2021年6月10日 (木)

鹿との共存

 今年で北杜市に移転して8年目になります。
 8年前の9月末にこの地に住まいを移し、ほどなくして翌春のためチューリップや百合、キキョウ、シャクヤクなどを植えました。
 初めての冬は記録的な大雪に見舞われましたが、それでも春は確実に訪れて、秋に植えた球根や花たちは美しい花を咲かせました。
 Img_5584 厳しい冬を経験した後の花爛漫の春は、心躍る喜びでした。
 その年の秋にも、沢山のチューリップや花々を植えました。
 四月初め、秋に植えたチューリップの芽が出てきました。
 冬の寒さに備えて落ち葉をかぶせ、覆いをしていましたが、芽が出てきたのでそれらを取り除きました。
 チューリップの芽が出やすいようにと考えたからです。
 それから2~3日たった時チューリップはどうなったかと見ると、芽がすべて食べられ球根も掘り返され食べられていました。
 声も出ないほどの驚きとショック、本当にガッカリしました。

 2年目で鹿も美味しい花の存在を知ったのだと思います。チューリップが咲き競うさまを楽しみに描いていたのですが、その夢は一瞬にして儚いものとなりました。
 そのあと少したって、シャクヤクが咲きました。
 Img_5587  シャクヤクは前の年より少し大きくなり、こちらは見事でした。
 百合も出てきましたが、つぼみが大きくなったころ花の部分が食べられていました。
 さらに紫のキキョウも、花のつぼみを食べられました。
 どれも鹿の仕業です。
 それ以来、球根や花を植える時には注意深くなり、覆いをしたり棒を立てたり様々な工夫をするようになりました。
 鹿は花のつぼみや葉っぱを食べるのですが、その量は1日に3㎏と言われます。
 今年も春先の気温の急な変化があり、植物たちには厳しい春となりました。
 シャクナゲは4本ありますが、そのうちの1つは沢山のつぼみがほとんど萎れて、花があまり咲きませんでした。
 シャクヤクは今ちょうど季節で今年も見事な花をつけました。
 そんな中ふと、鹿が好きな花と嫌いな花があるのではないかと思い至りました。
 調べてみると、シャクヤク、シャクナゲ、クリスマスローズ、マリーゴールド、ラベンダー、デルフィニュームなどは鹿が食べないので、鹿の食害のある所ではそれらの花だけで花壇を作ることも良いのではないかと書かれていました。
 私はシャクヤクが鹿の害もなく毎年美しく咲くことの理由を考えたことがありませんでしたが、そういうことだったのかと納得しました。
 水仙は鹿が食べないと、地元の人から聞いて知っていました。
 鹿に食べられないようにと心を悩ますことが多かったのですが、これからは鹿が食べない植物を中心に植えようと考えています。これは新しい発見です。

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2021年4月 6日 (火)

