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2016年6月29日 (水)

「愛国と信仰の構造」を読んで⑤

Img_7223戦前の日本で、宗教がなぜ国家と結びついたかという問題を考えてみます。
今まで書いてきたことをこの本の記述にしたがってまとめますと、明治維新によって、天皇を中心とする国家が生まれました。
そこには、国家神道が国体の中心に据えられ、国家神道は宗教を超えたものと位置づけられます。
教育勅語により国民の精神生活を規定し、大日本帝国憲法も発布されます。
明治憲法は、外面は西洋の近代国家に倣って立憲主義の形をとりますが、内実は天皇を神とし、国家神道が組み込まれていますから、教育勅語と合わせて、祭政教一致の政治が行われました。
国民の間に皇道や国体論の教えが刷り込まれていくのが、教育勅語が発布された、1890年以降です。
それから1910年くらいまでの20年間で、国家神道を普及させる様々な制度やシステムが確立されていきます。
このようにして国家神道は国民の心に浸透していき、その価値観を身につけた国民は、やがて自身がその担い手となって、自ら自発的に行動していきます。
その一方で、“坂”を登り切った明治後半期に生きた青年たちは、明治という新しい時代を作るという、それまでの人々が持っていた目標が見えなくなり、自己喪失すなわち自己のアイデンティティを見出せなくなります。
ちょうどその頃、それは日清日露の戦間期になりますが、日本で「宗教」が、個人の実存やアイデンティティと関わるものだという意味を、初めて持つようになりました。
それまでは、宗教は個人の実存的な悩みに答えるものではありませんでした。
知的な探求を好む自由な個人の実存的悩み--それが「煩悶」ですが、高度な教育を受けて、自らの思想的アイデンティティを求めた末に、「宗教」を拠り所とするような青年が多数生まれてきたそうです。こうして、大正から昭和期に浄土真宗や日蓮宗の信仰を経由して、数多くの人物が昭和維新テロや全体主義に身を投じていったといいます。
ここからは、私の考えを述べさせていただきます。
宗教を拠り所とした人たちの信奉した宗教の教義には、「神の国の理想」「浄土」「天国」「楽園」等があります。また救いの本源である、「仏」や「神」の存在を認めます。
国家神道を身につけた青年は、天皇を「神」と見ます。
そのような人にとって、二つの違う神が存在することを認めるわけにはいきません。そこで、宗教の教義と国体論を一致させる理論が組み立てられます。その結果、国家神道と宗教が一体化していくのです。
当時のナショナリズムの考えの根幹には、「天皇の大御心にお任せすれば、世の中の政治は自ずとうまくいく」というユートピア主義的理想がありました。一方、現実の社会はうまくいっていません。それは天皇の大御心を人々に届かないようにしている“君側の奸”(くんそくのかん)がいるからだという話になり、激しい言論弾圧に結びつきました。
一方、“君側の奸”の所為で天皇の光が届かないから、そういう天皇の側近や政治家、財界人を抹殺することにより、再び日光が届き、“本当の日本”が作られるという考えも生まれました。
そして連続テロ、血盟団事件が起こり、昭和維新運動が始まります。
これらを見てきますと、明治維新から終戦までの日本を動かしてきた思想の共通点が見いだせます。
一つは、古代日本に天皇を中心とした理想的な国家が存在したという考え方です。
それに見習って、明治国家が作られました。
二つ目は、天皇が特別の存在であり、神であるという捉え方です。
どちらも、現実の世界、現実の人間に完全を求めていることです。
現実の世界に完全があるはずはありません。
完全を理想主義的に捉えるのではなく、完全が現実にあるとするところに大いなる矛盾が生じ、つじつまを合わせるために、無理なことをしなくてはなりません。
それがだんだんエスカレートして、戦前の日本になっていきました。
現実の世界に完全を求めてはいけない、無謬を作ってはいけないという事を『愛国と信仰の構造』の本から、学びました。
Img_7208


権力は必ず腐敗するという過去の歴史から、権力を縛るための立憲主義が必要です。
独裁政治にならないためです。
私たちはどうしても現実の世界に、完全性を求めたくなります。
けれども、この世界に完全はなく、どんなに偉大な存在であっても、人は間違うことがあり、無謬ではないということを、心に強く刻む必要を感じました。
長々と書いてきましたが、戦前の日本がどんな道を歩んだかをつぶさに知ることができ、私の考え方、ものの見方に大きな広がりを与えてくれた「愛国と信仰の構造」の著者に、心から感謝をいたします。
このブログをお読みくださり、お付き合いくださった皆様にも、感謝いたします。

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コメント

ご指導を大変感謝しています。
 失礼の段お許しください。  合掌

投稿: 岩井正子 | 2016年6月29日 (水) 15:10

生長の家白鳩会総裁・谷口純子先生
合掌、ありがとうございます。
いつも尊いご指導賜り、心より感謝申し上げます。
特に今回の『愛国と信仰の構造』のご解説の連載、興味深く、有難く拝読させていただきました。
知らないことがあまりに多く、言葉の理解に苦しみながらこの書を読み進んでいます。
ですから、純子先生のご解説、お考えは指針となり、ノートを取りながらのお取組みに尊敬の念を禁じえません。
”現実世界に完全を求めてはいけない”というお言葉は、機関紙四月号の総裁先生のご指導「現象の中に神を求めず」とぴたりとひとつになって、わたくしの心に強くせまってまいりました。
”知らずに犯す罪”を犯さないようにと、啓蒙の意味も込めて、両先生が『日本会議の研究』や『愛国と信仰の構造』をご紹介下さったと受け止めております。
明治時代の国民が、知らぬ間に、いつのまにか“国家神道”とか“教育勅語”を心にも体にも染み込ませられて、一致団結して戦争に向かって行ってしまったということなのですね。歴史に学び、同じ過ちを犯してはならないのです。
より多くを知り、学び、そうして考えて、自由意志と自己責任を果たすべく、今夏の選挙に臨みたいと思っております。
   西村世紀子 再拝  合掌              

投稿: 西村世紀子 | 2016年7月 2日 (土) 21:10

 岩井さん

 積極的に関わってくださり、ありがとうございます。

投稿: 谷口 純子 | 2016年7月 5日 (火) 22:25

 西村さん

 ありがたいお言葉をいただき、恐縮しています。
 お互いに、自己の責任を果たして参りましょう。

投稿: 谷口 純子 | 2016年7月 5日 (火) 22:27

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