺を散策しました。
 

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 近くに良く整備された公園があり、中学生や高校生が遊んでいました。
 

 芝生の広場や集会所、池やお茶室などもあり、池には鴨が40羽から50羽くらいいました。
 

 この地域は、安積(あさか)という地名で、安積原野はかつて不毛の地と言われていました。
 

 そこを明治時代、国営事業として士族授産のための安積開拓が決まりました。
 

 鳥取、愛媛など全国9藩から旧士族500戸が入植し、開拓が始まりました。
 

 郡山はそのような人々の手によって、明治の中ごろから急速に発展してきた町とのことでした。
 

 散策したところは、良い雰囲気の家や公園、庭園が点在していましたが、町の歴史を知ると興味が増し、強く印象に残りました。
 

 講習会の控室には、ガーベラ、フリージア、南天などをすっきりと飾っていただきました。
 

 福島教区の皆さま、お世話になりました。
 

 ありがとうございました。
 

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2015年3月 4日 (水)

春の雪?

Img_4842_2  長崎県西海市の生長の家総本山で行われる、立教記念日の祝典に参加するため、2月28日朝、家を出ました。
 

 数日暖かい日が続いたので地面に雪はほとんどなく、心なしか春の気配も感じられるようで、今年は春の訪れが早いかもしれないと期待しました。
 

 訪れた長崎は例年になく寒く、「毎日零度近くで暖かくなりません」と、総本山職員の言葉でした。
 

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28日の夕方から雨が降り、夜中に目が覚めた時は強い雨の音が聞こえました。
 

 その雨も朝には小降りになり、お昼前には止みました。
 

 寒いとはいえ長崎ですから、紅白の梅があちこちで花開き、菜の花も周りの景色を明るくしていました。
 

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 梅の花が咲いていると、寒さの中にも春の到来としてうれしく感じます。
 

 3月1日はお昼に行事を終えて、大泉の自宅に帰ってきたのは夜10時前でした。
 

 小淵沢の駅は雪でビショビショでした。
 

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 自宅周辺も15センチくらいの積雪で、朝からずっと雪が降っていたそうです。
 

 前日とは打って変わり、一面の雪で、玄関も屋根から落ちた雪で、入れなくなっていました。
 

 夕方一度玄関周りは雪掻きをしてくださったそうですが、水を含んだ春先の重い雪は、屋根から落ちるのも早いのです。
 

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 2日の朝食後、夫は家の周りの雪掻きに精を出しました。
 

 その内、オフィスの除雪車や地元の管理会社の除雪車も道路の雪掻きに来てくれました。
 

 とてもありがたく思いました。
 

 私たち二人だけなら、家の周りの除雪はできても、道路の雪で何処にも出かけることができません。
 

 雪国はお互いに助け合わなくては、暮らしが立ちません。
 

 高齢化し若者がいなくなった雪深い地方は、冬の暮らしが死活問題となることがよくわかります。
 

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 高地の春は、いったん雪が無くなってもそんなに簡単に春が訪れないことを、改めて思い知りました。
 

 そして昨夜もまた雪が降り、朝起きると15センチくらい積もっていて、除雪したところも元の木阿弥でした。
 

 今朝も朝食後、夫はまず雪掻きでしたが、雪景色は全てを美しくします。
 

 以前はその美しさだけしか知りませんでしたが、今は雪の大変さも知りました。
 

 滑ったり、自由に行動できない不便もありますが、雪の後の晴れた青空は心洗われるようです。
 

 家の二階の窓からは、甲斐駒ケ岳を中心に南アルプスの山々が幻想的な姿を見せていました。
 

 あと少し、この雪と仲良くしていかなくてはなりません。

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