桜の楽園

今年は3月の気温が高く、桜の開花も例年に比べてかなり早かったようです。
年によっては予想外の寒気で桜がなかなか咲かず、桜祭りが変更になるようなこともありました。
Img_4772 もっとも今年はコロナの影響で、桜祭りが中止になったり、お花見の自粛も呼びかけられました。
3月末、我が家周辺はまだ冬枯れの景色で、わずかにクロッカスやスノードロップが可愛い花を咲かせ始めたくらいです。
そんな中、4月1日私は夫と山梨県の南部地域に出かけました。
夫の職場が珍しく三連休で、1日はちょうど中日のため、日帰りで出かけようという気持ちになりました。
南部地域へは、中央自動車道から中部横断道経由で行くことができます。
中部横断道は、長野県の佐久から山梨を通過し静岡県に至る高速道路ですが、周辺住民の反対などもあり、全面開通が大幅に遅れています。
この道路は途中からほとんどがトンネルになり、それ以外の場所も同じような山の景色が続きます。
下部温泉のある早川インターから、南部インターまでがまだ開通しておらず、旧道を走ることになります。
早川インターから降りるとそこは県道で、どの家の庭にも桜、桃、梅、しだれ桜やレンギョウ、ヤマブキなどがあり、急に華やいだ景色を見せてくれました。
高速道路は、時間短縮には好都合ですが、その土地で人々が長い間育んできた暮らしの痕跡を見えないものとし、孤立させてしまいます。
川沿いの道路を進むと、やがて桜並木が始まりました。
広い川の対岸にも同じように桜並木があります。
かなりの老木ですが、見事に花を咲かせていました。
Img_48721 私は桜に限らず花はみな好きで、見事な桜があると見たいと思います。
けれども特にお花見に繰り出したいとは思いませんが、この時の桜は、のどかでありながら豪華な豊かさがあり、春を迎えた喜びが心の中に満ちてきました。
人が桜、桜というけれど、私の住む辺りでは桜は普通に沢山咲くので、贅沢なことではありますが、ありふれた風景の一つのように思っていました。
ところがこの川沿いの桜は、終わりがないように続きました。
もちろん終わりはあったのですが、ずっと幸せな気持ちで桜を眺めました。
いつどなたが植えてくださったかは分かりませんが、「よくぞ植えてくださいました」とお礼を言いたい気持ちでした。
この時の思いは、楽園を垣間見た感動だったのかもしれません。
日本人は桜好きで、春になるとこんなところにも桜があったのかと思うことがあります。
楽園を求める気持ちがそうさせるのでしょうか。

改めて桜の美に開眼しました。

(写真は川沿いの桜ではありません)

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2021年2月 6日 (土)

節分のがらがら

Img_4105  「鬼は外、福は内」幼い頃、節分の日の夜には家々からこんな声が聞こえてきました。
 私の育った三重県の伊勢地方では豆まきもしましたが、獅子舞が来て町を練り歩いた記憶が鮮明です。
 追儺の行事である節分に、獅子が舞って悪鬼や災難を払ったのでしょう。
 調べてみると、獅子舞は日本の民俗芸能の中でも、もっとも古い歴史を持ち、古事記には引計王が鹿の角を捧げて舞ったことや万葉集には鹿擬態を示唆する歌などがあり、来歴はきわめて古いそうです。
 私の見た二人立ちの獅子舞は、祭礼のお練りや祈祷、悪魔祓いや豊年祈願のために舞われ、江戸時代には「江戸大神楽師」「伊勢大神楽師」といわれる団体が獅子舞を舞いながら全国をまわり、悪魔祓いをしたことで日本各地に広がったとのこと。
 上京してからは獅子舞を見たことがなかったので伊勢特有の風習かと思っていましたが、発祥の地なので盛んだったのでしょうか。
 我が家でも子どもたちが小さかった頃は、夫が自ら鬼のお面を作って、大騒ぎして節分の豆まきをしたものでした。
Img_4087  三年ほど前のことです。
 一月末甲府に行ったとき、和菓子店に大きな三角のおせんべいが丁寧に包装されて吊り下げてありました。
 「がらがら」と書いてあります。
 お店の人に聞くと、甲府では節分にがらがらを子供たちに縁起物としてあげる風習があるとのこと。
 甘い三角のおせんべいの中は空洞になっていて、おもちゃが入っています。
 男の子用と女の子用があり、吊り下げるリボンの色で区別できるようになっているのです。
 節分の日に贈られたがらがらをこぶしで割ると、おもちゃが出てきます。
 地方色豊かな風習ですが、山梨県民になったことでもあるし甲府の風習を孫たちにも体験させたいと思い、がらがらを買って送りました。
 以来毎年、節分の前に孫たちにがらがらを送っています。
 孫たちは、がらがらを割ることがお楽しみになっているようです。
 今年も甲府の老舗和菓子店でがらがらを買ったのですが、子供用に加え新たに大人の女子用というのがあり、「まあ」と思いました。
 これは誰が送るのかしらと夫と話しました。
 親なのか彼氏なのかと勝手にいろいろ想像し、中に入っているものは何だろうとも思いました。
 大人の男子用というのはありませんでした。
 節分の翌日は立春。
 外は氷点下の気温ですが、それでも日が長くなり春の訪れを待ち望む気持が膨らんできます。

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2021年1月 6日 (水)

餅つきをしました。

Img_3675jpg  山梨県の西部に南アルプス市という市があります。

 サクランボやスモモなど果物の生産が盛んなところです。
 私たちが山梨に引っ越しをしたのは、2013年の秋でした。

 翌年の2月11日12日に、南アルプス市の十日市場地区で十日市というのが開催されることを知りました。
当時山梨のことはほとんど知らなかったので、山梨のことを少しでも知りたいと、夫と私は十日市に出かけました。
調べてみると、「十日市で売っていないものは、猫の卵と馬の角ぐらいだ」と言われるほど、多種多様なものが売られるとのことでした。
中でも臼、杵、鉢などの木製品が名物でした。
 この市は、天正11年(1583年)徳川家康印判状に記述があることから、戦国時代すでにあった歴史のある市だそうです。
沢山の人出の中、臼や杵などがあり、珍しいと思いました。
 

Mochitsuki02jpg  夫は年末になると、餅つきをしたいねと言うことがありました。
昨年の12月末には、夫の誕生日とクリスマスを兼ねて、家族全員が集まることになっていました。
私はその時に、今年は家族で餅つきができないかと思いました。
私の考えを夫に話してみると、「それはいいね」と賛成してくれました。

 臼と杵は、南アルプス市の隣町の富士川町に女性の臼の作り手がいることを知りました。
連絡を取ってみると在庫が4・5個あるとのことで、富士川町の女性の工房を訪ね、中くらいの大きさの臼を求めました。
杵は大人用と子供用をサービスしてくれました。

 誕生祝いをした翌日、前夜から水につけて置いたモチ米を蒸して、いよいよ餅つきです。
もち米の用意から餅つきまで、最初からすべてした経験は家族の誰もありません。
 

Dsc_0109jpg  要領を得ないまま、それでも最初の一升はつきあがり、黄な粉や大根おろし、小豆、納豆、フキ味噌などそれぞれが好みのものをつけて、搗きたてのお餅をとても美味しくいただきました。
そのあとさらにもう一升つきました。
最初のは少し硬めだったので、2回目は水を沢山つけてついたのですが、柔らかくなり過ぎたようでした。
 

 餅は上等の出来ではありませんでしたが、餅つきをしたということは大成功で、みんなとても楽しんだようでした。
 年末行事になるかもしれません。

 

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2020年12月 1日 (火)

サフランを植えました

 パエリャというスペインの米料理があります。
Img_e2366  ご存じの方も多いと思いますが、これは大きなフライパンに米と魚介、野菜などを入れて作る炊き込みご飯です。
 我が家では、パエリャは夫をはじめ子どもたちの好物だったので、時々作りました。
 これには、香辛料のサフランを使います。
 と言っても花を使うのではなく、サフランの赤いしべを着色と風味づけのために入れるのです。
 食料品店の香辛料売り場に行くと、サフランが売られていますが、一つの花から赤いしべは三本しか取れず、それもとても細いものなので、高価です。
 一説によれば、香辛料のサフランは、金よりも高価だと言われることもあります。
Img_2901  私の手元にあるサフランの瓶を見ると、容量は1,3グラムで2千円くらいでした。
 原産地はスペインです。
 そんなこともあり、私は東京にいたころ庭にサフランの球根を植え、しべを採ってパエリャを作ったことがありました。
 北杜市に引っ越してきてからは、サフランの球根を見ることがなく、サフランを植えることなど忘れていました。
 そんな中、今年の7月の終わりごろ、近くの日野春という町のハーブ専門店に行きました。
 ここでいくつか花の苗を買いレジで支払いをしていた時、レジ横の籠の中にサフランの球根を見つけました。
 珍しく思い店の人に「私の家は1200メートルくらいの標高にあり、そんな寒いところでも育てられますか」と聞きました。 
 耐寒性はありますと言われ、10個ばかり球根を買いました。
 店の人も冬の管理を少し不安に思ったらしく、詳しく調べてくれ、「マイナス10度くらいまでは大丈夫ですが、念のため真冬は堀り上げた方がいいですね」と助言してくれました。
 8月初めに球根を植え、11月初旬から徐々にしべが収穫できました。
 サフランは一つの球根から花が4個から5個咲きます。
 Img_2907 11月末には掘り上げてプランターに入れ、サンルームに置きました。
 乾燥させたしべは写真にあるもので、ほんの少しですが、地産地消のサフランを使ってパエリャを作るのを、楽しみにしています。
 サフランの球根は、10個で600円でしたが、球根が増えて毎年紫のきれいな花と共にしべが採れるというのは、ワクワクする楽しみではないかと思います。

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2020年10月28日 (水)

谷口清超先生12年祭

 Img_1993 今日は谷口清超先生の12年祭が、山梨県北杜市の生長の家国際本部、森の中のオフィスのイベントホールで執り行われました。
 例年なら、本部職員をはじめ関係者が参加しますが、今年は新型コロナウイルスの感染防止のために、神官のみでの年祭となりました。
 その代わり、年祭の模様はライブ配信され、私も夫と共に夫の執務室で年祭に参加しました。
  今朝目覚めたとき、「今日は清超先生の年祭の日だ」と思いましたが、夫がかつて先生に私との結婚の意思を伝えたときの先生からの返信の手紙を思い出しました。
 清超先生は、「大変結構で私も喜んでいます」と書いてくださり、さらにほほえましいエピソードまで知らせてくださいました。
  結婚前の私は航空会社の客室乗務員をしていましたが、当時NHKの「ほんとにほんと」というクイズ番組に、ゲストで出演したことがありました。
 清超先生は講習会の旅先で、お風呂に入っておられたときに、テレビから私の名前が聞こえてきたので、慌てて出てきたら、テレビの画面にはそれらしき人が映っていたというようなことでした。
 このような内容を夫は手紙で私に知らせてくれました。
Img_e1585   結婚前のことですから、彼の両親が私をどのように思ってくださっているかということは、興味のあることでしたし、不安もありました。
 そんな中、このような好意的な行動をしてくださったことで、私はずいぶん気持ちが楽になりました。
  手紙が意思疎通の重要な役割を果たしていた時代のことです。
 つい昨日のことのように思いますが、もう40年近くも前です。
Img_1941  以来、清超先生は常に暖かい眼差しで見守ってくださり、私は先生からお小言を言われるということは一度もありませんでした。
 振り返れば、未熟で、足りないところ、先生の意にそわないところもあったのではないかと思いますが、大きな心で受け止めてくださったのでしょう。。
 先生の療養中に「日時計日記」が新しく出版されましたが、そのことも「それはいいね」とほめてくださいました。
 思い出は尽きず、限りない感謝の思いが胸に広がります。

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2020年6月19日 (金)

動画「朴葉寿司作りました」の舞台裏

 岐阜の方から数年前に朴葉を送っていただいたことは、エッセイなどに書きました。
 その時初めて、岐阜地方では初夏の朴葉の葉がしっかり成長した時期に、朴葉寿司を作ることを知りました。
 作り方がわからなかったので、ネットで検索して、初めて朴葉寿司を作りました。
 夫は柿の葉寿司などが好きなので、朴葉寿司も喜びました。
 自然の素材を使うところも気に入ったのだと思います。
 そこで私たちは、家のそばにも朴葉はないかと探しました。
 するとやはり近くに、大きな朴の木を見つけました。
 秋になると、しっかりした大きな葉を落とすので見つけやすいのです。
 家にも植えたいと思い探すと、実生の朴の木を見つけました。
 高さは50センチくらいで葉も2枚か4枚くらいしかついていないものでした。
 育たないかもしれないけれど、試しにと植えました。
 冬になると葉を落とし、細い棒がたているようで、何とも心許ないものでした。
 雪が積もれば倒れるのではないかとも思われました。
 けれども春になったら、しっかり生きていて、新しい葉を出しました。
 そして3年目の今年は大きな葉を30枚前後つけました。
 朴の木は下駄の材料になるそうですが、それだけ軽くて成長がはやいのでしょうか。
 先日大きな葉をつけた朴の木を見て、今年は朴葉寿司ができると思いました。
 月曜日、今日は朴葉寿司を作って夫を驚かせようと思いました。
 そのためには早めに作らなくてはなりません。
 けれども締め切りの原稿などを書いていたら遅くなり、夫が帰ってきたときには、私は薄焼き卵を焼いていました。
 お帰りなさいと迎えて、家に入ってきた夫は調理台の上に置いてある朴葉を見つけました。
 「朴葉寿司を作るの」と聞いてきました。
 「じゃあ、動画撮らなくちゃ」と言います。
 私は慌てて、「そんなつもりはなかったから台所はごちゃごちゃよ」というと、それがいいといいます。
 髪もぼさぼさでしたが、「手元しかとらないから」というので、まあ試しに撮るだけかもしれないからと、そのまま作業を続けました。
 そしてできたのが、今回の「朴葉寿司作りました」の動画です。
 私は自己流で、柿の葉寿司や笹寿司をイメージしてタコ糸で結びましたが、岐阜の方はただ葉を半分に折るだけだったり、爪楊枝で止めるそうです。
 次回はそのように作りたいと思います。
 Img_e8142jpg ちなみに今回のお寿司は、二人分なので、お米を一合炊いて、地元の市場で買った淡竹(細長いタケノコ)と干しシイタケの煮もので、ちらしずしを作り、上に錦糸卵、グリンピース、しめ鯖、梅酢ショウガをのせました。
 7個のお寿司ができました。
 朴葉が身近にある方は、お勧めします。
 目先が変わって、楽しいです。

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2020年4月30日 (木)

コロナバスターズリレー

 少し前のこと「黄色の布地ない」と夫が聞いてきました。
 また何を始めるのかしらと思いましたが、以前に濃い黄色のオフィス型のクッションを作った残り布のことを思い出し、「あると思う」と答えました。
 ところが、あるにはありましたが、ほんの切れ端で何かに使える大きさではありません。
 「何に使うの」と聞くと、「黄色いハンカチだよ」との答えでした。
 「あら、幸せの黄色いハンカチ?あれは元々アメリカの話なのよね」
 Img_6512jpg   「黄色いハンカチを目印にして自転車のリレーをしようと思って」
 本当にいつも、人があまり考えないようなことを、次々思いつく夫です。
 「黄色い布、黄色い布」と考えていて、「ああそういえば」と思いつきました。
  和箪笥に着物を仕舞っていますが、着物を包んでいる晒し布が黄色だったことを思い出したのです。
  箪笥を開けてみると、黄色の布の予備が2枚ありました。
  「ピッタリの生地だね」と夫は言い、6枚に切ると12枚できる大きさでした。
  黄色い布はそうあるものではないので、希望者にあげるためです。
  新型コロナウイルスの拡大防止のため、人が集まるPBSのミニイベントができません。
  その代替として、夫は自転車のリレーを考えたようです。
  Img_6536jpg それもただのリレーではなく、コロナウイルスの収束を願ってのリレーで、参加を表明した人は自分の家に黄色いハンカチを掲げ、できればコロナバスターのマークも旗に入れます。
  また、バトンは夫が木で作った観世音菩薩棒です。
 Img_6542jpg  コロナバスターのマークが入ったバッグの中に観世音菩薩棒を入れて、次の人にバッグごと渡すというのがこのリレーです。
  これはオフィスの職員間のイベントです。
  オフィスの職員寮は8か所にありますが、まず最初の人が自転車でどこかの寮を目指し、黄色い旗のある家にバッグ入りの観世音菩薩棒をかけていきます。
  こうすれば、人と接触せずにリレーができます。
  菩薩棒が届いたことに気が付いた人は、自分の可能な時間を見計らって、次のどこかの寮を目指すのです。  近いところでも、遠いところでも自由に選べ、あらかじめ決められたコースではなく、どこにくるかわからないところも意外性があっていいと思います。
  すでにバトンを受けた人は、FB上で終わったことを知らせるので、それ以外のところに行きます。
  ですから最後はお隣だったり、とても離れた坂の多い道かもしれません。
  また次々参加表明があれば、コースもそれに従って変わって来ます。
  このリレーは終わりがなく、一巡すればまた違うコースを選びずっと続けられます。
  今回のように人との接触をできるだけ減らさなければならないときに、リレーを通じて人とのつながりが感じられ、また自転車に乗る楽しさも味わえて、なかなか良い企画だと思います。
  自転車に限らず、様々な分野で工夫しながら、有意義で楽しい時間を持ちたいですね。
  きっと色々なアイデアが生まれてくるのではないかと期待しています。

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2020年3月25日 (水)

たとえ世界が混乱しても

  『今、生きてあるその「今」を悦ぶべし』(続々甘露の法雨)という言葉が今朝浮かんできました。
  その深い意味を改めて思いました。
  兼好法師も『存命の喜び、日々に楽しまざらんや』(徒然草)と言われました。
  さあ今日は何しよう。
  クラフトしようと、夫からリクエストされていたマスクに挑戦。Img_5755jpg
  救急箱のガーゼとガーゼふきんを出してきて、完成品を参考に見よう見真似で作りました。
  良い模様の日本手ぬぐいがあったので、それにも挑戦しましたが、重ねると生地がぶ厚くなり、ミシンの針が曲がってしまい失敗。
  結局2枚しかできませんでした。
  孫ちゃんにも作ってあげたかったのに、残念でした。
  今日は良いお天気だったので、ベッドのシーツと布団カバーを洗い、ベッドパットと布団を干しました。
 Img_5748jpg Img_5759jpg  ベッドを移動させて、丁寧掃除もしました。
  手作りおやつとおうちごはんもいつも通り。
  お彼岸におはぎを作りましたが、その時のあんこが少し残っていたので、冷凍してあった栗を入れて、プリン型で小さな栗蒸し羊羹を作りました。
  Img_5751jpg Img_5757jpg 玉ねぎをゆっくり炒めて、ニンニク、ショウガ、セロリ、カレー粉、クミン、ターメリック、カルダモンなどの香辛料、トマト水煮缶、リンゴすりおろし、ヨーグルトなど入れて、カレーを作りました。
  午後の暖かい日差しの中、この冬初めてダウンコートなしでウォーキング。
 Img_5726jpg Img_5744jpg  澄んだ青空の中、飛行機が飛んでいくのが見えました。
  あの高いところで沢山の人が乗っているのだと思うと、地上から眺めている私は少し不思議な気がします。
  森の中ではマスクもなく、いつも通りの当たり前の日常が過ぎていきます。
  けれども、様々な行事はできません。
  だからこそ感謝の思いで、「今」を悦び、楽しまざらんやを日々実行しています。
  そんな人々の輪が広がりつつあることは、うれしいです。、
  
  

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2020年3月 9日 (月)

オンライン誌友会について

この度新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための措置として、4月1日まで誌友会の開催が中止されました。

その緊急対応として、オンライン誌友会の開催をお願いしています。

以下に開催方法などを表示しますので、可能な方は積極的にオンライン誌友会をFBやLINEで開催いただくよう、お知らせいたします。

 

オンライン誌友会の開催方法.pdf

 

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